「探偵」






男は、極めて冷静な態度で自らが置かれている状況を分析した。
普通の人間なら怒りに震えるか、恐怖に錯乱するかはしそうなものだが、彼は至って冷静なままだ。
理由はひどく単純。
彼はその特殊すぎる職業柄、こういった突拍子もない危機的状況に慣れていた。
流石にここまで大規模なそれとなれば驚きはあったが、それでも無様に取り乱すようなことはなく、すぐにいつも通り頭を回転させ、こうしてまずは分析を開始したのだ。
神社の狛犬に腰掛けるなんて罰当たりな事をしつつ、顎に手を当てて思案する男。
そのポケットには一丁の拳銃が収まっており、彼の覚悟が決まっていることは明白だった。

彼の名前は亜想大介。
巷に蔓延り、常に人々の信じる心から生まれ出でる怪異『寓話』専門の探偵を営んでいる。
『寓話探偵』亜想大介といえば、ネット上などではそこそこ名の知れた人物。
彼もまた二つの寓話に憑かれ、身体の中にひとつの爆弾を抱えた、限りなく寓話に近い人間だ。
未来を予測する寓話、少女の想いから生まれた寓話、そして寓話を奏でるテラー。
幾多の困難を乗り越えてきた亜想だったが、それでも今回のような事象は初めての経験だった。
いつもは基本的に、事務所を訪れた客から依頼されて寓話を解決するのが殆どだったのだ。
なのに今回は相手の側から寓話探偵というジョーカーを自陣に引き入れ、何とこの悪趣味極まるゲームの駒として利用する腹ときた――しかも、最も厄介なことがひとつある。

「はぁ……人間を相手にするなんて、初めてだな……」

そう、今回のバトルロワイアルは彼の専門外なのだ。
人の心が作り出した『寓話』ではなく、人の手で作り出された『現実』。
常日頃から寓話と関わるのは御免だと思っていた亜想も、今回ばかりはそちらの方がまだマシだと言わざるを得ない心境だった。
人間を相手にするのは、化け物を相手にするのと訳が違う。
人間は銃で撃てば死ぬし、下手をするとほんのちょっとした刺激だけでも死んでしまう生き物だ。
それに寓話相手と同じ感覚で応戦していては、ただ悪戯に屍を積み上げるだけ。
亜想は程なくして、殺人鬼の汚名を被ることだろう。

「しかも花子の奴はどうなってるか不明……でも、人間が相手ならあいつも無力か」

亜想大介の相棒たる寓話、トイレの花子さん。
彼が過去に出会ったとある少女を繋ぎ止めたいという思いから生まれた彼女は、ここには居なかった。
人間によって仕組まれた殺し合いであるとしても、彼女の力が借りられないのは少々心もとない。
口では無力だと言うものの、あれの咄嗟の判断力はきっと自分の力になったろうと分かる。
しかし彼女は寓話だ――トイレがあるならば、再会出来る可能性は決して零ではない。

だがその相棒を差し置いて、彼の心を支配していたのは、一人の女性の名前だった。

「カナエ………!」

平沼カナエ。
寓話に何度も狙われ、ドジをよくやらかす、どう考えても探偵向きではない人材だ。
しかし彼女の優しさに救われたこともあるし、一度彼が自分の中の爆弾を爆発させてしまった時などは彼女の力が無かったら、亜想は暴走状態から戻れなかったかもしれない。
一度は別れようともしたが、結局今も従業員として雇ったまま。
スペック云々は一般女性の域を出ない彼女が、こんな場所に来ているなんて――最悪としか言えない。
人を信用しすぎる、早い話が優しすぎる彼女には、このようなゲームはあまりに不向きだ。
ペテン師のような輩に出会いでもすれば、いとも容易く信用してしまうだろう。
それだけは嫌だ。それだけはあってはならない。
亜想大介は寓話探偵としてではなく、ひとりの男として心からそう思う。
どんな寓話を相手にした時でも、今この時以上の不安に襲われたことは未だかつてない。
バトルロワイアルの恐ろしさを、意識せぬ内に亜想大介は少しずつ味わいつつあった。

一刻も早くあの危うい少女を助け、そして鳴海清隆を打倒する。
これだけの人数が証言すれば警察も信じるだろうし、亜想には警察のツテがある。
だからまずは、バトルロワイアルを如何にして攻略していけばいいか、それが問題だった。

(が……乗っているヤツも当然いるだろうな)

人間とはそこまで清らかな生き物ではない。
死への恐怖を前にして混乱し、普段とはまるで違う行動を引き起こすことだって十二分に有り得る話。
それを寓話相手にやるような手段で鎮圧する訳にはいかないから、彼は困っているのだ。
腕っぷしにも人並み以上の自信はあるが、それでも時に人間は想像を超えるもの。

