別離
空も赤くなってるし、もう夕方だ。
どのぷよ勝負も楽しかったなー。
――優勝おめでとう、シグくん。
紫色の長い髪の眼鏡をかけた女の人――ぼくの先生が笑いながらおめでとうと言ってくれた。
――やったー。
手を上げて喜んだ。
やっぱり、褒められると嬉しい。
――優勝のメダルで、願い事が一つ叶えられますよ。
あっ、そーかー。
ぷよ勝負がいっぱい出来るだけじゃなかったんだー。
――シグくんの願い事は、一体何かしら?
――見たことない、虫が森にいっぱい。先生、これで良い?
これで、森の中で遊んだときに楽しいや。
――ごめんなさいね、シグくん。
どうして先生は謝ってるんだろ。
――だって、今は貴方達が虫だもの。
違うよ先生ー。
僕達は虫じゃないよ。
――いいや、お前達は虫だ。私に命の握られているという時点で、虫ケラにも劣るか!
……先生?
ねえ、誰ー?
――精々、ゲームの駒として私を楽しませろ。……でなければ、コイツのように死ぬだけだ。
違うよー。
白ボンはまだ生きてる。
だから、そういう乱暴な持ち方はやめてあげてよ。
――いいや、コイツは死んでいる。だってほら、頭ニ剣ガザックリ刺ッチャッタンダカラ。
大丈夫だよ。
剣を抜いたから、すぐにアンコールで花火を見せてく
――コイツハ死ンダ。剣ガ頭ニ刺サッテ血ヲブチ撒ケナガラ死ンダ。死ンダ……死ンダ……死ンダ! 死ンダ!! 死ンダ!!!
…………。
……そんなのやだよー。
・ ・ ・
襲撃者から逃れるために駆け出した二人は、E-6――ワンダホ温泉に辿り着いていた。
茫然自失状態のシグを連れて長く歩き回るのは危険と判断したにとりは、ひとまず他の参加者から隠れられる場所を選択したのだ。
ここならば草原よりも敵――殺意を持った参加者に発見される可能性も低くなる。
他の場所――例えば、E-8に位置する廃棄海賊船デルヴァへ行くという選択肢もあったが、にとりは他の参加者が隠れているという可能性もあったのでそれは却下した。
ワンダホ温泉を選んだ理由は、まさか殺し合いの場で温泉に向かうという呑気な参加者はいないだろうという考えからだった。
現に、ここにはにとりとシグの姿以外はなく、ただ静かに地熱で暖められた湯から発せられた蒸気が立ち込めているだけだった。
当然のことだが、殺し合いを望んでいない参加者に出会う確率も下がる。
だが、にとりは今はまずシグをなんとかする事が先決だと考えていた。
「しっかりしな。ここまでくれば、とりあえず安全だから」
にとりは、ワンダホ温泉に着くまで何も言葉を発する事が無かったシグに、膝をつきながら声をかけた。
彼女が最後に聞いていたシグの言葉は、白ボンの死を是が非でも否定しようという叫び声だけ。
それ以降は、ずっと嗚咽を漏らしながら手を引かれていたシグは、今はそれすらもないままただ虚空を見続けていた。
「シグ……」
膝を抱えて座り込んでいるシグの肩に手を置こうとするが、
「!?」
「…………」
先程までは手を繋いでいたというのに、シグは触れられる事を恐れているのか体をビクリと震わせた。
にとりは、手を離したのは間違いだったのかもしれないと思っていた。
離してしまった手は、もう繋がれる事は無いのだろうかとも一瞬思ったが、即座に頭を振り自分の考えを否定した。
(――……そんなわけ、ありゃしない)
先程触れようとしたためなのか、膝に顔を埋めるようにしてしまったシグの小さな姿を見つめながら、にとりはゆっくりと立ち上がった。
・ ・ ・
ワンダホ温泉。
カオス遺跡周辺の森北部に位置するワンダホ温泉は、周囲よりも少し高くなっている程度の小山の木々の中に存在する。
建物は全体的に和風であり、落ち着いた雰囲気を感じさせる……とだけ言えば聞こえは良いが、少々老朽化が進んでいた。
