とある少女の手記〜Side:Reiko〜
なんでこんなことになってしまったのだろう――。
考えることを止めそうになる頭を回転させながら、
爆発しそうになる感情を抑えながら、
震えそうになる足を進めながら、
私はただ必死に先ほどの出来事を思い出していました。
思い出したくないけれど、思い出さなくてはいけない、つい先ほどの出来事を。
平穏な日常の終焉。
大切な兄との訣別。
道徳観と倫理観の崩壊。
私の大事にしてきたもの全てが音を立てて壊れたかのようなあの瞬間のことを……。
授業中、私は突然眩暈を起こして保健室に運ばれました。
そして保健室で休んでいたはずです。
何故「休んでいたはずです」という曖昧な言い方かと言いますと、
単に私の記憶があやふやだからです。
再び目を覚ました時、自分が教室のようなそれでいて見たこともない小さな部屋にいたことからも、
元々保健室で休んでいたこと自体が幻覚にも似た嘘の記憶なのかもしれません。
私は意識を覚醒させると辺りをおそるおそる見回しました。
他校の制服の学生さん。外国人と思われる方々。
まだ年端もいかない小さな子たち。私よりもはるかに年上の方々。
髪の色も肌の色も年齢も性別もバラバラな大勢の人々がそこにはひしめき合っていました。
皆の表情や反応から察するに私と同じように知らぬ間にここに集められたのでしょう。
薄暗く小さな部屋を更に狭めるかのごとく、部屋の周り一帯を多くの蝋燭が囲んでいます。
まるで私たちを逃すまいとするかのように……。
「お目覚めかい?」
たくさんの蝋燭に照らされ、今までに見たこともないような凍りついた笑みを浮かべるその人を見て、
私の思考回路は一瞬フリーズしました。
「いで……お……?」
私の目の前で無慈悲な笑みを浮かべるのは、狭間偉出夫……間違いなく私の実の兄です。
彼は一瞬のうちにまるで幻のように部屋の中央に立っていました。
偉出夫、助けにきてくれたの?
違う。偉出夫は……偉出夫こそが……。
私たちをここに呼んだんだ……。
非現実的な現実を目の当たりにし、脳内の情報処理速度が落ちている私でしたが、
その程度の判断ぐらいならつきました。
悪魔が兄に化けているのかとも一瞬思いましたが……嗚呼、今思えばそっちの方が救いだったかもしれません。
しかし、目の前の兄は間違いなく私の知ってる兄でした。
光を宿していない冷たい瞳と私たちを嘲るかのような笑顔以外は、私の知っている偉出夫そのものでした。
「この世で一番愉快なゲーム、『ゲームキャラ・バトルロワイアル』の世界へようこそ。諸君」
兄がそれはそれは楽しそうに言いました。
その喋り方だけ見ているとまるで新しいおもちゃを買ってもらってはしゃいでいる子供みたいでした。
「ゲームだと?」
「そうだ。君たちは幸運にも、私が創り、私がプレイするゲームのキャラクターに選ばれた。
……ここでは君たちを生命ある存在ではなく、ゲームのコマ……キャラクターとして扱わせてもらう」
ゲーム?
キャラクター?
兄が何を言っているのか、私にはわかりませんでした。
兄が創り、兄がプレイするゲームというのもあまり意味がわかりませんでした。
大体、実在しないゲームのキャラクターと違って私たちは……少なくとも私は血の通った人間です。
兄は一体何が言いたいというのでしょうか? 一体何がしたいのでしょうか?
