森のカメさんにご用心
「ひ、は、ふぇ、あ、ひぃっ」
少女が走る。ワンピース代わりになった制服の上着をなびかせ、幼すぎる身体を懸命に前へと動かし続ける。
その愛らしい顔には涙や鼻水にまみれ、表情は恐怖に歪み、極めつけに制服には血が飛び散っていた。
いくら足が悲鳴をあげても止まることなどできなかった。
何度振り返ってみても後ろに見える影は、巨躯に似合わぬスピードを保ち、彼女を逃がそうとはしてくれなかった。
――事の発端は数刻前。
☆
目が覚めたら見知らぬ空間で。金髪の男の人が殺されて、その人を兄さんと呼ぶ人が喚いた。
少し変わった服の、魔法使いらしい男の人は蘇生魔法が使えると言っていたけど、効かなくて。
亡者のように狂い踊った、弟の人もとうとうあの白い男の人に殺されてしまった。
そして殺し合いを命じられ、気がついたら見知らぬ砦の前にいた――
目の前で起こったこと全てが信じられなかった。
それでもあの鮮明で凄惨な画像は夢とは思えないほどリアルな映像を彼女に眼に宿していた。
幼い身体を震わせながらふらふらとした足取りでアロエは砦の壁に近づき、その固く冷たい石の壁を背に座りむ。
心臓を破裂させそうな動機を必死に抑え、アロエはおぼつかない手つきで荷物を漁った。
「うそ……シャロンちゃん、ガルーダ先生っ……」
月明かりが映し出す黒い活字にはアロエの良く知る、少し高飛車な同級生の名と独特の声を持つ、熱血鳥人教師の名が確かに刻まれていた。
それ以外に自分の知る名前はなかったため、この二人と合流ができれば心強いに違いない。
だが同時に、二人がアロエの知らぬ場所で帰らぬ人となる可能性も有るということになるのだ。それはアロエ当人とて例外ではない。
自分の友人が、恩師が死ぬ――考えただけで魂を吸われてしまいそうだった。
「……っ……探しに、いかなくちゃ……」
思うように動かない足を無理矢理持ち上げる。胸に特殊な効果があるというバッジを装備し、手には一歩間違えるとこちらが危険な花火爆弾という武器。
上手く使える保障などないが、アロエとしてはこの状況で魔法が上手く使える自信がなかったのだ。
二人の姿を頭に思い浮かべ、おそるおそる足を踏み出そうとした瞬間。
木々の間から、糸目の男が忍び足をするようにそっと姿を表した。
「……あっ……!」
「そこにいるのは誰だ? ……あ、待ってくれ、俺に戦う意志はない!」
知らない人物の登場に対する驚き、そして恐怖から思わずアロエはその場から駆け出そうとした。
しかしその焦りと恐怖感で身体が思うように動かない。その間にも男はアロエに近づき、とうとう目の前にまで……
「いやぁっ!」
そして彼の無骨な手がアロエに顔の方に伸びた瞬間に彼女は悲鳴をあげ、目を瞑った。
自分はここで絞め殺されてしまうのかと、そんな根拠のない恐怖に支配されながらも蹲る事しか出来なかった。
だが、いつまでたってもアロエが恐れた未来は来なかった。
アロエの小さい頭に温かい感触が行き渡る。その感覚に僅かながら固くなった心を溶かされ、アロエはおずおずと目を開いた。
そこにはあの少年が穏やかな笑顔を浮かべ、アロエの頭を撫でる姿があった。
持っていたはずのデイパックは遠くに投げ捨てられている。おそらくは敵意が無いことの意思表示だろう。
「安心してくれ、俺は君の味方になれる。……おっと、自己紹介が遅れたな。俺はタケシ、ジムリーダーのタケシだ」
目の細さは変わらねど、その笑顔に偽りは無い。それは恐怖に支配されえていたアロエも、心なしに理解出来たような気がしていた。
「う、うわぁぁぁぁあぁぁあん!!」
やっとのことで緊張の糸を切らしたアロエは、タケシと名乗った男にすがりつき、安心感を取り戻そうと尽力するかのように鳴き声を上げ始めた。
☆
「あ、あの……ごめんなさい。さっきは取り乱しちゃって」
「気にすることはない。こんな所にいきなり投げこまれて、正気でいられる子供なんて滅多にいないさ」
やがて落ち着きを取り戻したアロエに、タケシは懇切丁寧に面倒を見てくれた。
アロエを宥めたあと、手際良くお互いの情報交換に地図を広げての方針決定もこなした。
その情報交換の中で、タケシの持つ情報とアロエの持つ情報が明らかに食い違っていることも明らかになった。
例えばタケシがアカデミーや賢者のことを全く知らなかったし反対にアロエもポケモンやカントー地方などという単語には全く覚えが無かった。