そして、肝心の温泉施設の方はと言えば――
「――まあ、今は関係ないか」
にとりは、ひとまずシグが落ち着くまでワンダホ温泉内の探索をしていた。
それは、いざという時のための退路の確認と、“あるもの”を探すためだった。
「冷静に考えて、こんな場所にあるはずはない……か」
にとりはフウとため息をつき、いつも身に付けている緑色の帽子をかぶりなおした。
その拍子に両サイドで青い髪をくくっているゴムについた赤いボールがカチャリと音を立てた。
にとりが探していた物とは、首輪を解除するために必要な工具類の事だった。
普段背負っている帽子と同じ色をした緑色のリュックサックならばそれは入っているが、今背負っているのは支給されたディ・パック。
中身は確認してみたものの、首輪の解除に関して特に役に立ちそうな物は入っていなかった。
「全く、あの人間も厄介な事をしてくれたもんだ」
殺し合いの場に呼び出し、持ち物の効果ある物は没収された。
代わりに支給された品も戦いに向いているものとは言えず、決定的に状況を良い方向へ動かすものはなかった。
「まあ……便利っちゃ便利だけどね、これ。分解は出来そうにないけど」
にとりは片足をヒョイとあげ、薄ピンク色の丸っこい生き物をかたどったスリッパのような靴を見た。
『バーニィシューズ』――これで今日から君もバーニィだ!
……との説明だったのだが、一体何の事だかよくわからないにとりはこの支給品の扱いに困っていたのだ。
だが、今となっては切れる札はなるべく多い方が良い。
ましてや、スペルカードの一枚すらない状況では、支給品に頼らざるを得なかった。
「――とりあえずシグの所に戻るかな」
バーニィシューズの効果は、移動速度の大幅な上昇。
普通に歩いたつもりでも、走った時のような速度が出るという不思議な靴。
そのおかげで、施設内の移動時間が大幅に短縮されたのだった。
しかし、喜んでばかりも居られない。
何せ、
(遊んでる暇はないからね)
安全な場所だと思っていても、襲撃者はいつ襲ってくるか分らないのだから。
・ ・ ・
一人になったシグは、未だに一人のボンバーマンの死を受け入れる事が出来ずにいた。
シグは、膝に埋めていた顔をあげて周囲を見回した。
「……――白ボン、どこー」
声を出してみたが、当然誰の姿もそこにはない。
何故ならば、自分は彼を置いてきてしまったのだから。
「迎えに行かなきゃ……」
もしかしたら、彼は自分達を探し回っているかもしれない。
こんな殺し合いの場で他人を探し回るなんて危険な事をしているかもしれない。
だったら、こちらから会いに行ってあげなければならない。
そうしないと、彼は誰かに殺されてしまうかもしれない。
シグは、途切れてしまいそうな意識の中でそう考えていた。
「…………」
フラリと立ち上がったシグは、施設の出口を見てつぶやいた。
その目は何を写しているかはわからないが、求めているものはただ一つ。
ここで出会った友達――白ボン。
だが、白ボンはもうどこにもいない。
シグは、居なくなった友達に会うために歩き出した。
・ ・ ・
「――くそっ!」
シグがいない。
にとりは自分の迂闊さを呪ったが、そんな事をしても何にもならない事はわかっていた。
考えてみれば、周囲の安全を確認する以上にシグの状態に気を配るべきだった。
気を遣って一人にしてあげるのではなく、例え拒まれようとも傍に居てやるべきだったのだ。
安全の確認、ここからの脱出方法の模索――それは、とても重要な事だ。
だが、それは生きているからこそ重要になる。
死んでしまっては、何の役にも立ちは無しない。
(いつここを離れたのかは分らないけど……そう遠くには行ってないはずだ!)
