悪意なき殺人
「だ〜か〜ら〜、人の話を聞けと言ってるだろう!」
「やだ! ヘンタイの話なんて聞きたくないもん!」
「だから俺はヘンタイでもなければ、お前のようなガキにも興味はないと言ってるだろう!
そうやって人の話も聞かずに決めつけるような奴は、ろくな大人になれないぞ!!」
「ろくでもない大人なのはあんたでしょ! ヘンタイ! ヘンタイ!!」
「だぁぁぁぁぁぁぁ、ヘンタイヘンタイ連呼するな!」
「だってヘンタイじゃない! 私の胸触ったじゃない!」
「あれは不慮の事故だと何回言えばわかってくれるんだ!
大体だな。ガキの平坦な胸なんか触っても何の得にもならな……」
「いやあ〜! 最低! やっぱりヘンタイじゃない!!」
「ちっ、ちがっ! 今のは言葉のあやで……」
「リュカーっ! 誰かーっ! 助けてー!!」
「ばっ、バカ! 大声を出すなああああああああ!!」
小一時間ほどこのようなやり取りを繰り返しているシェゾとビアンカ。
しかし誤解は解けることもなく、それどころかますます泥沼にはまっていくばかりだった。
このまま彼は「幼女趣味のヘンタイ男」という最低最悪の烙印を押されたままなのだろうか。
「(ああ、誰かこの状況を好転させてくれ!)」
シェゾは祈った。誰でもいいからここに来てくれ、そして自分を窮地から救ってくれ、と。
この状態で誰かが来たら、余計自分が不利になる気がしないでもないが、
この状況をちゃんと説明すれば、自分の無実と身の潔白が証明されるだろうと信じるしかなかったのだ。
彼の祈りは神に届いたようだ。
年齢的には少女と言うよりは女性と言った方が正しいかもしれない。
花弁のような可憐なリボン。栗色の巻き髪。桃色のワンピース。
花の妖精……。世界樹の守護者……。神の使い……。
目の前に現れた存在は、その中のどれかかもしれないとさえシェゾとビアンカは思ってしまった。
「こんにちは」
場の空気を変えてくれそうな、女の朗らかな笑顔に、シェゾの顔も緩む。
「(よかった……この女なら話が通じそうだ……)」
しかし、シェゾの儚い希望は脆く砕け散る。
「お姉さん、助けて! こいつヘンタイなの!!」
「お、おい! こら!!」
ビアンカの爆弾発言に、シェゾは再び青ざめた。
せっかく神が遣わしてくれた、シェゾにとっての救世主かもしれないというのに台無しだ。
「わかったわ。お姉ちゃんが助けてあげる」
女は何の疑問も抱かずに頷くと即座に刀を構える。
視線はシェゾとビアンカの方を向いていた。
女は、ビアンカの一言でシェゾを『女性全体の敵』と判断したのだろう。
「ありがとう。お姉さん!」
「なっ!! 待て、人の話を聞け! お前らは大きな誤解をしている!!」
シェゾが後ずさる。ビアンカもヘンタイを逃すまいと、シェゾの腕を掴みながら一緒に後ずさる。
「動いちゃダメ」
「そうよ! 動いちゃダメよ! ヘンタイ!」
女にもビアンカにも全く聞く耳を持ってもらえないようだ。
見ず知らずの青年と、服がところどころ裂けているいたいけな少女。
どっちの言い分を人が信用するのかは目に見えているが、これはあんまりだ。
「だから、俺はヘンタイじゃな……いてっ!」
シェゾが更に後ずさろうとするが世界樹の幹に頭をぶつけてしまった。
行き止まりだ。色々な意味で行き止まりだ。
魔法を唱えようにも、この状態ではその猶予すら与えられない。
唱えるならさっき唱えておくべきだったのだ。
「今、助けてあげるね」
「うん! お願い、助けて!」
「(畜生、これまでか……)」
何の前触れもなく、異常者の手によって殺し合いを命じられ、
守備範囲外の年齢の子供にヘンタイと勘違いされ、
その誤解を解くこともなく通りすがりの女に成敗され人生を終える。
一体自分の人生は何だったのだろうか。
こんな情けない最期を迎えるために自分は今まで生きてきたのだろうか。
情けない。実に情けない人生だった。
四体でくっつくと消滅する某生命体並の儚い人生だった。
ヘンタイという汚名を着せられずに逝けた分、あいつらの人生の方がなんぼかマシかもしれない。
シェゾが観念して目を瞑る。
甲高い断末魔が世界樹一帯に響き渡る。
こうして、無実の罪を着せられたまま、シェゾ・ウィグィィの人生は終わりを告げ……
ていなかった。
「(な、なんだ今の悲鳴は!?)」
甲高い断末魔の悲鳴の持ち主は彼ではない。
その断末魔はシェゾの至近距離から響いたのだ。
「なっ!?」
目を開けたシェゾの前に、予想もしなかった光景が広がっている。
女の振るった刀はビアンカの薄い胸部を貫通していたのだ。
ビアンカの服が、みるみる紅蓮に染まっていくではないか!
