殺意と憎悪、そして覚悟






「ッ……!!」

天高く聳え立つ巨塔。
その頂上階には今、一人の格闘家がいた。
白い空手着を身に纏う、精悍な体つきをした男。
彼―――リュウは己の胸元へと手を当て、苦しげな表情をしていた。


―――ドクン


――――――ドクン


(……駄目だ……!!)

殺し合いをしろと宣言したあの少年に対し、リュウが抱いたのは紛れも無い怒り。
それ自体は決して間違ってはいない……寧ろ正しい。
彼の凶行を許せないという思いは、殺し合いを良しとしない者ならば誰もが抱く気持ちだ。
だが……リュウは、その怒りに身を任せるわけにはいかなかった。

(殺意の波動に……身を任せてたまるか!!)


―――殺意の波動。

拳を極めし者のみがその身に宿すという、黒き波動の力。
その力は強大無比……格闘家が行き着く到達点の一つと言えるだろう。
しかしそれは、血塗られし修羅の道を歩む者が最終地点。
この世の全てを殺し得る力。
それによって滅ぼされし魂は、己が死したことすらも気付かずに今もなお闘い続けている。
全てを殺し、殺したものさえまた殺そうとする。
休む間さえなく果てることの無い無限の死闘……!!
リュウにとって、それは何よりも否定しなければならない力だった。

そう……彼には、その素質があった。
潜在的に、殺意の波動をその身に宿しているのだ。

「……」

リュウは大きく深呼吸をし、夜空を仰ぐ。
目の前で、二人の男が爆殺されたあの瞬間。
リュウは激しい怒りをその身に宿すと同時に……体の中から、どす黒い何かがこみ上げようとしてくるのを感じた。
少年に対する憎悪と共に、殺意の波動が目覚めようとしていたのだ。
しかしリュウは、それを強靭な精神力でどうにか押さえ込んでいた。
彼は決して、目覚めるわけにはいかなかった……もしも目覚めてしまわば、あの男と同じになってしまう。
死闘を追い求める修羅―――豪鬼と同じ存在に。

(格闘家の行く末が……『真の格闘家』が、その様な悲しいものであってはならないんだ……!!)

リュウは己のデイパックより、一枚の赤い鉢巻を取り出す。
彼の最大のライバルであると共に、最高の友でもある男が身に着けていたもの。
これがリュウへと支給されたのも、もしかしたら何かの縁なのかもしれない。
彼は己が今巻いている白い鉢巻を外し、そしてそれを頭へと巻きつける。


―――この殺し合いを止める……!


―――殺意の波動にも屈しはしない!!


鉢巻を巻くと同時に、その気持ちも強く引き締める。
すると、そんな彼の気迫を感じ取ったのだろうか。
後ろから、声をかけてくる一人の男がいた。

「……どうやら、殺し合いには乗ってなさそうやな」

リュウは声を聞き、後ろへと反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、長い髪を束ねた長身の男。
服の上からでも分かる、リュウに勝るとも劣らない筋肉。
何より、その独特の気迫……リュウは彼―――ロバート・ガルシアが同じく格闘家であることを察する。

「ああ……俺はリュウだ。
 あんたは?」
「俺はロバート・ガルシアや、まあよろしく頼むわ」

相手に殺気が無い事から、二人は互いに殺し合いには乗っていないことを察した。
勿論、単に殺気を隠しているという可能性もあるにはあるが、目の前の相手ならその様な小細工は必要無いだろう。
奇襲や騙まし討ちなどをせずとも十分に闘えるであろう事は、見れば明らかである。
ロバートはリュウへと手を差し出し、リュウもそれに応じる。

「リュウ、お前は俺と会う前に他の誰かと会ったか?」
「いや、あんたが初めてだ……知り合いが参加してるのか?」
「困った事に、二人ほどな」

ロバートはリュウへと、自身の知り合いが二人殺し合いに参加させられていることを説明する。
同じ極限流の使い手であり、そして唯一無二の親友―――リョウ・サカザキ。
極限流の創始者にして、ロバートとリョウの師―――タクマ・サカザキ。
両者共に心身優れた格闘家であり、殺し合いには絶対に乗っていないと断言できる。