今までにない未知の不安と焦燥に早まる胸の鼓動が、私が生命ある存在であることを一層明らかにしていました。
「……で、てめえはどんなゲームがしたいっていうんだ? 格闘ゲームごっこなら得意だぜ」
と、挑戦的な口調で私の近くにいた背の高い男の人が言いました。
兄はその言葉を聞いてまた唇の端をにやりと歪めました。
そして……。
「格闘ゲームごっこか。近いけど違うな。私がやりたいのは……そう、殺し合いゲームだ」
と、はっきりと言ったのです。
殺し合い……と。
「なんだと……!?」
これには先ほど兄に問いかけていた男の人も言葉を失いました。
彼だけではありません。
その場にいた全員……私も含めて、文字通り全員が言葉を失いました。
ほんのわずか、「ククッ」という兄とは違う笑い声が漏れたようにも思いましたが空耳でしょう。
「ま、まさか……本当に殺しあうなんて言わないよな? あくまでゲームだよな?」
静寂を破ったのは、高貴そうでどこか大人しそうな顔立ちの金髪の男の人の怯えた声でした。
顔のつくり自体はまったく違いますが、どことなく記憶の中の兄に似ている気もしました。
年齢的には私よりも4、5歳程年上かと思われます。
でも外国の方は早熟だといいますから、実際は私や兄と変わらないのかもしれません。
「君は何を言ってるんだ? 本当に殺し合わなくては意味がないじゃないか。
これは生命と生命の奪い合いゲーム。生と死の駆け引きを楽しむためのゲームなんだから。
ふん……残念ながら、君みたいなひ弱な人間はこのゲームでは真っ先に脱落しそうだな」
兄は普段の彼とは違うはっきりとした口調でそう告げると、質問者の金髪の男性の腕を容易くひねりました。
「ぐああああああああああああぁぁぁっ!!」
金髪の男性の苦痛に歪んだ声が響きました。
「ゴードン王子……!」
ターバンと白装束を身にまとった神秘的な男性が金髪の男性に心配そうに近づきます。
「うっ……う、うう……」
「今、ケアルをかけます。じっとしていてくださ……」
その時です。乾いた音が部屋中に響いたのは。
「ふざけるのも大概にしろ!!」
さっきの金髪の男性……によく似た、髪をひとまとめにした凛々しい風貌の若い男性が、
鋭く凛とした声で偉出夫を叱りつけていました。彼が偉出夫の頬を叩いたようです。
この方がさっきの方のご兄弟……お兄さんだということは私にもわかりました。
彼はおとぎ話の世界の王子様のような端正な顔を憤怒の色に染めて私の兄を睨みつけていました。
「人間の生命を弄ぶだと……? 君は何を考えているんだ!!
自分が何を言っているのか、何をしようとしているのかわかっているのか!?」
「今、僕……いや……私を殴ったのは貴様だな?」
頬を押さえたまま、偉出夫が顔を赤くしながらわなわなと震えていました。
「ああ。私だ。この私、カシュオーン国第一王子・スコットが全身全霊をかけて君の愚行を止める!」
スコットと名乗った男性は臆することなく偉出夫を見据えていました。
「スコット王子! 今は危険です! その少年から離れて下さい!! その少年は……!!」
「兄さん、もういいよ! もういいから!!」
「ミンウ、ゴードン。相手はまだ子供だ。きっと誠意を持って話せばわかってくれる……。
それに私だって武術と魔法の心得はある。ここは私に任せてくれ」
止めようとする二人をやんわりと制止しながらスコットさんは偉出夫をじっと見つめました。
そんな彼の態度が、偉出夫には……兄にとっては余計気に食わなかったのでしょう。
「わかったような顔をして正義の王子様気取りか……貴様みたいなヤツを見ていると反吐が出るんだよ!」
消えろ!! 消えろ!! 消えてしまえ!!」
偉出夫が怒りを爆発させるのと同時に、スコットさんの……首から上が文字通り……爆発しました。
まるでお化け屋敷やびっくり箱の仕掛けを見ているかのようにあっけなく、
さっきまで生きていた人間の頭が体から離れていく様を私たちは見てしまったのです。
「うわああああああああああああぁぁあぁあぁあぁぁああぁぁあああぁ!!!!!!!!!!」
「スコット王子!!!」
周りの悲鳴よりもざわめきよりも一層大きなゴードンさんの悲鳴と白装束の男性……ミンウさんの叫び声が木霊しました。
「嗚呼、汚い血で服が汚れてしまった……木偶が……私に逆らったりするから……」
白い制服いっぱいに血飛沫を浴びた偉出夫は、自分のしたことの恐ろしさを気に留めることもなくブツブツ呟いていました。
「に、兄さん!! 兄さん!!」
ゴードンさんが涙をボロボロあふれさせながらスコットさんの首から上と首から下をくっつけようとしています。
「ああああああああああくっつかないよ、……兄さんの頭と体がくっつかないよおおおおおおぉぉぉぉ。
下顎がなくなってて上手くくっついてくれないよぉぉぉぉぉおぉぉぉぉっぉぉぉおぉ……。
兄さんの血が止まらないよ、兄さんの、兄さんは、兄さん……が……ぁ……」
その目は既に正気を失っているようでした。
私だって気がふれそうなぐらいなのに肉親をこんな形で失ったゴードンさんがおかしくならないわけがありません。
「ミ、ミンウ! 君は優秀な白魔導師なんだろう……? なんとかしてくれよぉぉぉぉ……!
