無題






遠くから銃声が2発、聞こえてきた。横断歩道か橋の欄干でも叩いたか様な、
甲高い銃声だった。それが長射程の小銃による物と経験的に判断した4人は、
咄嗟の判断で近くの木陰や茂みへと身を隠した。

続く銃声はなかった。

木の幹から妹尾あいこ【女子15番】が恐る恐る顔を出す。素早く周囲を確認す
ると、今度は銃声のした方向を遠く視線で舐め回した。
「大丈夫、アタシ等を狙った物やない」
あいこと共に歩いていた残り3人が顔を出す。
「山小屋で何かあったみたいね」
万田ようこ【女子27番】は三八式歩兵銃を担ぎ直した。
姉の言葉に頷いた万田じゅんじ【男子21番】がそれを引き継ぐ。
「間違いなく、先客がいるよ──丸山さん!?」
じゅんじの横で丸山みほ【女子26番】が鼻と腰を押さえていた。
「ご、ごめんなさい…」
頭をフラフラさせながら頼りげなく立ちあがる。どうも、銃声に反応して草叢へ
飛び込んだ時にぶつけたらしい。
「今はええけど、これからもその調子やったら、死ぬよ」
「ちょっ…妹尾さん!」
余りにもつれないあいこの台詞に、ようこは思わず声を荒げる。まずいよお姉
ちゃん、とじゅんじがたしなめ、いいのよ万田さん、とみほがなだめる。
「じゅんじ君の言う通り、間違いなく先客はおる。だから、これからは足元に
何が転がっていてもおかしゅうない。気ぃつけるんは自己責任でな」
どうにも納得の行かないようこだったが、あいこの言う事は正論だ。
「ええ、そうね、山小屋には、なるべく隠れて近づきましょう」
気まずい雰囲気を洗い流す様に、みほが提案する。異論はなかった。

少し歩くと、山小屋に続く道が見えた。そこを歩いて楽したい、という欲望が
頭をもたげる。だが、そんな所を歩くのは「的にしてくれ」という意思表示だ。
4人は間もなく、その実例を目の当たりにした──

胸板を撃ち抜かれ倒れていた、天野こうた【男子1番】。
どう見ても、バトレンや仮免ライダーのポーズを取っている様には見えない。

頭を半ば砕かれ転がっていた、林りょうた【男子19番】。
どう考えても、ガザマドンに噛み付かれたとは思えない。

(さっきの銃声はコレやったんか!?)
4人が図らずも意見を一致させたその時、あの耳障りな声が聞こえて来た──

『…(ガ…ガガッ)…皆っすわぁぁん、元気に殺し合ってむあすくわぁぁっ!』
辺りに梅尾金三のけたたましい声が響き渡る──正午の定時放送だ。
妹尾あいこ【女子15番】は給食のおかずに納豆を出された様な表情を浮かべた。
『さて、今日も多くのお友達がお亡くなりになりました。それでは──』
禁止予定区域と時刻の発表。そして死亡者の読み上げ。

『小竹哲也【男子9番】』
(どれみちゃん、悲しむだろうなぁ…)
丸山みほ【女子26番】は少年が生前、何かにつけ構っていた少女の事を思った。

『矢田まさる【男子25番】』
(ええっ!矢田君まで…)
万田じゅんじ【男子21番】には、矢田まさるが死ぬ事自体信じられなかった。

『中山しおり【女子18番】』
(そんな…ついこの間、退院してきたばかりなのに──)
万田ようこ【女子27番】は前の席の欠席がちな、たおやかな少女の死を嘆いた。

『藤原はづき【女子23番】』
「ひっ…!」
「!?」
「藤原…さん」
3人は思わずあいこの表情を覗った。何故なら、あいこと藤原はづきとは自他
共に認める親友と思われていたからだった。
だが、あいこは表面上何も変わっていなかった。あの放送が始まった時と同様、
憮然とした表情を作っているだけだった。
「あい…ちゃん?」
おずおずと問い掛けるみほ。多分、衝撃が大きすぎてどんな反応をしたらいい
のか、判らないだけなんだわ…
「あいち…」
「聞こえとる」
強い拒絶。有無は言わせない、という意思に満ちた台詞。
「それが、どないしたん。アタシ等殺し合いしとんよ。忘れたん?」
3人は絶句した。

「もしかして、認識不足やった?」
『それでは皆っすわん、ぐわんぶぁって下さいねぇ〜!!…ガガカ(プツッ)』
あいこの台詞に放送の最後が続いた。まるで梅尾金三があいこを代弁している
かの様に。
困惑するじゅんじ。憤慨するようこ。そして、軽蔑するみほ──
「最っ低ー!しおりちゃんもはづきちゃんも浮かばれないわ…」
「確かに浮かばれへんな、アタシ等がこんな所で死んでもうたら」
すたすたと木陰に身を隠すあいこ。天野・林が転がっていた位置を勘案すると
山小屋から攻撃を受ける確立は低いのだが、用心するに越した事はない。他の
3人も不承不承、と言わんばかりの足取りでついて行く。

