翼の折れた天使
「い、嫌! 離して! 離して下さい!」
泣き叫びながら必死に抵抗する英理子の口を、男の大きな手が塞ぐ。
最悪の事態というものは重なるもので、「殺し合い」という名のゲームに巻き込まれた英理子は、不運にもゲーム開始早々、緑色の帽子を被った男に組み敷かれていた。
「きっきっきっ君も僕もどうせ死んでしまうんだ。せせせめて死ぬ前に僕だって幸せな思いをして死にたいよよよよよ」
男の声が震えている。それもそのはず。本来ならこのルイージという男は、少女を暴行するような輩ではない。
真面目で性根は穏やかな人間のはずである。
このゲームに選ばれなければ、一生ルイージはこのような愚行に手を染めることはなかっただろう。
彼を狂わせた最大の理由は、ある兄弟の死だった。
勇敢そうな兄とおとなしそうな弟が、兄弟仲良く首をふっ飛ばされたのだ。
「勇敢そうな兄とおとなしそうな弟――ああまるでマリオ兄さんと僕の兄弟とそっくりだ!」とルイージは思わずにはいられなかった。
二人の見ず知らずの兄弟の遺骸がどんどん自分たちの顔に見えていき、遂に逃れられそうにない死の恐怖がルイージの臨界点を突破したのだ。
こうしてルイージの精神は崩壊した。
当然それを目の前の英理子が知る由もない。
ルイージに組み敷かれている、清純を絵に描いたような目の前の美少女は、ただ震えながら涙を流すのが精一杯だったのだから。
目の前の英理子の姿に、ルイージの今まで抑えつけられていた野性の本能がますます掻き立てられる。
手で一思いに英理子の制服のブラウスをひきちぎり、豊かに実る胸の膨らみと下着を曝させた。
「んっ! んんーっ!!」
未曾有の羞恥と恐怖に英理子の華奢な肢体が震えた。
ルイージに手で抑えつけられているため悲鳴すらろくにあげることも出来ない。
自分はここで、好きでもなんでもない見ず知らずの男に純潔を奪われ穢されて、殺されていくのだろうか?
大好きな人にも、家族にも、友人にも再会することなく、また自分の夢を叶えることもなく、こんなところで。
そんなの絶対に嫌……! いや……!!
英理子が心の底で悲鳴を上げる。
それ以上の悲鳴をルイージは上げた。
「ぐわああああああ!」
ルイージの身体から鮮血が噴き上がった。
英理子は咄嗟のことで戸惑ったがやや間をおいて、状況を理解した。
「Personaが私を助けてくれましたのね……」
英理子を包む温かな光。神々しい大天使の姿。間違いなく自分の守護神のような存在であるペルソナの力だ。
「たすけて……くれ……。にい……さん」
忌々しい男の枯れそうな声が英理子の耳に届く。
男は明らかに瀕死の状態だった。だが英理子がペルソナ能力を使い、治癒すれば助かるかもしれない。
一巡躊躇った後、英理子は男に近寄った。刃物をしっかり手を握っているのが、男にも見えた。
「ひい……!」
「Sorry……」
英理子は男の心臓を一突きにした。
男はあっけなく絶命した。
それは英理子にもわかっていたのだが、英理子は構わずに男の両目を、喉元を、腹を、何度も何度も刺した。
自らを穢そうとした男を、存在自体を抹消するが如く何度も執拗に刺した。
大好きな学園の制服が、穢れた血で染まっている。
自分を乱暴しようとした穢らわしい男の血がついていると思っただけで、英理子は気が狂いそうになった。
ブラウスの胸元もあの男に滅茶苦茶に乱されている。
お気に入りの制服だったけれど仕方がない、袋の中に入っていたドレスに着替えるしかない。
英理子は男から離れたところで、制服から支給品のドレスに着替えた。
この場に不釣り合いな、オーロラのような麗しい光を放つドレス。
それが英理子の支給品の一つだった。
そしてもう一つは美しい装飾の施された細身の剣。
男の穢れた血がべったり付着していることに英理子は嫌悪感を抱いたが、武器が無くては生き延びれそうにもない。
何よりもペルソナ能力だって無限に使えるわけではないのだから。
英理子は脱ぎ捨てた制服の裾で剣に付着している男の血を拭きとると静かにその場を後にした。
「私は悪くありませんわ……あの方が、私に酷いことをなさろうとするから……」
英理子は呪文のように唱えた。
そう。あの場で支給品を確認していた英理子に襲いかかってきたあの男が悪いのだ。
本当は人なんて殺すはずじゃなかった。自分は絶対にそんな真似はしないと思っていた。
あの場でああしなければ、自分が穢されていた。殺されていた。
みんなわかってくれるはずだ。「エリーは悪くないよ」って言ってくれるはずだ。
大切な家族だって、大好きな友達だって、想いを寄せているあの人だってみんな自分を許してくれるはずだ。
なのに怖い。涙が出る。自分が取り返しのつかない過ちを犯してしまったことに変わりはない。
もう戻れない。もう以前みたいに素直に笑えそうにない。
自分もあの男みたいに壊れていくのだろうか?
あの男みたいに死んでしまうのだろうか?
「……Naoya……」
無意識的に愛しい人の名前を口にしていた。
家族でもなく、友達でもなく、あの人の名前を。
あの人はここには呼ばれていないようだけど――それで良かった。
あの人が死ななくて済む。あの人に悪魔のようになってしまった自分を見られなくて済む。
でもやっぱり逢いたい。逢ったところで、今の自分を受け入れてくれるかはわからないけれど。
「そうですわ。私には逢いたい人がいる。叶えたい夢がある。こんなことで負けてはいられませんわ」
今の自分の唯一の心の支えである大切な人たちの笑顔を胸に、英理子は歩き出した。
【A-4/一日目/深夜】
【桐島英理子@女神異聞録ペルソナ】
[状態]:健康・精神的ダメージ中〜大
[装備]:誘惑の剣、光のドレス(ドラゴンクエストシリーズ)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜1
[思考]
基本方針:大切な人に逢えるように、また、夢をかなえられるように生き残る。
1:(気丈な態度だが、精神的ダメージがやや大きいため、いつどうなるかわからない)
2:(多少男性不信かも?)
ペルソナの種類はエリーの最終ペルソナのミカエル(※ペルソナ1限定)だと思われる。
【ルイージ@マリオシリーズ 死亡】
【残り68人】
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