「これは……俺達は別の世界から集められたのかもしれないな」
「べ、別の世界!? そんな、いくらなんでもそれは……」
「有り得ないことじゃないんだ。変に思うかもしれないが、俺はポケモン研究の権威であるオーキド博士から少し気になる話を聞いていてな。
遥か北の大地に、時と空間を操る神が奉られてるらしいんだが……それが君は知らない、だが少なくとも俺達は毎日見ているポケモンの一種であるという説がある。
あの少年はひょっとしたらそのポケモンを探し出すことに成功し、その力を悪用してしまったのかもしれない」
まるで御伽噺のようなタケシの話だったが、しかしその顔つきこそは真剣そのものだった。
半信半疑気味だったアロエもその語り口に信用する方へ傾かざるを得ない。それに、お互いの持つ情報の差はタケシの説でもないと説明がつかないものだったのだ。
あの少年が悪い魔法でも使って記憶を弄った可能性も考えたが、そんなことをしたとして意味も必要性も無い。
「まあとにかく真相は俺達が脱出できたら明らかになるだろうな。
それまではいくら考えても推測の域を出ないだろう。とにかく俺達の友人知人や、殺し合いに乗ってない仲間を――」
勢いよくまくしたてていたタケシがその口を急に閉じ、突如あらぬ方向に首を向けた。
「タケシさん?」
意図がわからず不思議そうにタケシと森の方を見比べようとしたアロエの顔も、遅れて凍りついた。
「……あれ……!」
「……ああ」
森の向こうから巨大な影がこちらへ向かってきている。
話しこんでいたから気付かなかったのか。よく耳をすませばかすかに足音が響いている。
しかしタケシとアロエが影に気付いたことを向こうも悟ったのだろうか、今まで絞っていたのであろう足音のボリュームを遠慮なく戻し始めた。
その体躯が持つ本来の足音に危機を感じ取り、二人が距離を取ろうとした時には既にその人間でないシルエットが姿を見せているところだった。
亀が立ち上がったようなその怪物は、体中にはやした棘のように鋭い目で二人を睨む。
「今更気づきおったか? さて、先程大声を挙げていた馬鹿はそっちの餓鬼だな」
人に有らざるものが言葉を話したことについて、疑問を持たない世界の出身であるアロエはそこに驚きを見せない。
だがその荘厳だる声と共に鋭い視線を向けられその顔が途端に蒼白になる。
対してタケシの世界にはいくら知能が高くても喋るポケモンは、少なくとも彼の知る限りでは存在しなかっただけに驚きが隠せない。
「……お前、ポケモンなのか? ……いや、それより……俺達に何の用だ」
「ポケモン? 何だそれは……まぁいい。何用も何も、ここが殺し合いの場である以上戦いに来たに決まっているだろう」
アロエがひっと小さな悲鳴を上げる。態度からして普通でなかったが、やはり友好的な参加者ではなかったらしい。
「俺達にそんな意志はない。この状況をなんとかして、元の世界に返らなくちゃならないんだよ」
「お前らの意志など関係無いわ。ワガハイとしてもさっさと元の世界に戻り、銀河を手中にいれねばならぬのだ!」
「それならここで戦う必要なんかないだろう!」
銀河を手中に、という言葉が気になったがあえて言及はせず戦いを避ける方に持ち込もうと尽力する。
「ふん、元の世界に戻るなら手っ取り早い方法があるだろうが。
ここの参加者を皆殺しにし、優勝賞品とやらを持ってきた餓鬼も始末して奴の願いを叶える力をもワガハイが手にすればいいのだ。
それにこの場にはマリオに緑のヒゲもいるらしいしな、折角だからここで決着もつけられる。
さあ、長話は飽いた! 貴様らをまとめてワガハイの炎で消し炭にしてやろう!」
言うが早いか怪物の口から灼熱のブレスが放たれる。
もはや交渉は出来ぬものと悟っていたタケシはブレスが放たれる直前にアロエを抱えると、砦を迂回するよりに走り始めた。
「話の通用する相手じゃない! ここは逃げるぞ!」
「は、ひぃっ!」
ジムリーダーである上に、普段からも身体を鍛えているタケシだ。常人以上の体力に運動能力は持ち合わせている。
だがその身体でさえ、怪物の炎に炙られないようにするのが精一杯だった。
「逃げ切れると思うか!」
おまけにあちらも鈍重そうな風体の割に思った以上のスピードを持っている。
このままでは埒があかない。いや、アロエを抱えている以上いつしかこちらが追いつかれてしまう!
