可愛い子には旅をさせよ
恐ろしく静かな夜だ。
耳を澄ましてもサラリサラリと木葉が擦れ合う音しか聞こえない。
人々の囁きや車やバイクの騒音は、あれば邪魔だと感じていたがなくなってしまうとどうも違和感が拭えない。
何も聞きたくないと感じればいつもクラシックを聞く。
流れる旋律に酔いしれながら、自らの勝利の余韻に浸る日もあった。
思えば父もよくクラシックを聞いていた。
こんな静かな夜、産まれてから迎えたことは一度もなかったのかもしれない。
狩魔の家には何かしらの音が常に流れていた。
ランタンの光を頼りに、その羅列された名前と紹介文、写真に目を通す。
ゲーニッツの支給品である『参加者リスト』。
目に余る誤字・脱字にうんざりしながらも彼女はその名簿の内容を記憶に刻んでゆく。
この程度を全文暗記することなど天才検事と讃えられた冥には他愛のないこと。
そして、その中に見つけた見覚えのある人物の名前……
(成歩動竜一……もとい成歩堂龍一)
ツンツン頭だけが印象的な、冴えない弁護士。(音楽家って書いてあるわ…このリストには……)
心に何かが引っかかる感覚。
(あの男もここに……。何かしら、この感じは。私は……安心している?…ふん、馬鹿ね。あんなバカな男、ここにいようといまいと関係ない。)
ふん、と冥は小さく鼻を鳴らした。
(あのバカでフヌけたおマヌケ弁護士がいたからって何の役に立つのかしら。嘆かわしい。)
名簿をさらに読み進めていくと、後は覚えのない顔ぶればかりだ。
自らの兄弟子である御剣怜侍がここにいてくれたら…何か知恵でも与えてくれただろうか。
(くだらないわ。ifなんてありはしない。)
ぽつり、ぽつりと零れる弱音を一つ一つ叱咤で消してゆく。
(私は逃げたりはしない。あの男、必ず後悔させてやる。)
冥は名簿を一睨みすると、頬に掛かったプラチナの髪を億劫そうに掻き揚げた。
リストはすべて暗記した。
誤字・脱字こそ目立つが、この殺し合いという舞台に立たされた役者たちの役回りを把握するには十分な資料となる。
目を通していて、気になった人物が2名いる。
一人は赤限沢王令子…もとい赤根沢玲子。
(イデオ)
あの少年を呼んだただ一人の人物。
彼女がイデオとなにかしら繋りがあるのは間違えない。重要な証人となる可能性が高い。
もう一人は宮本ムサシ…
(…名前がちがうじゃない)
宮本明。
彼はどうやら玲子と同じ学校に通っているようだ。(車又土子坂高校……妙な名前の学校ね)
イデオや玲子と深い交流があるかは定かではないが接触すれば何か掴めるかもしれない。
「どうやらすべて読み終えたようですね」
背後から青い法衣に身を包んだ男性が柔らかい物腰で語りかけてくる。
「ええ、全部暗記したからもういらないわ。」
自慢げに微笑みながら冥はゲーニッツにリストを受け渡す。
「害になりそうな人物には印を付けておいたから目を通しておきなさい。」
感謝なさい、とでも言いたげに小首を傾げて彼女は言う。
だからゲーニッツは素直に礼を返す。
「感謝しましょう。貴方のような聡明な女性と巡り会わせてくださった我らが神に。」
だが、その礼の言葉を素直な謝礼と冥は受け取らなかったようで、不満といいたげに歪める。
「……それと接触したい人物が2名。赤根沢玲子と宮本明。彼らはイデオの知人である可能性が高いわ。」
「ふむ、流石ですね。検事殿。神は私に運と知恵を与えてくださっているようです。」
すると、さらに冥は顔を険しくさせた。
「…口を開けば『神』『神』『神』。本当に神様が好きなのね。」
「好き嫌いではないのですよ。私はただ神に仕え、その身を捧げる。そのためにこの世に生を受けたのです。」
胸に手を当てながらゲーニッツは淡々と答えた。
冥は怪訝そうに彼を見つめ返す。
「わからないわ。生き方は自分で決めるものでしょ。私はそうやって生きてきたわ。」
彼は冥の脇を通り過ぎ、彼女を追い越した。
何も語らぬその背を冥は睨み付ける。
「ならば」
しばし間が空いて、ゲーニッツが口を開いた。
「貴方は何故ここにいるのでしょうね」
「……」
これが貴方の選んだ結果か?
