青い髪の二人






 天才。
 少年――レオン・D・S・ゲーステを一言で表わすのに、これほど相応しい言葉は無いだろう。
 12歳という年齢にも関わらず、彼の本来暮らしていた世界――エクスペルでは、刻まれた紋章によって様々な効果を発揮する紋章術を利用した兵器――『紋章兵器』の研究者として、周囲の研究者にも疎まれる程の知識と力を彼は有していた。
 最も、レオンの評判が良くなかったというのは、彼の性格が少々生意気と言うには度が過ぎているという事があるからでもあるが、この状況――バトルロワイアルというものに否応無く参加させられる事となった今となっては、その生意気さは少々なりを潜めていた。
「…………」

 レオンは、生い茂る草を掻き分けながら黙々と歩き続ける目の前の女性――レオナ・ハイデルンの背中を見つめながら考えていた。

(レオナお姉ちゃんは、僕が守ってあげないと)

 今は慣れていない草木が生い茂る山中の行軍のために前を譲ってはいるが、もし万が一戦いになったならば、自分がレオナの前に立ち戦う。
 レオンのその決意は、決して揺るがないものだった。


 レオンはただの研究者ではない。
 それは勿論、少年だからという理由でも、フェルプールという猫を祖先とする人種で、ピンと立った獣の耳と尻尾を有しているからでもない。
 レオンは研究者でもあり、紋章術者でもあるのだ。
 その体に刻まれた紋章は、主に闇と水を操り敵を攻撃するというもの。そして、被術者の身体能力の向上や低下を促すという、補助的な術を発動させる事が可能になるというものだ。
 発動される紋章術の威力、効果の程は劇的であり、戦いの中では役に立つものばかり。

 ――知は力なり。 

 これは、彼が普段から口にしている言葉だった。
 力は、行使するべきときには躊躇わず行使するもの。
 レオンは、その“力”を護るために使う事を決めていた。


 彼が兄のように慕っている存在――同じ様にゲームに参加させられている人物、クロード・C・ケニーがそうしていたように。




 彼女――レオナ・ハイデルンを少女だと思う人間を数えるには、片手の指だけで事足りる。
 幼少期に記憶を失った彼女は、養父――ハイデルンに引き取られた後、彼女自身の希望により軍人として徹底的に鍛え上げられ、その感情を表に出すことはほぼ無くなっていた。
 養父であるハイデルンとは一定以上の距離を保っており、父と娘のような関係では決して無い。
 故に、レオナを少女として扱うのは、直接の上司である二人の軍人だけとなっていた。
 しかし、それも上司と部下という関係と年齢的なものからくるものであるとレオナは思っているが、真相は定かではない。
 閑話休題。

 レオナは草木を掻き分けながら、背後についてくる少年――レオンをどうするかについて思考を巡らせていた。
 本来ならば、バトルロワイアルという状況でレオンという足手まといを連れ歩く事は、生存する確率を著しく下げる事につながる。
 今も、レオンが歩きやすいようにと草木をなぎ倒しながら歩き、余計な体力を消耗させ、さらには追跡者に目印を残すような真似をしている。
 冷静に判断すれば、今すぐにでも少年を見捨てるべきなのだ。
 だが、

「――休憩は必要?」

 レオナは、そうする事が出来なかった。
 それどころか、レオンの体調に気を使い、余計な時間の消費をするような質問を投げかけている。

「だっ、大丈夫だよ!」

 振り返った先では、レオンが明らかに空元気だと言わんばかりに胸を張って答えていた。
 しかし、レオンが疲れているというのは一目瞭然だった。
 ……彼の頭部の獣の耳が、ペタリと垂れ下がっていたのだから。

「……――とりあえず、少し休みましょう」

 レオナは周囲にあった木に背中を預け、目を閉じた。
 その姿勢はレオンに反論する余地を一切与えないものであり、レオンも渋々それに従い、レオナの周囲の草むらで腰を下ろそうとしたが、慣れない山歩きに加え、精神的にも疲労がたまっていたのだろう。
 膝を半ばまで折ったレオンは、尻餅をつくようにして後ろに転がってしまった。



 尻餅をついたレオンは、女性の前で情けない姿を晒してしまったという羞恥で顔を赤くし、勢い良く跳ね起きた。
 だが、立ち上がるだけの力は足に入らず、結果的により情けないと思う結果になってしまった。
 少年である事に加え、術者であるレオンは体力が無い。
 外で元気に遊びまわっていたのなら話は別だったかもしれないが、それでもレオナの選ぶ道は険しく、程度の差こそあれ体力を消耗していただろう。

