海魔
「………」
男は壮大なる海を見下ろしていた。
自分の知らぬ建築様式。自分の知らぬ建築素材で成り立った塔のある一角から、眼下に聳える蒼い海を見下ろしていた。
男の手には、これまた男の知らぬ作りの布袋が二つ。
男性には何も支給されぬこの遊戯の性質上、当然これ等は彼の物ではない。
彼より先にこの場に居た者達が置いていったのを、彼が拝借しただけの事だ。
ただ、「拝借」した時点で、これもまたこの遊戯の性質上、これ等はもう彼の物なのだが。
一旦意識を眼下の光景から離し、男は布袋の中身をあらため始めた。
そうして中から出てきたのは、派手な色をした茸が三つと、やたらと肌に張り付きそうな紺色の衣──スクール水着と呼ばれる事を彼は知らない──だった。
(こちらは明らかに毒茸ですが……これは始めて見る物ですね。後で誰かに訊いてみるとしましょう)
そう思考しながら男がそれ等を布袋に仕舞い込んでいると、緑髪の男が一人、彼が眺めていた海に走って行くのが見えた。
「……無駄な事を」
そう呟いて小さな、本当に小さな溜息を吐くと、男は再び彼が向かった海に視線を戻した。
──数分前──
「えっと……一条あかり……さん?」
「あかりでええよー。ウチ、堅っ苦しいんは嫌いやし」
「は、はい」
「せやから堅っ苦しいんはえーって今言うたやん」
「あ、うん。…ごめんね、あかりさ……ちゃん」
「えーってえーってわざわざそないな事謝らんでも。…んで、お嬢ちゃんは名前、何て言うん?」
「えっと、私はリムルル。宜しくねあかりちゃん」
「ん! こっちこそヨロシクや、リムルル! 折角齢近い娘に会えたんや。仲良ーしよな」
「うんっ!」
アリアハン西の孤島に建てられた、ナジミの塔。
その塔の二階部分で、あかりとリムルルは出会った。
「あのペチャパイ妖怪が何企んどんのか判らへんケド、イかせあいなんて誰が乗るかっちゅうねん。なあ!」
「…イかせるって、何処へ?」
「……リムルル。アンタはウチが絶対に守ったるからな」
「? あ、ありがと…」
そんな会話を交わしながら、塔の出口を探していた二人の目に、それは飛び込んだ。
塔の外。見下ろす海の沖合いで、両手をバタつかせて必死にもがく人影が。
二人は迷わなかった。
「コンル、お願い!」
リムルルがそう叫ぶと、彼女の周囲を浮遊していた氷の塊──正確には氷の精だ──が、直前の質量を上回る台座に姿を変えた。
「うひゃ!?」
思わずあかりは声を上げて仰け反る。
そしてその僅かな間に、リムルルはコンルに跳び乗る。
「あかりちゃん、乗って!」
「え? あ、よっしゃ!」
リムルルに促され、あかりも慌ててコンルに跳び乗り、リムルルにしっかりと掴まった。
「行っくよー!!」
ビュウンッ!!
高く短い風切り音だけを残し、二人を乗せたコンルは海へと飛んでいった。
そして、その様子を一部始終物陰から観察していた男が居た事に、二人は遂に気付かなかった。
物凄いスピードで海が近付く。
溺れている人影が段々鮮明になってゆく。
性別は男で、髪は短い。
溺死を避ける為にそうしたのだろうか、衣服の類は身に纏っておらず、鍛えられた胸板が見える。
そして海面下には、この男を捕らえているのであろう、桜色をした無数の触手が──
ビシュシュッ!!
「えっ!?」
「んなっ!?」
──瞬く間に二人を絡め取った。
「ははは。一度に二人引っかかるとは、開始早々にしては上出来だ」
ついさっきまで溺れてもがいていた筈の男が、妖しく舌なめずりをしながら言う。
そして男の下半身は、つい今し方、「男を捕らえている」と勘違いしていた触手が構成しており、それ等は今、あかり達の全身に不気味に巻き付いていた。
「痛っ……いやあぁ! 姉様助けてぇ!!」
「ちっくしょー気付くんが遅れた! アンタいったい何モンや!!」
あかりが叫んで問うと、男はニヤリと口の端を歪める。と同時に、二人を締め付ける触手の力が増した。
「「あぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
「私の名は七英雄のスービエ。…と言っても、異世界の者は私達の事など知らないのだろうな」
二人の悲鳴を聞きながら、スービエは悠長に自己紹介すると、別の触手を幾つか伸ばし、あかり達の衣服をはぎ取り始めた。
「!!!」
「うわぁ何するんやこの変た──」
「やめろっ!!」
「「え?」」
「む?」
あかりの拒絶の叫びを遮り、その後方から、新たに男の叫び声。
咄嗟に三人が声のした方を向くと、そこには緑髪の青年が、ざぶざぶと海を泳いでこちらに向かっていた。
やがて青年は三人のもとまで泳ぎ着くと、形の良い眉を釣り上げ、びしっとスービエを指差した。
「その子達を放せ、モンスター!」
「断る」
青年の要求をスービエはあっさりと一蹴し、まるで彼を歯牙にもかけぬ様に二人の衣服をはぎ取り続けていく。
「やめろって言ってるだろ! …メダパ──」
ビシュッ!
