母は強い






 ビアンカは民家の中にいた。自分が目を覚ました場所は城下町だった。
 思わず城に向かいかけるが人が多そうなので断念。
 次に向かおうとした宿屋も――彼女は、元はたごやの娘だった――
人が利用するかもしれないという考えから断念せざるを得なかった。
 聡明な娘タバサならばビアンカの昔の職業を思い出してくれるかも知れなかっただけに残念だ。

 ……今回のゲームは人と人が血で血を洗うような性質のものではない。
 むしろ、疑心暗鬼にさいなまれ、少しずつ誰かが堕ちていくようなものだ。
 見せしめの為にやりたくもない自慰をさせられた少女の瞳を思い出す。
 悔しくて悔しくてたまらないのに体が動いてしまう。
 大勢の人に見られているのに、恥ずかしいのに自分を求めてしまう。
 羞恥と嫌悪と憎悪と恐怖が混ざったような瞳だった。
 同性として憤りを感じる――どころではない。
 ビアンカは、一人の女として、母として主催者の小悪魔を許せなかった。
 楽しみの為に女の尊厳を踏みにじるようなやり口が許せなかった。

 ――そこまで考えて、我が子の姿が思い浮かぶ。
 自分はまだいい。伊達に何回も夫と夜の睦事をしてきたわけではない。
 小娘が関係を迫った所で軽く捻りかえす自信はある。男が相手でも、
自分には呪文がある。でもタバサは。どれだけ呪文が得意でも頭が良くても。
 あの子はまだ、ほんの子供なのだ――タバサの顔が思い浮かんで、それだけで
ビアンカはいてもたってもいられなかった。
 アリアハンの地図やら水やら食料やらを整理しつめなおした布製の袋と、
自分への支給品として渡されたスーツケースを掴んでビアンカは扉を開けた。
 衝撃。ドアが上手く開かない。立て付けが悪いのかと押す。何度も何度も。
 何か声が漏れた気がしたが多分気のせいだろう。ビアンカは力を篭めて蹴りを――
「てめぇ、ちょっ、ちょっと待て!」
 いいかげんにしろ、とばかりにドアの影から男が顔を出す。

 年若い男だ。スーツ姿が様になっていないのだからこれを着始めたばかりか。
 似合っていないのは年季がないのよりもその目つきにあるようだったが。
 ルラフェンの町をさらにややこしくしたような仏頂面。
 髪の毛に隠されていた額が一瞬だけ見える。十字の傷がくっきりと痕になっていた。

 それを見た瞬間、ビアンカは思いっきり扉に向けて蹴りを放っていた。
 ドアに体を強打されて男がうめく。その隙に逆に扉を閉め……ようとしたが、
それは上手くいかなかった。男の靴が隙間を塞ぎ、それを足がかりに扉を開けようとしている。
 踵を思い切り靴に叩き込むと構わず無理矢理に扉を閉めた。
 がちゃり。錠を下ろす。大丈夫、もう安心――
「だから……人の話を聞きやがれ……!」
 轟、と言う男の掛け声と同時に、その扉が四つに分断された。
 これには流石のビアンカも驚くしかなかった。さて次はどうしようと思っていると、
目の前の男に肩を掴まれた。
「良いか、オレは、そんなんじゃ……」
「ギラ!」
 ビアンカの指から閃熱が迸る。それが直撃する前に、
男は身を捻って回避した。その隙にビアンカは距離をとる。
 家の中で使える呪文は限られている。その中でこの男を確実に
仕留められる呪文を放たねばならない。次に接近されたら自分は終りだ。
 油断なく自身の最強呪文を詠じていると、男が吼えた。
「いい加減に……しやがれっ!」