シグが何を考えてこの場所を離れたのかはわからない。
はじめはディ・パックがそのまま置かれていたので施設内を歩き回っているのかと思ったが、そう広くないここで鉢合わせないという事はまず有り得ない。
つまり、シグは外に出たのだ。
人を殺す事を躊躇わない奴らがいる、危険だらけのバトルロワイアルの空の下へ。
「世話を焼かせてくれるじゃないか!」
にとりは愚痴をこぼしながらもシグのディ・パックを拾い上げ、彼を探すために勢い良く外へ飛び出した。
その速度はバーニィシューズによって増している上に、妖怪である彼女の脚力も相まり疾風のよう。
だが、その速度で周辺を捜索するという事は、当然他の参加者に発見される可能性が高くなるという事だった。
さらには、シグに自分の存在を気付かせるために声を出しながら走り回る。
これは、明らかな自殺行為。
だが、
「シグ―――ッ!」
にとりは、あえてその危険を冒した。
勿論、シグの高い魔力――呪われているかの様な右手や右目――が、最悪の形で暴走してしまう事も危惧していた。
だが、それ以上に――
(あの子を見捨てたら……河童が廃るからね)
並大抵の参加者ならば、にとりは相手にする自信があった。
彼女は、見た目は少女だがその本質は妖怪――河童である。
そして、スペルカードもない、発明品もない、ましてや幻想郷ですらない今のこの状況ならば、
(多少の“お目こぼし”は許されるでしょ)
その妖怪としての力を使う事は許されるだろう。
「シグ―――ッ!」
にとりは少年の名を呼び、草原を駆けた。
・ ・ ・
妖の気に誘われて……人の身でありながら修羅となり――まさしく鬼となった男が動き出した。
その鬼が求めるのは闘争――死合い。
男が練り上げる気は――殺意の波動。
・ ・ ・
遠くまで行っていない、というにとりの予測は正しかった。
にとりが探知機を使ってシグを発見したのは、E-3の中心に近い草原の中だった。
「シグっ!」
フラフラと歩いているシグをすぐに見つける事が出来たのは本当に幸運だった。
……もしかしたら、このまま二度と出会えない可能性もあったのだから。
膝上まで伸びている草を掻き分け、にとりはシグに駆け寄った。
シグもそれに気付いたのか振り返り、
「あっ、にとりー」
と、出会った時と変わらないポヤポヤした口調で呑気に返してきた。
流石にそれにはにとりも呆れと怒りを通り越して……寒気すら覚えた。
「……あんた、どうしてあの場所を離れたりしたんだい?」
「えー?」
「えー……じゃないよ! どうして勝手に一人で出歩いたんだ!」
にとりは思わず大声を出してしまったが、それでもシグはまるで意に介していない様子。
それ所か、何故にとりが怒っているのかわかっていないようだった。
にとりは舌打ちをしたい気持ちを堪え、これ以降はこんな真似をしないようにと諭そうとしたが、
「だって、白ボンを置いてきちゃったから迎えに行かないとー」
「……!」
シグの言葉を聞き、二の句が次げなくなってしまった。
白ボンが死んだという事を拒否してしまっているシグは、彼が死んだという事実を白ボンの遺体と一緒に置いてきてしまったのだ。
だから、白ボンを迎えに行こうともするし、死への危機感が薄れてしまっていたため出歩きもした。
それを悟ってしまったにとりは、沈痛な面持ちでシグの両肩に手をかけた。
「どうしたのー」
「……いいかいシグ。大事な話だからよく聞きな」
「?」
これからする話は、再度シグの心を抉る事になるだろうとにとりは分っていた。
けれど、受け入れなければならない。
でなければ、確実にそれ以上の不幸が訪れてしまうのだから。
「あんたが――」
探している白ボンは、もう死んでるんだ。
そう言おうとして開かれたにとりの口は、
「……――勝手に出歩くと、はぐれて会えなくなっちゃうかも知れないだろ?」
優しく諭すように違う言葉を紡いだ。
「あっ、そーかー。そうだよね」
「うん。だから、白ボンは私が探してくるから、大人しくさっき居た場所で待ってな」