「がっ!?」
青年が得意の混乱呪文を唱えようとした刹那、スービエの触手の一本が彼の首に巻き付いた。
「ぐっ、が……!」
青年が必死に抵抗しようとも、さながら万力のように、スービエは青年の首を締める触手に力を加えていく。
「…確か男は殺しても構わないのだったな」
「!!!」
「アカン! やめ──」
ゴキイッ!!!
「───!!!」
その瞬間、言葉を紡ぐ者はいなかった。
静かな海原にただ、頸椎の砕ける鈍い音だけが響く。
するちとスービエが青年の首から触手を解くと、青年は静かに海中へと没して行き、その一連の出来事のあまりの衝撃に、リムルルは意識を失った。
──聞こえる。
──何か聞こえる。
──誰かの声が聞こえる。
──若い女の人の声。
──でも姉様の声じゃない。それだったらすぐわかる。
──シャルロットさんでもない。あの人は若くない。
──ああそうだ。これはあかりちゃんの声だ。
──あかりちゃん。
──ここで出会った友達。
──あかりちゃん、どうしたの?
──あかりちゃん?
──あか
「ひゃああっっっっ!!!」
「あかりちゃんっ!?」
目が醒める。
意識が戻る。
妙に肌寒くて、身体の所々が酷く気持ち悪い。
それでも何とか気を落ち着けて見てみると、何故か自分は何も着てなくて、不気味な触手があちこちに巻き付いている。
そして、あかりちゃんは………。
「いひゃあぁぁっ!! あ、アカン! ウチ…もうっ……イってまうっっ!!」
四肢を絡め取られ、柔肌を舐められ、秘所と菊門にずちゅずちゅと卑猥な音を立てて侵入され。
あかりの全身をスービエの触手が蹂躙し、この上無い恐怖と快楽を彼女に与えていた。
「くくく。生娘の割には意外と早かったじゃないか。普段から自分で遊んでたのか?」
スービエの言葉が、更にあかりをなぶる。
「そんな……ウチ……あ……いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ぷしゃあっ! とあかりの膣口から勢い良く潮が噴き、スービエの顔を濡らす。
直後、あかりは何処から現れたのかも判らぬ蝙蝠の群に包まれて消えた。
「えっ……。あかり…………ちゃん?」
そして、すぐ隣。目の前で事の全容を見ていたリムルルには、しかし、何が起きたのかを全く理解できないでいた。
「さて、それじゃあ貴様も戴くとしようか」
未だ事態を飲み込めないでいるリムルル自身の事などお構い無しに、スービエはあかりの破瓜の血に塗れた触手をリムルルの秘所に突っ込んだ。
「いっ…痛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「ははは…何となく今ならダンターグの気持ちも解るな」
「…儚い物です。命など」
ナジミの塔の二階。男──風間蒼月は、眼下の海で起こっている狂宴を目にして、ただそう呟いた。
(しかし、あんな海魔まで召喚されていようとは…厄介ですね)
蒼月はリムルル達の残したバッグの荷物を一つに纏めると、次の瞬間にはもう、その場から姿を消していた。
そして、海上から新たな蝙蝠の群が飛び立った瞬間を見た者は、誰もいなかった。
名前 スービエ【ロマサガ2】
行動目的 溺れる人間の振りをして参加者を待ち伏せ
所持品 無し
現在位置 ナジミの塔南の沖合い
名前 風間蒼月【サムスピ】
行動目的 不明
所持品 ベニテングダケ(×3)、スクール水着
現在位置 ナジミの塔二階→?
【ヘンリー(DQ5) 脱落】
【一条あかり(月華の剣士) 脱落】
【リムルル(サムスピ) 脱落】
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