剣鬼






「殺し合いを強制させるとは何たる非道。このカイエン、断じて許すわけにはいかぬ!」
カイエンは拳を握り締める。
何とか首輪を取り去り、ゴルベーザを打倒することを誓った。
「拙者の仲間もここに連れてこられておるのでござろうか……最初の場所では見なかったが」
名簿は存在しなかったのでそれを確認する術はなかった。
代わり地図を取り出し自分の現在地を確認してみる。
赤い点が打ってある場所が現在地なのだろう。それに従えばここはE-4ということになる。
東を向けば、なるほど川が流れている。泳いで渡るにはかなり苦労しそうな程の幅だ。
「南下して橋を渡れば町に着くでござるな。西に向かえば城……うぅむ」
悩んでいると、ふと何者かが近付いてくる気配に気付いた。
ザックから武器、炎の騎士剣たるフレイムタンを取り出し構える。
「何者でござるか!?」
「怪しい者ではない。私はシドルファス=オルランドゥという者だ」
現れたのは還暦を迎えようかという初老の戦士のようだった。
腰には刀を吊り下げている。
敵意は感じないので、カイエンは慌てて剣を降ろし頭を垂れた。
「失礼致した。拙者はドマの侍、カイエン・ガラモンドと申す。いきなり剣を向けたこと、ご容赦願いたい」
その言にオルランドゥは笑って手を振る。
「なに、このような状況では致し方のないこと。気にしてはおらぬ。
 それよりもサムライと仰りましたな。ならば、できればその剣とこの刀を交換してもらうわけには
 いきませぬかな? この刀も使えぬ訳ではないがやはり私は剣の方がしっくりとくるものでしてな」
「おお、それはこちらも願ってもないこと。宜しい、交換しましょう」
互いの得物を交換する。カイエンが受け取ったのは風きりの刃。
風の魔力を秘めた業物だ。
そしてオルランドゥもまた受け取った剣の握りを確かめる。
「ふむ、よい剣だ。これなら存分に力が振るえよう」

 ゾ ク ッ

そのオルランドゥの言葉を聞いた瞬間、カイエンの背を悪寒が走りぬけた。
身を低くしてその場から飛びずさり、間合いを広げる。
「……シドルファス殿……まさか」
「勘がいいな、カイエン殿。うむ、私はこのゲームに乗ろうと思う。
 いざ、尋常に勝負致そう」
驚愕し、カイエンは語気を荒げて問い詰める。
「な、何ゆえでござる! 会ったばかりなれどあなたはこのような非道を良しとする御方には
 見えませなんだ! その威風、闘気、さぞ名のある騎士であろうに何故!?」
オルランドゥはその問いに薄ら笑う。
「フフ、騎士だったから……であろうな。生前の私は主君に忠誠を誓い、イヴァリースの為に
 その力を振るった。己の為ではなく世界のためにこそ剣の腕を磨いた。
 そして死都ミュロンドにおいて私の記憶は途切れる。おそらくそこで私は死んだのだろう……」
そこで意気を高め、剣を一閃する。刃は高熱で赤く輝き、火の粉が散った。
「だが、その戦いで私が知りえたことは! 私が私の思っているよりも強い、ということだった。
 ルカヴィという人を超えた悪魔と戦い、私は五分以上に戦い得た!
 あのラムザ達の力もあったが聖天使アルテマを相手に一歩も引かず戦い抜いた!
 そして今、再びこの身を得て思ったのだ。己の限界を知りたい。もっと強くなりたい、とな」
「なんと、いうことを……」
「ここは異界。イヴァリースではない。いや、そうであっても一度死した私に生前のしがらみはない。
 もう忠も誠も我を縛らぬ。ならば、今からは私は己の為に剣を振るう。ただ、強さを極める為に。
 カイエン・ガラモンド……我が糧となってもらおう!」
「!」