「わかったー」
にとりはシグに嘘をついた。
白ボンを探す気など勿論無かったし、本当は今すぐシグをこの場から離れさせるために嘘をついた。
だが、人を疑うという事を知らないのか、にとりの事を信じているのかはわからないが、シグはそれを疑うことなく二つ返事で受け入れた。
「ほら、忘れもんだよ」
にとりは自分のディ・パックからシグのディ・パックを取り出し、その手に持たせた。
「忘れてた。ありがとー、にとり」
「今度は絶対忘れるんじゃないよ。……ほら、早く行きな」
「うん」
にとりはシグの背中を軽く叩き、押し出すようにしてその歩を進めさせた。
段々と小さくなっていくシグの背中を見ながら、にとりはほぅとため息をついた。
そして、シグとは反対の方向に向き直り、言った。
「――さあ、それじゃあ相撲でも取ろうか……ってのは駄目?」
その言葉を受けた男は、
「笑止! 我が求めるは死合いのみ!」
と、体から殺気を立ち上らせながらにとりの提案を一刀の元に切り捨てた。
男――豪鬼の放つ殺意の波動を感じながら、にとりは気を抜けば震えそうになる両足をここから先へは行かせないとばかりに開いた。
(こいつは厄介な相手に気にいられたもんだね……)
にとりは、自分よりも強い力を持っている存在――鬼と対峙しながら心の中でぼやいた。
その足元では、ピコンピコンと感情の無い機械音が鳴り続けていた。
豪鬼の目的は死合い。
そういう意味では、にとりの考えている足止めという考えは間違っていた。
だが、結果的にシグの安全はとりあえず確保された。
何故ならば、豪鬼の目的はにとりだったのだから。
「…………」
目の前の存在――にとりから、人ならざるものの気配を感じながら豪鬼は自らの力――殺意の波動を高めていった。
向かってこないだろうというにとりの構えを見た豪鬼は、
「――ふんっ!」
残像が残る程の移動法――阿修羅閃空で彼我の距離を一気に詰めた。
「!?」
豪鬼が距離を詰めてくる事を予想していなかった訳ではなかったが、その移動速度ににとりは虚を突かれた。
相手は鬼に類する気を放っているとはいえ、所詮は人間だろうという油断もあったためか、にとりは回避出来たはずのやや大振りな豪鬼の拳を受ける事となった。
「っぐ!」
上段へ繰り出された撃ち下ろしに対して、にとりは咄嗟に両腕で頭をかばった。
だが、その並大抵ではない威力にガード越しに体力を削られたにとりは、完全にペースを握られた事に歯噛みしながら一旦距離を取るという選択をした。
打ち下ろされた拳の軌道に沿うようにして体をかがめ、一気にその距離を離すため足に力を入れた。
妖怪の脚力とバーニィシューズの効果も相まり、その試みは成功した。
「……――あんた、本当に人間“だった”のかい?」
距離を離した事で生まれた戦いの間隙、にとりは豪鬼へ疑問を投げかけた。
だが、豪鬼の赤い目はそれには答える必要は無いという意思が見て取れたため――にとりは覚悟した。
(……もしかしたら、本当に白ボンに会うかもねぇ)
正直、相手がここまでの力を持っているとは思ってもいなかった。
今の一撃も、シグのディ・パックの中に入っていた支給品――ブラックベルトを身に着けていなかったら即座に距離を離すのは難しかったかもしれない。
それ程までに豪鬼の放った一撃は、妖怪の身にも重いと感じられるものだったのだ。
「ぬん!」
豪鬼は両足を開き、体に漲る殺意の波動をより一層立ち上らせた。
膨れ上がった殺気を感じたにとりは、的を絞らせないために先程までとは違い足を動かし、豪鬼の周囲を回るようにして走りだした。
その直後、先程までにとりが立っていた場所に生えていた草木が、豪鬼の放った炎を纏った気弾――灼熱波動拳によって焼失した。
さすがに直撃とはいかないまでも、バーニィシューズを履いていなかったらにとりは体の一部に火傷を負っていただろう。
……いや、火傷だけではすまなかったかもしれない。
(最低でも、あと5分くらいは時間を稼がないとね……!)
