臆病者の刃
──目の前に広がるのは、どこまでも蒼く広がる、雄大な海。
潮の香り、湿り気を帯びた風、陽の光を受けて煌めく水面。
そのどれもこれもが、山奥の村で育った少女──ターニアにとっては、初めて見て、感じる物ばかりだった。
これが、自分の元居た世界で、大切な人達と一緒に見る光景であったならば、どれほどに素晴らしい事だっただろうか。
(お兄ちゃん……みんな……!)
だが、現実は残酷で。
ここは狂気と淫行に満ちた箱庭で。
たった一人の家族である兄も。その兄の友人や仲間達も、今は彼女の側にはいなかった。
ただターニアだけが一人、この海岸で佇んでいた。
彼女の手には支給品の、古ぼけたナイフが一本あるのみ。それも素人目にも判る程のなまくらで、まともな切れ味は期待できそうにない。
だがそれでも、ソレが「人を傷付け得る物」であるというだけで、ターニアの恐怖を膨れ上がらせるには充分だった。
「いやだよ……怖いよ……」
少女のか細く震える声は、波打つ音に儚くかき消された。
「─────!」
「えっ?」
不意に、ターニアの耳に、微かに女性の声が聞こえた。
声のした方に目を遣ると、そこにはなだらかな岩場が存在しており、声は、その岩場の陰からしているらしかった。
(誰か……いるの?)
聞こえてきた声が女性のものだった事に安堵したのか、ターニアはゆっくりとその岩場に近付いて行き───
───悪夢を見た。
「く……うぅんっ………!!」
「ほぅら、もうすぐイってしまうんじゃないか?」
荘厳且つ凶々しい角を生やした男が、自分よりも幾つか年下であろう金髪の少女を組み敷いて腰を振っていた。
その行為が何であるのかが理解できない程には、ターニアは少女ではなかった。
「ひぁ………くる……クルル……きちゃ…あっ」
虚ろな瞳で視線を中空に投げ出していた少女──クルルと、ターニアの視線が交わり、微かにクルルの瞳に光が宿った。
クルルを攻め立てている男の方は行為に没頭しており、こちら側に背を向けているせいもあって、未だターニアの存在には気付いていなかった。
「………!」
ターニアは声を出せずに、しかしクルルの視線に目を反らす事もできずに、ただその場に立ち尽くしていた。
しかしすぐに状況に変化が訪れた。
クルルの視線がターニアの手にしたナイフに止まるや、
「──お姉ちゃん逃げて………っっっ!!!」
「!!!」
クルルが有らん限りの声でもって叫び、そしてその叫びを最後に、彼女は蝙蝠に包まれて消えた。
「ぬおぉ鼓膜がぁ……って、そこに誰か居るのか!?」
クルルの最後の叫びに、当然ながら男が立ち上がり、こちらに振り返る。
頭には凶々しい角。
顔に不気味な仮面。
そして腰にはそそり立った逸物。
「い……いやあぁぁぁぁぁっ!!!」
あらゆる意味で恐怖を感じ、ターニアはクルルの願い通り、一目散にもと来た方向に逃げ出した。
「うおぅしまったぁ!! …くっ、待て小娘……ってあらっ!?」
自分の痴態に気付いた仮面の男──マスク・ド・サタンは、慌てて着衣を整えると、近くにあったクルルのバッグを掴んで走り──出せなかった。
ドスンッ!!
「ぐおあっ!!」
どうやらクルルに支給された物はかなり重量のある物らしく、それに気付かずに一気に持ち上げようとしたものだから、勢い余ってバッグが小さく宙を舞ってしまった。
そして、まるで狙ったかのようにバッグはマスク・ド・サタンの足首辺りに着地し、彼を岩場の地面に縫い止めた。
「おーい待ってくれ少女よ!! ちょっとこれを退かしてくれーー!!」
だが、そんな願い出が聞こえる程近くには、ターニアはとっくにいなかった。既に彼の目にも握り拳大ぐらいにしか映っていない。
しかも不運──無論ターニアにとっては幸運だが──は重なるらしく、バッグのヘヴィプレスで足を痛めたらしく、暫くそれを退かす事は自力ではできそうになかった。
「わっ、私は放置プレイは好きじゃないんだー! 誰かー! ヘルプミーーー!!」
ターニアは海岸を走っていた。
その心の中は、ただひたすらに後悔と自虐の念で一杯だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ!」
ポロポロと涙を流しながらクルルへの懺悔の言葉を呟くターニアに、手にしたナイフが僅かに煌めきを増した事など気付く余裕は無かった。
名前 ターニア【DQ6】
行動目的 今は兎に角逃げる!
所持品 チキンナイフ(FF5)
現在位置 アリアハン南の海岸
名前 マスク・ド・サタン【ぷよぷよ】
行動目的 「誰か助けてくれー!」
所持品 クルルの支給品(詳細不明。かなりの重量がある物らしい)
現在位置 アリアハン南の海岸の岩場
【クルル(FF5) 脱落】
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