蛇の系譜
何もない、文字通り「荒野」と呼ぶにふさわしい場所。男が一人立っていた。
彼の名前をソリッド・スネークと言う。
かつてはアメリカのCIAに所属していて、特殊部隊FOXHOUNDのエージェントであり、メタルギア破壊のスペシャリストでもあった。
世界を何度もメタルギアの驚異から救ったことから、“英雄”とも称される人物だ。そう呼ばれる事ははた迷惑なのだが。
戦地に赴き、敵に見つからないよう進みながら任務を遂行する。
時には要塞国家、時にはアラスカの極寒地、時には海洋汚染処理施設にも赴く。
常に戦いの中に身を置いてきたソリッドにとって、「殺し合いをしろ」と改めて言われたのは何とも奇妙な話だ。
……自分の身を守るためには敵の命を奪わなければならない。たとえそれが望んだ戦いで無かったとしても、だ。
だが。
(「生と死の駆け引きを楽しむため」の「殺し合いゲーム」か……下らん。ふざけている)
広間のような場所で高らかに演説をしていた少年を思い出す。
勇敢に食ってかかった男を「反吐が出る」と一蹴して殺し、死への恐怖に怯えた人間をもあっさりと惨殺した。
人が死ぬのは見慣れているが、余りも惨すぎる殺し方だ。
広間には自分のような兵士だけでなく、民間人らしき人もいたのだ。
戦う能力が無い人間が逃げ惑う様を見て快楽を覚えるのか。それとも人数合わせの為に連れてきたのか……。
いずれにせよ、それらをただの“ゲーム”として楽しむとは理解しがたい。
……これもVR訓練の副産物なのかもしれない。
VRは現実に起きていない。それこそゲーム感覚で誰でも“伝説の”兵士になれて戦場を体験できる。
最近の兵士育成にはよく用いられている。雷電もそうだった。
(ひょっとすると――これはVRの延長上の出来事なのか?)
ひとしきり考えるが、結論は否。
カシュオーン国の王子と名乗ったスコットという人物。「魔法」という現実にはありえないような物を使っていたらしいミンウという男。
どちらも聞いたことがなかった。VRではこれらを生み出すことが可能なのかも知れない。
が、カシュオーン国という国は存在しないはずだ。一応国名は網羅している為、ボケていなければこれは間違いではない。
存在しない国をわざわざ作ってまで“ゲーム”に参加などさせるものか。
VR訓練はあくまでも強い兵士を生み出すことが目的である。
この“ゲーム”の結果、生き残った者の遺伝子やら何やらを採取し、強い兵士を作ることが目的だとしたら尚更あり得ない。
現実世界の人間と、架空の人物とを争わせても架空の結果しか生まれないからだ。
それを楽しみたいのなら文字通り“ゲーム”でもしれればいいだろう。……わざわざ俺を呼ぶ必要はないさ、とソリッドは考えた。
しかし、余りにも謎が多すぎる。
あれだけの人数を広間に集め、この首輪を全員分に取り付けるとしたら、もっと人数が必要になる。
首謀者はあの少年だとしても、背後に何らかの組織がいる確率が高い。
「まさか――――『愛国者達』が?」
ここに来る前の最後の記憶は、友人であるオタコン――ハル・エメリッヒ――から『愛国者達』の正体を聞いた直後だ。
100年前に全て死亡していたらしき人物達。
社会を、世界を、全てを影から操り、全てをデジタルで統制しようという黒幕。雷電もソリダスも『愛国者達』に踊らされていた。
……ビック・シェルである程度の事件の統制が可能なことが判明した。――オセロットの腕に取り憑いていたリキッドの存在を除けば。
ならば、奴らが同じ実験を試みる目的は?
あの少年も『愛国者達』の一員なのか? この首輪の技術は?