支給品の中に武器になるものがあったなら話は違っていたがそれらしいものは無かったし、目の前の男が何の武器も持たずに戦う事に慣れ親しんでいる事が決定的だった。
同じ幻想郷の住人で武術の達人――紅美鈴ならば他の選択もあったのだろうが、河白にとりはエンジニア。
純粋な体術では……拳を極めし者とまで称する豪鬼ににとりが敵うはずも無かった。
故に、シグが逃げ切るまで時間を稼いだら、にとりはすぐさまその場を離れるつもりでいた。
だが、
「にとりー、さっき居た場所ってどっちの方だっけー」
逃がそうとしていたシグは、この場に戻ってきてしまっていた。
「なっ……!?」
それに驚いたにとりの足は一瞬止まり、視線は鬼から離れシグに向けられた。
それは致命的な隙であり――豪鬼が見逃すはずも無い絶好の機会。
「――滅殺!」
男の手から、自分を殺すための波動が放たれたのをにとりは見た。
恐らく、あれが直撃すれば自分はただではすまないだろうとも思ったが、今から動き出しても間に合わない。
ここは、無防備に食らうよりは少しでも威力を軽減させるためにと腕を交差させた。
だが、所詮は気休め程度にしかならないだろうともにとりは思っていた。
ゴウと音を立てながら、男の放った禍々しい波動は自分に迫って来る。
にとりは歯を噛み締め、襲い来るだろう衝撃に備えていた。
――だが、
「!?」
シグがにとりを守るようにして、一瞬の内に彼女と波動との間に立ちはだかった。
それはにとり……そして、波動を放った豪鬼にも予想外の出来事だった。
殺意の込められた気の一撃を受け、シグの体は後方――にとりの居る方向へ吹き飛んだ。
「っ!」
辛うじてその体を抱きとめたにとりは、シグの体を激しく動かさないようにゆっくりとその場に座った。
後ろから抱えらていたシグは、にとりにもたれる形でそのまま力なく地面に体を横たえ、彼女の膝に頭を乗せる形となった。
にとりは、シグの顔を見下ろしながら静かにつぶやいた。
「…………なんでこんな真似をしたんだ……」
自分は、お前を守るために無様に戦ってたのに。
にとりの声を聞いたためか、閉じていたシグの瞼が微かに震えた。
だが、もう力が入らないのか目を開く事なく、シグは先程のにとりの呟きに対して言った。
「――……だい……じょ、ぶー……?」
その異形の右手には、淡い光を放つ紫色の玉――マテリアが握られていた。
効果は――『かばう』。
シグの秘められていた潜在能力は、にとりが考えていたのとは全く違う……本当に、全く違う形での最悪な引き出され方をしてしまったのだ。
・ ・ ・
時は少しだけさかのぼる。
にとりからディ・パックを渡されワンダホ温泉まで戻るよう指示されたシグは、その道中ディ・パックの中身を漁っていた。
ディ・パックの中身は、ランタンや地図、食料等基本的な物の他に支給品の一つ――モンスターボールが入っていた。
「あれー? ベルトがなくなってるや」
にとりと確認した時には、他にも黒いベルトが入っていたのだが見当たらなくなっていた。
何故ならば、にとりはそれを着けて豪鬼と対峙しているのだが、この時のシグはそれを知る由もなかった。
「まあいっか」
すぐに気を取り直し、シグは歩きながらディ・パックの中身を漁るのを再開した。
そして、ディ・パックの底にモンスターボールのような丸い物の感触を感じたシグは、それをゴソゴソと引っ張り出した。
取り出してみたそれは、綺麗な紫色の宝石のような物質――マテリアだった。
「綺麗だなー」
にとりも“白ボンも”、これを見たらきっと綺麗だと言うに違いない。
シグはそう思い、後で二人に見せてあげようと考えた。
「……あれ? さっき居た場所って、どこだっけー」
思い出そうとしても、何故か思い出せない事をシグは不思議に思った。
茫然自失の状態で出てきたから覚えていないのか、それとも覚えている事を彼の心が拒否したからなのかはわからない。
だが、シグは大してそれを気にしていなかった。
「さっきの所に戻って、にとりに聞けばいっかー」
まだあの場所ににとりは居るかもしれないし、考えてみれば一緒に白ボンを探した方が早い。
