若き兵士と壮年の戦士






「どういう事だ……これは」

 華やかなテーマパーク内で、金髪、青い目の男――リボルバー・オセロットは呟いた。
 彼は20歳という若さでGRUの特殊部隊「山猫部隊」の隊長を務めている。
 早撃ち、跳弾を操る技術などを誰よりも得意としていた。
 上司であったヴォルギンの拷問に耐えきったある人物を見て、拷問の魅力に取り憑かれてもいる。
 さらにGRU、KGB、CIAと三重スパイを努めており、『賢者達』の一員であった。
 賢者達は後に『愛国者達』と呼ばれる組織となり、殆どの人間から恐れられる存在にもなるが、彼はそれをまだ知らない。
 そんな彼は今、休憩施設の側で顎に手を当てて考え、右に左にと歩き回っている。
 まるで舞台上の役者のような動きをしていた。ブーツに付けられている拍車が軽い金属音を立てる。
 左手に持っている名簿のとある部分を、顎に当てていた反対の手でこつこつと軽く叩いた。

(スネークが、二人だと……?)

 このような「殺し合い」の場に、賢者達の一員である自分が巻き込まれたのも気がかりだった。
 首輪の技術、殺された人物の出身国等々、気になることは沢山あった。
 しかし、オセロットにとって気がかりだったのは、敵ながら尊敬したある人物についてだ。
 その人物のコードネームは『裸の蛇』――『ネイキッド・スネーク』だった。

 そして、もう一人スネークを名乗る人物がいる。
 『固体の蛇』――『ソリッド・スネーク』と。

 『スネーク』が二人存在する。
 そういった話は賢者達からも、GRU、KGB、CIAからも一切聞いていない。
 仮に存在するのならば、スネークイーター作戦を実施するに当たって不都合が生じた可能性があるだろう。
 なのに自分は作戦前も作戦後も一切知らされていなかった。これは一体どういうことか。

(ソリッド・スネークとやらが、只『スネーク』を名乗っているだけなのか?)

 いわばネイキッドの偽物。オセロットはそう判断した。
 どこの組織にも属していない可能性もあるが、わざわざ『スネーク』を名乗るのならばアメリカ関連か。
 そうだとしても、偽物として名乗る必然性が見えてこない。

「……まぁいい。偽物ならば排除するまでだ。
スネークと無関係のはずのソリッド・スネークがスネークを――ややこしいな、ジョンの名を語るなどふざけている」

 「ソリッド・スネーク」の名を頭にたたき込み、オセロットは名簿をデイパックにしまった。
 そして支給された武器を確認し、ため息を漏らす。
 氷を削る為のアイスピックが一本、グレネード類が少々。銃やナイフのたぐいは支給されていなかった。
 グレネードがあるだけマシだが、種類こそあれどそれぞれの数が少ない。
 リボルバー類、特にSAAが欲しかった。あるいはそれ以外の銃が。
 念の為にグレネードをいくつか別々のポケットにしまい込んだ。
 これならば所持品を奪われても対応が出来るだろう。
 最も、そんな事態は回避したいが。

 足音が聞こえてきた為、はっと顔をあげた。
 アイスピックを器用に指で回しながら、壁に背をつけて辺りを窺う。
 巨大な剣を手にした男が、ゆっくりと歩いていた。身につけている服装からどこかの王族と判断する。
 辺りはネオンで彩られていても、まだ夜中の為詳しい風貌は見えなかった。
 が、剣を持っていても王族ならば戦いなれていないだろう。オセロットは笑みを漏らす。

(多少大胆な行動に出ても大丈夫そうだ。脅して情報でも聞き出すか――)

 物陰からオセロットは飛び出した。
 ――その判断が大きな過ちである事は知らずに。

 パパスがちょうど休憩施設の横を通り過ぎた時、オセロットが物陰から姿を表した。
 「ただの王族」と判断されたパパスは歴戦の勇士である。
 そんなパパスの背後を取れただけで、オセロットは運に恵まれていた。


  「!」
「動くな!」

 パパスが振り返ろうとした直前、オセロットは右手に持ったアイスピックをパパスに突きつけた。パパスの動きがぴたりと止まる。
 手にしている剣をしげしげと眺め、オセロットは嘲笑した。

「なんだ、その剣は? この時勢に剣で戦うというのか?」

 アイスピックを持っていない左手でパパスを指さす。彼がよくする奇妙なポーズだ。
 パパスは質問の意味を理解していないのか、はたまた様子を窺っているのか、ただ沈黙を守り続けていた。