「くそっ、これでも喰らえ!」
タケシがアロエから譲り受けていた花火爆弾を後ろ手に放つ。
爆弾は炎を避け、山なりに飛んで怪物に炸裂した。
「どうした! それが精一杯か!?」
しかし多少怯みはしたものの、怪物はそれをものともせず追跡を止めようとはしない。
次弾も放ってはみれど、初撃に怯んだのは不意をくらっただけらしく怪物との距離は多少開いたのみだった。
木々を盾に複雑なルートを進んでも怪物の炎は確実に木々をなぎ倒して行く。
もういつ追いつかれてもおかしくない状況だった。
「……アロエ、このままじゃ俺達は二人とも御陀仏だ。
何とかして残りの支給品であいつを食い止めるから、そのスキに砦の方へ迂回して戻るんだ!
あっちもまさか元の場所に戻ってるとは思わないハズだろう!」
「そ、そんなのダメだよ! 私も走るから……ううん、私が囮に……」
「頼む、行ってくれ! ここで君も死なせたらイマクニやオーキド博士に合わせる顔がないんだ!」
「でもっ……!」
なおも抗議しようとするアロエを、逃げる足を緩めぬよう地に降ろす。
慌てて止めようとする小さい手を振り切って、デイパックから取り出した羽が生えたトゲトゲの甲羅を怪物に投げつけた。
「花火か効かないならこれでどうだっ!!」
「ぬ、トゲゾー甲羅だと!?」
怪物が咄嗟に身体を動かして甲羅の激突を避ける。しかし甲羅は怪物へピッタリ狙いをつけ、その動きに合わせて旋廻、そして一直線に突撃した。
「ぐぅぅぅっ!!!」
直後、怪物の身体を中心に小さな青い爆発が起こる。その余波を受け、近距離で投射したタケシも吹き飛ばされた。
「逃げるんだ、アロエッ!!」
「ッッ……ぜ、絶対無事で、かえってきてくださ……」
焦がされた彼の姿に怖気づきながらも、後で無事で落ち合えることを信じてアロエが駆け出そうとする。
しかし刹那、彼女の瞳が大きく見開かれる。
あれだけの爆発の跡からあの怪物が飛び出して来た。そして彼女と同じく驚愕を顔に宿すタケシの身体を、その巨大な爪で一振るいのもとに切り裂いたのだ。
「……タ……ケシさ……」
「小癪なマネをしてくれおって。効果を知らなかったらワガハイも無事では済まないところだったな」
怪物の甲羅が黒く焦げ付いている。タケシの投げた甲羅……トケゾー甲羅が起爆する直前、その効果を知っていた怪物は強固な防御力を誇る甲羅でそれを受けたのだ。
それでもダメージは負ったもののなお動くには支障は無かったらしく、目には凶暴な色が消えていない。
「さて、貴様も殺してやるとするか。支給品も貰わなければならんことだしな」
怪物の顔が残忍に歪む。
この地で初めて出会い、震えていた自分を優しくしてくれた人物の死に、その死体に、自分を死に誘わんとする怪物の視線に耐えられなくなったアロエは火がついたように走り始めた。
その後姿を怪物は逃さないように追跡を再開した。
そして、時は現在に戻る。
☆
「たす、けて……たすけ……」
いつしか背後の影と少女との距離が近づいて来ている。アロエの体力が追いつかなくなるのに、さほど時間は要らなかったのだ。
そして逃げられはしないこと、そして己に迫る死を本能的に察知してしまった彼女はとうとう足に命令を下すことを諦めてしまった。
そのままへたりと倒れこむ。
怪物がその爪を振るい、今にアロエの身体を引き裂く――
「ぬっ!?」
乾いた金属音が鳴り響き、殆ど紙一重の所まで接近していた爪が弾かれた。
地面にはどこからか飛来してきた槍に怪物は大きく怯んだ。
それも不意にきた攻撃だからというだけではなく、槍が電撃を纏っていたこともあった。
それに続くように空から小さい影が降り立つ。彼が投げたものであろう槍を広い、そして叫んぶ。
「サスケ参上ッ!!」
ちょんまげを生やした、電撃を纏う槍を携える小さい少年。
彼はそっとアロエの方を振り返ると、先程の勇ましい声とはかわって穏やかな声を彼女にかけた。
「助けが遅れて申し訳ないでゴザル。後は拙者に任せるでゴザル!」
「あっ……」
殆ど死の直前に来た新たな助けに、その優しい声に身を挺してアロエを守ったタケシの姿が重なる。
