神に問う/天に誓う
かみさま、おしえてください。
わたしのこえに、こたえてください。
どうしてかみさまはわたしから、たいせつなものをつぎつぎとうばっていくのですか?
わたし、おとうさまがいなくても、おかあさまがいなくても、なかないでがんばってきました。
たったひとりでもいっしょうけんめい、いきてきました。
わがままだっていわないようにしてきました。
さびしくても、だれにもあまえないようにしてきました。
ちゃんといいこにしてきました。
なのに、どうしてかみさまは、わたしをくるしめるのですか?
わたしがうまれてきたせいで、おかあさまがなくなったからですか?
おとうさまがわたしをかばったせいで、なくなったからですか?
ちいさなわたしひとりでは、くにをささえることができないからですか?
わたしは、ほんとうは、わるいこなのですか?
わたしは、ほんとうは、うまれてきてはいけないこだったのですか?
かみさま、わたしには『しあわせ』にいきるしかくはないのですか?
それとも、これもかみさまがあたえた『しれん』ですか?
この『しれん』をのりこえられたら、わたしはしあわせになれるのですか?
かみさま、おねがいです。
ほんのすこしだけ。
ほんのすこしだけ、わたしに『しあわせ』をさずけてください。
わたしの、さいしょでさいごのわがままを、うけとめてください。
◇◇◇◇◇
コールドスリープによる長き眠りからナユタを目覚めさせたのは、あの優しく勇敢な冒険者の一行でも、
彼女がそれまで暮らしてきたアガルタ国の者たちでもなかった。
彫刻のような美しい顔立ち。白一色の衣。
それだけを見れば神の使いのようにも見える、年上の少年が彼女を目覚めさせたのだ。
只、殺し合いをさせたいという身勝手な理由で。
神の使いのようなその少年は、人の命の灯火を消すことを何とも思っていないようだった。
それどころか、灯火を消すことに『しあわせ』を見出しているようにも思えた。
比類なきまでの少年の冷酷さを、凄惨なまでに壊された金髪の青年二人の遺体が物語っていた。
まだ幼いナユタには、どうすることも出来なかった。
ここには助けてくれる人は誰もいない。
最後の一人になるまで争わなければ、元の世界には戻れない。
アガルタのプリンセスとしての暮らしに戻るためには嫌でも誰かを――。
そう理解するのがやっとだった。
◇◇◇◇◇
リュカにとって、守るべきものはたくさんあった。
愛すべき妻。まだ小さな我が子。信頼出来る仲間たち。そして我が故郷と、其所に住まう者たち。
そのどれもがリュカの宝であった。
幼かったあの日、最も尊敬する父を守れなかったリュカは、愛する者のために強くなることを誓った。
そして耐えがたいまでの数多くの苦難を乗り越え、強く優しい青年に育った。
最愛の女性ビアンカと結ばれ、可愛い我が子にも恵まれ、これからは家族仲良く幸せに暮らしていけると思っていた矢先――
一人の少年によって、その希望は絶たれようとしていた。
しかし、そこで挫けるようなリュカではなかった。
彼は、父・パパス譲りの勇気と深き愛情を持つ男だったのだから。
◇◇◇◇◇
それはかつて自分が、そして家族がいた王宮にとてもよく似た城内での出来事だった。
か細く幼い声が、静かな城内の大広間に響く。
「動かないでっ……!」
我が娘と同じ位の年頃の少女が、剣を突きつけている。
自分の命が奪われるかもしれないということよりも、
幼い子どもがこのような殺し合いに投げ込まれたということの方が、リュカには衝撃的だった。
「う、動かないで。動かないで下さい……」
よく見れば小さなその手は震えている。
リュカはそれを見逃すほど愚鈍ではなかった。
「私、本当はこんなことするの嫌です。でも私が死んだら、今度こそ本当にアガルタは滅んでしまうんです。だから……私……」
殺すべきリュカに対してではなく、自分に言い聞かせているようだ。
「君にも守りたいものがあるんだな」
リュカは臆することなく、武器を構えないまま目の前の少女に近づく。
「う、動かないでっ! そ……そうです。私にだって守りたいものはあります!」
少女はリュカの予想外の行動に一瞬怯んだようだが直ぐ様、泣き叫ぶような声をあげて、剣を持ち直した。
「だから戦わなくてはならないの……お願い、これ以上近寄らないで下さい! これ以上近寄るようなら私はあなたを殺しま……」
支離滅裂なことを口走る少女。
その言葉に構わず少女に近寄る青年。
段々と二人の距離が狭められていく。
そして。
「――――!」
少女の頭の上にリュカの片手が置かれた。殺意など全くない、温かな大きな手が。
少女の剣が浅く刺さったもう片方の手からは、一筋の血が流れていた。