そうでも言いたげにゆっくりとゲーニッツは振り返る。
口元に笑みを浮かべながらも彼の表情にぬくもりはない。
その瞳にゆらりゆらりと揺れるランタンの炎が彼を狂気じみているように見せる。実際、彼の信仰心は冥には理解できず、狂気じみて見えたというのもある。
「自分で道を決めていると人は思い込もうとする。しかし、実際は神に導かれて此所にいるのですよ。それは貴方とて例外ではないのです。検事殿。」
パシンッ!
空気を裂く音と共に冥の鞭が地を叩き、撓った。まるで異議を申し立てするかの如く。
「貴方の口振り。まるであの男を崇めているように聞こえるわね。ここに導かれたのはあの男の力のせいで、私たちは踊らされてるだけとでも?」
「彼のような小物に神は勤まりませんよ。彼もまた神の意志の元に動いているにすぎません……まあ、感謝はしていますが……ね」
口許を上げながらゲーニッツはまた笑う。
冥の額を嫌な汗が伝っていく。
「……あなた…まさか」
この男、最初に何を言っていた?神の復活をさせるのが目的と言っていた。
最初はピンとこない言葉であったが、どのような手段で神の蘇生を行うつもりだったのだろうか。
彼の誠の目的はゲームと無関心ではなく、むしろその延長にあったのでは?
(まさかこの男、殺し合いに乗るつもりじゃ……ないでしょうね?)
手に握られた鞭をピンと張り詰めながら冥は後退る。
「誤解しないで頂きたいですね。」
狼狽する様子の冥をみてゲーニッツは弁解する。
対して冥は鞭を構えたままゲーニッツを見据えていた。
「私はね、一度天に召されたのですよ。」
「………な、んですって?」
理解ができなかった。
(天に召される?死んだということ?まさか。そんなことがあるはずがない。有り得ない。違う意味に決まっている。もしくは趣味の悪い冗談)
「…ん?何か聞こえますね。」
『アロエ…シャロ…聞こ…るか…!?−−−−−−』
それは太い男の声だった。
若者たちに向けた必死の呼び掛け。
魂を込められた力強い演説。
声が止んだ時、ゲーニッツが浮かべたのは嘲りの表情だった。
「むざむざ自分の居場所を知らせるなど……愚かな人です。」
そして冥は、
「……そうね。馬鹿な人。」
ようやく冷静さを取り戻していた。その端正な顔に不機嫌そうな色を浮かべながら肩を竦める。
「…さ。行きましょう。私たちには探すべきものがあるわ。」
そう冥はゲーニッツを追い抜かし、背を向けた。
「リップルタウンへ」
「検事殿、少しお待ちください」
ぴたりと冥の足が止まった。
「なに」
「灯りはもう不要でしょう」
ざくり、と地面を踏みしめる音がしたかと思えばゲーニッツが隣に立っていた。
「目立つ行動は命取りとなりますよ。」
ランタンを彼女の手から取り上げると、彼は揺らめく炎にフタを被せ、その灯火を消し去った。
すると辺りはすっと暗くなり、視界が悪くなる。
暗闇は人の心を弱くする。
冥は急に弱気になりそうになった。負けじと目をつり上げる。
その視線の先にはランタンを差し出すゲーニッツの姿があった。
「さて、私は少し気が変わりました。」
「え?」
暗闇に紛れ、男の表情はわからない。冥は鞭の柄をぐっと握りしめる。
「私はあの愚かな男性に会いにいこうかと思います。」
つり上がっていた冥の目が丸く開かれる。
「……馬鹿なの?貴方は」
呆れたように呟かれた言葉の裏には別の感情が滲んでいる。ゲーニッツには手に取るようにそれがわかった。
だが、ゲーニッツはあえて気がつかないふりをしてみせる。
「情報収集は分かれて行ったほうが効率がいい。人が集まる場所なら貴方の探し人も見つかるかもしれませんしね。
…第一放送終了後、教会で落ち合いましょう。」
「……わかったわ。」
これ以上は引き止めない。彼女のプライドの高さがそうさせるのだとゲーニッツは想定していた。
彼女の今の顔はただの18歳の幼い娘のものだったが、彼女自身はそれに気がついていない。
「そうそう。私も実は探し人がいましてね。」
「あぁ……そう。誰かしら?」
「レオナ・ハイデルン。彼女は私の大切な友人でね。……一目、お会いしたいのですよ。」
ゲーニッツはそう、懐かしげに空を仰ぐ。
「あと…警告を。」
「……警告?」
「草薙京、八神庵に気をつけなさい。私を殺したのは彼らです。」
彼は静かにその名を伝え、歩み出す。
「自分が選ばれた人間だとは思わないことです。死は平等に訪れます。少しの油断が貴方の命の灯火を消してしまうこととなる。
見た所、貴方は戦いとは無縁の場所にいたようだ。
ここには血肉に飢えた沢山の戦鬼が紛れているのはもうご存知でしょう。
貴方はただの人…それをお忘れなきよう。そして神に見放されないように祈りなさい。……また会いましょう」
神父は十字を切り、困惑を隠せない少女に加護があるようにと静かに祈った。
だが、少女は彼に背を向けていたのでそれを知ることはない。
離れてゆく足音だけが彼女の耳に届く唯一の音となった。
冥の頭のロジックに大きな乱れが発生している。
(私は…本当に生きているの?)
