Hard luck







自分は人より不幸が多いと思う。
たとえばそう。今だって。


朝の爽やかな風が優しく頬を撫で、木々が穏やかにざわめく。
それらに導かれて目を覚ますも、目覚めは良いとは言えなかった。
「くそ……」
頭痛を覚え、フリオニールは右手で頭を押さえた。痛みは、それが夢でないことを教えてくれた。
カオスが言ったことも、女の人が殺されたあの瞬間も。
「殺し合い……か」
自分はまだ死ぬことはできない。死にたくない。
だが、始まってしまった。殺さなければ、この首にある切り取り線の如き首輪が爆発してしまう。
「参加者を殺す」
それがこのゲームで生き残るための術。
青年は反乱軍に身を置いていた。仲間の命を奪われても、突き進むのが戦士だった。
それはわかる。だからといって、人の命を無闇に奪うのか?
「……できるわけ、ないだろう」
義士の呟きは、風に流れた。髪飾りの玉がしゃらしゃらと鳴る。
と。

……ガサッ

(……!)
後ろから、何かが近づいてくる。気配を殺しているようだが、研ぎ澄まされた青年の感覚は欺けなかった。
青年はどう行動すべきか迷う。相手はゲームに乗っているとは限らないからだ。
まあ、せめて武器でも、と袋を手繰り寄せようとして。
感じたのは殺気。
大きな質量を持った何かが背後から襲い来るが、青年は咄嗟に傍らにあった袋を掴んで、横に転がった。


――ドゴォッ!!

直撃した地面が吹き飛び、土煙が上がる。衝撃で更に転がりつつも、青年は見た。
黒い肌をした男、その手には緑色の斧。ポイズンアクスだ。
「ふん、外したか」
ぎろりと、こちらに向いた目は、殺戮を決めた者がするもので。
「……くっ!」
その男に渦巻く殺意を見た青年は、袋を握り締めて森の中へ走り出す。
相手の力量がわからない上、こちらはほぼ丸腰だ。袋の中にはおそらく武器があるだろうが、
取り出せるだけの時間を果たして相手は与えてくれるのか。
こんなことなら早く確認するべきだったと、心中で嘆いたところでもう遅い。
後ろから黒い男が何かを叫びながら追ってくる。
(こうなったら……!)
軽く跳躍し、体にかかる慣性を殺しつつ相手を見据える。素早く意識を落ち着かせ、魔力を練った。
その様子を見るなり、男も詠唱を始める。
「サンダー!」
「サンダガ!」
ほぼ同時に放たれる魔法。迸る二つの雷撃が真っ向からぶつかり合う。
高められた魔力が激しく反発し、打ち合わさった部分を中心として爆発が起こる。発生した爆風が、それぞれに襲いかかった。
「うわあっ!」
「がっ!?」
フリオニールは爆風に耐え切れず吹き飛び、木に叩きつけられる。
黒い男は詰まった声を出したが、粉塵により何が起こったか分からなかった。
頭を振って意識をはっきりさせ、再び駆けた。
「待て!」
あの男の声が聞こえる。追ってくる気配にちらりと肩越しで見ると、そいつは大した痛手を負っていないようだった。
舌打ちしつつ、視線を前へ戻す。そしてフリオニールは己の不注意に気がついた。方向を変えようとしても、もう遅い。
フリオニールの体は藪を突っ切り、森の外へ飛び出した。しかもそこはかなりの高さの崖だった。
下に緩和剤になりそうな木々は生えておらず、地面がむき出しだ。

落ちてしまえば、大怪我どころでは済まないだろう。
「……私はこのゲームに生き残る」
ゆらりと影がこちらに近づく。
「世界を闇で満たし、永遠の命を手に入れる……そのためにも」
会った時の殺気に満ちた目で睨みつけられる。緑の斧が鈍く光る。

「飛び降りろ!」
出し抜けに下から聞き取りづらい声が、焦ったように響いた。
いつからいたのだろうか。褐色の肌で、薄い金髪の少年が訴えかけるような表情でこちらを見ている。
「早く!」
「死ねええええ!」
切羽詰まった叫びを、凶悪な叫びがかき消した。
肩口を捕えようと振り下ろされた斧を、紙一重で回避する。そして避けた勢いそのままで、後ろへ跳躍した。

宙に浮かぶ義士の体。すぐさま重力が彼を捕らえ、空色の外套を最後に落下が始まる。
これは、賭けだ。

「エアロ!」
風が吹き荒れ、舞い上がる。そして落下していたフリオニールをふわりと押し上げた。
浮力のおかげで着地しても痛みを覚えることはなかった。
「早く逃げよう!」
駆け寄ってきた少年はフリオニールを引っ張り上げるなり脇目も振らず走り出す。
フリオニールは慌ててそれに続いた。
「助かった」
「礼なら後! おまえ、ゲームに乗ってないだろっ?」
「君は?」
少年は返事の代わりに、にっと笑ってみせる。
こちらも笑いを返した後、顔を正面に向け、速度を落とすことなく走り続けた。

【O-10/崖付近/朝】
【フリオニール@FF2】
[状態]:軽い打撲
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明の三つ
 第一行動方針:とりあえず逃げる(東へ)
 基本行動方針:ゲームには乗らない

【ヴァン@FF12】
[状態]:正常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、不明の三つ
 第一行動方針:とりあえず逃げる(東へ)
 基本行動方針:ゲームには乗らない

【O-10/崖の上/朝】
【ザンデ@FF3】
[状態]:軽傷
[装備]:ポイズンアクス@FF2
[道具]:支給品一式、不明の残り二つ
 基本行動方針:ゲームに乗り、生き残る

※爆発の音は周辺にも聞こえています。



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