――疑問はつきなかった。
オタコンがここにいればな、と自嘲気味に呟く。
どちらかと言うと、ソリッドは余り頭脳派では無い。首輪については科学者であるオタコンの方が詳しいだろうと考えた。
だがバースト通信は使えない。何度か通信を試みたが、どの回線にも繋がらなかった。おそらくナノマシンが制御されているのだろう。
彼もこの殺し合いに巻き込まれているのかも知れない。
そう考えて、名簿を開く。
目を滑らせ、ある名前が視界に入ったとき、ソリッドの目は驚愕に見開かれた。
“リボルバー・オセロット”
『愛国者達』の一員。
シャドーモセス事件の時も、タンカー沈没の時も、ビッグ・シェル占領の時もさんざん苦しめられた相手だ。
そして、彼の右腕にはかつて兄弟だった男――――リキッド・スネークが宿っている。
しかし、ソリッドが驚いたのはオセロットがこの殺し合いに参加していることでは無い。『愛国者達』が黒幕なら、ゲームを円滑に進める為参加していてもおかしくはない相手だった。
その隣に書かれている名前が原因だった。
(『ネイキッド・スネーク』だと!?)
聞いたことがあるコードネーム。
自分と同じ“スネーク”の名前を持つ者はそうそういない。
リキッド・スネーク、ソリダス・スネーク、一時的であったが雷電、そして――――――。
「親父…………BIGBOSSだと言うのか」
呟きは風に流される。乾いた土の上に、木の葉が舞った。
かつて上官でもあり、父親でもあった男。……生きているはずはない。
確かにこの手で殺したのだから。ザンジバーランドで。
それなのに、何故ここにいるのか。“あの”BIGBOSSが、何故。
(…………偽物かも知れん。しかしコードネームが被る事はそうそう無いはずだ。確かめる必要があるな……。)
もしBIGBOSS本人であって、再開したらどうするのか。
その時は今度こそ決着をつける羽目になるのか。或いは――。
どちらにせよ、もう一人の“スネーク”、そして敵であるオセロットには気を付けなければならない。
他に知り合いの名前は載っていなかった。オタコンも雷電も、だ。
安心すると共に、こちら側の味方が一切いないことに不安を覚える。
しかし、任務はいつもひとりで行ってきた。
この異様な状況下でもきっと大丈夫なはずだ。無事に脱出してみせるさ、と決意する。
まず行うべきは、情報の収集。
こんな荒野に突っ立っていても何の意味もなさない。「どうぞ狙って下さい」と言っているような物だ。
(東にある「ミラクルタウン」とやらに行くか。人が集まりそうな分、危険を伴うが致し方ないな。
……しかし何だ、このふざけたネーミングセンスは?)
図書館に行ってみるのも良いだろう。
何か使えそうな本があるかも知れない。首輪や、バースト通信の妨害をするなどという技術について調べねば。
そして、他の参加者との接触も考えた方が良いだろう。
自分と同じように、ここから脱出を考える人物もいるはずだ。場合によっては協力してもらおう。
特に、戦う力を持たない民間人はある程度保護したい。足手まといになる可能性もあるが……その時はその時で考慮する。
殺し合いに乗る人物も現れるだろう。戦う力を持った人物が共にいると心強いが贅沢は言えない。
とにかく“情報の収集”、今はこれに尽きる。
(装備は頼りないが、いざとなったらこれがある)
何の因縁か、オセロットが愛用していた銃――コルト・シングルアクション・アーミー――が支給されていた。
右手でそれをくるくると回す。リロードに時間がかかる物の、悪くはない銃だ。
「いずれ戦いは終わらせなければならない。……俺にはまだ、やるべき事がある。ここで死ぬわけにはいかないさ」
銃を一度上に放り投げて、それを再びキャッチする。
そして、蛇は一人ゆっくりと歩み始めた。
【H-2/一日目/深夜】
【ソリッド・スネーク@メタルギアソリッド】
[状態]:健康
[装備]:コルトSAA(装弾数6/6)・予備の弾(12/12)@メタルギアソリッド
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1〜2(確認済み)
[思考]
基本方針:この“ゲーム”からの脱出
1:東にある「ミラクルタウン」へ向かう。図書館へ行くかどうかは未定
2:ゲームから脱出したい人物を集める。
3:民間人は保護する。
4:リボルバー・オセロット、ネイキッド・スネークは警戒。
※『愛国者達』が黒幕であると考えています。
※バースト通信が使えない事に気づきました。ナノマシンが制御されていると考えています。
※参戦時期はMGS2終了後。
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