忍ぶ愛
「ここは……塔の近くか。南東に村があるようだな……」
ミカゲは森林の中で地図を広げ現在位置を確認した。
クリスタルの啓示を受け、仲間と共に暗闇の雲を討ち倒したあとウルの村に戻ったはずの自分。
それがいきなりこんなところで殺し合いに参加させられている。
「最初のあの場所では見なかったが……もしかして他の皆もここにきているのか……。
もしそうだとしたら……」
そうだとしたら、どうする?
自分は死にたくはない。誰だってそうだろう、自殺願望を持つ者でない限り。
ならば殺すのか、苦楽を共にした仲間を? 思い出を分かち合う幼馴染を?
彼は忍者。闇に忍び、世界を救うためとはいえ多くの異形たちを屠ってきた。
あらゆる武器を使いこなし、装束は血で紅に染まるほど多くの者を殺した。
そんな彼でも躊躇する。自身が生き残るためとはいえ仲間を殺すなどとは……。
「あいつらならこんなこと悩みもしないんだろうな……」
覆面の下で小さく苦笑を浮かべる。
その時、彼の鋭敏な聴覚が近付いてくる足音を捉えた。
支給品であったメイジマッシャーを構え、木陰に身を隠す。
その手にはテトラエレメンタルという火、氷、雷、地4属性を吸収する指輪が嵌められていた。
攻撃、防御ともにそれなりの備えはある。問題は近付いてくるものがどういった能力を持っているか。
冷静に状況を分析し、近付く相手に意識を集中する。
そして現れたのは……サラ姫だった。
(まさか!? サラ姫までがここに……?)
ミカゲは激しく動揺する。
サスーン城の王女にして気丈な女性。封印の洞窟で出会って以来、彼は密かな慕情を秘めていた。
その彼女が目の前にいる。
(どうする? 俺は彼女を……)
殺すのか?
どくん、と心臓が跳ねる。
その弾みで足元の小枝を図らずも踏み鳴らしてしまう。
「誰!?」
(しまった!)
サラは手に持つ黒い筒のような武器を構え、こちらに向けてくる。
その怯えた表情にミカゲは心を決めた。
「サラ姫、私です……ミカゲです」
「ミカゲ……」
名乗り、木陰より出る。
サラは驚いた表情をして一歩後ずさるが、銃は降ろさずにミカゲへと向けたままだった。
ミカゲの決意。それはサラ姫を護ること。
彼は武器を仕舞うとゆっくりとサラに向かって歩き始めた。
「サラ姫、私がお護りします。どうか一緒に……」
「来ないで!」
サラは叫ぶと同時に手にもつ黒い筒……拳銃の引鉄を引いた。
ミカゲは瞬時に危機を予感し横っ飛びに回避するが、右肩の辺りを衝撃が掠めていった。
「ぐ、サラ姫! 一体どういうおつもりか!?」
「わ、私はサスーンの一子、王位継承者よ。私は絶対に生きて帰らなければならないの……。
例え、あなたを殺しても!」
立て続けに二発の炸裂音が響く。
一発は見当違いの方向に飛び、もう一発は咄嗟に盾にした木の幹へと突き刺さった。
「サラ姫!」
「言わないで! 私はもう決めてしまったの!!」
サラは悲痛の声で叫び、ミカゲを追う。
ミカゲは木の上へと飛び、枝葉の中へと身を隠した。
これならばあの奇妙な武器で狙いをつけることはできない。
そこで一息つき、ミカゲはサラを見下ろした。
無防備に身を晒したまま木の上を睨みつけている。
その顔はこのゲームが始まって間もないというのに憔悴しきっていた。
(どれだけ彼女は苦悩したことか……)
彼の胸が針を刺したような痛みに襲われる。
自分が彼女に対しできることを必死になって考える。
考えて、考えて、考えて、そして…… 一つのことを決意した。
基本は先ほどの決意と何も変わらない。
サラを護る。それだけが今の彼の最優先課題。
変わったのは……その方向性。
ミカゲは枝から飛び降りるとサラの前へと降り立った。
「ミカゲ――ああっ!」
突然現れたミカゲにサラは慌てて銃を構えるが、一瞬にして手を蹴り上げられ銃を飛ばされてしまう。
拾いに行こうとするが、そこには既にミカゲが移動しており、銃は彼によって踏みつけられていた。
「ああ……」
サラは諦めたようにその場にへたり込んだ。
「サラ姫。無理だ……あなたは弱すぎる」
「わかってるわ……わかってるわよ、そんなこと!! 貴方達に敵うわけなんてないってことぐらい
とっくに承知しているわ! でも、だったらどうしたらいいのよ、私は死ぬわけには行かないのよ!
