彼女の目的






──満天の星空。
この「島」が地理的にどこに位置しているのかは、未だによく判らない。
ただ数日前まで過ごしていた美空町よりは南、という事は、夜だというのに頬を撫でる風がやわらかい事が教えてくれる。
瀬川おんぷ【女子14番】はゆっくりと深呼吸をした。
日頃芸能人として分刻みのスケジュールに追われていた事を思うと、
今、このひととき(だけ)は、願っても無い休息のひとときだった。
…もっとも「この島」では、銃声や「禁止区域」に追いたてられているのだが。

結局のところ、夜の間に、「どれみが居るであろう建物」へ辿り着くのは断念した。
先ず、同行する玉木麗香【女子16番】の足の痛みが再び酷くなった事。
あえて(冷たく)言うならば、松葉杖を手放せない彼女がいる限りは、移動の速度はたかが知れているし、
通る道筋を、
──「建物」までの最短距離ではなく、より歩きやすい、どちらかと言えば平坦な地面を──選ばねばならない。

もう一つが、そこに至る途中で、山道に迷い疲れ切った巻機山 花【女子24番】を見つけたから。
彼女が言うには、妹尾あいこ【女子15番】から「建物」の事を聞いたらしい。
「…あいこもね、あとから来るって言ってたよ。約束したんだ… だから、ハナちゃんもいい子で…」
そう言いながら飛鳥ももこ【女子1番】の傍らで、ハナは眠りについた。

おんぷは「今、ここで、自分が出来る事」を改めて考える。少なくとも「歌のレッスン」はしなくていい。
芸能人としての瀬川おんぷが、ここで潰えるかもしれない事については、不思議と後悔の念は浮かんでこなかった。
自分は──おんぷ当人は否定するだろうが、周りにいる、どれみ達から見れば「身を費やすようにして」──
出来うる限りの事はしたのだから。
声援を送ってくれる人達、支援してくれた人達への想いを振り払うように「今、ここで、自分が出来る事」考える。

瀬川おんぷ【女子14番】は、ブローニングHPの薬室に弾丸がある事を再度確認すると、セーフティをかけて、
飛鳥ももこ、玉木麗香、巻機山 花がその身を休めている納屋へと足を返した。

得体の知れないものに縋るつもりは無かった。


午前6時。定時の放送。重ねて、新たな死者と新たに追加される「禁止区域」の発表。

春風どれみ【女子21番】は、その「建物」の二階、寝室の窓辺で、
座りこんだ姿勢のままで眠っていたところを、その放送に起こされた。
指し込む朝日が目に痛い。鏡を見なくても、目が腫れているのが分かる。
夜通し待っていても、結局誰一人来なかった。

ここは、この島に訪れる観光客が宿泊する為の建物だったのだろう。
海辺の高台に設けられ、内壁は木目をそのまま残していた。入り口をまたげば、建物内を仕切る壁は少なく、
居間や簡単な調理が出来るキッチンを一気に目にする事になる。
その奥には勝手口。
正面には、丸太の雰囲気を残した階段があり、二階は全て寝室に割り当てられていた。
一階の居間は洒落た家具や気の効いた小物が上品に並べられ、
大きめの窓に掛かっているカーテンを開けると海が一望出来た。
同様の建物(形状は厳密に言えばそれぞれ異なる)は幾つかあり、どれみの居る建物は、最西端に位置している。
なにより「MAHO堂と同じデザインのボードがあった飲食店」から東に向かって歩いて行けば(来れれば)、
真っ先に見える建物だった。

…きっと、あのボードに残した手紙を誰かが、いや、「みんな」が目にして、ここで「みんな」と再会できる、と、どれみは期待していた。
根拠は、無い。

しかし、それは、単に、過酷な「この島の現実」から逃れたかっただけ、なのかもしれない… そう思ってもいた。
なぜ自分が未だに(のうのうと)生き残っていられるのか不思議だった。
ハナちゃんとは早々にはぐれてしまい、おんぷを怒らせ、足を傷めている玉木を独り、残してしまうような事をしてしまった。
6時間おきの放送で「死者」の名前が読み上げられる度に、思わなくはない。
『クラスのみんなで殺し会うなんて事、やめようよ』 …あまりにも空しい正論だった。
実際の自分は、大切にすべき子も、こころ乱している親友も、怪我をしている友達も助ける事は出来なかったというのに。
自分の「ドジ」っぶりに、ほとほと愛想が尽きる。
このまま、もう誰にも会えずにひとり寂しく死んでしまうのも、やむを得ないのではないか。そう思うと、又、涙が滲む。