「まあ、リョウも師匠もそう簡単にやられはせんわ。
 せやから、あんまり心配してはないんやが……お前はどうなんや、リュウ?」
「……こちらは、そう楽観視出来る状況でもないな」

リュウにもロバートと同様、知っている者がこの殺し合いに参加させられていた。
そしてこちらは、ロバートとは違い少々厄介な状況と言える。
何せ……その過半数が、殺し合いに乗っていると断言できる相手だからだ。

「俺の知り合いは三人いる……そして、その内の二人は確実に殺し合いに乗っている」
「……なんや、えらい物騒な話やな。
 詳しいに聞かせてもらってもええか?」
「ああ、勿論だ」

リュウはロバートへと、殺し合いに乗っている二人―――ベガと豪鬼について話す。
まずはベガ……世界の支配を目論む秘密結社シャドルーの総帥にして、サイコパワーを操る魔人。
ある者は彼を『人の世を乱す者』と呼んでいた……悪そのものであると言っても、差し支えは無いだろう。
リュウが彼と闘ったのは、たったの一度……しかしその時の記憶は鮮明に残っている。
凄まじい強さと、何より邪悪さとを兼ね揃えていた存在。
彼との闘いには、寒気にも似た感覚を覚えた程だ。
そして、もう一人こそがあの男―――拳を極めし者、豪鬼。
この世で唯一、殺意の波動の完全な制御を成し遂げた修羅。
彼が求めるはただ一つ……猛者との死合いのみ。
この殺し合いという舞台は彼にとって、まさに絶好の場といえる。
そしてその実力は、リュウが知る限り最強……!

「……余程の奴なんやな、そいつら」

ロバートはリュウの真剣な顔つきを見、二人の相手がどの様な者なのかを察する。
リュウは見る限りかなりの使い手、そんな彼をここまで言わせる相手となれば余程だ。
それ程の相手がこの場にはいる……より一層、警戒心は煽られてしまう。

「しかし、こないな危険な奴を何人も集めるなんて……あのガキ一体何者やねん?」
「それは俺も気になっていた。
 最初は、余程の実力者なんじゃないかとは思ったんだが……」
「ああ……あの態度、何かハッタリっぽかったわな」

ここで二人は、あの主催者について少し疑念を覚える。
あのベガや豪鬼さえも手駒にしたというのは、リュウからすれば想像を絶する事だった。
ロバートもまた、リョウやタクマがいる事から同様の思いである。
事実、第一印象では彼には絶対的な威圧感があった。
人の命を弄ぶ支配者気取りの悪党……それが最初に抱いた印象だった。
だが……この後、その印象が一瞬で崩れ落ちる事態が起きていた。


―――今、僕……いや……私を殴ったのは貴様だな?


爆殺された男の内の一人が彼を殴った瞬間。
ほんの一瞬であったとはいえ、彼の表情に思わぬ変化―――恐怖の色が表れていた。
自身に対して敵意をむき出してきたあの男に、僅かながら怯えが見えたのだ。
その後、報復として男を爆殺してからは、最初に見たとおりの様子に戻ったのだが……
これが、リュウとロバートには少し引っかかっていた。


―――たったの一発殴られただけで怯む男が、本当にこんな殺し合いを開けるのだろうか?


―――命のやり取りをするゲームを開けるほどの度胸が、あの男には本当にあるのか?


―――或いは……そうせざるを得なかった理由があるのか?

「……まあ、今は考えとってもしゃあないわ。
 それにどの道、あのガキを張っ倒すのは確定やしな」


しかし、これ以上は考えていても仕方が無い。
二人は素早く気持ちを切り替え、行動へと移ることにした。


―――今、自分達が成すべき事は一つ。


「……そうだな。
 今はやれる事をやるだけ……前に進むだけだ」


―――この殺し合いを止める為……少しずつでもいいから、前へと歩むだけである。





「……」

蝋燭の火がほのかに照らす、薄暗い廊下の一角。
男は、無言のままにその手の剣を振るった。
一振りの斬撃、しかし目の前の壁には一瞬にして二つの傷跡が着けられる。
その一撃に込められている感情は、偉出夫に対する憎悪以外の何者でも無い。
しかしそれは、彼の凶行を許せないからではない。


―――ふざけた真似をしてくれたな……!