「……ふん。まずはお前の名前を聞こうか」
「パパスだ」

 背後を取られて危険に身をさらしているのにも関わらず、しっかりとした返事が返ってきた。

「パパス、か。……お前はこの殺し合いについて、或いは殺し合いの主催者のあの少年について何か知っているか?」
「……何も。少年とは全く面識が無い」

 たいした情報が得られなくて、オセロットはまた舌打ちをした。
 そう簡単に「殺し合い」についての有力な手がかりは得られないだろう。

「なら、お前の知り合いはゲームに参加しているのか?」
「…………」

 沈黙が帰ってくる。
 パパスは嘘をつかづに、息子と息子の友人を守るべく黙ったのだ。オセロットはそれを知る訳が無い。
 王族となれば「知り合い」は幅広いはずだ。
 その中に、首輪の解析が出来る人物、あの少年に心当たりがある人物がいればそいつと出来れば会いたい。
 しかし目の前の男は全く動じていない。黙り込むということは知り合いがいるのだろう。
 こんな状況だ、脅してでも情報を手に入れたい。
 だが、突きつけてるのはアイスピックだ。傷つけることは出来るが殺傷能力は高くない。
 首筋を突いても大したダメージは与えられないだろう。

 ならば、目を突けばいい。
 そう考えつき、ゆっくりとパパスの横に回ろうとしたが――――そこで隙が生まれた。

「答えろ、でないと……!?」

 刹那。
 パパスは素早く回転しながら動き、遠心力を利用して大剣の腹をオセロットに叩きつけた。
 オセロットは為す術もなく吹っ飛ばされる。被っていたベレー帽も吹き飛んだ。
 痛む頭を振りながら体を起こすと、さっきと全く逆の状況になっていた。
 パパスが大剣の先をオセロットに突きつけていたのだ。


  「今度はこちらが問おう。お前はこの殺し合いに乗っているのか?」

 パパスが「ただの王族」だと言う考えは一瞬で吹き飛んだ。
 薄ぼんやりと明るくなった空とネオンを背後にした目の前の男の肉体は引き締まっている。
 その顔は幾たびの窮地をくぐり抜けて来た戦士の顔だった。
 こちらに突きつけている剣も全く動いていない。堂々としていた。
 自分の判断ミスに気づき悔しがるオセロット。時既に遅かった。

「く……」
「手荒な真似はしたくない。答えてくれ」

 オセロットは観念したという様子で返事をした。

「誰にでも喧嘩を売って命を落とす、という馬鹿げた真似はしないさ」
「本当か? さっきの様子を見る限りそうとは思えないが」
「情報を手に入れる為には容赦しない、というだけだ」

 少しの嘘を交えながら返答する。
 側に落ちているアイスピック、ベレー帽の位置関係を素早く把握する。
 そしてある物を取り出すため体の後ろに手を回した。後はそれを使うタイミングだけだ。

「……それについては後でもう一度聞くとしよう。ここに来るまでに誰かと会ったか?」
「いや、誰とも会っていない。人を見かけたのはこれが初めてだ。
…………それで、お前はどうする? 俺を殺すのか?」

 殺す、という単語が出たときパパスの顔に躊躇する表情が浮かんだ。

「殺し合いに乗っていて、かつこちらの話を聞かないのなら……仕方が無いが殺すだろう。だがお前は違うようだ。
……しかし人を無闇に傷つけるのは関心出来ない。このままお前を解放はしない」
「ならばどうしろと?」
「武器を奪ったとしても誰かから奪えば意味がない。かと言って野放しは危険だ……」

 パパスが思案する表情になる。
 オセロットは手をこっそりと後ろに回し、右手で『それ』を掴んだ。

「そうだな、監視する意味合いで私と共に行動を――」
「『共に行動』だと? それは無理な話だ」

 ちっちっち、と左手を顔の前で振る。パパスの顔が険しくなった。

「山猫(オセロット)は気高い生き物だ。本来群れることは無い。ましてや見ず知らずの他人となどもっての他だ」

 何を、と問おうとするパパスより一瞬早く、右手に持った物を投げつけた。
 大剣で防ごうとするが、『それ』は地面に落下し、シュウウと音を立てて煙を辺りに充満させた。
 ――そう、オセロットが使う機会を窺っていた物はスモークグレネードだったのである。

「何! これは……」


   勿論、パパス達がいた世界にはこういう物は存在していない。
 彼が魔法のたぐいか、と警戒している内に、オセロットはアイスピックとベレー帽を拾い上げ、そして、

「……また会おう!」

 おそらくオセロットが見えていないであろうパパスに指を突きつけ、逃走した。





 煙が晴れた時には、もう誰もいなかった。
 どうやらこの煙は人体に直接影響を及ぼす物では無いらしい。パパスはため息をついた。

 ――逃してしまった。

 危険な男を。自分の息子やその友人の宿屋の娘さえも傷つけそうなあの男を。
 少々強引な手を使った方が良かったのか。
 だが無駄な殺生はしたくなかった。
 魔物達にでも平等に接したどこか遠くにいる我妻、マーサの顔が脳裏にちらついたからだ。
 後悔してももう遅い。
 どちらの方向に逃げたのかすら検討がつかなかった。逃げ足は速いらしい。