最も不味いシチュエーションとしては、怯えた人間が新たな寓話を作り出さないことが挙げられる。
常に人の弱さから生まれてくる異形の化け物。
まともに相手取れるとなれば、寓話探偵たる自分しかいない。
しかしこの会場の広さは結構なものだ――自身の目の届かないところで寓話が目覚めていると思うと、今まで感じたこともないような焦燥感が溢れる想いだった。

無論、どんな問題があろうとも亜想大介の選択が変わることは有り得ない。
バトルロワイアルは潰す。
鳴海清隆は警察に突き出し、しっかり罪を償わせる。
首輪の縛りが当面の難関だが、そこは技術を持つ者に託す以外にないだろう。
弱気になってはいられない、こうして迷っている暇があるなら、早く参加者の一人でも見つけるべきだ。

「何だかよく分からん物もあったが……こいつが支給されていたのはラッキーだったな」

何事も、手に馴染む物が一番である。
亜想大介愛用の拳銃が没収されずに支給品として、彼のデイパックに入っていたこと。
指輪、携帯電話と外れ支給品を引きすぎた後に見つけたそれを、亜想は慣れた手付きで構えた。
人智を越えた存在だろうと、寓話探偵は臆しない。
ただ自らの仕事を遂行するだけ、そうやって一人でも多くを守れればそれで良いのだ。

「……良し」

ふっ、と薄い微笑を浮かべて狛犬から降りた。
が、その瞬間に境内の中に、乾いたぱん、ぱんという音が連続して響く。
擬音に直せば銃声のようだが、実際には手と手を素早く合わせて音を鳴らす、拍手の音だった。
周囲の様子を警戒しながら半ば反射的に銃を構えた亜想。
しかし拍手の主は、存外あっさりと彼の前に姿を現した。
鳥居の陰から、両手を空に掲げて降参の意思を示しながら、銀髪の少年が歩み出たのだ。
歳は中学生くらいだろうか。
歳に見合わぬオーラめいたものを放っているのが、どうしようもなく不気味だ。

「おっと、警戒しないで下さい。僕は殺し合いを打倒する側、つまり貴方の同志ですよ」
「……お前は、何者だ?」

亜想は自分より年下の少年に、隠すこともなく警戒の色を見せる。
彼も普通とは多少異なっていれど探偵業を営む人間だ―――相手が普通かどうかは、簡単に分かる。
いや、それ以前の問題でさえあった。
亜想大介が取り憑かれている寓話の内、『トイレの花子さん』ではない方。
『しゃっくりを百回続けてすると死ぬ』―――『寓話が近付くとしゃっくりが出る』。
銀髪の少年がこちらに近付いてきた時、しゃっくりが一回出た。
あまりに出来すぎたタイミング。
それは、亜想大介にひとつの答えを導かせるに足るヒントだった。
突き出された銃に怯むこともなく、それどころか爽やかに笑って見せる少年。
彼は寓話だ。亜想はこれまでの経験からそう断ずる。
人間の形をしているし、人間の肉体も持っているだろう。しかし、寓話探偵の目は誤魔化せない。
答えないなら撃つことに躊躇いは懐かないし、状況が状況なだけに看過出来る問題でもないのだ。
が、亜想が引き金を弾くより先に、少年は観念したように口を開いた。

「……僕は、貴方の見立て通り人間ではありません。
僕自身はずっと自分を人間だと信じてきましたが、つい最近真実を知らされました」
「どういうことだ……? お前は一体……」
「そうですねぇ」

銃を向けられたままで、少年――秋瀬或はあっさりと自らの正体を告白する。

「僕は中学生探偵、秋瀬或。正体なんてそれ以外には持ち合わせていませんよ」


◇ ◇


秋瀬或が去った後、一人残された亜想大介は彼から聞いた話を脳内で反芻していた。
にわかには信じがたい話の連続だった。
寓話なんて問題ではない壮大な話――『時空王を決めるサバイバルゲーム』。
自分以外の十一人の敵全てを殺し尽くした者にのみ与えられる神の称号を、血眼になって奪い合う。
たとえどれだけの犠牲が出ようと、外道と罵られようと神の座を勝ち取らんとする者たちが、己の意志で命を賭して戦い続ける。そういうゲームだと、秋瀬は亜想に語った。
その話を聞いて亜想大介が持った感情は、実に人間らしいものだった。