メテオによって星を砕き、ライフストリームをその手にするまで後一歩だった。
本来ならば、星の中心部でクラウドとの一騎打ちに臨んでいた筈だった。
それがどういうことだろうか。
目が覚めれば、あの広場へと呼び出されていた。
あの男に、己が野望の全てを粉砕されたのだ。

「……許さん……!!」

彼はベガやクッパ、ガノンドロフ達の様に支配を目的とする存在でもない。
はたまた豪鬼の様な、闘いを求める修羅でもない。
ならば、何が彼を突き動かすか……それは、異常なまでの憎悪。
そう、彼の根源は偉出夫と同じ―――もしやするとそれ以上に色濃い物―――なのだ。
人間を恨み、全ての人間を滅ぼす……それこそが、片翼の天使―――セフィロス。

「待っているがいい……貴様は、この手で必ず殺す」

―――殺した筈のエアリスが何故生きているか。

自分自身が死んだ筈の身から復活を成し遂げたのだから、然して驚く事ではない。

―――クラウドとその仲間も己と共に連れ去られたのか。

自分がここにいる以上、これは必然と言える。

セフィロスに、殺し合いへと対する疑念は何一つ無い。
彼は今、殺し合いへと乗った。
全ての者を切り伏せ、そして偉出夫に絶望と死を与える。
この殺し合いに関与する、全ての者達への憎悪……それこそが、彼にとっての最大にして唯一……!!

「それで……最後の一人ってのは……なんや?」
「ああ……ちゃんはとても明るくて……い子だ。
 きっと、この殺し合いを……」

そして、この場を動こうとしたその矢先であった。
セフィロスの耳に、二人の男の話し声が確かに届いた。
その顔には微笑が、腕には力が篭る。


―――やがて彼は、その手の剣を両手で強く握り締め……






「それでリュウ、最後の一人ってのはどんな奴なんや?」

塔を降りるその道すがら。
ロバートはリュウに対し、彼の残る知り合いがどの様な人物なのかを尋ねる。
あの偉出夫に立ち向かう以上、やはり一人でも多くの仲間が欲しい。
そうでなくともこの状況、殺し合いに乗らないであろう人物とは行動を共にしたい。

「ああ、さくらちゃんはとても明るくて強い子だ。
 きっと彼女も、この殺し合いを止めようとしている筈さ」

リュウとしてもそれは望むところであった。
早速ロバートへと、残る最後の一人―――春日野さくらについて話し始めようとする。
彼女がこの殺し合いに参加させられたことは不幸以外の何物でもない。
しかしながら、彼女は決して絶望せず、この困難へと立ち向かおうとしているに違いない。
ロバートの言う二人と同様、是非とも合流を果したい。

「さくらちゃんって言うと、この春日野さくらって子やな。
 ふぅん……もしかして、コレか?」

名簿を片手に、ロバートは笑いながら小指を立てる。
流石にこの質問には、リュウも苦笑せざるをえない。
今までにも散々、同じ事を尋ねられてきたのだ。

「そんなんじゃないさ。
 彼女と俺は……」


―――同じ格闘家として、共に競い励みあう者同士だ。


そう口にしようとした、その時だった。
リュウの視界へと、それは確かに映った。
薄暗い闇の中……僅かに一瞬だけだが、確かに見えた光。
それは窓から差し込んだ月明かりでもなければ、蝋燭の火でもない。
勿論、蛍光灯などである筈が無く……そしてリュウはその正体を知っている。
かつて彼は、スペインの薄暗い闘技場である一人のファイターと出会った。

「おいリュウ、惜しい所で止めんといてくれよ?
 彼女とは、一体何なんやねん?」
「……まさか……」

ロバートの言葉を無視し、リュウは眼前へと目を凝らす。
するとやはり一瞬ではあるが、白い光が見えた。
やはりあの時―――バルログと対峙した時と同じ。
彼の鉤爪が、闘技場の光を受けたときと同じ……!