「見つかったかしら?」
蒼褪めた上品な顔の口元を輸入物のハンカチ──この国では相当の贅沢品だ──
で拭っていた伊集院さちこ【女子2番】は、行動を共にしている人間に尋ねた。
「どうかしら、アレを見て回避したのかも…さちこちゃん大丈夫?」
アレ──ここへ続く道に倒れている、天野こうた【男子1番】と林りょうた
【男子19番】だ。彼らをプログラムの参加者から死体へと加工した樋口まき
【女子22番】は、その道具であるSSG69狙撃銃を手にしたまま、窓の脇に
置いた椅子へ座っていた。
「うん…まだちょっと…」
こうたの死体から回収した輪胴式大型拳銃をテーブルの上に置いたまま、床に
へたり込むさちこ。無理もない。2人を射殺した後、山道に下りたさちこは残
死体を間近で目にしたのだから。
還音速の銃弾が貫通したりょうたの頭部は控えめに言って浜辺のスイカだった。
具体的な表現が許されるならば、給食の冷凍ババロアにイチゴシロップをブチ
まけて先割れスプーンでグチャグチャにかき混ぜた、という感じだろう。
結局、胸を血に染めたこうたの傍らに転がっていた拳銃だけを手に、さちこは
山小屋へと逃げ帰り、後は安普請の洗面所でひたすら嘔吐していた。
「でも、こんな大きな銃、使えるのかしら…」
どうにか落ち着いたさちこは、相方であるまきに輪胴式拳銃──.357マグナム
を示しつつそう呟いた。どうにも女子児童の手には余る代物だ。
「まあ、何とかなるわ。いや、するわ」
まきは銃を構え、窓から「標的」が見えているかの様に視線を投げていた。

「まー、これ位でええやろ」
あいこ達4人は、更に15分かけて山小屋に一番近い茂みへと移動した。

「一寸、近すぎない?」
茂みの影から見える山小屋を見て、みほは脅えた様に尋ねた。
天野・林の特撮コンビを狙撃したであろう場所からは死角になっている物の、
距離的には相当近い。更にこの距離では、ようこの歩兵銃はともかく、あいこ
のショットガンやみほのマンダリン銃の効果は微妙に期待出来ない。
「まさか、あそこからは撃ってこないよね」
そう言ってじゅんじが遠慮がちに指差したのは、山小屋とは別棟の便所だった。
確かにそこは茂みを攻撃するのに格好の場所だったが、別棟である為に逃げる
事が非常に困難でもある。それに攻撃の意思があるのなら、とうの昔に何らか
の攻撃を受けている筈だった。
「無理して山小屋行かなくてもいいんじゃない?」
ようこの言葉にあいこは頷いた。
「撃たんでええなら、それに越した事はない。アタシ等は禁止区域に囲まれて
身動き取れん様になりたないからそうしとるだけや。まあ、陽が残っとる内に
とっとと迂回する事になるやろな」
禁止区域をチェックした地図を指でトントンと叩く。
あいこ達が来た道は殆どが禁止区域か、その予告を受けた場所だった。じきに
この山小屋周辺も指定されるだろう。もし深夜を前にしてそうなったとしたら、
山小屋の連中は戦わずして苦境に立たされる事になるだろう──
「今の内に休んどこか」

「よいしょ…っと」
まきはメゾネット風の二階へと登る階段の途中に腰を降ろした。
その左側は壁になっている──様に見えた。SSG69を手摺に立てかけると、
壁の一部に埋まっていた持ち手に、外側へと押し出す様に微妙な力を込める。
少し軋む音がしたかと思うと、大型テレビ程の面積が押し上げられた。
明かり取り用の小窓だ。
(妹尾さん、万田、姉弟と…1組の子だ、誰かな…)
そこから見える人々はまるで無警戒だった。
(撃つの?)
まきは自問自答した。

(本当に、撃てるの?)
距離はともかく、角度や障害物の関係から4人全員を射殺するのはSSG69を
以ってしても難しい。正直、まきには最初の1人を仕留める自信すらなかった。
他に所持している武器が.357マグナムと毒物だけ──トラバサミは更に山側へ
入った場所に仕掛けてあり、それに引っかかってくれるのは望み薄だった──
という現状での失敗は致命的ですらある。
(取り敢えず、さちこちゃんと相談してみよう)
結論を先送りにすると、まきは音を立てない様に注意しながら小窓を閉めた。


それはまるでピクニックの様だった。
3人の女の子とその弟が、上に水と乾パンを置いた敷物代わりの持出袋を車座
に囲んで会話している。少女マンガかドラマにでも出て来そうな光景であった。

その印象を最初に裏切っていたのは、彼女らの傍らに置かれていた武器だった。
次に参加者の表情が陰鬱かつ深刻で、時折周囲を見回してすらいた。
決定的なのは、その会話内容であった。如何にして出し抜き、如何にして殺し、
如何にして生き残るか。それに要約されていた。