火花を散らして、刃が交錯する。

「く、自ら望んで魔道に堕ちたというなら容赦は致さぬ! おぬしをここで斬り捨てて禍根を断つ!」
一度離れ、再び打ち込まれた剣を受けるとカイエンはその力を利用してカウンターの斬撃を放つ。
「――空」
その一撃はオルランドゥの右肩を浅く切り裂いた。
「なんとあれを避けるでござるか?」
「見たことのない技よ、だが私の命運を絶つには不足」
「ならば――牙!」
力任せにオルランドゥの剣を弾き、大きく間合いを開けると気を高めて剣を振るう。
「竜!」
竜の形をとった剣気が唸りを上げてオルランドゥに襲い掛かる。
しかし彼は慌てずに自身も剣に気を込めて迎え撃った。
「神に背きし剣の極意 その目で見るがいい・・・ 闇の剣!」
互いに相手の命力を吸収する同質の力。それがぶつかり合い、相殺される。
「月!」
しかしその隙にカイエンはオルランドゥの懐に飛び込んできていた。
剣の軌跡が真円を描き、黒き球となってオルランドゥへと圧し掛かる。
重圧がオルランドゥの身体の自由を奪い、体力を消耗させる。
「ぬ、ぐぅ! 避けそこなったか……渇!!」
しかし彼は裂帛の気勢をあげ、その剣圧を吹き散らした。

「とどめでござる! 烈!!」

その瞬間、カイエンの必殺の剣がオルランドゥを襲う。
完全に死角をついた致命の攻撃の筈だった。
鉄をも断つカイエンの斬撃。それを瞬時に四度も放つまさに必殺の剣。
だが刹那の時で体勢を取り戻したオルランドゥはカイエンの必殺剣・烈の初撃を受け流す。
力を流されたカイエンは追撃に移れず、そのままオルランドゥの肩で当身を入れられて吹っ飛んだ。
「ごはぁ!」
地面に叩きつけられ、肺から空気が吐き出される。
一瞬目の前が真っ白になるが、追撃を恐れてすぐに身を起こし目の前に刀を振る。
すぐに視力は戻ったがオルランドゥはその場に留まり追撃してはいなかった。
「フッフッフ、強いなカイエン。感謝するぞ……我が身は歓喜に打ち震えておる。
 そして我が心の内で眠っておった獅子がようやく身を起こしたようだ……」
その右手には烈の剣を受け流し損ねたのだろう、浅く裂傷が生まれ赤い血を流していた。
しかしオルランドゥの気勢は萎えるどころが益々力強く漲ってきている。
その剣鬼とも言うべき姿に慄き、カイエンは一歩後退した。
(か、確実に死角を突いたはずでござる……だというのに必殺の剣を凌がれた……
 こ、これほどまでに力の差が……)
逃走、という選択肢が脳裏に浮かぶ。
自分ひとりの力ではオルランドゥに及ばない。ならばここは退き、仲間を集めるべきではないのか。
全身から冷や汗が吹き出、カタカタと刀の鍔が鳴る。
……震えているのだ。
だが逃げられるのか。逃げられたとしても再び相まみえるまでにどれだけの犠牲者が出てしまうのか。

――その時、ミナの幻影を見た、気がした。 シュンの声を聞いた、気がした。

ドマにて卑劣にも毒殺された妻と子。その事実にカイエンは自らの無力に嘆き悲しんだ。
だがミナもシュンも自分の心の中に生きている。
夢の世界で彼が最後の必殺剣を開眼した時、彼はそれを悟った。
そして自分は何を誓った? もう、同じ悲劇はおこさせはしない。