 男の周囲が青く発光する。膜のように青い光が体を包み込んで、そして……
 黒い甲冑に身を包んだ騎士が男の頭上に現れた。
 黒騎士は剣を振り上げビアンカを見据えている。
 再び男が吼えた。轟という掛け声と共に剣をびしりと振り下ろす。
 途端、ビアンカの胸に楔が打ち込まれた。
「……!?」
 赤い楔はすぐに消えてしまった。傷はどこにもない。
 見知らぬ技だが効果を表さなかったのだろうか?
 だが、そうではないことはすぐにわかった。
 メラゾーマを唱えんとしたその瞬間、
あるはずの無い楔が軋みビアンカの声を蝕んだ。
「マホトーン……!? あなた、一体何者なの!?」
「話を聞く気になったか……? いいか、オレは……」
 言葉を最後まで言わせなかった。俊敏な動きで近くのスーツケースを手に取ると、
全力で男の頭向けて振り下ろす。男はそれを白刃取りのように掴んだ。
 どれほど力を篭めてもびくともしない。それでもビアンカは諦めない。
「ここであんたに犯られる訳には行かないのよ! 私には夫も子供もいるのーっ!」
「なっ!?」

 今度こそ、男は驚愕の表情を浮かべた。一瞬だけ力の均衡が崩れた。
 外れかかっていた留め金が外れ、中身が散乱する。
 気にせず角を頭にぶつけようとしたが、難なくいなされてしまう。
 空になったスーツケースを、男はぽいと床に落とした。
「ったく……とんだじゃじゃ馬だぜ、あんたは」
 一歩ずつ彼はビアンカに歩みを進める。ビアンカは気丈な表情で彼を睨みつけた。

「こんな所でやられたりなんかしないわよ! そ、それ以上こっちへ来たら舌噛んでやるから!
 あんたみたいな男の屑にやられるくらいならー! こ、こないでよっ!?」

 この世の不幸を一身にしまいこんだような仏頂面が怖かった。
 きっかり三歩の位置まで男が近寄ると、拳を突き出した。
 殴られる、と思って顔を庇う。だがそうではなかった。


    ぱちっ。


 手をどかすと、そこには花があった。真っ赤な薔薇が。
 それをビアンカによこしながら男が呟く。

「指を鳴らしゃあ、花が出る……キレイだろ?」
 ぱちん。ぱちっ、ぱちん。男が指を鳴らす度、次から次へと花が現れる。
 色鮮やかな花々が床に落ちていく。それに気をとられた隙には、
男は手を合掌させ、力を篭めるそぶりをしていた。

「手と手を合わせて……幸せ、パワーだ……」

 手をばっと開く。紙吹雪が辺りに舞う中、一匹の蝶が空へ羽ばたいた。
「……落ち着いたか?」
 思わずビアンカは頷いていた。

「……と、いうわけでよ……俺の商売道具を持ったあんたがいたから、
 話を聞こうとしたら……いきなり襲い掛かってきやがったからよ……」
 そっぽを向いて頭を掻いている男――レイジに、ビアンカはただ平謝りするしかなかった。
「あぁ……別にいいぜ。慣れてるしな……それより、さっきの話は本当なのか……?」
「ええ、本当よ……あたし達のような美人ばかりが集められたの」

 ビアンカが美人かどうかはさておき、と前置きしてレイジが語った内容は、
以下のようなものだった。リリスから招待状を受け取り、この島に連れてこられたこと。
 島で女を犯さない限りそこから出られないこと。その他諸々の注意点を
あのリリスから聞かされ――全てを冗談めかした口調で――最後に魔力で魅了されたこと。