 レオンは自分が付いていくことで、レオナの足手まといになっているという自覚はあった。
 しかし、レオンはレオナを一人にさせる事が出来なかった。

「…………」

 レオンは、木に寄りかかり目を閉じているレオナの、感情というものが感じられない横顔を見つめながら、この会場に送られ、混乱しながら他の人間を探していた時の事を思い出していた。
 今思えば、非常に軽率な行動だったともレオンは思っていた。
 殺し合いに乗っている参加者もいるかもしれないのだし、運が悪ければ今頃は自分はこうしていなかったかもしれない。
 ――しかし、そうはならなかった。
 歩き回って最初に見つけたのが女性、それも、グッタリとして死んだように地面に体を横たえているのを見たレオンはまず、自らが生き残るという事よりもその倒れていた人――レオナの事を心配した。
 これが男だったのならばレオンも警戒したのだろうが、レオナの整った容姿と、眠っている時に見せていたとても悲しげな表情が彼を突き動かした。
 レオナを起こし、その無事を確認した後、レオンは彼女を安心させるため少年らしく、普段よりも明るく振舞う事を心がけた。
 途中でレオナが無言になり、気恥ずかしさのため誤魔化すような事を言ってしまったが、幸いレオナは理解していなかったようだった。

(……僕が“大人”だったら、もう少ししっかりやれるんだろうな)

 俯き、目を閉じてクロードの事を思い出す。
 彼ならば、こんな状況でどんな言葉をレオナに投げかけるのだろうか。
 ……しかし、考えても栓のないことだとレオンはかぶりを振り、その思考を中断した。

「そろそろ出発しようか、レオナお姉ちゃん」

 レオンはあまり力の入らない足を手で押さえつけ、無理矢理立ち上がりレオナに声をかけた。
 その言葉を聞いたレオナは目を開け、レオンの状態を分析するように爪先から“耳の先”までをジッと見つめた。
 そして、レオナが何かを口にする直前、それを遮るようにレオンは元気良く言った。

「僕はもう大丈夫。――だから、草は大事にしながら歩いて平気だよ」

 それを聞いたレオナの表情は、ほんの小さな変化を見せた。
 彼女の上司であるラルフ・ジョーンズが今のレオナの表情を見たら笑いながら言うだろう。

 ――ワハハハハッ! レオナが驚くのなんて珍しいな!

 ……と。



     ・    ・    ・

 二人は目的地――B-2にあるホノボノトンネル西側の入り口に到着し、腰を下ろしていた。
 レオンの顔には疲労が見られるが、レオナは疲れている事を微塵も感じさせない無表情。
 それは、彼らが研究者と傭兵という奇異な組み合わせだからか。


 今はお互いの情報を軽く交換し終わり、レオンの強い要望もあってこのゲームに関する事を話し合っていた。

「……――それじゃあ、レオナお姉ちゃんもやっぱりお兄ちゃんと同じで……」

 別の惑星の住人なのか、という言葉はレオンは口にしなかった。
 それは意図してのことではなく、彼が思考を巡らせる事を開始したからだった。
 レオンは、以前クロードが断片的に言っていた事を思い出し、レオナから聞いた情報と主催者――偉出夫が言っていたこのゲームに関する事、そして、あの皆が集められた時に起こった出来事を総合する事で得られた結論を伝えるために口を開いた。
 惨劇を思い出すと体が震えそうになったが、考える事を優先したのが功を奏したためレオンは平静を装う事が出来た。

「このゲームを始めたアイツは、色々な世界から人を集めてる。それも、二つじゃなく三つ以上だっていう事は確実だよ」
「何故そう言い切れるの?」
「答えは簡単さ。
 まず、僕の世界であるエクスペルで一つ。そして、レオナお姉ちゃんの世界で二つ。
 ……レオナお姉ちゃんの世界には、術は存在しないんだよね?」

 レオナは無言で頷いた。

「うんうん。そして、あの会場にいた人達が使ってた術。あれは、確実に紋章術じゃない。
 だって、紋章術だったら僕が知らないはずが無いからね」

「ケアルっていう術……あれは、恐らく回復の術なんじゃないかと思う。
 僕の世界では、回復の効果を持つ紋章術にケアルって術は存在しないんだ」

「他にも、レイズっていう術もそうだよ。あ、あの状況で使うとしたら蘇生術しかありえないよ……ね。
 言うまでもないけど、紋章術には存在しない術だった。だかっ……ら、世界が三つなのは――確定。
 ……他にも、参加者の、中には……術を使った人達とも違う、見たことの、ないっ、服装の人も――」