ここは「プログラム」実行中の島──殺戮の大地だった。

「むこう側から何か仕掛けて来るとは思えないわ」
ようこが呟いた。文頭に「今更」と付ける必要は無かった。何かある/するの
なら、4人が天野・林の特撮コンビを見つけて山小屋を迂回し始めた時にそれ
を行っていただろう事は容易に想像がついた。
「コチラの頭数が判らんか、アチラの人手が足りんか、ちう所やろか」
右隣のあいこが言葉を引き取った。その判断に、武器の優劣を加えてはいない。
突撃銃で襲われた時も単独行動らしき相手は逃走しており、不意討ちでもない
限り数に勝る相手に手が出し辛いのは経験則で判っている。
「もっと迂回したいけど、この先は禁止区域で狭くなっているし…」
左隣のじゅんじが不満げに洩らす。実の所、山小屋の側面も禁止区域で相当狭
まっていたのだ。遠距離狙撃に不向きな障害物が多いという利点も、歩き辛さ
で帳消しである。足を踏み外そうものなら禁止区域へ転がり──
「やっぱり、夕闇に紛れて抜けるしかないのね」
正面のみほが溜息をつくと、他の3人も唱和する様にため息をついた。
「しゃあないな。予定通り、交代で見張りに立とか」
あいこは不承不承という面持ちでショットガンを持った。

2人が歩哨に立ち、もう2人が休む。15分毎に1人ずつ交代。
これを日が傾く4時間後まで続ける。
最初に妹尾あいこ【女子15番】と万田ようこ【女子27番】が見張りに立った。
互いに支援可能でかつ突撃銃や機関短銃で一度に倒されない間隔を開ける。

必然的に丸山みほ【女子26番】と万田じゅんじ【男子21番】がとり残された。
ここに来て、みほはじゅんじに話し掛けるきっかけを持っていない事に気づく。
確かに3年生から同じ学級ではあったが、共通点と言えば文系の方面に造詣を
持つぐらい。席が前後になった5年生の頃にもろくに喋っていなかった。
即席麺が出来上がりそうな程続いた沈黙を破ったのはじゅんじだった。
「丸山さんって、横川さんとマンガ、描いてるんだってね」
不意に問い掛けられたみほは、しばし言葉を返すのを忘れた。
じゅんじは、みほが右隣の横川信子【女子29番】が提供したシノプシスから起
こしたネームで一杯の大学ノートを囲み、何やかやと話し合っていたのを何度
も目にしていた。
4年生の時に信子があいこを題材とした小説や、去年学校で自分と姉・ようこ
が互いに入れ替わった時の騒動をヒントに執筆中の話について談笑する姿も。
「ボクも創作には興味があるんだ。似合わないって言われそうだけど」
少しはにかんで見せたじゅんじを、みほは思慕の対象である異性として意識し
始めていた。何とは無しにどぎまぎすらしている自分を確認する。
「に、似合わないなんて、決めつけちゃ駄目よっ。こういうのって少し位自信
過剰なくらいで丁度いいんだからっ」
あはははっ、私、万田くんに何意識してんだろ。万田くん?
「私なんて、信ちゃんに『コレ、イイ出来よォ、みほみほ』って言われただけ
でもその気になっちゃって、調子に乗っちゃう。えーと、万田くん…」
「じゅんじ、でいいよ。丸山さん」
「あ、ありがとっ、じゅんじくん」
何故みほが自分と話し始めてから10分かそこいらでコロコロと表情を変える
のか、今のじゅんじには今一つ理解しきれていなかった。

でも、なんだか悪い気はしないな、ともじゅんじは思っていた。

小学校も高学年となると、異性の級友との『付き合い』方は難しくなる。
一寸面と向かって話しただけでも周囲が勝手に“組み合わせ”にしてしまうし、
それに対しての好悪を露骨に表すのも実の所かなり難しい。
男子が『立場表明』をしただけでクラス中が紛糾する事もしばしばである。

じゅんじ自身も“組み合わせ”の対象となった事がある──姉・ようこと。
これは半ば冗談の様な物で、格好の“組み合わせ”が近くに見当たらない時の
言わば不作を補うネタだった。実際、5年生ともなると何処かで“組み合わせ”
が『発見』されていたので、“代用食”へ目を向ける暇人は皆無に近かった。

「こんな所、他の人に見つかったら“組み合わせ”にされちゃうね」
「大丈夫よ。じゅんじくんにはお姉さんがいるし、ここには矢田くんやはづき
ちゃんも平気でからかうSOSトリ…」
ここまで言って、みほは自分が取り返しのつかない失言をした事に気づいた。

矢田まさる【男子25番】。藤原はづき【女子23番】。そしてSOSトリオこと
太田ゆたか【男子4番】、佐川ゆうじ【男子10番】、佐藤じゅん【男子11番】。

たった今みほがじゅんじの前で並べた名前は、全て死者の物だという事に──
自分の馬鹿な口を脳天気な頭ごと吹き飛ばしてしまいたい位惨めになる。
「丸山、さん…」
「あ、あたしっ、て…」
声が続かない。懺悔の台詞は既に嗚咽へと変わっていた。
じゅんじはデイバッグの中からおしぼりを取り出す。渡されたそれで顔を拭い、
大きな音を立てて鼻をかむみほ。ありがとう、じゅんじくん…
少し落ち着くと、マンダリン銃と予備弾倉を手に立ち上がった。
「じゃあ、時間だから」