「……俺は、そういうのがきかねェペルソナを付けてたから助かった。
 だが、よ……きっと、多くの奴はダメだったと思う」
「ダメ……って?」
「あのリリスってガキの目を見たとき……吸い込まれそうな気持ちになっちまった。
 感じるままに全てを壊しちまえ、自分の物にしろ、そう言ってるみたいだった。
 マリンカリンを反射する俺でさえそう感じたくらいだ。だから他の野郎どもも……」
「……どうしよう。あたしには亭主も息子も娘もいるのに……ねえ! あんたが見た中に、
 紫のターバンをして杖を持った黒髪の人は見なかった? うちの人なの!」
「……いや、薄暗かったし一瞬の事で良くしらねぇ……だから、俺は見てない」
「そう……」
 幼馴染みだった少年、あの村で再会した青年、そして一緒に冒険し結ばれた愛する夫はいない。
 もしいたとしても、彼も……考えたくないがそうかも知れない!
(だってあいつは踊り子の胸を見る為に二階から覗くような男なのだ!)
 だがビアンカには不安になっている時間はなかった。少女の頃ならともかく、
今は一人の母だった。母は強い。家族を守る為にならば。きっとどんな事でもできるだろう。
 どんな羞恥にも耐えて見せるだろう。どんな手段も……とってみせるだろう。

 今度こそ、ビアンカはすっくと立ち上がった。
「タバサを探すわ。今までずっと、そばにいられなかったのよ!
 やっと会えたのに、またいなくなってしまうなんて……今度こそ、
 ううん、今度はあたしが探す番よ! タバサをこの手で抱きしめてあげなくちゃ」

 鼻息も荒く、飛び出していかんばかりのビアンカを制したのはレイジだった。
「待てよ……アテはあんのか」
「当て? そんなのないわよ。でも、いつまでもここでじっとしてたって
 タバサは見つからないわ! 人と会えば知ってる人がいるかも知れない。
 野山を行けば、足跡がみつかるかも知れない」
「だがよ……男に遭えば襲われる。女だって、皆あんたみたいのとは限らねぇ。襲ってくるかも」
「その時は、あたしがけちょんけちょんにしてやるだけよ! 怖くなんて無いわ」
 だってあたしはお母さんだもの。ビアンカはレイジにそう微笑みかけた。
(オフクロ……か)
 いつもの癖で、首の辺りに触れる。二年前まで首に鎖をぶら下げていた。
 鎖の先はロケットになっていて、そこには母の写真を入れていたのだ。
 レイジには物心付いたときから母しかいない。母を愛し、母に愛され、
そして父を憎み育ってきた。

「俺も……アンタを、手伝わせてくれ」
「えっ?」
「いや……なんだ。俺にも大事な女房が居てよ……そいつが、危険な目に会ったら、
 俺はどうしていいかわからねぇ。遭わせた奴を殺すかも知れねぇ……
 きっと、あんたの旦那もそう思うだろうと思ってよ。それに俺の知り合いも
 いるかも知れねぇしな……だからアンタが安全になるまでは、付いていこうと思うんだが……」

 レイジが語ったのは真実の半分だった。もう半分は、心中に秘めた思い。
 ビアンカに母性を感じた結果のことだった。
 暗い表情で、ビアンカの返事を待つ。

「うーん……あんたが後ろにいたら、怖がっていい壁避けになるかもね。
 でもあんた、子供は好き? タバサまで怖がっちゃったら意味ないわ」
「心配ねぇ……ガキは嫌いだが、俺ももうすぐ父親になるからな……」
「なら決まり、ね。行きましょ、レイジ。……とりあえず、街で聞き込みね」

 散乱した手品の道具をスーツケースに詰め込んで、ビアンカとレイジは一緒に家を出た。
 表通りを目指しながら、疑問に思ったビアンカが尋ねる。
「そういえば……あなた、何の仕事してるの? ……手品師?」
「…………セールスマンだ。……包丁とか……売ってる」
「…………強盗と間違えられそう、ね……」
「…………よく言われる」


【美女と野獣ペア】

名前   ビアンカ(ドラクエ5)
行動目的 タバサを見つける。邪魔する人はけちょんけちょん
所持品  果物ナイフ  お鍋の蓋 (民家から拝借)
現在位置 アリアハン城下町、住宅街


名前   城戸玲司(ペルソナ2)
行動目的 ビアンカの探し人を見つける。自分の知り合いを探してみる
所持品  スーツケース(中身は手品道具)
現在位置 アリアハン城下町、住宅街



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