無題






森の中をめちゃくちゃに走り回っていた和田みんと【女子30番】は、
山道に戻るなりその場を通りかかっていた誰かにぶつかり、仰向けに転倒した。
「誰よぉっ! 誰なのよぉっ!」
正体不明の相手に向かって構えられたみんとの武器、
ゴム製のパチンコはあまりに貧弱だった。
「落ち着いてよ、和田さん」
「林……野くん?」
はっきりと特徴的なアゴのしゃくれた姿は、
6年1組の委員長、林野まさと【男子29番】に違いなかった。
林野はみんとの持っているパチンコを見ると、両手を大きく広げて見せた。
「僕は君を撃ったりなんかしないよ。
 そんなにボロボロになって、一体何があったんだい?」
「かよ……長門……あの子が、いきなり撃ってきたのよ!
 佐藤くんたちが殺されて……。
 きっと、みんなに復讐するつもりなんだわ!」
「そうか……長門さんが」林野は呟いた。「でも大丈夫、僕は君を撃ったりしない。
 もちろん、他の誰にも撃たせやしない。
 ちゃんと話し合えば、こんなゲームに意味なんてないことくらい、
 みんな判ってくれるさ」
「じゃあ、林野くんはこのゲームに参加するつもりはないのね?」
「ああ、もちろんさ。こんな事は絶対に止めさせなくちゃならない」
林野はみんとを助け起こすと、山道の先を指し示した。
「この先に安全そうな隠れ家を見つけたんだ。みんなを説得し終えるまで、
 和田さんはそこに隠れておくといい。僕が案内するよ」
先に立って歩き出した林野の背中は、
いつもの教室で見る時よりも、遥かに頼もしげに見えた。
和田みんとは林野の後に続いて歩きながら、
こんな場所で林野に出会えた幸運を天に感謝した。
林野くんに会えて良かった。本当に良かった。

「変な臭い……。それに、なんだか薄暗いわ」
「そりゃまあ、一流ホテルのスイートルームってわけにはいかないさ」
和田みんと【女子30番】が林野まさと【男子29番】に案内された「隠れ家」は、
工事中の倉庫らしき大きな建物だった。
建物の内部が掘り下げられて、今は鉄筋やセメントの袋など、
工事に使われる資材が並べられてあるだけだ。
建物の中には塗り立てのペンキなのか、金気くさい臭いがただよっている。
明り取りの小さな窓が天井に開いているだけで、中はひどく暗い。
これから三日間もここで過ごすのかと考えると気が滅入ったが、
確かにこういう場所の方が安全なのかもしれない。
パイプ支柱に支えられた狭い階段が階下へ続いていた。
「さ、こっちへおいで」
林野は先に立って階段を降り始めた。

その時みんとは、この倉庫にただよう臭いと同じ臭いを、
以前にも嗅いだことがあったのを思い出した。
それはあまりにも馬鹿馬鹿しい考えだったので、
口にするのもためらわれたが、みんとは思わず喋り始めていた。
「いやあね、林野くん。これってまるで血」
続いて降り始めたみんとの足の下で、階段の踏み板が外れた。

上から三段目までの踏み板のボルトは、すべて外されていた。
先に渡った林野は、踏み板の脇にある支柱の部分を踏んで渡ったのだ。

何が起こったのかも分からぬまま、みんとは四メートルの空間を落下した。
地面にぶつかる瞬間奇妙な感覚がした。
まるで煮えたぎる熱湯の風呂の中に浸かったような感覚だった。
落下したみんとのすぐ脇に、防水シートを被せられた「物」があった。
しばらくの間みんとには、自分の見た光景の意味が理解できなかった。

あれは……小山さん? 一組の菊地くんや中島くんまで……。
どうして? なんでみんなこんな所で死んでるの?
それも、あんなに穴だらけになって、血だらけで……。
ここは林野くんが見つけた「安全な」隠れ家のハズ……。

次の瞬間、みんとは目の前の「光景」の意味と、
自分の置かれた「状況」の意味を完全に理解した。

みんとが落下した地点には、尖端を上に向けて十数本の刃物が固定されていた。

無数の刃にその体を貫かれ、みんとは身をよじって力の限り絶叫した。
フリルとリボンで飾られたみんとのドレスは持ち主の血を吸って、
べっとりと肌にまとわりついた。
そして悲しいかな、本人にとっては力の限りの絶叫のつもりでも、
肺に突き刺さった刃物と気管に流れ込む血のため、
それはひゅうひゅうという掠れた声にしかならなかった。

「言ったろう、『こんな事は絶対に止めさせなくちゃならない』って」
串刺しにされたみんとを見下ろしながら、
林野が階段の手すりごしに、穏やかな口調で話しかけた。
「僕はこのゲームを止めさせる方法を一つだけ見つけた、
 それは僕が勝ち残ることだ。
 僕が一人だけ生き残って勝利者になれば、このゲームは終わる。
 簡単なことじゃないか、君の犠牲で僕の命が救われるんだぜ。
 だから君は、自分を敗者だと思う必要なんかちっともないんだぜ、和田さん」
林野の言葉の後半はみんとの耳に届いてなかった。
内臓破裂と大量出血によって引き起こされたショック症状により、
もはや、みんとの体は生命としての活動を停止していた。
微かな四肢の痙攣と、口から吹き出る血のあぶくを除いて。

……しかし、この方法もそろそろ限界だろう。
現にみんとも、倉庫にこもった血の臭いには気付いていたようだ。
もう少し用心深い相手だったら、厄介なことになっていた。
何か新しい手段が必要だ。それも、極力、自分の手を汚さずに済むような。

そう考えながら倉庫から出たところで、林野はギクリとして足を止めた。

林野の目の前に、長谷部たけし【男子18番】と萩原たくろう【男子17番】が立っていた。

【男子7番・菊地はじめ 死亡】
【女子11番・小山ゆうこ 死亡】
【女子30番・和田みんと 死亡】

【残り53人】




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