どっと押し寄せた安堵が彼女を包む。そしてこの地に来て恐怖などに蝕まれ心身ともに疲労していたからであろうか――アロエの小さな身体がすとんと倒れた。
「うわっ!? ……あ、安心して気絶したのでゴザルな」
「邪魔立てをするなよ小僧! その餓鬼はワガハイの獲物だ!」
体勢を立て直した怪物は憤慨すると、アロエごとサスケを焼きはらおうと再びブレスを撒き散らした。
「ムッ、この火炎は……」
しかしサスケもその身軽さをいかし、アロエを抱きかかえると素早く飛翔することでブレスを回避する。
だが怪物はブレスの射程距離を操り、また自らも巧みに移動することでサスケの体力を奪おうとした。
(中々に攻撃範囲が広い……さすがに、この子を抱きかかえながらでは少々分が悪いでゴザル。
クナイさえストックがあればよかったのでゴザルが、今はこの槍以外に手持ちが無い。
唯一のこの武器を使い捨てるわけにも……ここは!)
サスケは再び大きく宙に飛翔する周囲には木もなく、傍からすると隙の大きい体勢だ。
「自ら空中に飛んでスキを作るとは、血迷ったか!」
怪物はその隙を逃すまいと爪を構え、降りるところを迎撃しようとする。
だが、サスケは降りてくるよりも先に懐から取り出した小さな玉を怪物目掛け投げつけた。
「ワガハイにそんな小さな爆弾は……グッ!?」
先程の花火爆弾だとたかをくくっていたのか間違いだったに違いない。
サスケが投げた小さな玉は火薬を撒き散らすことはなく、代わりとばかりに辺りの視界を多い尽くすほどの煙を吐き出す。
視界を奪われた怪物は混乱したらしくあらぬ方向にブレスを放つ。
ブレスは放たれた方の煙を払うものの、そこには既にサスケとアロエの姿は無い。
やっとのことで冷静を取り戻しブレスで周囲を払いきった時にはとっくに二人は姿を眩ました後であった。
「っ……こんな玩具でワガハイを翻弄するとは、あのチビやってくれるな……!」
怪物は不機嫌そうにうめくが、それに答える声があるはずもない。
彼とて追跡の間に欠片も疲れが無かったわけでもなく、そのどっしりとした身体を座らせた。
「次の獲物は逃すまい。全力で襲いくるワガハイから逃げられるものなどおらんのだ!」
【E-3/一日目/深夜】
【クッパ@マリオシリーズ】
[状態]:やや疲労、甲羅にダメージ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3(未確認)
[思考]
基本方針:優勝して主催者の力を奪う
1:邪魔な参加者は始末する
2:次の参加者は確実に殺す
3:マリオと決着をつける
※スーパーマリオギャラクシーからの参戦です。
【E-2/一日目/深夜】
【アロエ@クイズマジックアカデミー】
[状態]:気絶、精神疲労・中
[装備]:ピンチデラッキー@マリオシリーズ(ペーパーマリオRPG)
[道具]:基本支給品一式、花火爆弾(2/3)@がんばれゴエモン、不明支給品0〜1
[思考]
1:(気絶)
2: シャロンとガルーダや、味方になってくれる人を探して合流したい
【サスケ@がんばれゴエモン】
[状態]:気絶、精神疲労・中
[装備]:らいじんのヤリ@ドラゴンクエストX
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
1:アロエを連れてひとまず待避
2:ゴエモンを探す
3:主催者を倒し、ここから脱出
【タケシ@ポケットモンスター赤・緑 死亡】
【残り 61名】
※タケシの支給品「トゲゾーこうら@マリオシリーズ(マリオカート)」は爆散しました。
※タケシの死体と支給品はE-3に放置されています。
※煙玉@現実(使用済)はE-3に放置されています。
【ピンチデラッキー@マリオシリーズ】
装備している人物が「ピンチ(大ダメージ)」、状態になると敵が時々攻撃をミスするようになる。
【らいじんのヤリ@ドラゴンクエストX】
使うと「いなずま」の効果がある槍。
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