「もう怖れはせぬ。拙者はただ、おのれの信ずる道を行くでござる」

カイエンの信じる道。それは決して悪からの逃走の道ではない。
いつの間にか震えは止まっていた。
カイエンは刀を鞘に収め、抜刀術の構えを取る。
「ほう……」
それを見てオルランドゥは感嘆の息を吐いた。
萎えかけていた気勢は充実し、今尚カイエンの身に蓄積されていく。
自然、笑みがこぼれる。
相手の技を崩すは容易い。このまま後ろへと大きく間合いを外せばいいだけだ。
十数mも離れれば仕切りなおしとなり、彼の構えは無意味となる。
だが……。
「そのような真似は無粋の極み。戦士の覚悟には相応の覚悟を持ってお相手しよう」
彼もまた集中し、必殺の剣を放つ為の力を煉る。
炎の刃が彼の剣気に呼応し、盛んに燃え上がった。

「――必殺剣……断!」

そして――カイエンが地を蹴った。

                    オルランドゥもまた同じ。

刹那の閃きと共に両者は交差し、一瞬後には互いに位置を入れ替え背中合わせに立っていた。
カイエンは微動だにしない。オルランドゥはゆっくりと剣を降ろし、刃を鞘に納めていく。

「命脈は無常ににして惜しむるべからず……葬る!」

文言と共に刃は完全に鞘に納まり、鍔鳴りの音がする。
同時に、カイエンの胴に一筋の赤い線がはしった。

「其れ、即ち不動無明剣……」

そして、その線からカイエンの身体は両断され……上半身が地に落ちる。
遅れて下半身も思い出したように膝を突き、倒れた。
「……無……念」
その言葉を最期にカイエンは絶命した。



