無題






長門かよこ【女子17番】はひとりで歩いていた。
(……林野クンハ、モウイナイ……)
ずっと行動をともにしてきた林野まさと【男子29番】は――、
泣いて震えていた彼女に救いの手を差し伸べてくれた少年は、もう、となりにはいない。
彼女はもう「ひとり」だ。
ずっとひとりで歩いていかなくてはならないのだ。
今、彼女はレーダーを見ている。
ガダルカナル探知レーダー。
もとは浜田いとこ【女子20番】に支給された武器だったが、
途中で所有者が代わり、巡り巡ってかよこのものとなった。

“ガダルカナル探知レーダー”
“HOW TO USE【使用上の注意】”
“ガダルカナル改II型(=首輪)を探し出すシステムです”
“使い方さえ間違えなければ、最強の武器になります”

かよこはその説明書を読んだわけではないのだが、
恐るべき直感力で、その有効性を正確に「理解」していた。

(コレハ使エル。――キット私ノ“武器”ニナル……)

かよこはレーダーを左手でつかみ、右手で横のスイッチをひねった。
カチッ。カチッ。倍率切り換え。
光点は四つ。そのうちのひとつは自分。
ツマリコノ近辺ニハ、アト三人イルトイウコト。

近いところに一人。少し離れた場所に(かたまって)二人。
かよこはデーパックを背負い直し、コルトとイングラムの弾倉を確かめた。
大丈夫。――コレナラマダ問題ハナイ。
(近クニヒトリ。ソノ先ニフタリ。……ドレミチャンニ会イタイ……)

ドレミチャンニ会イタイ。

(会いたい……どれみちゃんに会いたい……、
 モウ一度ダケ、ドレミチャンニ、会イタイ……)

不意に目の前が見えなくなった。
これは何?――それは涙。
かよこは泣きながら歩き続けた。
ズルズルと洟(はな)をすすりながら、みっともなく、歩き続けた。

(会いたい。……どれみちゃんに会いたい……)

それでも彼女は生きていかなくてはならないのだ。
どこまでも――たったひとりで……。

やがて最初の光点が近づいてきた。
それは春風どれみ【女子21番】ではなく、
疲労困憊の極みにあった、樋口まき【女子22番】であった。

かよこと遭遇したまきは、信じられない行動に出た。
「長門さん!――長門さん……!!」
デーパックを投げ捨て、手にした長い銃――SSG69――すらも放り投げて、
なんと両手を左右に広げ、かよこに抱きついてきたのである!
「!?」
「長門さん……良かった……私このまま……ひとりぼっちで……」
「……」
自分の体にすがりついてきたまきを、かよこは容赦なく射殺した。
コルトを腹に押し当てて、その引き金を正確にしぼる。
一発、二発、三発。

口から血の泡を噴いたまきは、それでも満足げな表情を浮かべて、
「私このまま、ひとりぼっちで……」と、はかなげにつぶやき、
その場にズルズルと崩れ落ちてたおれた。
もはや正常な思考力は残っていなかったのだろう。
あるいは最期に「友だち」が欲しかったのかもしれない。

樋口まきは大地にたおれた。
その死に顔は安らかだったと……願いたい。
かよこはまきを見下ろして、もう一度だけ引き金をしぼった。
まきの瞳から輝きが消えた。

樋口まきはこうして死んだ。
長門かよこに殺されて死んだ。
彼女は「春風どれみ」ではなかった。
だからかよこに撃たれて死んだ。

かよこはレーダーを確かめた。
そして、次の二つの光点を目指して歩き始めた。

(生きているうちに……どれみちゃんに会いたい……)

デーパックを背負い直し、コルトとイングラムの弾倉を確かめる。
大丈夫。――きっとまだ大丈夫。
(死ねない……、どれみちゃんと会うまでは死ねない……)
かよこはフラフラと歩き出した。
樋口まきの死体にも、その死に様にも、もはや関心を払うことはなかった。

【女子22番 樋口まき 死亡】
【残り13人】




前話   目次   次話