妹尾あいこ【女子15番】の死亡の知らせは、そんなどれみの心に追い討ちをかけた。


飛鳥ももこ【女子1番】は「放送が鳴り止むのを待ってから」巻機山 花【女子24番】の身体をゆすって眠りから覚まさせた。
最初は、まだ眠そうな雰囲気だったが、
「ハナちゃん、起きて。どれみちゃんが待ってるよ」、と
「どれみ」の名を口にすると、音が聞こえるのではないか、と思うくらいに勢いよく瞼を開いて、
「今日こそどれみに会えるよね? もも」と応えた。

──ハナの素直な表情は、ももこの(実は)ささくれ立っている気持ちを和ませる。
何せ、『あれ』以降、おんぷの口数はさらに減り、
玉木は玉木で、──自らの不安を払拭したいが為に──何かにつけて、文句を言い、
ももこは「場」を取り持つために喋り続けざるを得なかった。
せっかく覚えたダジャレを披露しても
「飛鳥さん? 日本語をちゃんと勉強なさったら?」と返されては流石に力が抜ける。
無反応の方が、まだマシかもしれない。
こんな調子で「どれみチャンが待っている建物」まで辿り着けるのだろうか、と不安になっていたから。

妹尾あいこ【女子15番】の死を放送で知った。
ハナの話だけでは、あいこの最後(そして最期)の様子は分からない。ただ、何となく「託された」のだろう、思った。
だから、神様ではなく、妹尾あいこに、そして藤原はづきに誓った。
『ハナちゃんをどれみチャンに会わせてみせる』と──

ももこは、いつも通りの屈託のない笑顔をハナに向けて、即座に答える。
「ウン! きっと会えるよ!」
…とはいえ、本当に、本当に会えるかどうかは、ももこ自身にも確信が無い。
『この先、何が起こるのか分かり様が無い』
それでもハナ同様、ももこももう一度どれみと会いたかった。どれみと一緒なら『何かが』出来そうな気がした。
だから、せめて、それまで笑顔を絶やさないようにしよう、と思った。もう二度と絶望に囚われない為に。

──ワタシの悲しむ姿を見る事を、「貴女」は望んでいないのだから。


玉木麗香【女子16番】は次に指定された「禁止区域」を確認して、息を飲んだ。
「ルール」では「禁止区域」はランダムに選ばれる筈なのに、ここ数度の放送で示された「禁止区域」は明らかに、
「今、自分達が居る場所の周辺を埋めるように」指定されていた。その意図は明らかだ。
残り少なくなったクラスメイトを、半ば、強制的に引き合わせる為だ、と。
それは、即ち、「長門かよこ【女子17番】と再び会う確率が上がる」事を意味していた。

かよこの事は、飛鳥ももこ【女子1番】から、その重い口を玉木が執拗に催促して開かせて知る事になった。
今度、かよこと会って話しかけても、返ってくるのは弱々しい声による返事ではなく、銃弾ではないか。
そう思って(誰にも気付かれないように)身震いすると共に、瀬川おんぷ【女子14番】から渡されたポーチに目をやった。

おんぷは玉木と「再会」してからも、口数は少なかった。常に、何かを考えているようにも見える。
ももこの口調から、おんぷはずっと(ももこと行動を共にしている間)こんな調子なのだろう、とは想像出来たが。

ももこの「かよこについての話」が終わったあとで、
おんぷはポーチ(おそらくおんぷの私物)と拳銃(ニューナンブ)を玉木に手渡してこう言った。
「これからは、これで自分の身を守ってね」
それは、発せられた言葉はともかく、彼女なりの、この玉木麗香に銃を向けた事の謝罪なのだろうか、とその時は思った。
折角の「武器」を、銃を向けた当人に渡すのだから。
しかし、おんぷは、もう一丁、玉木に手渡した銃より一回りは大きい、何やら角張っている拳銃を持っていたし、
ももこに至っては、ディバックに収まりきらないと思えるくらい大きな銃を、肩から帯状の紐で常に下げている始末だ。
…どちらも、自分の(物となった)銃より強そうに見えた。

玉木は混乱した。やっぱり「言葉通りの意味」なのだろうか?
だとしたら、それは、二人が(今ならハナを加えて三人?)私を置いていく可能性がある、という意味なのだろうか?
松葉杖を使いながら、銃を扱える? まともに扱うのは始めてなのに。
それに、自分達がより強そうな銃を持っているというのは、どういう事なの?
私を最後まで守ってくれる、という事なの? それとも私には預けられない、という意味で?
…それとも、事と次第によっては、私に、それを、改めて、向けるつもりなの…?