しばらくすると断面付近の衣服が徐々に燃え上がり、彼の死体を焼いていく。
フレイムタンの高熱に触れ引火したのだ。
「フ、フフフ……見事であった、カイエン・ガラモンド。その名、永久に我が心に刻もう」
オルランドゥは笑い、途端彼の右脇腹が弾け飛んだ。
鮮血が舞い散り、ガックリと片膝を突く。
「素晴らしい勝負であった。だが、それでも私の命運は未だ尽きぬ」
彼はマントを外し、適当な大きさに裂くとそれをサラシにして止血をする。
傷口はそう深くはない。といって浅い傷でもないが止血と傷口の補強ができれば動くことはできる。
立ち上がると彼は再び抜剣し、背後に向かって声を掛ける。
「そこのもの、出てくるがいい」
川辺にある大きな岩陰から一瞬、大きな動揺の気配が伝わる。
だがそれもすぐに消え、代わりに岩陰から赤い頭巾と外套を纏った大男が現れた。
「すでに気付かれていたか。流石は雷神シドの異名を取るだけのことはある」
「私を知っているようだな。勝負の邪魔をするようではなかったので捨て置いたが」
「フフ、私は火のルビカンテという。いや、とても素晴らしい死合いを見物させて頂いた」
オルランドゥは剣を正眼に構え、再び闘気を放つ。
「何故私を知っている……いや、それはよい。どうやら中々の力を持っているようだな、魔導師か」
「元気な老人だ。それだけの傷を負ってまだ戦うつもりなのか」
「私は自らの力の限界を測っているのだ。逆境はむしろ望むところよ」
成る程、と首肯してルビカンテは微笑む。
「私はゴルベーザ様の手足としてこの儀式を成功させる為に動いている。
 その為におもだった参加者の資料は閲覧している。まぁ名と経歴程度のものだがね。
 私がお前を知っていたのはそういうことだ」
「ゴルベーザの犬か、ならば斬り捨てることに躊躇いはない」
ルビカンテはチラリと未だに燃え続ける死体を見た。
「彼を斬るのは躊躇ったのかね? いや、怒るな……私には戦う気はない」
一歩を踏み出したオルランドゥの機先を制して手を横にひらひらと振る。
それにオルランドゥは訝しげな表情を浮かべた。
「なんだと?」
「私とお前が今ここで戦えば任務が遂行できなくなる可能性が高いからだ。
 手負いとは言えお前はあなどれぬ。私が死ぬのはもちろん、優秀な殺人者たるお前が死ぬのも困る。
 そして勝ち残った方も無事ではすまぬ……これで喜ぶのは戦う意志を持たぬ者だけ。それは不味い。
 だから私としてはこの場は引いてもらいたいのだがな……武人として戦いを避けるのは口惜しいが」
「大人しく引き下がると思うのか?」
瞬間、間合いを詰めたオルランドゥの剣閃がルビカンテを袈裟斬りにする。
「何!?」
しかしオルランドゥの見たものは全く微動だにせず、無傷で立っているルビカンテだった。
彼の身体は炎の属性を持つ攻撃全てを受け付けない。逆にそのエネルギーを吸収してしまうのだ。
「お前の為でもあるのだよ。その剣では私に傷をつけることはできない。
 もっとも、お前ほどの実力ならば他に私を攻撃する方法もあるのだろうが、やはり有利なのは私だ」
ルビカンテの説く理を認め、オルランドゥは押し黙った。
それを見てルビカンテはニヤリ、と笑う。
「だが、武人としてお前の気持ちも解る。だから約束をしよう」
「約束だと?」
「そうだ。全参加者の半数以上が死した時。その時はすでにこのゲームの流れも止まらぬ域まで加速
 していよう。それからなら私はお前との果し合いに心置きなく応じることができる」
「……」
「参加者の人数はこれより半日後の初回放送で明らかとなるだろう。
 そしてそれから幾度の放送の後か……死者が過半数を切った時、
 私はB-2の位置にある塔の頂上で待っている。そこで雌雄を決しよう」
「それを信じろと?」
オルランドゥの疑念の声にルビカンテは懐から薬瓶を2つ取り出し、地面に置いた。
「それは信じてもらうよりないな。だが私のせめての誠意としてこのエクスポーションを贈ろう。
 私は真実、お前が死ぬのを望んでいない」
「ぬ……」
そしてルビカンテはマントを翻し、背を向けた。
「ではさらばだ……次か、次の次の放送か、もっと先か。私と相まみえるその時まで……」
そう言い残し、彼は西の方角へと歩き去っていった。
オルランドゥはその間、ずっとルビカンテを睨み続けていた。
(強い、な。なかなか隙を見せぬ……)
ルビカンテの赤い影が視界から消えうせ、ようやく彼は動いた。
置き去られた薬瓶に近付き、一つ手に取ると一気に煽る。
毒かもしれない、という考えは湧かなかった。
武人として戦えぬのが口惜しいと言った、その言葉が嘘ではないと解ったから。
エクスポーションの効果によって傷口は完全に塞がる。
「ふむ……」
ぽん、と脇腹を一つ叩くと彼はルビカンテの去った方角を見た。
「よかろう、ルビカンテ。その名、覚えて置くぞ」
カイエンの刀とザックを回収し、彼は南へと歩き出す。

「私はまた一つ強くなった。さぁ、次はどのような者が相手か……腕が鳴る」

彼の唇が笑みに歪む。
そこにかつての剣聖の姿はなく、一人の剣鬼がいるだけであった。
【E-4/西側の川辺/朝】

【オルランドゥ伯@FFT】
 [状態]:健康
 [装備]:フレイムタン
 [道具]:支給品一式×2 風きりの刃 エクスポーション 不明品0〜4個
 [行動方針]:南に向かう/己の限界を試す為に戦う力を持つ者は老若男女区別せず戦いを挑む/
       罠があっても相手が複数でも正面から打ち破る/
       人数か過半数を切ったときB-2の塔にてルビカンテと決着をつける

【ルビカンテ@FF4】
 [状態]:健康
 [装備]:ルビカンテ専用火のマント
 [道具]:支給品一式 不明品一つ エクスポーション
 [行動方針]:西の城に向かう/マーダーは避けて参加者と戦う/
       人数か過半数を切ったときB-2の塔にてオルランドゥと決着をつける

【カイエン@FF6 死亡】
【残り89人】



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