自分で選んだ拷問






銃弾は壁に当たって周囲の破片を撒き散らす。
どれみは、おんぷの傍らで座りこんだ姿勢のまま、かよこの方を向いた。
広い居間のちょうど自分と正反対の壁に、かよこは立っている。
何やら斜めに立っているような雰囲気だったが、銃を向けている左腕だけは、微動だにしない。
どれみは、「かよこ」が「自分に向けて」銃を撃った事に驚いた。
今でも、おんぷが撃たれて死んでしまった事が信じられない。信じたくない。
どうして、「長門かよこ」が――花や星の事が大好きな、物静かな女の子が――拳銃を振り回しているのか分からない。
クラスメイトを殺そうとするのか、分からない。

…やっぱり、「恐い」からなの?死ぬ事が恐いからなの?あたしだって恐いよ。
でも、クラスのみんなを殺しちゃって、独りだけで美空小に帰ったって寂しいよ。
みんなが集まれば、何かいい考えも浮かぶかもしれないじゃない…
「かよこちゃん!こんな事もう止めてよ!」 そう叫んだ。

今の射撃は明らかに失敗だった。
よく狙いを定めていなかったし、握りが甘かったせいか、発射の反動でコルト1911A1を取り落としそうになった。
どれみちゃんが何か喋っている。原型は止めている右手で涙を拭って、見た。
どれみの手元に、おんぷが使っていたブローニングHPが落ちている事を。
(又、そうやって甘いことを言って、わたしを油断させるつもりなんでしょ?)

長門かよこは、怒りに任せて引き金を引いた。


とにかく、かよこの雰囲気が変わったのは分かった。怒りというより、明らかな殺意が自分に向けられている。
慌ててとっさに右手の方、居間の方、キッチンがある方へ身を翻すと、
ワニのように床を這いずり居間のテーブルの下に潜んでみた。
轟音とともに発射された弾丸は、先ほどまでどれみがいた位置を通り、床に当たると、
その運動エネルギーを床板を撒き散らす事で発散させた。
ブローニングHPが床を滑る。
どれみは、つい、それを目で追った。(…拳銃… おんぷちゃんが持っていた拳銃…)
その銃把はおんぷの血で濡れていた。

――長門かよこを、この銃を使って殺せば、こんな恐い思いをせずにすむ――

…銃を持って引き金を引く。
これだけの事なら、自分にだって出来るだろう。
「狙った所に当てる。そうなるように工夫する」のも楽しい。
祭りの出店の射的ゲームがその証拠。
真ん中に当たれば(いい景品が貰えるから)嬉しい。外れれば、悲しい、そして悔しい。そう思う。
間違ってはいない筈だ。

…でも、あたしが、かよこちゃんに、銃を向けて、引き金を引く、なんて事できっこないよ…

確かに、かよこはおんぷを撃った。死なせた。それは、とても辛くて悲しい事だけど。
きっと、かよこはこの丸2日間、自分には想像もつかないような恐い目にあったのだろう。
だから、なりふり構っていられなかったに違いない。
あの、気丈なおんぷですら、人の死を前にして取り乱すのだから。
「生きていく」ためには仕方がなかったのかもしれない。それはそれで悲しい事だけど。

…そう、『わたしたちは、まだ生きている』
目と目を会わせて、ことばを交わす事が、まだ出来る。
かよこが、どれほど恐ろしい目にあったかを、話だけで全て理解出来るとは思えない。
それでも。
身体の痛みは分け合えないけど、こころの痛みなら分け合える。
そんな気がする。

あたしの周りには、いつも、MAHO堂を通じて知り合った親友がいてくれた。
ドジな事ばっかりやってしまって、色々と迷惑をかけているのだけど、
嬉しい時は、みんなで笑った。そうすれば、もっと楽しい気持ちになった。
悲しい時は、みんなで泣いた。そうすれば、流す涙の量を少なくする事ができた。

かよこちゃんは。
クラスのみんなと、ちょっとした気持ちの行き違いがあったりして、辛い思いをした時もあったけど、
でも、あの時から、あたしと友達になれたんだから、ほかのクラスのみんなとも友達になれるんだよ。
かよこちゃんは、もう、ひとりじゃない。
焦らずに、ゆっくりとでいいから、みんなと友達になればいい、と思う。

あたしたちは――本当は…!――「これから」なんだよ。…きっと。…だから、お願い、かよこちゃん…

どれみは、(結局)銃には触らずに、テーブルの下から踊り出て、立ち上がるとこう叫んだ。
「撃たないで、かよこちゃん! あたしの話を聞いて!」

「建物」の外で燃えていた軽トラックの炎は、「建物」自体に移り始めた。壁を登り、屋根にも至った。
黒々とした煙が棚引く。
硝煙の臭いに満ちた室内にも、煙が充満し始めていた。


