無題






…続けてクラスメイトの名前を「梅尾金三」は読み上げる。
「次は男子の15番。『なかじま せいぎ』くん」

「まさよし、です」
そう答えながら中島正義【男子15番】は、与えられた席から大きな音を(わざと)立てて立ち上がった。
名前を読み間違えられる度に不愉快な気分になる。
しかし、今、この時の気分は最悪だった。だから、その場で「梅尾金三」を睨みつける。
だが、「梅尾金三」はそれに意を全く介さず、この『教室』に来た時からずっと続いている
「にやにやとした下品な笑み」を絶やさずに中島に語りかけた。
「どうしましたか? 早くこちらに来てディパックを受けとってくださぁい。後の皆さんにご迷惑ですよ」
「教室」の隅に立つ専守防衛軍兵士達が首だけを中島に向けると、冷ややかな視線を注ぐ。
周囲に聞こえるように舌打ちすると、大股で歩いて前に出て、「担任の顔を尚も睨みつけながら
ディパックを引っ手繰るように手にして「教室」を出る。

それから、どのように歩いたのかよく覚えていない。
一度、自分に割り当たった「武器」が気になってディパックの中を覗いて、さらに腹を立ててからは余計に。
完全に頭に血が上っていた。自分の「現実」に対する無力さを嘆き、全ての事に悪態をつけて歩いた。
読み間違えられやすい名前をつけられた事から、眼鏡の「座り」が悪い事まで。
自分を躓かせた足元の石から、この「プログラム」まで。
そんな怨嗟の想いは、林野まさと【男子29番】がなんと「ハリセン」を持って余裕の面持ちで、
木陰から姿を現したのを見た時に爆発した。
「なんで君はそんな顔をしていられるんだ!」

「なかなか楽しめそうな『ゲーム』じゃないか」と林野は答えた。
「現実は厳しいよ?世の中は競争社会だからね。暢気な君達にはいい刺激になると思うけど?」
そうとも言った。あまりにも林野が冷静なので自分が、
──クラスメイトどうしで殺し合いをしてもらう、という言葉に──
むやみに腹を立てていた事を、馬鹿馬鹿しく思えてしまう。それでも、こう聞かずにはいられなかった。
「本当に殺し合いをさせられる、としたらどうするんだい…?そんな武器で戦えるのかい?」
「僕は6年1組の委員長だよ?」 そう、語尾を上げつつ林野は答えて、笑った。
中島は、ひとり納得していた。してしまった。
「ところで、君の武器は何だい? 手には持って無いようだけど…」 そう、笑みを絶やさず林野が尋ねる。
中島が鋭い目つきで睨みかえすので、林野はそれ以上、中島の武器については聞かなかった。

「…まぁ、こんな武器(ハリセン)では勝ち目は無いし、本当に殺し合いだったら怖いんでね。
 しばらくは、何処かに隠れて様子を見よう、と思っているんだが…君はどうするんだい?」
そう聞かれても、この見知らぬ島で、これ以降どう過ごすか、という事は中島は考えてなかった。
ただ、「教室」を出てから怒りにまかせて歩きづめだったので、幾分疲れていたのは事実だった。
だから、休憩と、林野の言うように「様子を見る」のを兼ねて、林野の言う「隠れ家」に付いて行く事にした。

それはどう見ても倉庫だった。
「先生」の話では、この(プログラム)為にこの島には住人はいない、と言っていたが、
この倉庫が使われなくなったのは、それ以前のような気がした。
壁面には錆が目立ち、周囲には、草が自由気ままに伸びている。
採光の為の高い所にある窓は、空きっぱなしだったり、幾つかは割れて失われていた。
中島の苦い表情を見て、林野が言う。
「こんな所に、わざわざ近寄ろうとは思わないだろ? そこが盲点さ」 確かに一理ある。
それでも、入り口の扉の蝶番の、油分が無いせいで鳴る、甲高く軋む音を聞いて気が滅入った。
(…ちょっとの間、休むだけだ)
そう自分に言い聞かせて、中島正義【男子15番】は倉庫に足を踏み入れた。

そして、生きて出る事は無かった。

【男子15番・中島正義 死亡】

【残り56人】




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