出なくなってしまった叫び声の代わりのように、ビアンカの口からも血が溢れ出ている。
その口はかすかにパクパクと動いていたが……やがてその口の動きも止まってしまった。
こんな幼い子どもの体にもこれ程までの量の血が……ではなく、なぜ、ビアンカが……?
シェゾが身代わりの術を咄嗟に唱えていたのだろうか。
いいや、そんなわけがない。
呆然とするシェゾを横目に、女が刀をビアンカから抜く。
血飛沫を噴き上げながら、ビアンカそのものが地面に崩れ落ちた。
ビアンカは、自分を助けてくれると信じていた女の刀によってその短い生涯を終えたのだ。
読めん。全く読めん。
なぜ目の前の女は自分ではなく、ビアンカを殺したのか。
手元が狂ったのか?
女が元々狂っていたのか。
無実の自分を助けてくれようとしたのかもしれないが、この方法は流石におかしい。
「次はあなたを助けてあげるね。ヘンタイさんなのはいけないと思うけれど……。
お仕置きすれば、あなたも反省していい人になってくれるよね?」
女は聖母のような笑顔でもう一度刀を構えなおす。
彼女の中では「助けてあげる」=「殺してあげる」のようだ。
シェゾは確かに助けてくれる人物が来るのを待ち望んでいたが、こんな形での救済は望んでなかった。
「じっとしててね」
「じっとしていられるわけがないだろう!」
女に軽度の攻撃魔法を放ち、一目散に逃げ出した。
「きゃ……!! 待って! 私はあなた『も』助けたいの!!」
「待てるかーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
攻撃を受けた女の声を無視してシェゾは、力の限り東へと駆けだした。
声を聞くにそれほどの大きなダメージは与えられなかったようだが、逃げるチャンスができただけでも幸いだ。
★
「はぁ……」
どれほどの時間が経っただろうか。
運良くシェゾは逃亡に成功したようだ。
火事場のナントカというやつだろうか。
遠くまで逃れられたのは自分でも大したものだとシェゾは思った。
全力疾走だったため、体力が消耗している。
無防備だとわかりつつも、その場に座り込む。
今でもさっきの出来事が信じられない。
あの女……美しいバラにはトゲがあると言うが、トゲなんて生易しいものじゃなかった。
何を考えてビアンカを殺したのか意図がわからない。
「助けてあげる」と嘘をつき、相手の隙を突いて殺すという戦略なのだろうか。
ならなぜ、戦略がバレバレのはずのシェゾにも「あなた『も』助けたいの」と言ったのだろう。
「(むしろヘンタイは俺ではなくあの女の方じゃないか)」
ヘンタイなんて言葉で済むような生易しいものではない。
あの女は確実に危険人物だ。
やはりもっと強烈な魔法を用いて殺せばよかったか、と舌打ちをする。
しかし、強力な魔法を使うには時間がかかるし、魔力にも限りがある。
魔力はまだなんとかなるとしても、あの時、強力な魔法を使うための時間も余裕もシェゾには用意されていなかった。
それにまだ支給品の確認もしてない状態だったため、刀を持った人間相手に素手で立ち向かうのは自殺行為だっただろう。
あそこで逃げたのは、ベストではないにしてもベターな選択肢だったんだと理解することにした。
男としても、闇の魔導師としても、情けないというのは、この際考えないことにしよう。
「邪魔だ」
頭上から声がする。シェゾが見上げた先には金髪の男が立っていた。
こいつも危険人物なのかもしれない。
が、逃げてきたばかりの今の自分に逃げるだけのスタミナはない。
「お、お前も殺し合いを肯定するのか?」
「殺し合い? 興味ないね」
「そうか……」
ほっと胸をなでおろすシェゾ。しかしさっきの女が殺意を見せぬまま、ビアンカを手にかけた、
自分を殺そうとしたことを考えるとまだ安心は出来ない。
シェゾが身構えていると、金髪の男は口を開いた。
「俺からも質問だ。ピンクのリボンをした女と、長い黒髪の女を見なかったか?」
「!?」
「人を探してるんだ。答えてくれ」
「リボンの女ならさっき見たが……」
「どこにいるんだ? 彼女は生きてるのか?」
「生きてはいるが……お前の会いたい相手とは違う可能性もある」
「それでもいい。何らかの手がかりが得られるなら」
「……俺が会ったリボンの女は、単なる人殺しだ」
「!?」
「明らかに様子がおかしい。さっきも……」
「……そいつは別人だ。俺の知っている彼女ではない」
「お、おい! 待て!」
シェゾの言葉には耳を傾けないまま、金髪の男は去って行った。
金髪の男を追う程の気力はなかった。
それに、触らぬ神に祟りなしともいう。
だがこれでよかったのだろうか。
「俺としたことが……」
自分を愚か者だと思ったのはこれが初めてかもしれない。
だがここで屈するわけにはいかない。