ももこによって起こされた巻機山 花【女子24番】の声で、玉木は我に返る。
ハナは二言目には「どれみ」の名前を口にした。少し、癇に障る。
ももこは、ハナと一緒に笑顔で「どれみ」の話題で花を咲かせ、おんぷもその時だけは表情を和らげる。

一体、この人達はどうして「春風さん」の所へ行こうとしているのか、よく分からない。
あの人は、私がいた展望台に時間までに戻ってこれないようなドジな人だというのに。
頼りになる訳でも、助けてくれる訳でも無いのに、どうして?

身支度を整えた、おんぷが(珍しく)玉木に声をかける。
「行くわよ玉木さん。暑くならないうちに移動しましょ。
 幸いどれみちゃんのいる所も「禁止区域」にはなってないから、昼前には辿り着けるわ」
ももこが「それじゃあ、レッツ、ゴー!」と奇声(に聞こえる)をあげ、ハナは玉木が立ちあがるのに手を貸した。
「…え、ええ」 たどたどしく答えると、杖を繰り出して歩き始める。

──春風さんだったら、もう少し私を気遣ってくれますわ。
そう思いながら。


長門かよこ【女子17番】の足取りは軽い。
なぜなら、『わたしだけが、どれみちゃんを助ける事が出来る』事に気付いたから。

今、自分に取りつけられている「首輪」は起爆装置が故障している。
そしてガダルカナル探知レーダー、即ち「首輪」の所在を示すレーダーには自分の「首輪」の反応が示されている。
それは「首輪」にある「発信機」は作動している、という事で、その信号はプログラム管理側にも伝わっている事は明白だった。
一晩経っても、プログラム管理側は私の元に駆けつけては来ない。つまり故障の事は知られていない、という事だ。
ならば、動くのを止めて「首輪」に自らの心拍を探知させなければ、
プログラム管理側のモニター上では、私は「死亡」扱いになるのではないか?
改めて自分の身体を見直しても、心拍を探知しているのは「首輪」だけだから、
「首輪」と首の間に絶縁体を挟み込めば(その位の隙間はある。締めつけられている訳では無い)心拍は探知出来なくなるのでは?
先ほどの放送で確認した。生存者(死者の名などに興味は無い)は自分と、どれみちゃんを含めて残り6人。
つまり「あと4人殺して」私も『死亡』すれば、どれみちゃんの「このゲーム」での「優勝」が決定する。
どれみちゃんの「首輪」が外れるのは、たぶん最初の「教室」だろう。
外れた後は、どうなるだろう?プログラム管理側をこのイングラムM11で皆殺しにしてやろうか?
ともあれ、起爆装置が壊れているのだから、スイッチひとつで私を殺す事は出来ない。
もう、この「ゲームのルール」は、恐ろしく無い。選択肢はまだあるだろう。「有利」なのはこちらだ。

この事をどれみちゃんに知らせよう。ふたりで美空町に「生きて」帰ろう。そう思って足早に歩く。
残念なのは、妹尾あいこ【女子15番】を殺した後で移動した区域から、
「どれみちゃんがいる建物」がある区域への間の区域が、「禁止区域」になってしまった事だった。
…よっぽど(「首輪」の起爆装置が故障しているのだから)「禁止区域」を横断しようか、とも思ったが、
今、プログラム管理側に故障の事を知られるのは良くない。文字通り「急がば回れ」だった。

他の生徒に何が出来る? 失笑してしまうのは、
「ゲームが行なわれているこの島」においても、美空小の時と同様「仲良し同士」で移動している生徒が多い事だった。
冗談にしては、あまり面白くない。
だから教えてあげた。その身に。イングラムM11とコルト1911A1の弾丸でもって。