そう考えたシグは、クルリと踵を返し先程にとりと別れた場所へ向かったのだった。
そして、思っていた通りにとりはまだそこに居た。
なので、シグはにとりに声をかけたのだ。
その結果にとりは立ち止まったが、シグは彼女へ“何か良くないもの”が飛んでいっているのを見た。
次の瞬間、右手に持っていた――本来ならば発動しないはずのマテリアが輝いた。
・ ・ ・
「……――シグ、お前は馬鹿だ」
にとりは、シグの頬を手でそっと触れながら言った。
「馬鹿って……言う、方が……馬鹿なんだ……よー……」
シグはいつものポヤポヤした口調で、途切れ途切れにそれに答えた。
「そうだね……そうかもしれないよ」
出会った時のような、噛み合っているようで噛み合っていない言葉の応酬。
「……にとりー」
シグは、にとりの名を最期に呼び――それ以上言葉を発する事は無かった。
【シグ@ぷよぷよシリーズ 死亡】
【残り52人】
……しかし、にとりはシグの頬を撫でながら続く言葉を待っていた。
勿論、彼がもう既に事切れているのはわかっていた。
――それでも、にとりはシグが言葉を紡ぐのを待っていた。
吹き抜ける風の音以外何も聞こえなくなったその場に、
「――死合え」
鬼の……戦いを望む声が響いた。
これで戦いを邪魔する者はいなくなった。
思う存分死合いが出来るようになった事に、豪鬼は喜んでいた。
豪鬼は、少年――シグが自らの一撃で命を落とした事などまるで気にも留めてはいなかった。
「妖……我と死合えいっ!」
二度目の呼びかけをしても、妖――にとりは何の反応も示さなかった。
豪鬼の殺気をその身に受けているのにも関わらず、にとりは冷たくなっていくシグの頬を撫で続けている。
「…………」
豪鬼は、無言でそんなにとりに歩を進めた。
豪鬼の中の殺意の波動は一歩踏み出すたびに高まっていく。
だが、にとりはそれを全く意に介していなかった。
そして――
「――せあっ!」
豪鬼の手刀が勢い良く振り下ろされた。
死合いを望んでいる相手であるにとりではなく――それまで誰も居なかったはずの、自らの背後に向かって。
「……――何奴だ」
振りぬいた豪鬼の手刀の下で、砕け散った蒼い魔力の刃がパキパキと音を立てて崩れ去った。
豪鬼の問いかけた視線の先には、青いロングコートを纏った男が一人、つまらなさそうな顔をして立っていた。
「フン、今の攻撃で死んでいろ……屑が」
そう言い捨てた男は、ゆらりと上半身を揺らしながら前傾姿勢をとり――豪鬼に向かい駆け出した。
「ぬうっ!?」
男の疾走の速度もだが、豪鬼は先程の奇襲も含め二度も先手を取られた事に驚いていた。
死合いの中で最初から自分に向かってくる者は、今まで数える程しか存在しなかったからだ。
それも、迫り来る男は命を賭しているという訳でもなく、ただ淡々と自分を殺しに来ている。
「ふんっ!」
男の放った左の拳は打ち下ろす様なフック。
豪鬼は、ガードを固めながらもその威力によって体を後方へ押される形となった。
「せあっ!」
そのまま流れるようにして、男は右のアッパーを豪鬼の頭部に向けてうった。
反撃する暇を与えないその連撃に対して、さすがの豪鬼は初撃を防御していたため反撃の糸口が見つけられず、ガードを解く事が出来ずにいた。
男はその様子を見て、放った右の拳の遠心力を利用するようにして回転し、
「はあっ!」
頭部を両腕で守っていたためガラ空きになっていた豪鬼の脇腹を目掛けて左の後ろ回し蹴りを放った。
だが、拳を極めし者――豪鬼にとってそれは対処出来る範囲の攻撃であり、致命的な隙。
本来ならばその蹴りを体を屈めて避け、天に向かって拳を突き上げそのまま龍の如く飛び上がる技――豪昇龍拳、または、豪昇龍拳の三連撃――滅殺豪昇龍を放つ場面。
……しかし、豪鬼はそうしなかった。
「――ふんっ!」
豪鬼が気合と共に使用した技は――阿修羅閃空。
すれ違うようにして前方に移動した豪鬼は、男の放った中段への蹴りをすり抜け男の遥か後方へ回り込んだ。
その間にも空を切る音がもう一つ。