(今度会った時は……覚悟を決めるか)

 名前は分からないが、先ほど会った若い男の顔を頭に刻み込み。
 父であり王であり戦士でもあるパパスは、ゆっくりと歩み始めた。


【F-4・ラッキーパーク内/一日目/深夜終了直前】
【パパス@ドラゴンクエスト5】
[状態]:健康
[装備]:アルテマウェポン@ファイナルファンタジー7
[道具]:基本支給品一式
[思考]
基本方針:リュカを守り抜き、このゲームの打破を目指す。
1:リュカ、ビアンカを探し、保護する
2:弱い者を守る
3:ゲマを討つ
4:殺し合いに乗る者にも説得を試みるが、話が通じない相手には容赦はしない
5:オセロットを危険視
[備考]
※オセロットの容姿は把握しましたが、名前は知りません


   追ってきていない事を確認してから立ち止まる。
 荒い呼吸を整えて落ち着き、ベレー帽の砂ぼこりを払ってからかぶった。

(油断していた、か)

 どこか、スネーク――ジョンとの出会いと似ていた。
 相手を小馬鹿にし、こちらが有利だと思ったら相手の方が強かった。
 違うのは今回は気絶せず自力で逃げたという事だけか。
 しかし、初っぱなから「逃げる」という手段を選ばざるを得ない状況になってしまった事が腹立たしい。
 パパスという男は強い、それにあの近距離じゃスモーク以外のグレネードは使えない。
 そうなる前に回避すれば良かったのだろう。
 結局、得られたのはパパスという男についてだけだったのだから。

「…………ビッチ!」

 毒づいて地面の石を蹴り飛ばした。
 次に誰かと会ったらこうならないようにしなければ。
 もしも次にパパスに会ったら――今度は勝負でも仕掛けよう。
 剣の使い手とは変わってはいるが、遠い所から攻めれば勝てるだろう。


 そして今後の事も考える。やはり一番気になるのはあの少年だ。
 賢者達と関係があるのならば、自分は不要と判断された事になる。
 だが何故「殺し合いゲーム」に参加させる事で抹消しようとしたのか。
 そもそも、このゲームの真の目的とは何か。開催する事に意味があるのか。
 黒幕は本当に賢者達なのか。スネークイーター作戦を指揮した、奴――ゼロが関係するのか。
 彼ならばどこかで紅茶でも飲んで、笑みをこぼしながらこの風景を眺めているに違いない。
 しかし自分は賢者達の全貌を知っている訳では無い。
 やはり、もっともっと情報が欲しかった。勿論武器もだ。

(それと、出来る事ならスネーク――――ジョンにも再会したい)

 機内での対決時は引き分けだった。
 今回、再会出来るのならば再戦を望む。別の形でだ。
 偽物のソリッド・スネークについても一応聞いておこう。
 もし偽物の方に先に会ったら、適当に締め上げた後始末するか。

 そんな事を考えながら、オセロットも歩き始めた。
 だが彼は知らない。
 自分の知っているネイキッド・スネーク――ジョンが彼が知るよりずっと年老いていて、既に死亡している事に。
 偽物、と判断したソリッド・スネークがジョンの息子であるという事に。

 それを知る時は来るのかも知れないし、一生来ないのかも知れない。



  【G-4/一日目/深夜終了直前】
【リボルバー・オセロット@メタルギアソリッド】
[状態]:健康
[装備]:アイスピック@現実
[道具]:グレネード一式(スタングレネード×3、チャフグレネード×3、スモークグレネード×2、
    グレネード×3)@メタルギアソリッド
    基本支給品一式
[思考]
基本方針:ゲームからの脱出。手段は問わない。
1:多少強引な手を使ってでも情報を集める。強そうな相手は放置。
2:ネイキッド・スネークと再会し、再戦したい
3:ソリッド・スネークを警戒。接触を試みる。
4:次にパパスと会ったら状況に応じて交戦してみる。
[備考]
※パパスの容姿と名前を把握しました。
※スタングレネード×1、グレネード×1は体のどこかに隠しています。いずれもすぐに取り出せます。
※このゲームについて「賢者達」の関与を疑っています。断定はしていません。


[支給品解説]

グレネード一式@メタルギアソリッド
それぞれの抗力
スタングレネード……閃光と音で相手の意識や視界を奪う。
チャフグレネード……金属片を飛ばし、一定時間、周辺にある電子機器が使えなくなる。
スモークグレネード……煙幕を張る。
グレネード……言わずもがな。爆風と破片で相手を吹き飛ばす。

アイスピック@現実
どこにでもありそうな、氷を削る為の金属製の器具。
サスペンスなどでたまに凶器に使われる。



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