ようこと交代すべく歩き始めたみほの足取りは側から見ても重かった。
慌てて立ち上がり、みほと並んで歩き出すじゅんじ。
「え…あっ……丸…山、さん…」
行動したのはいいが、肝心の掛ける言葉が見つからない。そのまま、あいこと
ようこが立っている場所まで着いて行く事となった。
「あー、みほちゃん。もう交代かー」
「あれ、じゅんちゃんまで。どうしたの?」
2人が怪訝な表情で尋ねるのに対し、取って付けた様な笑顔を浮かべるみほ。
「大丈夫、ちょっと気が滅入っただけ。もう大丈夫。あはは」
「(ホンマ、大丈夫かいな。もうそろそろ気力の限界やろか?)なら、ええけど」
そう言いつつ、山小屋を一瞥するあいこ。
別段、変わった様子は見られない。やはり篭城する構えなのだろう。
「じゃあ、交代するわ──じゅんちゃん、少し付き合って」
「え?ああっ」
ようこはじゅんじの右手を掴むや否や、禁止区域に近い崖下へと強引に連れて
行った。
何故そんな場所へ行ったか、見当のついていたみほは何も言わなかったが──
「連れションちうんは普通、女子の間でする物やろ」
「あ、あいちゃん…」
言わずもがなの事を声高に言うあいこに正直、赤面するみほ。
しかし次の瞬間、あいこが気分を変える為に敢えてこうした台詞を口にしたと
気づき、内心であいこに対する感謝の念を捧げた。
(ありがとう、あいちゃん)

 淫靡な摩擦音
 ようこの荒い息遣い
 じゅんじのか細い喘ぎ
 背に揺れる樹の枝
 慌しい高まり
 小さな死──

2人は交代時間ギリギリになって戻って来た。何とは無く上気した様に見える
その顔を見てあいこはある想像を弄んだが、それを口に出すのは憚られた。

(何や、大の方やったんか。でも『連れションやのうて、連れ便かいな』なんて
言うた日には、みほちゃんに又何ぞ言われるか判らんわ。ま、黙っとこ)

あいこは格好だけ三八歩兵銃を構えたじゅんじと交代した。

時刻は午後1時を回ろうとしていた。
広さばかりが目立つ山小屋の中は、依然として言い知れぬ雰囲気に沈んでいる。
そこへ伊集院さちこ【女子2番】が戻って来た。
「どうだった?」
樋口まき【女子22番】が不安げに尋ねる。どうしても1人だけ顔の判らない子
が居たのだ。それに頷くさちこ。
「丸山さん。以前、同じクラスだったの」

余り好感は持っていなかった。昔、それも入学した時から教科書やノートの端
に落書き──さちこはそう決め付けていた──を繰り返し、先生に叱責される
事もしばしばだった。何処かに呼び出されてならともかく、同じ教室でそれを
聞かされる身としては傍迷惑でしか無かった。

流石にクラスが別になってからは間接的被害を受ける事も無くなったが、小耳
に挟んだ処によれば隣の席の横川とか云う妄想──やはりそう決め付けていた
が、こちらは万人が認める事実であった──好きの女子と組んでは益体も無い
“創作活動”とやらにいそしんでいるらしい…

「何か、機関銃みたいのを片手に持っていたわ」
本当の“機関銃”は片手に持てない。恐らく、拳銃の弾を連射する短機関銃と
云う奴だろう。と、まきは思った。
「あと、交代で見張っているわ。こちらには気づいていないけど、ここに誰か
が居ると考えて行動しているみたいよ」
向こうは4人。こちらは2人。時間が長引けば私達が不利になるわ。
さちこの表情がそう物語っていた。
「やっぱり、撃つしかないのね」
悲哀を通り越した心境から台詞を搾り出すと、まきは物干し竿の様に長い物体
──SSG69狙撃銃と弾倉を手に階段を昇った。
「まきちゃん。わたしは?」
不安を隠し切れないさちこが、すがる様に聞く。
「アレ持って正面の方見てて。もし撃たなきゃいけなくなったら、しっかりと
両手で持って、そうして引鉄を引くのよ。いい?しっかりと両手で、よ」
「判ったわ…じゃあ、無理しないでね」

視界からさちこが消えると、まきは銃を傍らに横たえて件の窓を開いた──

そこから覗く光景は、一時間前に見た物と大して変わっていなかった。
唯一、そして決定的な違いは、彼女等が周囲を警戒しているという事だった。
幸いこちらに気づいている様子は無く、山小屋を含む周囲を漠然とした脅威と
して捉えているに過ぎない。それは警戒の仕方から見ても明白だった。
(2人ずつ交代で警戒しているのね…)
山道に近い方には妹尾あいこ【女子15番】が小銃らしき物を担いで立っており、
反対側には機関短銃を構えた女子──彼女が丸山みほ【女子26番】なのだろう
──が同様に周囲へ目を向けていた。
程なく、向こう側から別の小銃を持って来た誰かがあいこと交代した。最初は
それが誰なのか判別がつかなかったが、髪の長さで万田じゅんじ【男子21番】
だと気付く。遠目には姉の万田ようこ【女子27番】と区別を付けにくい。
勿論、SSG69の狙撃用スコープから覗けば一発で判るが、この段階で1メー
トル超の物体を窓からはみ出させる訳には行かなかった。