ここで屈してしまったらシェゾ・ウイグィィ……「神を汚す華やかなる者」の名が廃る。
それに何より醜態をさらしたまま終わるなんて自分のプライドが許さない。
今は体力を回復させ、今後のことを考えるべきだ。
ついでに支給品の確認も済ませてしまおう。
シェゾは誰もいなくなったことを確認すると、休憩の態勢に入った……。
【B-3/一日目/深夜終了前】
【シェゾ・ウィグィィ@ぷよぷよシリーズ】
[状態]:健康 全力疾走のせいで体力低下 MPを少しだけ消耗
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
1:殺し合いに乗るつもりは無い
2:支給品の確認をする
3:休憩をとる
4:今後のことを考える
★
「……俺が会ったリボンの女は、単なる人殺しだ」
その言葉が強くクラウドの心を揺さぶる。
だが、エアリスがそんなことをするはずがない。
クラウドの知っているエアリスは、意味もなく人を殺すような女ではない。
慈愛に充ち溢れた、天使のような女だった。
死の瞬間まで、彼女は優しく清らかだった。
だからどうしてもエアリスと、銀髪の男が放った言葉が結びつかない。
どうせあの男の言っている女は、自分の知らない赤の他人だろう。
ピンクのリボンをつけた女なんてごまんといる。
そんな無関係の女たちがどうであろうと関係がなかった。
自分に危害を加えてくるようなら返り討ちにすればいい。
それだけだ。
エアリスに会いたい。
会って、彼女がそんな人間ではないことを確かめたい。
もし、あの男の言葉が本当なら、彼女が自分の手を汚した理由が知りたい。
エアリスを守りたい。
今度こそ死なせはしない。
もし彼女の仇であるセフィロスに会うことがあったら今度こそ決着をつけてやる。
それが例え、自分の命と引き換えであってもだ。
エアリスだけじゃない。
幼なじみのティファのことも早く見つけたい。
彼女も自分の知る限り、勇気と優しさと聡明さを持った女だ。
絶対にこんな殺し合いに乗るような人間じゃない。
今頃、誰かを守ろうと一生懸命戦っているかもしれない。
自分が助けてやらないと。早く守ってやらないと。
二人を守り抜くこと。今の自分に出来るのはそれだけだ。
【B-3/一日目/深夜終了前】
【クラウド・ストライフ@ファイナルファンタジー7】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3
[思考]
1:エアリス・ティファと合流したい
2:セフィロスに遭遇したら必ず倒す
3:銀髪の青年(シェゾ)の「リボンの女(エアリス)は人殺しだ」という言葉に対しては半信半疑。
エアリスと会って確認するまでは完全には信じないつもりだが……。
★
「あの悪い人、逃げちゃったみたい。本当にいけないお兄ちゃんだね」
「でもあの人はもうここにはいないから、もう大丈夫だよ」
「私もケガしちゃったけど、みんなを助けるためならこれぐらいどうってことないよ」
「それにあなたの方が、痛い思いしちゃったよね」
「怖かったね。痛かったね。辛かったよね」
「ごめんね。お姉ちゃん、剣の扱いに慣れてないから力の加減ができなくてごめんね」
「お姉ちゃんがちゃんと綺麗に生き返らせてあげるから、心配しないでね」
罪なき幼子の瞳を閉じさせ、語りかける。
眠りについた幼子はエアリスの言葉には相槌ひとつすら打たない。いいや打てない。
それでもエアリスは幼子に語りかけていた。
「そうだ、貴方の荷物を貸してね。ちゃんと大切に使うからね」
「お姉ちゃん、杖の扱いの方が得意なんだ」
「でも、剣の方がみんなのことを、ぐっすり寝かせてあげられるのかな」
「よくわからないな」
「それじゃ、おやすみなさい。また後でね」
幼子の荷物を手に、エアリスは新たな誰かを救うために立ち上がった。
それが善だと彼女は信じて疑わなかった。
彼女は純粋すぎたのだ。
【C-3/世界樹ノッポール前/一日目/深夜終了前】
【エアリス・ゲインズブール@ファイナルファンタジー7】
[状態]:健康。数か所に軽いケガ。(参戦時期:FF7無印でセフィロスに刺殺された後)
[装備]:むそうマサムネ@真・女神転生if… スペアに海鳴りの杖
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2(未確認)、ビアンカの基本支給品一式と不明支給品0〜2
[思考]
基本方針:後で全員生き返らせるために自分以外の参加者を殺害する
1:最後の生存者として生き残る
2:出会った人物から無差別に殺害する
【ビアンカ@ドラゴンクエストX 死亡】
【残り60人】
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