……死にたく……ないのよ……」
ミカゲの指摘に逆上し、泣き喚く。
そして嗚咽する彼女を静かに見つめ、ミカゲは切り出した。
「サラ姫。あなたは私が護る……あなたがこのゲームに乗るというなら私はそれに従おう。
そして必ずあなたをサスーンへと帰してみせる。他の誰にもあなたに傷つけさせない」
その言葉にサラは顔を上げた。顔は涙でクシャクシャになっている。
「……嘘、なんでよ……私はあなたを殺そうとしたのよ……?」
「私はあなたを恐れながら仲間だと思っています。かけがえのない友人だと思っています。
だから誓いましょう。他の参加者全てを殺し、あなたを必ず元の世界へ還すと」
サラは信じられない面持ちで尚も問う。
「あなたも死ぬのよ? それに他のあなたの仲間を殺せるというの?」
「殺せます、あなたの為に」
きっぱりとミカゲは言い切った。
そして続ける。
「それに私は死にません」
「え?」
「優勝するのは私ですから――」
トスッ
そんな軽い音がして、ミカゲの持つ短剣はサラの胸へとめり込んだ。
「え――なん……ミカ……」
「これでもう誰もあなたを傷つけられない……。誰もあなたを殺すことはできない。
しばしお眠りください、必ず目覚めさせます。そして、共に私たちの世界へと還りましょう」
それがミカゲの決意だった。
サラの意志を知り、彼が考え出した悲壮な決意。
サラを護りながら他者と戦闘をすることはできない。サラは勇ましいがやはり戦闘に関しては素人。
足手纏いにしかならない。全てを敵に回すというなら生半可な覚悟では挑めないのは自明である。
ならば一時的に殺しておき、あのゴルベーザの言ったとおり優勝した褒美としてサラを蘇生してもらうしかなかった。
もし死者蘇生というのが偽りでもサラの遺体を持ち帰ることさえできればいい。
この世界では蘇生魔法や蘇生アイテムは制限され使用できないということだが、元の世界に戻れさえ
すればサラに蘇生処置を施すことが出来る。その為に必要な心は全て殺した。
彼はサラのマントを外すと、彼女の身体を包みこんだ。
比較的大きな樹木の根元を浅く掘って遺体を横たえると、草を上に被せて儀装する。
これで傍目にはここに死体があるなどとは全く判らないようになった。
ミカゲは立ち上がる。
最愛の人を突き刺した右手を見る。未だに小刻みに震えていた。
左手で右腕を掴み、震えを押し殺す。殺したはずの心が、甦りかけたのか――。
「もう、後戻りはできない……俺は、必ず――」
そう自分に言い聞かせる。
暗殺なら自分の得意とするところ。正面からの戦闘も不得手ではない。
サラの持っていたザックと銃を拾い上げ、彼は歩き出す。
まずは人の集まるであろう村へと、東南へと足を進めた。
決意と、殺意を胸に秘めて。
【B-2/塔付近の森林/朝】
【ミカゲ@FF3忍者】
[状態]:健康
[装備]:メイジマッシャー テトラエレメンタル
[道具]:支給品一式×2 ハイブロウST サラ姫の不明支給品0〜2
[行動方針]:全ての参加者を殺し優勝する(基本は暗殺) サラを蘇生させ、元の世界に戻る
【サラ姫@FF3 死亡】
【残り94人】
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