樋口まき【女子22番】は入手した情報を状況と照合し、頭の中で反芻した。
あの4人を自分達に対する脅威として格付けした場合、

 妹尾あいこ>>万田ようこ>万田じゅんじ>>丸山みほ

が順当だろう。みほ自身の運動能力に関する風聞と機関短銃の射程を考えれば、
現状ではどうしてもそうなる──森の中で出会った場合は別だが。
ならば確実に排除する、つまり最初に狙撃しなければならない脅威はあいこだ。

そう結論付け、しばらく様子を見ようと決めたまきだった。
(もう1時か)
山小屋と隣合った或る場所が禁止区域となった。


伊集院さちこ【女子2番】の内心は猛禽に脅えて震える小鳥だった──つまり
自身の両手の中で震えている、武骨極まりない.357マグナムと同じという訳だ。
(御父様、御母様、御祖父様、さちこはこれ以上耐えられそうにありません)

吉田かずや【男子28番】と谷山将太【男子14番】を砒素入りチョコレートで
謀殺した時は直接の脅威を感じなかったせいか、これも生き延びる為の手管、
と考える事が出来た。
まきが天野こうた【男子1番】と林りょうた【男子19番】を射殺した時も、
自分の手に因らなかった為、迫り来る潜在的脅威の排除と認識して割り切った。

しかし、今度は違う。
相手は4人。火器の充実ぶりたるや自分達が比較にならない程で、加えてこの
山小屋を明確な脅威として認識・行動してすらいる。
正直、見過ごしてくれれば良いと考える自分がそこに居た。それが大東亜共和
国の“建国”を遣り過ごした、封建時代から続く名家なりの身の処し方だった。

(後生ですから、山小屋を禁止区域に指定しないで下さい)

「どっこい、しょ…」
おっさん臭い掛け声と共に妹尾あいこ【女子15番】が草叢に腰を下ろしてから、
15分が過ぎていた。もう、次の交代だ。
差し障りの無い会話だけを交わした万田ようこ【女子27番】と入れ替わりで、
マンダリン銃を下げた丸山みほ【女子26番】が戻って来た。
「あ、みほちゃん。お帰り」
何も言わず、疲れきった様子を隠そうともせずにあいこの横に座るみほ。
「で、様子は」
「別に」
言葉すら節約している。正直、口を開くのも億劫なのかも知れない。しかし、
あいこは苛立った口調で更に言った。
「あの2人の事やっ」
「じゅんじくんのっ!?」
思わず返事が乱暴になる。僅かに考え込むと、黙って溜息を吐いた。
そんなみほに、あいこは何事も無かったかの様な返事をする。
「ま、姉弟で組んどる分には心配ないわな」
こちらも何か考え込む様な素振り。違いは憂いの色が差している点か。
「アタシにも兄弟がおったらて、時たま考えてたんよ」
あいこの台詞に、みほは困惑を隠せなかった。場違いな発言だからでは無く、
まるで自分の体を千切って投げ捨てた様な響きを感じたからだった。
「ま、実際おったんやけどな」
困惑が驚愕へとエスカレートする。
「そ、それって…」
「いや別に、腹違いとか種違いとかやのうて、お父ちゃんとお母ちゃんの子供」
一瞬、悲哀に染め上げられた微笑を、みほは死の瞬間まで忘れられなかった。
「ただ、生まれて来いへんかっただけ──」
凍りつく時間と空間。

みほには心当たりが在った。
弟妹と一緒にいる春風どれみ【女子21番】や浜田いとこ【女子20番】を眺めて
いたあいこの表情が、何とも形容し難い憂いを宿していたのも一度では無い。
その時は単に一人っ子だとか、父子2人きりの家庭とかに起因するのだろうと
漠然と考えていたのだが…

「アタシ女やろ…お父ちゃん、2人目が欲しかったんや。でもお母ちゃんな、
根詰め過ぎて具合悪うなって流産してもうたん…そんで──」
「あいちゃん」
その先は言わずとも判る。敢えて言わせる必要は何処にも無かった。
「ゴメンな、辛気臭い話で。でも…」
「でも?」
「姉弟揃って殺し合い参加しとるんを見とったらな、口開きとうなったんよ」
みほを見据えたあいこの双眸は涙に潤んでいた。
「生きて還れるんはたった1人なんよ」

そう言い切ってから、恥じ入る様に目を逸らすあいこ。
(そうだ。あいちゃんの言うとおり、生き残るのはたった1人…)
あいこに掛けるべき言葉が何も見つからないまま、自問自答するみほ。
(もしじゅんじくんと生き残ったら、私はじゅんじくんを殺せるの?)
戦慄すべき状況。しかし、在り得ない事では決して無い。
時折、鼻水をすすり上げたりするあいこだったが、ふと左手の時計に目を遣る
と不意に立ち上がり、尻ポケットから取り出したハンカチで顔を拭い、盛大に
音を立てて鼻をかんだ。
「さ、時間や。行ってくるわ」
人間性を振り捨てる儀式を済ませ、ショットガンを手にあいこは歩き去った。


