業火
(気が遠くなりそうだ……)
そう思うのはこのゲームの目的を知ってそれが何とも愚かしいことであると思ったからであるが、
それだけではない。
ドレイスは人であり、ジャッジマスターであった。
何と言っても、生前帝国における無法が自分の目の前で行われ、それに対し何もすることが
できないことを悔やんだのだ。
自分は法を司るジャッジの精鋭でありながら、帝国を歪めるヴェインの策謀を止める手立ては
打てなかった。
ジャッジマスターがことごとく手を組みヴェインと歩調を合わせて帝国を我が物たらんと
する行為は断じて許せるものではないというのに。
(公安局が法と定めればそれが法か。なんと安い法があったものだ)
勝ち誇ったようなあのベルガの言葉など、ただ利用できるものを利用してやろうという
大儀の無い屑のような台詞だ。
それに自分は敗れた。
ドレイスは未だ自分がジャッジの装具を身につけていることを滑稽だと笑ってやりたかった。
この期に及んでまだ帝国に未練がある?
ラーサー様のことは心配ではあるが、ガブラスがいる限り命が危ぶまれることはないだろう。
それだけが心残りだったのだ。
ドレイスはラーサーの人間的な器に心酔していた。
彼の導く処へなら命を賭けてでも往ける。帝国の皇帝は彼しかいないと考えていた。
民を誰よりも愛し無闇な戦を憎み、法を法たらしめんとする誠実な志はあの方以上の
者はいない。
ふと、感じ入りながら幼少のラーサーの姿を思い浮かべていたところにドレイスは
人の動く気配を感じた。
通路の奥で空気が流れている。
ドレイスは支給品の槍を固く握り締めた。
重量はあるが決して使いにくいものではない。むしろ眠っている力を引き出してくれる
かのような熱い奔流をこの武器から感じる。
(生き残って帝国の無残な姿を見ることになるのか……)
気配を断ち切り、感覚を前方の周囲に集中させる。
(それとも反逆の徒となり帝国に牙を剥くため生き残るのか)
かすかな光点がぼやけた画像になって目に映る。
気配を探ると、見えないはずの敵の姿はいつも心の中で淡い輝きとなって現われる。
敵は近い。
自然の形でむき出しの岩壁を右手に伝いながら細々と進んでいたサラマンダーは
心の中でいい気になるなよとつぶやいた。
先ほどまで通路の曲がり角の先で感じた人の気配が突然消えたのだ。
こっちに気付いたのか、向こうはやる気なのか。
開幕早々何者かに遭遇してしまう。
自分の進む方針もまったく立ててないというのに、相手は待ってはくれないのだ。
現在のサラマンダーはほぼ全ての装備品からアビリティを引き出し、戦闘者としての
レベルは仲間内でもトップクラスであった。
(やるな……気配断ちの技。見事に空気の中にまぎれこんだ。しかしこちらもプロ
だからな)
サラマンダーは異形の髪型を振って体勢を整えた。
(反射角熟知……)
掌をあわせ体内にあるチャクラを活性化させる。
敵はそれに何かを感じ取ったようだ。
しかしこの技は見切れまい。
(そこだ!)
サラマンダーは裂帛の気合とともに曲がり角向かってオーラを発射した。
壁にぶつかった気功波が反射され奥に潜む敵を打つ。
「……?」
反応がない。
もやもやとしたミストが漂うだけで辺りは静寂に包まれていた。
サラマンダーは冷や汗を流して待ち続けた。
奥からがらがらと金属がぶつかり合う音が聞こえ、敵が姿を現した。
「ジャッジマスターにとってはその程度の気弾など取るに足らず」
銀金色のフルプレートに身を包んだ戦士、しかも女が出てきたのを知って
サラマンダーは舌打ちした。
「ちっ、女の相手はあまり乗り気じゃねえ」
「何を甘いことを。男、女は関係ない」
サラマンダーは相手が強がりを言っているものだと思ったが、現にドレイスは発せられた
気の力によって何のダメージも負っていない。
もともと気というのは体内において自分の力を高めるために作用するものだ。
それをサラマンダーは相手を撃つ負の力に変換して外に放出したのだが、
待ち伏せする相手の意表をつくことを主眼に起きすぎたために、威力そのものが
削がれた結果となった。
鎧を着こなしながらもドレイスの動きは俊敏だった。
一気に間合いを詰め、サラマンダーの爪に槍の切っ先を合わせた。
激しくぶつかる両者の武器がぎりりと競り合う。
押されるサラマンダーは顔を歪めた。
腹筋をここまで力ませているのになお相手のパワーに太刀打ちできない。
「っ……どういう力だ、それでもお前女か」
「女は関係ないと言った!」
ドレイスは激昂したが、それとは逆に筋力を一瞬緩めて後ろに飛びずさった。
顔とは裏腹に戦闘者としての反射的な判断がそうさせたのだ。
いくら力が勝ってもこのまま押し切って爪ごと相手を粉砕するのは難しい。
状況観察。
ならばこの地形を利用するべきだ。
サラマンダーは肩で息をしていた。相当腕を張っているらしい。
ドレイスは次で勝負を決めようと息を吸い込んだ。
魔法の詠唱に入る。
腕にあわせたブレイサーが鈍い輝きを放ち、それが全身に広がった。
反射魔法リフレクの完成だ。
そしてさらに。
ドレイスの口腔かた呪文が放たれる。
「アーダー!」
火炎の大魔法を通路一帯に炸裂させる。
逃げ場はない。何しろサラマンダーの来た方角は袋小路だった。
「うおおおおおおっ」
通路を埋め尽くす数千度の灼熱に包まれては、サラマンダーはひとたまりもない。
肺は焦がされ髪は燃え尽きて顔を覆ったはずの両腕も焼きただれていく。
「ぐ……あ……」
防御など無意味なこの業火の前に、サラマンダーの全ては為すすべもなく灰と化していった。
紅蓮の炎が消え去ってようやくしたころ、地下通路は蒸発して黒い墨のようなものが
残っただけの閑散とした様態となっていた。
ドレイスはこれを見て我ながら惨いことをしたものだと感じた。
「許せ、私も目的を遂げるために戦う以上全力を尽くすしかないのだ」
ドレイスは踵を返すと、もと来た道を引き返し地上への階段を目指して進んでいった。
【C-6/城の地下/朝】
【ジャッジ・ドレイス@FF12】
[状態]:健康
[装備]:飛竜の槍、ワイルドローズ、ブレイサー
[道具]:
[行動方針]:ゲームには乗る
[目的]優勝してイヴァリースへ帰る
【サラマンダー@FF9 死亡】
サラマンダーの支給品は全て消滅
【残り93人】
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