それは、テーブルに向かって、かよこが引き金を引いたのと、奇しくも同時だった。
テーブルの上に置いてあった食事のための小物類が、テーブルもろとも床に散らばる。
どれみは、おののいて後ずさりし、壁に張り付いた。
棚にあった小物(この島の民芸品も飾ってあるようだ)が、幾つか落ちた。

かよこは舌打ちした。未だに当たらない。イライラする。
わたしは大人だって倒せるというのに。この「ゲーム」で最も「成績」がいい筈なのに。
この標的は気に入らない。
ちょろちょろと動き回り、ごちゃごちゃと喋って五月蝿い。
いいかげんに仕留めないと、左の手首が痛くなってかなわない。右手の出血も何とかしなければ。
この建物自体も、長い事はない。さっさと終わらせる事にしよう。
わたしの「ゲーム」はまだ続くのだから。
この標的を仕留めて。

かよこは、標的にコルト1911A1を突き出すように向けた。
何やら叫んでいるようだが、もうその手には乗らない。友達も仲間も、わたしには必要ない。
武器が、銃があればいい。裏切らないから。

引き金を引いたその瞬間、かよこの背後で新たな爆発が起こった。
だから、弾丸はどれみからそれて棚に飾ってあった全高30センチほどの人形に当たった。
その胴体は跡形も無く消え去る。
首だけが長い髪をなびかせながら宙を舞って、どれみの足元に軽い音をたてて落ちた。
その円らな瞳は、どれみを怨めしそうに眺めている。

何もかも手遅れだ、という事を悟った。一体、いつ、どこで、何を間違えたのだろう?
あの手紙に、かよこの名前も書いておけば良かったのか?
「教室」から出る時に、かよこにも声をかければ良かったのか?
修学旅行の班分けで、かよこも班に誘えば良かったのか?
どこまで遡ればいいのだろう? そこから、やり直す事が出来るだろうか?
…出来る筈が無い。
あたしは、美空小学校6年1組にいる、何の取り柄も無い、ドジばかりやってるひとりの女の子に過ぎないのに。
大好きなステーキだって思うように食べられないというのに!

今出来る事は、関係の無い人が見たら笑われると思うほど、みっともないまでの必至の形相で、
勝手口のドアを開け、ここから逃げようとする事しか出来なかった。

長門かよこは、外に逃れ様とする標的に向けてコルト1911A1の引き金を引いた。

勝手口のドアは、どれみの背後で粉々になる。その破片が、どれみの衣服を切り裂いた。
傷自体はたいした事はないのだろうが、痛みと驚きと焦りのせいで足が絡んで転んだ。

かよこは大股で勝手口に近づき、目で標的の後を追った。又、転んでいる。その無様な姿を鼻で笑った。
のろのろと立ちあがろうとしているので、動きを止めるべく、即座に腕だけを外に伸ばして引き金を引いた。

どれみの足元の地面が捲くれ上がる。立ちあがる事は出来なかった。地面に直に尻餅をつく。
銃声の方が後から聞こえたような気もするが、命の危機の前では、どちらでもいい事だ。
足に、さらに傷が出来た筈なのだが、恐怖の方が身体を支配していて、痛みを感じない。
目を向けて、流れ出る赤い血を見れば、痛いと思うようになるのだろうが。
視線を上げる。その先、「建物」の勝手口に長門かよこが、その全身を現せた。
その表情がはっきりと分かる。笑っている。確かに笑っている。
それは、勝者が敗者に見せる余裕に満ち溢れた笑みだった。


冷静になろう。かよこは、そう思った。
そもそも拳銃というものは当てづらい。オープンサイトなら尚の事だ。
銃を構える。目から銃門まで約50センチ。銃門から銃星まで、コルト1911A1の場合約20センチ。そして的。
理屈では、これらが一直線に並んでいる時に撃てば命中するのだが、
実際問題としてそれら三点に、目の焦点を合わせ続ける事は難しい。
発射の際の反動も考慮する必要がある。ライフルのようにストックで反動を身体に吸収させる事は出来ない。
本当は両方の手を使ってしっかりと持つべき物なのだ。

「確実に的に当てたいのならば」

最も、今はそこまで気にする事はない。
今度の標的は足を傷めてて動きが鈍い。自分の歩く速さの方が早いくらいだ。
距離を詰めて撃てばいい。これで、残るは何人になるのだろう?右手を傷めたのは、文字通り痛いが、まだ闘える。
コルト1911A1の弾が無くなっても、「武器」はこの島のあちらこちらに落ちている。それを使えばいい。
例えば、さっきの迷彩服のライフルや拳銃などを。
みんな殺してやる。
元より、わたしはひとりだったのだから、わたしだけが「独りだけ生き残る」のは必然といえよう。
寂しいとは、もう思わない。わたしは強くなったのだ。この「島」で。この「ゲーム」を通して。

長門かよこ【女子17番】は、春風どれみ【女子21番】に、コルト1911A1の銃口を向けた。



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