(予定通りなら交代の時間だ)
樋口まきは窓から突き出したSSG69狙撃銃のスコープを覗きつつそう思った。
まず妹尾さんを撃つ。それで消えてくれれば。
そうでなければ、次は万田姉弟。
山小屋周辺からの脅威排除は死活問題である──特に、掃除用バケツへの排泄
を余儀なくされた伊集院さちこに取っては、何よりも重要な事らしい。
(たかが小用一つで泣かなくても…いや、この先行動の自由が無いのは辛いわ)
狙撃銃を構え直すまき。

スコープには万田姉弟の姿が入れ替わりつつ見えていた。小銃を構えているの
が姉・ようこ。弟・じゅんじは棒状の物を手にしているが、他に拳銃か何かを
持っているかも知れない。
2人の動きが微妙に変化した。交代らしい。案の定、妹尾あいこが姿を現した。
予定通り、彼女に狙いを定める。
(さあ、撃つわよ…1発で仕留めてあげる)
まきは自らに言い聞かせた。

スコープの中にあいこの姿が広がる。
(さて、何処を狙う…頭?胸?腹?)
既に銃身を窓から大きく突き出している今、即断すべきである事柄だが──
まきは考えるのを止めた。

どの道、弾が命中すれば生きてはいないわ。
頭に当たれば脳髄を潰し、
胸を貫けば心停止を招き、
腹へ入れば臓物をぶちまけるだろう──恐らくは。

背中から骨と臓器の砕片を噴出させた天野こうたと、頭腔と眼窩の中身をバラ
撒いた林りょうたの最期を思い浮かべ、更には2人の姿があいこにコラージュ
される──
風通しの良くなったあいこ。
顔が半分になったあいこ。

喉元に饐えた物がこみ上げて来る。
それをねじ伏せる様に飲み込むと、まきはあいこの襟元へと狙いを定めた。
銃身を持つ汗ばんだ左手が微妙に震えていた事には気づいていない。

撃つわ。撃つわよ。撃ってやる。撃つぞ。撃つ。鬱。
鬱陶しい。失せろ。邪魔だ。消えろ。
消せ。Kill!殺す。殺せ。殺っちまえ。
引鉄引いちまえ。さあ、今だ、樋口まき。

『まき、兄さんがついているからな』

サァマキ、セノオアイコヲウチコロセ!

混沌と至福の中で引いた引鉄は奇妙なほど軽かった。

上半身に反動が押し寄せる。そして、発射音。


SSG69狙撃銃から撃ち下ろされた小銃弾は音よりも早く妹尾あいこの胸元へ
食い込──まなかった。
手の震えは弾道を微妙に歪め、精密な照準を無に帰していた。そんな状態の弾
がまっとうに当たる訳が無い。
結果、弾は狙った個所から60センチも外れた樹の幹を抉ったに留まった。

妹尾あいこは自分の左上方の視界が劇的な変化を遂げた事に気づいた。
着弾音。発射音。そして、文字通りの木っ端微塵が降りかかる。
その向こうから物理力を持った明確な殺意を投射した根本が見えた。
山小屋の壁から突き出た物。それを構える人影。
「まき(ちゃん?)」
意識の反応を待たず、身体が戦闘行動を始めた。
一拍遅れで状況を把握しつつあった万田姉弟を突き飛ばす様に射界から逃れる。
そうしなければ誰かを殺傷していたであろう、次の銃弾が虚しく空を切った。

着弾──発射音。

3人は勢い余って縺れ合い、地面に転がった。


(外した!?)
そう思う間にも左手は忙しく次発装填を行っていた。
スコープに標的・あいこの姿。既に動き始めている。
当たりっこない、と思いつつ引鉄を引く。勿論、命中しない。
次発装填。危急な動作に人差し指が悲鳴を上げる。ええい、構うものか。
スコープを覗いても誰も、何も見当たらない。
まきは苛立ちの唸りを漏らした。
「まき…ちゃん!」
階下から伊集院さちこの声。ごめん、長くなりそうよ。


「えっ?」
2発の銃声。最初に聞いたのと違い、間に何かが移動した音が挟まっている。
まさか、という思いが丸山みほの胸にこみ上げる。
押っ取り刀でマンダリン銃を掴み、駆け出した。

みほは走った。脇目も振らず。
3人の姿はすぐに見えた。何だか変な…
「みほちゃん、今来たらアカン!」
でんぐり返ったあいこの絶叫。そう言われても、直ちに止まれる物ではない。
車道に飛び出して急ブレーキをかけた自転車の様に、強引に左を向き横倒しに
なる格好で転んだ。
ぼパすキっィ…ィン!
着弾音と発射音がない交ぜになった音が響き、土塊が草の残骸と共に宙を舞う。
正直、止まらなくとも当たる場所では無かったが、みほの肝を冷すのには充分
だった。
一拍遅れて弾が飛んできた方向にマンダリン銃を向ける。
『撃つ時、引鉄は“触る”だけでええんよ。それでも5、6発は出る…
 間違うて“引く”と弾、全部出てまうから。それと…』
左手で銃身をしっかり握る事。それでのうても反動キッツイからね。
みほはあいこが教えた通りに銃身を握り、引鉄に“触れ”た。
ぶぱぱぱぱんっ、と途中で立ち消えた爆竹──左手に重い反動。
(う…)
腕のきしみに眉をしかめるみほ。