一人残された冥はそっと左手を右の肩に沿わす。
(肩……そうだわ、あの時……)
撃たれた。腕に焼けるような痛みが走り、目の前が真っ暗になった。
狼狽し、戸惑う警備達の声。その中には聞き慣れた刑事の声も混じっていたように思う。
あの時はもう、自分は死ぬんだと、そう思った。
でも目が覚めたら、ここにいた。
死んだ人間が甦るなんて有り得ない。
だから、自分も気を失っている間に何者かにここに連れ去られたのだとそう思い込もうとしていた。
(ゲーニッツは天に召された、……殺された…と言った)
あの男がこんな趣味の悪い冗談を吐くような男には到底思えない。
本当にあの男が死んだなら、何故こうして自分の目の前に現れることができたのだろう。
ならば自分は?実はもうあの瞬間、私は死んでいたのだろうか。
ではここに気ている成歩堂龍一もまた命をどこかで落としたの?あの殺しても死にそうにない男が……
だが、自分の腕にはたしかに傷が出来ていた。もう治療もきちんと施されたのだろう、動くのに支障はない程度に回復していた。
触ればまだじくりと痛む。この痛みこそ生きている証ではないか。
(いいえ、こんなの……何の証拠にもならない。だってゲーニッツは自分が死んだと……)
冥はふっ、と笑った。
(こんなこと考えていても仕方がないわ)
歩み始める。自らが目的地と設定したリップルタウン方面へ。
聞き込みは人の集まる場所へ向かうのが基本だ。
設備が充実していると考えられる街であれば自然と人も寄ってくるだろう。
続いて、ゲーニッツが残した警告について冥は思考する。
(草薙京、八神庵。リストを見た限りでは、八神庵はともかく草薙京は特に危険だと判断する表記はなかったはず。でも……)
警戒すべきだ。
ひとつ頷きそして、最後にゲーニッツが残した言葉を思い浮かべた。
『自分が選ばれた人間だとは思わないことです。死は平等に訪れます。少しの油断が貴方の命の灯火を消してしまうこととなる。
見た所、貴方は戦いとは無縁の場所にいたようだ。
ここには血肉に飢えた沢山の戦鬼が紛れているのはもうご存知でしょう。
貴方はただの人…それをお忘れなきよう。そして神に見放されないように祈りなさい。……また会いましょう』
鞭を引き延ばし、パシンと地面に叩き付け、また手元に引き寄せる。
ふう、と息を吸い込み、冥は声を荒げて虚無に向けて話し始めた。
「選ばれた人間だと思わないことですって?私がただの人?そんなはずは有り得ない。私は狩魔の名を継ぐ者。
あの男、必ず法廷に引きずり込んで目に物を言わせてやるわ。」
彼女はきっと空を睨みつける。
だが、その瞳は微かな不安と孤独感で揺れていた。
「私を呼んだこと、必ず後悔させてやるわ。イデオ。そしてゲーニッツ……貴方もね。」
私は……私の存在には意味がある。私はただの人間なんかじゃない。
貴方の言葉に異議を申し立てるわ、ゲーニッツ神父。貴方が大好きな神様の目の前でね。
また会いましょう。あの教会で。
【C-6 森 一日目 深夜】
【狩魔冥@逆転裁判シリーズ】
[状態]:健康、一人にされたことによる不安、苛立ち、右肩に狙撃された跡(治療済)
[装備]:ウィップの鞭@THE KING OF FIGHTERS、タップスアン@真女神転生if
[道具]:ストリキニーネ入りのマニキュア@逆転裁判、あきらのヘルメット@私立ジャスティス学園シリーズ
[思考]
基本:殺し合いには乗らない、イデオを法廷に連れ込み裁判にかける。
1:リップルタウンに向かい、情報収集。
2:赤根沢玲子・宮本明と接触、イデオについて尋問する。
3:イデオの裁判のときに、イデオの犯罪を「完璧に立証」するための証拠品を集めておく
4:レオナ・ハイデルンを保護する。
5:第一放送後、ディバイン教会に向かいゲーニッツと合流する。
6:成歩堂龍一と合流したい(表向きには会いたがる素振りはみせない)
[備考]:
※参戦時期は逆転裁判2の第4話、狙撃され、病院で手術を施された後です。
※このゲームは死後の人間が集められているのではないかと薄々考え始めています。
※参加者リストを暗記しました。誤字・脱字などの関係で若干ズレが生じているものの、大間かに参加者全員の情報を把握しています。