――イカれてる。

神の座を決めるために、人々を『神の力』なんて不確かなもので惑わして戦わせるなど正気じゃない。
今まで見てきた全ての寓話が軽く見えてしまうほどに、ショッキングな真実。
何より胸糞悪いのが、そんなゲームが行われていることに亜想は一切気付けなかった。
誰よりも寓話に近しく、むしろ寓話そのものとさえ呼べる存在が、見落としていた。
不甲斐なさはやがて苛立ちとなり、亜想の心を責め立てる。
が、挫けてはいられない。
秋瀬の話はそれだけで終わりではなかったのだ。
秋瀬或という存在から寓話の反応を感じ取った理由は、当然彼がまともな人間ではなかったから。
曰く、観測者。
滅び行く時空王デウスから、ゲームの調整と観察のために産み出されたヒトならざる存在。
その彼は語った――鳴海清隆の言葉に恐らく嘘はないと。
清隆が関西弁の男を殺害する直前に呼んだ『ムルムル』という名前。
それは、時空王を決める戦いで黒幕の立ち位置に立っていた存在らしい。
奴が一枚噛んでいるなら、清隆が提示した『神の座』は真実である可能性が高い――。

「止める……!」

止めなくてはいけない。
最悪の事態に陥る前に、どうにかしてこのゲームを停止させなくてはならない。
寓話探偵の名に懸けて一人でも多くの命を救い、必ずやこの寓話に終止符を打つ。
男は立ち上がった。
まずは、あの騒がしい助手を探すことから始めよう。


【C-4 神社/未明】


【亜想大介@花子と寓話のテラー】
【装備:コルトガバメント(7/7)@現実】
【所持品:支給品一式、ランダム支給品×2、コルトガバメント予備弾(35/35)】
【状態:健康】
【スタンス:バトルロワイアルの解体。鳴海清隆の逮捕】
【思考・行動】
1:まずはカナエを探す。花子も一応探してみる
2:秋瀬或から聞いた『日記所有者』には注意をしておく
【備考】
※秋瀬或から『未来日記所有者』についての話を聞きました



「さて」

ぱたん、と携帯電話を閉じた白髪の少年。
その表情はこんな状況だというのにも関わらずうっすらと笑みが浮かんでいる。
秋瀬或は亜想大介との邂逅を終えて、ここで一息をつくところだ。

「雪輝君に我妻さん、9thに11th。……一筋縄ではいかなそうな面子だね」

彼が今呼んだ名前は、さっき亜想大介に話した中にもあった『未来日記所有者』の名前だ。
その中で今回の殺し合いに参加させられている四人――都合の悪いことに、一人も易しい敵はない。
1st、天野雪輝と2nd、我妻由乃の結束は固い。
彼らはきっと神になる道を選ぶのだろうし、我妻由乃は相変わらず雪輝を欺くのだろう。
9th、雨流みねねからすればむしろこんな状況は得意分野の一つだとさえいえる。
元からテロリストの彼女は現実を知っている。
神を殺す目的のために優勝を目指したとしても、不思議ではない。
11th、ジョン・バックスは厄介な相手だ。
桜見市市長の肩書きは伊達ではなく、頭も切れるし無情な決断もいとわない冷血漢。
手足となる存在を得られれば、最大限の警戒が必要になってくる人物だった。

「探偵日記は没収。……未来日記の助けは借りられそうにない」

やれやれ、と秋瀬はコミカルな動作をする。
彼の未来日記――正確に言えば『孫日記』は、日記所有者たちの行動を予測する未来日記だ。
その名も探偵日記。
未来日記所有者を相手にしている限り、絶対の効力を生む。
彼が自らの意志で勝ち取った未来日記が無いことは、はっきり言ってかなりの痛手である。
何故なら秋瀬或の現時点での最優先は、殺し合いの打破ではないのだから。
秋瀬の目的は、天野雪輝を助けることだ。
我妻由乃から彼を離し、正しい道へ引き戻す。
バトルロワイアルなんてものは、その片手間で解決に取り組んでいけばいい。

「待っていてくれ」

秋瀬或は天野雪輝に愛情を抱いている。
病的であり、しかし正しい愛情を。
秋瀬はどうやって彼を救うかを考えながら、亜想との情報交換で得た気になる話をふと思い出す。
『寓話』。人々の信じる心に巣食う魔物。
寓話探偵と名乗ったあの男は―――このゲームでどんな道を辿るんだろうね。
そんな好奇心を、ふと覚えた。


【秋瀬或@未来日記】
【装備:なし】
【所持品:基本支給品一式、ランダム支給品×3】
【状態:健康】
【スタンス:天野雪輝を助ける】
【思考・行動】
1:雪輝君と合流。我妻さんとは合流させないようにする
2:我妻由乃、雨流みねね、ジョン・バックスには要注意。
3:未来日記の話を広めておく
【備考】
※探偵日記取得後から、世界が二週している事実を知るまでのどこかからの参戦です



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