駆け込んできた「4人目」に向けて撃った弾は外れた。ろくに照準していない
のだから当然である。だが、連続した発砲音が響いて来たのは予想外だった。
(あんな所から撃っても届かないわ)
機関短銃ならば。
とは言え、さちこが見たのが突撃銃ではない、という保証はどこにも無かった。
結局まきは己の自己保存欲求に基づき、狙撃銃ごと窓から少し離れた。
「まきちゃん!」
さちこの声がヒステリックに響く。大丈夫、今の所は。
「安心して、4人ともこっちよ。それよりも入り口を!」
「う、うん」
大丈夫、弾はまだ一杯あるわ。
予備弾倉と小銃弾の入った容器に勇気付けられたかの様に、まきは再び狙撃銃
を構え直した。
スコープを覗いたが、その視界内には誰も残っていなかった。
(まあいいわ、じっくり仕留めてあげるから)
だが、その胸中には漠然とした不安が頭をもたげつつあった。

もうどれだけの時間が過ぎたのだろうか?
半ば惰性で三八歩兵銃にクリップホルダを装填しつつ、万田ようこ【女子27番】
は漠然とそう思った。
「いち・にの・さん、で行くで」
隣のようこが無言で頷くと、妹尾あいこ【女子15番】はショットガンの銃床を
肩着けで構えた。
「いち」
「にの」
「さんっ!」
ザアッ、と藪を割る音と共に2つの影が飛び出した。あいこは右、ようこは左。
狙うは山小屋の隠し窓。
(当たって!)
片膝を着いたようこが引鉄を引く。
高い銃声とくぐもった銃声。そして窓の下に着弾。窓から延びた狙撃銃の銃身
は持主の心理状態そのままに動揺し、傍から見てもどちらを狙うか迷っていた。
それが明確な殺意をあいこに向けた時、2人は足早に引き揚げつつあった。
新入生が悪戯半分にリコーダーでガードレールを叩く音。
立て続けにもう2発。

誰にも当たらない──それが一時間前から続く光景。

「お姉ちゃん!妹尾さん!」
バタバタと駆け込んで来た2人を万田じゅんじ【男子21番】が出迎えた。手に
は水を含ませたおしぼりが2つ。
「ありがとう、じゅんちゃん…」
「ありがとな。ええお婿さんになれるで…」
あいこはそう軽口を叩き、じゅんじから受け取ったおしぼりで極めて行儀悪く
顔を拭った。妹尾家では滅多にない外食で父親が同じ行動をした時には目の色
を変えて怒った事もあるあいこだったが、今は状況が違う。
「みほ、ちゃん…異常は?」
「ええ、今の所何も無いわ」
息も絶え絶えのようこに丸山みほ【女子26番】が答える。正直、両腕のマンダ
リン銃を重く感じているが、実際に飛び回っている2人に比べれば大した事は
無い。
「これで11回目よ。少し休んだら?」
「そやなぁ…」
あいこは自分が狙撃されてからの1時間強、自分達の行動を頭の中で反芻した。

目見当で200メートル前後──それが想定された戦闘距離だった。
みほのマンダリン銃は撃つだけ弾の無駄。
あいこのショットガンも届いた散弾が殺傷効果を及ぼすかどうか怪しい。
しかし、ようこの歩兵銃ならどうにかなる。
問題は性能差だった。まともにやりあえば、歩兵銃に勝ち目は無い。
そこであいこが考えたのは──

『アタシとようこちゃんがいちどきに、別々の方向へ飛び出す。そんで、撃つ』
『遠目にはアタシもライフル持っとる様に見える。だから、アタシが囮になる』
『別に当てへんでもええやん。弾、無駄遣いさせとけば後々楽やんか』

実際、それは効果を挙げた。
2人が同時に飛び出すと、どちらを撃つかという判断に時間を取られたのだ。
人間、誰しも既存の脅威を無視して別の行動を行うのは難しい。狙撃者はその
心理的罠に嵌ったのだ。
2つの銃声に晒された狙撃者が我に返って撃ち返す頃には、あいことようこは
尻に帆掛けて逃げ出した後だった。流石に高性能の狙撃銃らしく直ちに数発の
追い撃ちを受けたが、それこそあいこの思う壺だった。

「で、じゅんちゃん。弾数どうなっとる?」
じゅんじは手帳を取り出し、そこに書かれた数字を読み上げた。
「ショットガン、13発発射。小銃、15発発射。狙撃銃、37発発射」
上出来や。

同じ方向から攻め寄せて来る相手。応戦する自分。見事に撃退。
何処から現れるのかもおおむね判っている。
これでいい──いいの?

半ば閉じた階段の窓からSSG69狙撃銃を構えつつ、樋口まき【女子22番】は
名状し難い圧迫感に襲われていた。

不意に現れ先手を打つ敵。何発も撃ち返す自分。見事に引き揚げる。
どの場所から来るかは判らない。
これでいい、訳が無い!