―――刃物の反射する光……!!


「……おい、リュウ?」
「ロバート、避けろ!!」

とっさにリュウは、ロバートへと行動を促す。
それと同時にリュウは両の掌を合わせ、気を強く練る。
この行動を見て、ロバートもリュウが言わんとしている事を理解した。
とっさに前方へと視線を向け、同時に横へと跳ぶ。
そして……その直後。

「波動拳!!」

リュウが波動の塊を放つと同時に、前方から輝く何かが飛来してきた。
それは、一筋の光。
言うなれば、飛ぶ斬撃……!!
両者は激突し、そして相殺される……が!!

「二発……!?」

相殺された斬撃の背後に、もう一つの斬撃……!
敵の攻撃は、二発続けて放たれていたのだ。
今からもう一撃は間に合わない。
やむをえず、リュウはとっさに防御を固めるが……

「龍撃拳!!」

横方向から気弾が飛来し、もう一撃の斬撃を消滅させた。
それを放ったのは、言うまでもなく傍らにいるロバート。
回避行動を取った直後に、事態に備えて彼も気を練っていたのだ。
どうやら、それが功を奏したらしい。

「すまない、ロバート……助かった」
「いや、俺こそお前が言うてくれんかったら危なかったわ……悪いな、リュウ」

二人は互いに礼を告げると、すぐさま前方へ向けて構えを取る。
今の攻撃に込められていたのは、明らか過ぎる殺意。
これでは到底、話し合いの余地がある相手とは思えない。

「出て来い!!」

リュウは姿の見えぬ相手へと呼びかける。
するとそれを受けてか、薄暗い闇の中よりその男は現れた。
上半身には何も纏っておらず、鍛え抜かれたその肉体がしっかりと見える。
腰まである銀の長髪は、蝋燭の火を受け照り輝いている。
十人に尋ねれば、その十人全員が認めるであろう整った容姿だった。
しかし……そんな見た目とは裏腹に、その男より発せられている威圧感は凄まじく強烈であった。

(何やこいつ……一瞬、体が震えよったで……!?)
(何て冷たい目だ……敵意なんてものじゃない。
豪鬼と同じ……いや、下手したらそれ以上の殺意か……!!)
「ほぉ……それなりに出来るようだな」

二人に然して声をかけることも無く、セフィロスは強く地を蹴った。
一瞬にして間合いが詰められる……それはリュウにとってもロバートにとっても、驚くべきスピードだった。

(速い……!!)

踏み込みの速さが段違いなのだ。
これまでにも多くの相手と闘ってきたが、このレベルにまで達している相手はそうはいなかった。
すかさず二人は跳ぶ。
直後、己の間合いへと入った瞬間にセフィロスはその剣を真一文字に振るう。
二人はギリギリのところで、その一撃を回避……

「何ッ!?」

出来なかった。
二人の腕に、僅かながらの切り傷がつく。
この出来事に、二人はただただ驚愕するしかなかった。
確かに攻撃は見切っていた筈……いつの間に当てられたのか、それすらも分からなかったのだ。

「どういうことや……今のは避けた筈……クッ!!」

驚くロバートの前へと、白刃が迫る。
とっさにロバートはバックステップをしてその一撃を避ける……だが。
直後、彼の肩へと再び切り傷がつけられた。
またもや、回避した筈なのに攻撃を受けたのだ。

「ロバート!!」

リュウはとっさに飛び出し、セフィロスへと背後から拳を繰り出す。
しかし、セフィロスは後ろへと振り向き様に回し蹴りを放ちそれを弾いた。
そしてそのまま、剣を振りぬき……!

「グゥッ!?」

リュウの右腋へと、二つの斬り筋を与える……!

(まただ……攻撃の動作は一回だけなのに、斬撃が二つ……!!
だが、さっきの蹴りで感じたダメージは……まさか!!)