刺されたリュカよりも先に少女の顔が青ざめ、歪んだ。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……! 私……!」
少女が静かに泣き出す。その泣きじゃくる姿を見ていると、ますますリュカは自分の娘を思い出すのだった。
リュカは見知らぬ少女の頭を、我が子にするように、自由が利く方の手で優しく撫でていた。
◇◇◇◇◇
「本当にごめんなさい……。あの、傷は……」
「浅いから魔法でなんとかなったよ。ほら」
リュカが傷の塞がりつつある手のひらを振ってみせる。
リュカを殺そうとした少女、ナユタはもう一度「ごめんなさい」と頭を下げた。
「手の方はもういいんだ。ところで君の守りたいものって何なんだい?」
「……え?」
ナユタはリュカの予想外の言葉に顔をあげる。
「言いたくなかったら言わなくてもいいよ。無理に聞くのも悪いからさ」
「……あの……ですね……」
ナユタが口を開いた。
「私は……ナユタは、アガルタの皇女なんです。お父様もお母様もいなくて、今は国も大変な時だから、本当は私が国を守らなくてはならないのですが……」
「アガルタ?」
グランバニアの国王であるはずのリュカだが、そんな国名は初耳だ。
よく考えると、最初に命を落とした二人の青年の祖国・カシュオーンという国も聞いたことがなかった。
「はい。アガルタです。……リュカさんがご存知ないということは、やはりアガルタは私が眠りについていた間に滅びてしまったのかもしれません」
「いや、ちょっと待ってくれ。ナユタ、君はグランバニアという国とカシュオーンという国を知ってるかい?」
「……ごめんなさい。知らないです……」
「そうか……」
もしかすると自分たちはそれぞれ、別々の時空から集められたのかもしれない。
リュカの頭の中で一つの考えが生まれた。
だとしたらあの青年は自分の想像を絶する強大な魔力を持っているのではないか。
ならば今、自分が考えていることは無謀な考えなのではないか。
しかし、それ以外に大切なものを守り、なるべく人を傷つけずに済む方法はリュカは思い付かなかった。
「リュカさん、どうしたんですか……?」
「いや、なんでもないよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「……リュカさんも、守りたい大切なもののことを考えてたんですか?」
リュカを見上げるナユタの姿が、我が子と重なって見える。
髪の色も、瞳の色も、全く違うはずなのに、そのしぐさはよく似ている。
我が子恋しさ故の錯覚なのかもしれないとリュカは思った。
「ああ。そんなところだ。ナユタを見ていると何だか娘を思い出してさ」
「娘? リュカさん、お父さんなんですか?」
「ああ。双子の男の子と女の子がいるんだ。髪や瞳の色は妻譲りだけど、顔はどっちかというと俺に似ているかな」
リュカは懐かしげに、愛おしげに、我が妻と我が子のことを思い浮かべた。
リュカとは対照的に、ナユタが寂しそうに俯く。
「そう……ですか。羨ましいです。私にはお父様もお母様もいないから」
「……ナユタ」
「だからリュカさんの息子さんと娘さんが羨ましいです。こんなに優しいお父様がいるのですから」
ナユタは俯いたまま目をこすっている。リュカに気付かれないように涙を拭っているのだろう。
リュカは、そんなナユタを覗き込むようにして、実の子にするように語りかけた。
「ナユタ」
「はい」
「俺じゃ、君のお父さんの代わりにはなれないかな?」
「リュカさんが……私のお父様に……ですか?」
「ああ」
「でも、私はリュカさんを一度殺そうとしたんですよ? そんな資格、私には……」
「それは大切なものを守ろうとしていたからだろう?」
「リュカさん……」
記憶の中の父親の優しい姿と、リュカの姿が重なって見えた。
それと同時にナユタは、父親が幼い頃に自分を庇おうとして敵に殺害された過去も思い出していたのだが――。
「有難う、リュカさん……」
「ははは。子どもが一人増えたみたいで嬉しいよ」
「私、リュカさんがちゃんと本当の家族と生きて会えるように、お手伝いしたいです」
そんな所も、我が子に似ているなと感じてしまうリュカ。
もし我が子がナユタと会うことがあったなら、きっと仲良くなれるのではないか……という甘い幻想を彼は抱いてしまうのだった。
◇◇◇◇◇
「リュカさんのご家族って、奥さんと息子さんと娘さんですよね?」
「いや、そうなんだがここにいるかどうかはわからなくて」
「この本、まだ見ていないんですか?」
ナユタが名簿を差し出す。
「名簿? 見てもいいかな」
「はい」