「生き残れるのは独りだけ」だ、という事を。

どうせ途中までは「協力」や「助け合い」などと言う美辞麗句で「ゲーム」を「勝ちぬき」、
最後の最後、「残り2人」となった時点で、相手を背中からでも撃ちぬくに決まってる。
どれみちゃんの周りにいる「自称・親友」もそうに違いない。
どれみちゃんの親友、というのならば。どれみちゃんを本当に助けたいのならば。
最初に自分の頭を撃ち抜くべきなのだ。そうすれば、どれみちゃんが「優勝する確率」が増すというのに。
そうもせずに、泥と汗と血に塗れて無様に生きている理由は「自分だけが生き残りたい」からなのだろう。
そんな輩に、どれみちゃんは殺させない。

待っていて、どれみちゃん。わたしがどれみちゃんを助けてあげるから。

──かよこは「首輪」に盗聴器が仕掛けられている事は、知らない。


「教室」で渡されたディバックには「武器」と一緒に「この島の地図」も入っていた。
地図といっても詳細に書かれているわけではなく、島全体のかたちと特徴的な建物程度しか記されていない。
それに「桝目」が加えられ、縦横、それぞれに記号と数字が割り当たっている。
(その、ひとつひとつの桝目が「区域」と呼ばれる訳だが)

どれみの言う「大きな建物」とは、この場合「地図に記されている建物」だろうから、
歩いている途中で見かける、民家や商店は対象外だろうと、それぞれ判断していた。

だから、ももこは、前方を行くおんぷが先ほどから「右手に見える大きな倉庫がある民家」を気にしているのが不思議だった。
ももこ達は玉木が歩けるペースで移動していた。徐々に太陽は空の高い場所を占めていく。


かよこは迷う事なく進んだ。
時折、ガダルカナル探知レーダーを作動させて付近に「首輪」の存在を確認すればいいのだから。
「建物の中にある動きの鈍い光点」を目指せばいい。
動きの無い光点は、既に死体となっているか、これから死体になるかのどちらかだ。
目の前の古ぼけた造りの商店は、レーダーを見ても「首輪」の反応がないので、素通りする事にした。
イングラムM11は当面不要だと思ったので、スリングで肩から下げていた。
そうして一心不乱に「どれみからの手紙があった飲食店から東」の方角を目指して歩き続ける。
だから、その商店の入り口の前を通り過ぎようとした時に、
入り口から出てきた「誰か」とぶつかる、という事は全く考えていなかった。

突然、かよこの視界が暗くなり、鼻を激しく「それ」にぶつけた。
思いがけない出来事と、鼻の痛みに声も出ず、ニ歩、三歩と後ずさりながら、自分が何とぶつかったのか確かめる。
専守防衛軍の迷彩服が、そこに立っていた。

――銃声が周辺に轟いた。


その銃声を聞いた時、ももこが真っ先に思った事は「銃を使ったのは誰か?」という事だった。
答えはすぐに出る。
この島で行なわれているゲームの残り人数は6人。その内4人がこの場所にいる。
残る2人の内の「どれみチャン」は「外に出て」「銃を使う」事は考えられない。
ならば残るは1人。…しかし「銃を使う理由」は、一体、何?
その考えは纏めきれなかった。
ももこの隣で歩いていた玉木がバランスを崩して松葉杖を手放してしまい、悲鳴をあげながら座りこんでしまったからだ。
ハナがそんな玉木に寄り添い「大丈夫?玉木」と声をかける。
そうして、ももこが視線を前方に戻した時に見たものは、「ももちゃん、ごめん!」と言い残して
「銃声がした方向」ではなく、「どれみが待っている大きな建物」のある方角でもなく、
「右手に見える大きな倉庫がある民家」に向かって走っていく、おんぷの背中だった。

ももこには、その行動の理由が、皆目見当がつかない。
ハナがおんぷの名前を呼んだ。玉木が(何故か)さらに大きな悲鳴をあげる。
そのどちらの声も、おんぷは聞いてはいなかった。
おんぷは、かよこの姿を目撃して二度に渡って危険な目にあってから、ずっと考えていた。

『今の長門さんを、どれみちゃんは赦せるのだろうか?』

自分は、赦せない。少なくとも「あんな長門さん」と、どれみちゃんを会わせたくない。
せめて、どれみちゃんは、ずっと「普通の女の子」でいて欲しいから。この島での「狂気」と無縁の存在でいて欲しいから。

だから「待たせ」たりはしない。こちらから「会いに」行く。 「長門さん」よりも、先に。



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