ここでリュウは、相手の攻撃の正体に気づいた。
一度の攻撃で二発分のダメージを与えられるのは、その剣が振るわれた時のみ。
先程の蹴りで受けたのは、一撃分だけ……つまり。

「その剣か!!」

リュウは痛みに顔をしかめながらも、弾かれたのとは逆の手で拳を繰り出す。
それはセフィロスが持つ剣の柄を狙っての一撃だった。
攻撃の秘密は、彼の剣にあると踏んだのだ。
そしてこの読みは、ずばり的中……!

「見切ったか……」

セフィロスの手に握られている剣の名は、はやぶさの剣。
細身のため殺傷力こそ低いものの、代わりにある特殊な力が秘められていた。
それこそが、リュウとロバートを苦しめた斬撃。
一度に二度の攻撃を持ち手に可能とさせる、恐るべき能力……!

「だが……!!」

リュウの拳を前にし、セフィロスはとっさに剣から片手を離す。
そして、防御の為に前へと出すが……

「ッ!?」

叩き込まれた瞬間、セフィロスの顔から微笑が消える。
彼の予想していた以上に、リュウの一撃が重かったのだ。
このままでは、体勢を崩され一気に押し切られかねない。
セフィロスはそう判断すると、すかさず足を浮かせて後方へと上向きに吹っ飛ばされた。
そしてそのまま、ロバートの頭上を通過して着地……あえてリュウの攻撃に乗り、彼との間合いを離したのだ。

「……やるな」

セフィロスは評価を改める。
どうやらこれは、楽に切り伏せられる相手でもないらしい。
少々闘いが長引くか……はやぶさの剣を両手で強く握り締め、二人を睨みつける。

(……このままじゃまずいで、こら……)

一方リュウとロバートは、セフィロスの強さに息を呑んでいた。
単純に戦闘能力が高いだけではない。
瞬時の判断力にも長けている……いかにして闘えばいいか、分かっているのだ。
その上にあの剣ときた……このまま闘い続けるのは危険かもしれない。
運が良くても、二人のうちどちらか……いや、両方ともが確実に相当なダメージは受ける。
最悪の場合、共に倒れる事だってありうる。


(……この殺し合いを潰すんに、リュウの強さは必要や……!)
(ロバート程の奴を、ここで倒させるわけにはいかない……!)

二人とも、考える事は同じだった。
つい先ほど出会ったばかり、その力の程を見たのは一瞬。
されど彼等には、一瞬あれば判断には十分すぎた……相手の力は、この殺し合いを止めるのに無くてはならない。
隣にいる相手には、力の無い者達を守り抜けるだけの力があるのだ。
ここで欠く訳にはいかない……ならば、やるしかない。

(すまない、ロバート!!)
(許せや、リュウ!!)

二人は同時に、隣へと振り向き……そして攻撃を繰り出した。
これには見ていたセフィロスは勿論、二人自身も驚くしかなかった。
彼等が考えていたのは、共に相手を逃がす策……窓から、外へと突き落とそうというものであった。
今の自分達がいる高さと相手の頑丈さを考えれば、外へと落ちても十分に助かる。
それに加えて、敵が塔を出る前に十分な距離を逃げ切る事が出来る。
現状、これが二人にとって考えうる最善の選択であった。


―――そして、リュウの拳とロバートの脚が交差し……


「グッ!?」
「……行けや、リュウ!!」

リュウの拳がロバートを捉える寸前に、ロバートの蹴りがリュウの胴体へと炸裂。
カウンター気味に打ち込まれたその一撃にリュウは成す術も無く吹っ飛ばされ……そのまま、塔の窓へと激突した。
窓のガラスにヒビが入り、音を立てて砕け散り……リュウの身が、塔の外へと投げ出された。

「ロバート!!」
「リュウ、同じ事考えとったんなら分かるやろ……すぐには戻ってくんなよ!
 リョウや師範達を見つけ出して、その時にまたこいつをぶっ潰してやってくれ……皆と一緒に、俺の分までやってくれや!!」
「ッ……!!」
「それと……リョウと師範に伝えてくれ!!
 最強の虎は、極限流の名に恥じん闘いをした最高の漢やったってな!!」