男は後ろ回し蹴りの回転を活かし、そのまま同じ箇所を粉砕するための右の中段蹴りを放っていたのだ。
恐らく、その右の蹴りは左の後ろ回し蹴りで跳ね上げられたガードの下に深々と突き刺さすための攻撃。
――しかし、それは豪鬼が三発目の攻撃である回し蹴りに反撃しなかった理由ではなかった。
「……中々に勘が良い」
二人は最初と位置が完全に入れ替わった形になった。
距離を取った豪鬼に対し、男は賞賛でもなく侮蔑でもない、ただの感想を述べた。
「貴様……何奴だ」
突然の乱入者に対し、豪鬼は再度問いかけた。
それに無表情のまま、
「ただの悪魔だ」
銀髪の青いコートの男――バージルは淡々と答えながら、その周囲を回転するように魔力で形成された蒼い刃――幻影剣を二本出現させた。
対峙する鬼と悪魔。
静寂の中先に仕掛けたのは……鬼。
強者との出会いの喜びに殺意の波動を迸らせ、放つは気弾――豪波動拳。
「ぬん!」
対してバージルもまた展開していた幻影剣の一本を放ち、それを迎撃しようとするも豪波動拳はそれを折りながら突き進む。
「Don't get so cocky(舐めるな)!」
だが、バージルは即座にもう一本の幻影剣を撃ち出しそれを掻き消した。
遠距離戦は五分、勝負を決めるのは接近戦。
……しかし、両者が先程の様に近距離で戦うという事態は起こらなかった。
「…………」
――なんと、豪鬼が踵を返し……その場から離れるように歩を進め始めたのだ。
当然ながら、豪鬼はその身に大きなダメージを受けていないし、普段の彼ならばここで退くという事は有り得ない。
「怖気づいたか?」
その背にバージルは声をかけるも、豪鬼がここで退く理由を理解しているようだった。
何故なら、彼もまたここで易々と敵を逃がすような者ではなかったからだ。
だが、バージルも豪鬼を追う気配を一切見せなかった。
「――互いが全力でない死合いなど、死合いにあらず!」
豪鬼はそう言い残し、その場を去った。
残される形となったバージルはそれには答えず、自らの拳を見つめていた。
「……――くだらん真似をしてくれる」
豪鬼とバージルの両者は、お互いの体にかけられた制限に気付いていた。
豪鬼は強者と出会うたびに自然と湧き上がってくる殺意の波動を抑制され、バージルは悪魔としての力を抑え込まれていた。
それは、強者との戦いを――力を求める彼らにとっては見過ごす事の出来ない事実。
故に、二人はここで決着を付ける事を良しとせず、しばしの休戦と相成ったのだった。
・ ・ ・
結果的に二度も命を救われる形となったにとりは、豪鬼が放つのとは別のもう一つの力――バージルの魔力を感じた時点で顔をあげ、それから起こった一部始終を見ていた。
――似ている。
にとりがバージルに抱いた最初の印象はそれだった。
バージルは、あまりにも似ていたのだ。
白ボンの命を奪った……あの、赤いコートの男に。
コートの色と身に纏っている空気こそ違えど、銀髪に風貌……そして、存在そのものが似ていた。
(私も……殺されるんだろうね)
恐怖はある。
しかし、にとりはシグをこの場に残して逃げ出す気にはなれなかった。
バージルは振り返り、
「――女」
本来の、
「貴様の支給品の中に、“これ”と同じもの。
――もしくは、閻魔刀(やまと)という刀か、フォースエッジという剣がなかったか言え」
目的を告げた。
バージルがにとりに見せたのは、彼の母の形見である二つのアミュレットの片割れだった。
バージルは、にとりを助けようなどという気は毛頭なかった。
彼の目的はただ一つ、力を得る事である。
この会場に招かれたバージルは自らの体に違和感を感じた。
すぐさま気付いた違和感は、愛刀――閻魔刀がその腰になかった事だった。
そして次々と浮き彫りになったのは、魔力の抑制にはじまり身体能力の制限等、細かい事を数えていけばキリがない程の力の消失。
……これでは、力を得る所の話ではない。
確認したディ・パックの中には、母の形見であり――魔界への扉を開く鍵の一つである金のアミュレットがあった。