 レオンの声が震えだし、それでもその推論を最後まで言おうとする前に、、


「――とりあえず、今の貴方は休むべきね」


 レオナは、目の前の少年の垂れ下がった耳を見ながら言った。




     ・    ・    ・

 レオナは泥のように眠っているレオンの寝顔を見ながら、このゲームについて考えていた。
 レオンの言っていた推論に関しては、あながち的外れではないように思う。
 だが、あの少年は皆が集められたあの場所で起こった悲劇が、主催者によって仕組まれた茶番という可能性は考慮していなかったようだ。
 ……しかし、その可能性は低いだろう。
 感情が希薄だと自分でも思ってはいるが、彼ら、そして彼女達の行動は演技ではないように見えた。

 レオナは、レオンが年齢の割には頼りになるのかもしれないとは思ったが、やはり子供。
 言葉は震えてはいなかったが、声の調子は早かったし、目線も時折揺れていた。
 そして、特徴的な耳は終始垂れ下がっていたのだから、強がっていたのは明白。
 疲労もかなりあっただろうから、休息を取る事を優先しろと言ったのだが、何故だか分らないがレオンはそれを最後まで嫌がっていた。
 ……もっとも、一度横になったらすぐに寝息が聞こえてきたが。

 考えなければならない事は沢山ある。
 しかし、考える事よりもまず、生き残る事を優先しなければならない。
 この状況を抜け出す術を見つけたからといって、それが実行に移せなければ意味が無いのだから。
 レオナは立ち上がり、生き残るための術を実行に移す事にした。
 ホノボノトンネルを目指していたのには訳がある。
 それは、周囲が森に囲まれ、さらにトンネルという地形が罠を張るのに適しているからだった。
 その耳に付けられたハート形のイヤリングを模した爆弾に手を触れながら、レオナはつぶやいた。


「力は制御――出来る」


 ――しなければならない。


「けど……それを頼るつもりはない」


 レオナはこのバトルロワイアルに……そして、オロチの血に、“レオナ・ハイデルン”として抗おうとしていた。




     ・    ・    ・

 彼らが共に行動をする事になったのは、いくつもの偶然が折り重なった結果だった。


 もし、レオンがレオナを見つけた時に彼女の意識があったならば、彼は冷静になり、警戒して近付かなかっただろう。

 レオンは、クロード・C・ケニーという青年に出会うまでは、誰かを護るという考え方をしない少年だった。
 彼は、ただ知識を求め、同じ様に紋章兵器を研究する両親に構ってもらおうとするだけで、周囲の人間の事などほとんど考えない、年齢相応の少々自己中心的な子供だった。
 しかし、クロードと出会い旅をしていく中で彼は成長し、他人を思いやることの大切さを学んでいった。
 お兄ちゃんと呼び、慕っているクロードがエクスペル人である少女――レナ・ランフォードを守り、
戦い続けていた姿を見ていたレオンは、クロードと同じ様に……悲しげな表情をしていたレオナを守りたいと思ったのだ。


 そして、レオナも相手がレオンという少年でなければ、同行するという事は了承しなかっただろう。

 レオナはかつて、オロチの血に覚醒し両親を殺害した時の記憶を取り戻したショックが原因で、戦争中に無関係だった少年を巻き込みその命を奪ってしまった事があった。そしてそれは、レオナの心にしこりの様に今も残り続けている。
 少年を殺してしまったという後悔と、目が覚める前に見た夢。
 まだ幼いレオンが、その時の少年と――そして、過去の自分にダブって見えるような青髪でなければ……。


 ……――この二人が出会った事は、本当に偶然だったのだろうか?


 彼らはまだ、お互いが出会った意味を知らない。





【B-2・ホノボノトンネル中央付近/一日目/黎明】
【レオナ・ハイデルン@ザ・キングオブファイターズ】
[状態]:健康状態はまずまず。但しいつ血の暴走が起こるか分からない不安定な状態。
[装備]:ハート型イヤリング爆弾
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜3(未確認)
[思考]
基本方針:情報が揃うまで、生存優先
1:狭間の言いなりにはならない(つもり)
2:なるべく血の暴走を食い止める(つもり)
3:レオンを勝手にさせる



【B-2・ホノボノトンネル西側出口付近/一日目/黎明】
【レオン・D・S・ゲーステ@スターオーシャン2nd】
[状態]:睡眠・疲労(中)
[装備]:オブシダンソード@ロマンシングサガ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2(未確認)
[思考]
基本方針:野蛮な殺し合いはせず、打開策を考える
1:狭間の言いなりにはならない
2:単独行動はしない
3:レオナを守る


※自己紹介と、お互いの世界についての簡単な話は済ませました。
※ハート型イヤリング爆弾は、レオナが普段から身に着けているため支給品扱いはしませんでした。
※レオナが仕掛ける罠は、爆弾を使用したトンネルの崩落を利用するものを想定しています。
 それが成功するかどうかは、他の書き手さんにお任せします。



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