ロバートは落下するリュウに対し、精一杯の大声で気持ちを伝えた。
リュウならば、自分の意思をきっと受け継いでくれるだろうと信じて。
そしてリュウは、そんなロバートに対し何も言葉を返せなかった。
まったく同じことを、自分がやろうとしていたのだ……文句など言えるわけが無い。



「ッ……!!」

数秒後、リュウの体は背中から地面に叩きつけられた。
そのの表情には苦悶の色が浮かんでいたが……それは体の痛みからではない。
ロバートを一人残してしまった、己自身の心からくる痛みだ。
このまま、塔へと戻りロバートを助けに行くことは出来る。
だが……それは、決意を固めたロバートに対する何よりもの侮辱だ。
格闘家として、命を賭した闘いへと挑んだ男の覚悟……それを踏みにじる事は出来ない。

「……うおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

リュウは地面へと強く拳を叩きつける。
闇夜へと……悲痛な叫びが木霊した。

【E-5 スカイハイ塔の外/一日目/深夜】
【リュウ@ストリートファイターシリーズ】
[状態]:腕と右腋に切り傷、背中に軽い打撲。
    殺意の波動を自らの意志で押さえ込んでいる。
[装備]:ケンの髪止め@ストリートファイターZERO
[道具]:基本支給品一式、確認済み支給品(0〜2個)
[思考]
1:ロバートに対しての悲しみ
2:リョウ、タクマと出会い再び銀髪の男に挑む
3:仲間を集め、この殺し合いを止める
4:殺意の波動を乗り越える
5:主催者に対しての僅かな疑問

※銀髪の男(セフィロス)を相当の強敵と認識しました
※偉出夫にはこの殺し合いを開くほどの度胸が本当にあるのか、疑問に感じています。
※殺意の波動を自らの意志で押さえ込んでいます。
 ただし強い怒りや憎しみに駆られた時、目覚める可能性があります。
※ストリートファイターZERO3からの参戦です


「さてと……悪いな、待たせてしもて」

リュウは無事に外へと逃れた。
ロバートはそれを確認し、セフィロスへと向き直る。
この男をここで倒す事は不可能かもしれないが、手傷を負わせる事は出来る。
後の為に、少しでもいいからここでダメージが与えられればいい。
それがこの殺し合いを止める為にも繋がるのだ……ロバートの肉体から、より一層の闘志が発せられる。

「……名前を聞いておこうか」
「おう、その言葉待っとったで……俺は極限流のロバート・ガルシア。
 人呼んで、最強の虎や……いくでぇ!!」

ロバートは強く地を蹴り、跳躍しながらセフィロスへと直進する……!

「飛燕疾風脚!!」

ロバートは、真っ直ぐに突き進みながらの跳び蹴りを放つ。
セフィロスはそれに合わせて剣の刀身を寝かせて向け、一撃を受け止める。
リュウの一撃に勝るとも劣らない力強さが、剣を通じて伝わってくる。

「クッ……!!」
「まだまだや!!」

ロバートはそのまま刀身を蹴り、セフィロスと若干の距離を取って着地。
そして一歩前へと踏み込み、右脚による連打に出る!

「幻影脚!!」

その名が示すとおり、幻影かと見紛わんばかりの連脚がセフィロスへと打ち込まれた。
無論セフィロスも防御はしているが、その全ては防ぎきれていない。
加えて、一発一発にも中々の重みがあるときた。

「面白い……!」


セフィロスは防御を解き、逆袈裟に剣を振り上げる。
ロバートの蹴りをまともに受けつつも繰り出されたその切っ先は、彼の右太腿へとまともに刺さる。
そしてそのまま、刀身を僅かに回しながら振り抜き……肉を抉り取る。

「ウッ!?」

強烈な痛みと焦熱感が、両足から全身を駆け巡った。
これにはロバートも思わず、蹴りを止めてしまう。
そしてその瞬間を狙い、今度はセフィロスが蹴りを繰り出した。
ロバートの腹部、肋骨による防御が無い箇所へと正確に……!