兄さんを……優しかった兄さんを元に戻してっ……戻して頭と体をくっつけてくれよぉおぉぉぉぉ……!!」
ゴードンさんが血まみれの両手でミンウさんにしがみつきます。
ミンウさんは白のマントがべったりと血で汚れることも気に留めず真剣な表情で呟きました。
「さっきから魔法をかけているんだ……だが……駄目だ……レイズが……蘇生魔法が効かない……」
「そ、それは、兄さんが、兄さんの頭と体がばらばらだからかい?
それとも、君の魔法がここでは通用しないって、そういうことかい?」
「おそらくその両方なのだと思う……」
ミンウさんはどこか苦しそうに呻くように小さな声で答えました。
「に、兄さんは助からないの? 兄さんは、もう生き返らないの?
も……もう、もう、兄さんは絶対に…………兄さんは…………」
「………………」
今度はミンウさんは何も答えませんでした。
いえ、答えたくても答えようがなかったのかもしれません。
「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
人間のものとは思えない金切り声を上げながら、ゴードンさんが暴れだしました。
ゴードンさんと彼を制止しようとするミンウさん。そしてスコットさんの遺体。
この三人から離れるように人々はそれぞれ後退していました。
それが意識的なものなのか、それとも無意識的なものなのかは私にもわかりません。
「やだやだやだやだやだっだやややだやだやだだだやだやだややだやだやだやだぁぁ
も、もう帰る帰る帰る帰る帰るかえっ帰りたい帰らせて下さいぃぃぃ帰らせて下さい
たすたすたすけてててててぇぇ助けてたすけてたすけてたすけて助けてくれ助けて下さい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいいいいいいいい!!!!!」
「っ……!! ゴードン王子! 落ち着いてください!!」
ミンウさんが暴れるゴードンさんを苦悶の表情で必死に押さえつけます。
しかし、どう見てもゴードンさんの暴れが収まる様子は一向にありません。
「っだってだってだってだっ兄さんが兄さんが殺されたじゃないか!
このままじゃ私だってヒルダだってだって殺されるじゃないか!?
き、き き き 君だって殺されるんだぞミンウ、なんで君は逃げないんだ?
君だけじゃなくて私だって私だってここにはいないヒルダだってみんなみんなみんな
あの悪魔にあのあ あ あ 悪魔が、悪魔に、悪魔が全員殺すんだ!!!!
早く逃げないと悪魔が、悪魔、あくまっっ、兄さん! 兄さんを殺した悪魔が!!
あ、悪魔が来る、白い悪魔が、悪魔 白い悪魔が悪魔悪魔白い悪魔が、あくまがぁぁぁ!!
うがああああああああああっ!!!!!!! はなしてくれえええええええええぇぇぇ!!!!!」
「お気持ちはわかります! ですが貴方がそんな事では、亡くなられたスコット王子は…………っ!!」
「ああぁあぁああああぁぁあああぁぁあぁあ!! はなええええええぇええぇぇぇぇええぇ!!!」
ゴードンさんはミンウさんを乱暴に振りほどき、そのまま壁へとものすごい勢いで走って行きました。
そしてドア一つない壁を両手でガンガン叩きながら狂人そのものの形相で懇願の言葉を叫んでいました。
「出してくれ、出してくれぇえぇぇぇぇぇえ!! 殺さないでくれえええええええええ!!!!