※赤根沢玲子、宮本明を狭間偉出夫の知人だと確信しています。
※レオナ・ハイデルンとレオポルド・ゲーニッツは友人同士だと思っています。
※草薙京、八神庵を危険な人物だと認識しました。
(オロチよ。貴方はいつ目を醒まされるのでしょうか。貴方が恋しい。どうかお会いしたい。)
神父は神の復活を熱望していた。
オロチに会いたい。貴方を目覚めさせ、この崇高な使命を全うしたい。
今こうして私は命を頂いたのですから。……これはきっと…オロチ、貴方の意志に違いない。
冥を置いて、危険だと思われる男の導きを受けたのはゲーニッツが愚かだからというわけではない。
彼の望む神を甦らせるには多くの精神力が必要になる。
人々の精神力が多く集まる場面……こういった場面に遭遇するためにも人は多く集まれば集まるほどいい。
その中で感情の昂りが起こればよい。最も効果的なのは……悲劇だろうか。
自らが手を下すまでもないだろう。人は愚かな生き物なのだから、人が集まれば自然と争いは起こる。
そして、人の愚かな感情こそがオロチを甦らせる糧となる。
力が高まれば後は器を見つけるだけだ。
適正なのはオロチの血を引いた娘、レオナであろう。彼女を暴走させるのは容易い。過去に彼女がしでかしたことをまじないのように唱えてやればいい。
意志の無くした人形とかしたレオナにオロチを降ろせば、オロチはこの世界に舞い降りることができる。
彼女が消えてもまた他の適任者ならここにいるだろう。
彼女が死んだなら別のもので間に合わせればよい。
しかし、ゲーニッツの心境にも小さな変化があった。
あの狩魔冥という娘。彼女ははっきりと言い切った。
『生き方は自分で決めるものでしょ。私はそうやって生きてきたわ。』
オロチの意志で人は生かされているというのに、それに気がついていない愚かな娘。
だが、彼女は人より頭は切れるようだ。そして、志も強い。
愚かな娘が一人でこの血塗れた舞台をどう切り抜けてみせるのか……彼女は絶望するのか、微かな希望を掴み取るのか、あるいは何もできずあっさりと命を落とすのか。
一人の人間の生きた結果を見てみたい。
この舞台で何を求めるのか聞いた時、彼女はこう答えた。
『そうね……あえて言うなら、真実かしら』
彼女はその真実に辿り着けるのか。
そして草薙京、八神庵……
冥が彼らと接触するのはあまり好ましくない。
こうして別の場所に来てまた、彼ら『三種の神器』によってオロチの復活を阻止されるのは避けたい。
幸いここは殺し合いの場所だ。
疑いが火種となり、大きな火事となる可能性も考えられる。
冥が火種となり、彼らがこの世界から消えてくれればオロチの復活も容易くなる。
もし、彼らがまた立ち憚ったとしても
(次は負けませんが……ね)
ゲーニッツの法衣を風が揺らす。
彼がこの舞台で嵐を巻き起こすのか……それはまだわからない。
【レオポルド・ゲーニッツ@THE KING OF FIGHTERSシリーズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:ラストエリクサー@FINAL FANTASYシリーズ、参加者リスト、基本支給品一式
[思考]
基本:オロチを復活させる。
1:演説の主(ガルーダ)と接触する。
2:多くの精神力を集めるために人を多く集めたい。
3:レオナ・ハイデルンとの接触。オロチの依り代としたい。(レオナが死ねば他の者で代用する)
4:殺し合いには乗らない。しかし草薙京、八神庵は消しておきたい。
5:第一放送後、ディバイン教会で狩魔冥と合流する。
6:赤根沢玲子・宮本明と接触する機会があれば冥の元に連れていく。
[備考]:
※参戦時期は'96で死亡後
※参加者リストは名前だけでなく、参加者全員のことが詳しく書いてありますが残念ながら誤字だらけのようです。
※参加者リストに狩魔冥の独断で危険人物には印が付けてあります。誰に印がついているかは後の書き手さんに任せます。
※赤根沢玲子、宮本明を狭間偉出夫の知人だと思っています。
※オロチの器の条件などは不明ですが、特殊な血が混じっているものなら器にできる?
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