「ガッ!?」

痛みは鍛え抜かれた腹筋を越え、胃にまで響き渡る。
衝撃が駆け巡り、内容物をぶちまけたくなる様な衝動に襲われてしまう。
ロバートは腹部を押さえ、たまらずその場に膝を着いた。
それと同時に、セフィロスは剣を逆手に握り締める。
そして、ロバートの喉元目掛けて力強く振り下ろす……!

「……アホが……かかりよったな!」
「!?」

だが、ロバートが見せた隙はセフィロスを誘い込む為の見せ掛けに過ぎなかった……!
セフィロスがそれに気付いたときには、既に遅かった。
ロバートは右拳を強く握りしめ、左足で地を蹴る!

「オラァッ!!」

セフィロスの体が、垂直に宙へと舞った。
飛び上がりながらのアッパーカット―――ビルトアッパーが、セフィロスの顎へと叩き込まれたのだ。
ロバートはセフィロスよりも早くに着地。
その瞬間、太腿の抉られた部分より再び痛みが走る……だが、ロバートは歯を食いしばりその痛みに耐える……!
そして繰り出すは、セフィロスへの追い討ち!!

「まだやっ!!」

セフィロスの落下にあわせての足刀蹴り。
踵を額に打ち込まれ、セフィロスは後方へと吹っ飛ばされる。
通常ならば、この一撃で頭蓋を砕かれ再起不能とされてもおかしくはない。
しかし流石というべきか、セフィロスはすぐに身を起こす……!!

「やってくれるな……!!」

セフィロスにはダメージこそあったものの、それ以外の症状は無い。
額へとまともに蹴りを叩き込まれたにも関わらず、視界は良好……脳は揺さぶられていなかった。
それだけ、セフィロスの肉体が強靭なものであるということだ。
しかし、ロバートもこれで彼を倒しきれていたとは端から思ってはいなかったらしい。
次の攻撃のために、彼は全身の気を練り合わせている……!

「師匠……俺にはまだ早いんは分かっとる。
 せやけど、今だけはこの名前を使わせてくれな……!!」

両の掌を合わせ、膨大な量の気をその間へと生み出す。
極限流奥義、覇王翔吼拳。
しかし今のロバートには、この技をその名で呼ぶつもりは無かった。
更にその上……本来ならば、極限流創始者であるタクマのみに許された名と共に、彼は攻撃を放つ!!

「覇王……至高拳!!」

巨大な気弾がセフィロスへと迫る……!
弾速も十分ある以上、回避は間に合わない。
打つ手は防御か迎撃か……!

「図に……乗るな!!」

セフィロスが取ったのは後者……!
全力で剣を振り下ろし、覇王至高拳に真っ向から激突する。
奥義の名に相応しい、強烈な勢いと威圧感。
少しでも力を緩めれば、全身が呑み込まれかねない。


―――だが、ここで押し切られるわけにはいかない……!!


「ハァァァァッ!!」

力を込め、セフィロスは剣を振り抜く。
覇王至高拳が両断され、掻き消える。
打ち勝ったのはセフィロスの一撃だった……だが!


「極限流奥義!!」
「ッ!?」

覇王至高拳は、決着の一撃ではなかった。
これは、決着への布石……!
最後の攻撃―――龍虎乱舞への移行を悟られぬ様、巨大な気弾の背後へと己が姿を隠す為の……!!

「それが貴様の最後か……いいだろう……!!」

僅かに驚きこそしたものの、セフィロスは臆する事無くロバートへと向かう。
ロバートが最高の一撃で来るのであれば、自身もそれで迎え撃つまで。
持ちうる全ての力を込め、剣を振るう。
八つの斬撃を同時に浴びせるセフィロスが誇る必殺―――八刀一閃。
そこへと、はやぶさの剣の効果が重なり……繰り出される攻撃は、一瞬にして十六斬!!