死ぬのは、しぬのは嫌だ!! いやだいやだあああいやだああぁいやだいやだぁぁぁあ!!!
いやだあああぁぁぁあぁぁっあああぁあぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
それが彼の最期の言葉となりました。
壁が赤いペンキを塗りたてたばかりのように真っ赤に染まっていました。
涙と血でぐしゃぐしゃな事と恐怖に歪んでいることを除けばスコットさんに瓜二つの顔が、
スイカ割りのスイカのように転がっていました。
あおむけに倒れた体のその手は壁を叩いている時の握り拳のままでした。
私はただそれを見つめることしかできませんでした。
「ゴードン王子…………っ!!」
悲痛なミンウさんの声が、呆然と目の前の惨状を見つめるだけだった私たちを現実に引き戻しました。
「嫌だとあれだけ泣き叫ばれたら強制終了させてあげるしかないだろう。
私は慈悲深い性格なものでね。無理強いは嫌いなんだよ。
さあ、君たちの中で今すぐこの兄弟のように死んでみたい人間がいたら直ちに言いなさい。
すぐに私が君たちの生を終わらせてあげるよ。ハハハハハ……ハーハッハッハッハ!!!!!」
こんなに楽しそうな兄を見たのは生まれて初めてでした。
こんなに泣きたくなったのも生まれて初めてでした。
何もかもが生まれて初めてでした。
それから先はみんな静かに、兄がこの「殺し合いゲーム」の説明をするのを聞いていました。
生き生きとルールを話す兄に、みんな思いは様々でしょうが真剣に耳を傾けていました。
私も含めて、あんなことがあった直後に全てのルールを即座に飲み込める人がどれだけいるのかは疑問ですが……。
最後の一人になるまで殺しあえということ。
最後の一人に残った者へはご褒美に願いを一つだけ叶えてあげるかもしれないということ。
私たち参加者には、強い腕力や魔法でも外れない頑丈な不思議な首輪がつけられているということ。
それをちぎろうとしたり、少しでも偉出夫の機嫌を損ねることがあれば、彼の怒りと一緒に首輪が爆発するということ。
いつまで経ってもだれも死なない場合、偉出夫が強制的に全員ゲームオーバーにする……つまり皆殺しにするということ。
他にも数えきれないぐらい、たくさんたくさん、兄は話していました。
理解できない人も理解できている人も、ショックを受けている人も、受けていない人も、
みんなみんな偉出夫のなすがままになっているかのようでした。
そう。まるでプレイヤーによって操作されるゲームのキャラであるかのように……。
「それでは、君たちの健闘を祈るよ……」
兄は一瞬だけ私の瞳を見つめながらそう言いました。
もしかしたら兄は、本当は引き止めてほしかったのかもしれません。
妹である私に止めてほしかったのかもしれません。
本当の兄は……偉出夫は、こんなことするような人ではないはずですから。
私は兄を見つめることしか出来ませんでした。
そして暫くして私たちは謎の光に包まれ、意識を失いました。
次に目覚めた時、私は一人で見知らぬ土地にいました。
傍らには支給品でしょうか……わずかな支給物資があるのみでした。
ここで朽ち果てても、たとえ生き残っても……。
私はもう二度と今までの平穏な生活には戻ることは出来ないでしょう。
それは私だけに限ったではありません。他の人々も……兄も……もう戻れないでしょう。
もしも……。
もしも私があの時、命がけで兄を止めていたなら、
もしも兄が今までの人生の中で、少しでも愛情を与えられていたなら、
こんな惨劇、起こらずに済んだのでしょうか。
「偉出夫……」
見知らぬ世界の見知らぬ空の下で、私は小さく兄の名を呼びました。
誰も私の声には答える者はありませんでした。
【スコット@ファイナルファンタジー2 死亡】
【ゴードン@ファイナルファンタジー2 死亡】
【残り70名】
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