それを見たバージルは、自らのアミュレットも取り出そうとした――が、どこにもアミュレットが無い事に気付いた。
恐らく、ダンテのアミュレットも同じ様に支給品の一つとして配布されているのだろう。
もう一つの魔界への扉を開く鍵、彼の父の形見の剣であるフォースエッジも同様の扱いを受けているに違いない。
……これでは、魔界への扉を開く事など出来はしない。
力を得る機会を与えてくれた事には感謝したものの、神を語る――所詮人の身でありながら自分から何かを奪って行くなど言語道断。
ましてや、それを他人に配るなど許される事ではない。
バージルは、バトルロワイアルの主催者である偉出夫を障害だと認識した。
そして彼は、このバトルロワイアルでの明確な目的を得た。
力を取り戻す方法の模索。
二度とこのような真似が出来ないようにするための、狭間偉出夫の殺害。
会場にばら撒かれた、“鍵”の回収。
――バージルは、その内の一つである“鍵”の回収をしようとしただけだったのだ。
「言わなければ――」
バージルは感情の起伏のない声で言った。
その周囲には、力を抑制されていても獲物を求めるかのように幻影剣が展開されていた。
「――死ぬだけだ」
【E-6・草原/一日目/黎明】
【バージル@デビルメイクライシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:金色のアミュレット@デビルメイクライ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1(確認済)
[思考]
基本方針:力を得る
1:力を取り戻す
2:偉出夫を殺す
3:閻魔刀、フォースエッジ、もう一つのアミュレットの回収
4:目の前の女(にとり)への対処
※体にかけられた制限に気付きました。
※制限の内容としては、身体能力制限、魔力制限です。現在同時に展開可能な幻影剣の本数は2本です。
その他の制限、魔人化に関しては他の書き手さんに任せます。
【河城にとり@東方project】
[状態]:疲労(中)、精神疲労(大)
[装備]:ブラックベルト@ファイナルファンタジー7、バーニィシューズ@スターオーシャン2nd
[道具]:不明支給品1〜2(武器はなし)、基本支給品一式、探知機(元バーバラの支給品)
[思考]:
1:シグ……
2:白ボンの埋葬をしてやりたい。
3:目の前の男(バージル)への対処
※ダンテ、草薙京、豪鬼をマーダーと認識しています。
※ダンテ、草薙京、バーバラ、豪鬼の名前は知りません。
※バーニィシューズの効果は、歩行速度の強化です。
歩行→疾走
疾走→全力疾走
全力疾走→限界を超えた全力疾走
……という程度の強化を考えています。詳細は決定していないので、他の書き手さんに任せます。
※ブラックベルトの効果は、力と体力が上がり、毒と呪いを防ぐという効果です。
しかし、上がり方は大したものではなく、毒と呪いは完全には防げません。
【豪鬼@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:全身に中度の打撲、体力・気力の消耗。
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、未確認支給品(0〜3個)
[思考]
1:死合いに見合う者を探す
2:リョウ、バージルと再び闘い、その真の一撃を見る
3:リュウと拳を交える
※制限に気付きました。
※豪鬼にかけられた制限は、他の相手と連戦状態になっても気力が回復していない事です。
→具体的には、「HERE COMES A NEW CHALLENGER!!」になってもスパコンゲージがフルになりません。
※他の制限に関しては、他の書き手さんに任せます。
※自分達の流派と極限流に似ている部分がある事に、興味を抱いています。
※ストリートファイターZERO3からの参戦です。
※これからどこに向かうかは、次の書き手さんに任せます。
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