「グゥッ!?」

真正面よりセフィロスへと向かったロバートには、防御も何も出来なかった。
両腕、両脚、胸元。
全身の至る箇所を切り裂かれ、肉が抉られる。
血が噴出し、地面と壁を濡らす。

「ッ……効くかい、そんなのぉっ!!」

しかしロバートは突撃を止めない……セフィロスには、今の彼は止められない!!

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」

拳、蹴り、肘、膝。
持てる力の全てを五体に込め、敵へと怒涛の乱撃を打ち込む。
肉体の極限を引き出す―――これが極限流奥義、龍虎乱舞。
顔面、喉元、胴体、腹部、手、足。
セフィロスの全身至るところへと、ロバートの全力が叩き込まれた。
同じ連撃でも、幻影脚とは違う……攻撃の重さは勿論、速さもある。
防御が全く間に合わないのだ。

「どないやぁぁぁっ!!」

そして、龍虎乱舞最後の一撃であるビルトアッパーが放たれた。
拳が胴体に打ち込まれて、セフィロスの体は宙を舞う。
天井にまで届かせる、この上ない一撃だった。

「これが……!!」

セフィロスの体が床へと強く叩きつけられ、鈍い音が響き渡る。
それは、この闘いの終わりを告げるゴングだった。

「極限流やぁっ!!」

ロバートの全身の傷口から、血が噴出した。
八刀一閃の直撃が彼の身に与えたダメージは、やはり大きかった。
龍虎乱舞により力の全てを使い果たしたロバートには、もはや耐え切るだけの体力もなかった。
しかし……その顔には笑みが浮かんでいた。
極限流として、一人の格闘家として恥じない闘いが出来た。
そして、己の意志を継ぐ者がいる……この場で果てる事に、悔いは無い。

(ヘヘッ……ユリちゃんが見たら、きっと惚れ直すやろな……)

ロバートの体が、前のめりに倒れこむ。
漢は全てを出し切り……静かに、眠りへとついた。




「……極限流か……」

血黙りに沈む最強の虎を見つめ、セフィロスは呟いた。
彼は生きていた……龍虎乱舞はその身に大きなダメージこそ与えたものの、致命には至っていなかった。
その原因は、ロバートにとっての致命傷―――八刀一閃にあった。
確かにあの時、ロバートの突撃を止める事は叶わなかった。
だが……その威力は、やはり幾分かは殺せていた。
傷だらけの身では、力を最大限に発揮しきれていなかった。
結果として、龍虎乱舞の威力は弱まった……それがセフィロスの勝因だった。
しかしもしも全力だったならば、この勝負は分からなかった……セフィロスははやぶさの剣を鞘にしまう。

「……いくか」

注意すべき敵はクラウド達のみかと思っていたが……どうやら、そうでもないらしい。
極限流。
そして、ロバートと同等の実力をもっていると思われるリュウと呼ばれた男。
その名は確かに、彼の脳裏に刻まれた。

片翼の天使は往く……己が野望を阻むであろう者達を、切り伏せる為に。

【E-5 スカイハイ塔/一日目/深夜】
【セフィロス@ファイナルファンタジー7】
[状態]:上半身裸。
    全身に打撲、中度の疲労
[装備]:はやぶさの剣@ドラゴンクエスト5
[道具]:基本支給品一式、確認済み支給品(0〜5個)
[思考]
1:全ての参加者を殺し、そして偉出夫に絶望と死を与える
2:クラウド達を優先して斬り伏せる
3:極限流の使い手とリュウを、実力者と認識。
4:出来れば、正宗を手に入れたい

※エアリスが生きていることに関しては、然して疑問を抱いていません
※大空洞でのクラウドとの一騎打ちの直前からの参戦です。
※ロバートの支給品を押収しました。
 ただし、正宗はその中に入っていません

※はやぶさの剣
非常に軽い特殊な金属で作られた長剣。
攻撃力は低いものの、その代わりに一度に二度の攻撃が可能となる。

【ロバート・ガルシア@竜虎の拳 死亡確認】
【残り59人】




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