リュカはぱらぱらと名簿のページを捲った。名前がつらつらと書かれているだけの簡素なもの。
幸か不幸か、息子と娘の名前はそこにはなかった。
だが、そこには……。
「ビアンカ……」
永遠の愛を誓った運命の女性の名前が、
「……父さん……」
幼い日に喪った尊敬すべき父・パパスの名が、
「……!!」
そして、父の命を奪った憎き仇の名が、
確かにそこにあった。
どれもフルネームで載っているのだ。間違いようがない。
「リュカさん?」
名簿が千切れそうなほどに握っているリュカを見て、心配しているのだろう。
ナユタがリュカを見つめている。
「大丈夫だ。妻と父の名前があったけど、息子と娘の名前はないようだ」
何事もなかったかのように、可能な限り落ち着いた態度をとる。
「大丈夫」と言える保証なんてどこにもないのだが、リュカはそう言わなくてはならない気がした。
「他に知ってる方はいないんですか?」
「あ、ああ。いないよ。そういうナユタは?」
ここでゲマの話をしてもナユタを怯えさせるだけだ。
そう判断したリュカは敢えてゲマの名は語らなかった。
「私は……誰も知ってる人はいないみたいです……」
「そうか……」
ビアンカを必ず守りたい。
今度こそ父を守りたい。
父の仇を倒したい。
目の前にいるナユタを守りたい。
そして可能ならば、出来る限り命を奪うことなく、この世界から脱出したい。
それがリュカの考えだった。
「ナユタ」
「はい」
「俺も、君も、俺の家族も、ここにいる人たちも、みんな死なせはしない。必ずみんなで帰れるように俺が何とかしてみせる」
「……でも、あのお兄さんは『最後の一人になるまで殺しあいなさい』って……」
「大丈夫だ。俺が、絶対にそんな事させない。絶対に……」
リュカは澄んだ瞳で誓った。
愛する家族に、
目の前にいる少女に、
闇色に染まった天に、
そして、自分自身に。
◇◇◇◇◇
いきて、くににかえりたいのはほんとうです。
わたしがいなければ、あがるたはほろびてしまうのですから。
そのためには、いきのこるためにわたしががんばるしかありません。
でも、そのためにはわたしは、ここにいるひとぜんいんをころさなければなりません。
こんなにやさしいりゅかさんのことも、ころさなくてはなりません。
みずしらずのわたしのことを、じつのこどものようにおもってくれたりゅかさんを。
なくなったわたしのおとうさまに、どこかにているりゅかさんを。
ほかのひとだって、きっとわるいひとばかりじゃないとおもいます。
りゅかさんみたいに、やさしいひとだってきっといるとおもいます。
でも、いきのこるということは、やさしいひとも、ころさなくてはならないってことでしょう?
そのひとたちの『しあわせ』を、うばわなければならないってことでしょう?
『しあわせ』って、だれかの『しあわせ』をうばわなきゃ、えられないものなのですか?
みんなが『しあわせ』になれるほうほうは、このせかいにはないのですか?
りゅかさんはきっと、みんなが『しあわせ』になるほうほうをしっているひとです。
でも、りゅかさんは、あのしろいふくのおとこのひとにさからうつもりなのかな。
そんなことしたら、きっとりゅかさんはころされちゃう。
きんぱつのおにいさんたちみたいに、くびをはねられちゃう。
りゅかさんがしんだら、みんなもかなしくなっちゃう。
だれもしなないで、みんなで『しあわせ』になるなんて……ほんとうにかなうのかな?
かみさま、おしえてください。
わたしは、どうしたらいいのですか……?
【H-5・ミラクスキャッスル内/一日目/深夜】
【リュカ(ドラクエ5主人公)@ドラゴンクエスト5】
[状態]:健康。ホイミ使用直後。
[装備]:未確認
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜3(未確認)
[思考]
基本方針:みんなを守る方向。可能な限り殺生は行わない
1:早く妻のビアンカと父のパパスを探して守り通したい
2:同行中のナユタを守りたい
3:父の仇(ゲマ)を再度討ちたい
【ナユタ@マダラシリーズ】
[状態]:健康。
[装備]:古代の剣@ファイナルファンタジー2
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0〜2(未確認)
[思考]
基本方針:やや不安定。殺し合いに乗るか否かで大きく揺れている
1:アガルタに生きて帰りたい
2:リュカのことを実の父親のように信じている
3:リュカとリュカの家族を会わせてあげたい
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