気が付けば残弾46発。おまけに撃ち過ぎのせいか、照準も怪しくなって来た。
それがまきの置かれた状況だった。

「もう潮時かしら」
「え?」
まきの独白じみた台詞に伊集院さちこ【女子2番】がビクリとした。
「逃げ出すなら、今の内かもね」
「ここを捨てるの?」
明らかに怯えた響き。育ちのせいか話し合いで怒鳴ったりはしないさちこだが、
声の限り喚き散らしたいのを我慢しているのがありありだ。
「暗く──」
ほぼ連続した2色の銃声。一瞬遅れてまきが撃ち返す。
「ああっ、もう!」
苛立たしげに弾倉を交換するまき。さちこはそこから目を逸らす様に、腕時計
を見た。
午後3時を回ろうとしている所だった。


「簡単に撃ち返して来なくなったわ」
ようこの言葉は空を見上げた格好で座り込んだあいこへ向けられた物だった。
「そやな…みほちゃん、じゅんじくん。例の物、出来とる?」
「ええ、4つ」
そう言ったみほが手に持っていたのは、濁り気味の液体が3分の1程入ってて
そこに浸した包帯が飲み口からはみ出しているペットボトルだった。
「白灯油じゃあ火炎瓶にはならないけど」
じゅんじは口調からしてどうにも気乗りしない様子だった。
「火ぃが着けばええんよ。コケ脅しに使うんやから」
火の着いた物体が投げ込まれれば、それが灯油かガソリンかもっと危険な物体
なのかをじっくりと詮索出来る人間は少ない。
「最悪、コイツをあそこに放ったる」

その時、空電とハム音の入り混じった不快な前触れが島中に響いた。

 (BGM:「魔法でチョイチョイ」インストゥルメンタル)
『あ、あ…本日は晴天なりっ、本日は晴天なりっ。天気晴朗なれど波高し…
 皆さ〜ん、聞こえますか〜。午後3時になりましたあ。
 臨時放送をお送りいたしまあっす。
 では先生、どうぞ。』
 (SE:ガタガタと椅子の動く音)
『ん…おほんっ、梅尾です。
 さて、今回のプログラムも参加者が残り20人を切る所まで来ましたっ。
 丸一日でぇ、3分の2のお友達がお亡くなりになった事にぃ、なりますっ。
 60人という規模でわ、近年稀に見る順調さと言えるでしょおっ。
 しか〜し!
 残った皆さんわぁ、プログラムを進める上でぇ、いささか広がり過ぎている
 のではないかとぉ、この不肖・梅尾は考える次第で〜す』

次の台詞は、この放送を聞いているすべての参加者を震撼させる物だった。

『よってぇ本日の残り時間、偶数時にも禁止区域を設定させてぇ頂きますっ!
 発表は実行の1時間前で〜す。くれぐれも聞き逃しの無い様にっ。
 でわ、午後4時の禁止区域を発表致します。座標──』


「えっ!?」
みほは我が耳を疑った。
「嘘やろ?冗談にしては、えろう性質が悪いやないの」
そうだ、その通りだ。しかし、駄目を押す梅尾の声。
『繰り返しますっ、座標──』

あと1時間弱で山小屋周辺が禁止区域?
狙撃銃の制圧圏内を抜けて、脱出しなさいって?
冗談は顔だけにしてよ!

みほは泣き出しそうになった。


残酷な宣告が下されたのはあいこ達だけではない。それは山小屋を寄代として
いた2人に対しても平等であった。
(妹尾さん達を遣り過ごして、ここを引き払うべきだった)
ほぞを噛むまき。だが、相方のさちこはそれどころでは無かった。
魂消る悲鳴。絹を裂く、というより金切り声と呼ぶに相応しい。
「嫌ァァァァァッ!」
一声叫ぶと、後は痙攣でもするかの様にわなわなと震えるばかり。慌てて駆け
寄り、さちこをしっかりと抱き寄せるまき。
「大丈夫、大丈夫だから」
何の保証も無い言葉だが、まきにはそう言ってやるしか無かった。

(ん?)
異変に気づいたのはようこだった。
「みんな、アレ」
ようこが指さしたのは山小屋の窓だった。狙撃銃は出て──いない!
「今のうちに逃げましょう」
思い立ったら吉日を地で行く発言だった。異論の出るはずも無く、4人は荷物
まとめて藪と林の切れた端から山小屋の裏を抜ける道を走った。


どうにか半狂乱のさちこを落ち着かせ、再び階段へと戻ったまきは、窓の左端
を何かが通るのを見た。
(妹尾さん達!)
遣り過ごそう、と考えた刹那、身体は既に射撃体勢を取っていた。
あなた達だけ逃げようって言うの!?
そう言いたげに弾丸が発射された。

先頭を走るあいこの数メートル先の地面が破裂した。遅れる発射音。
山小屋の窓から新たな発砲炎がきらめく。
たちまち算を乱して元来た方向へと逃げ帰るあいこ達。

立て続けに3発撃った後で、みほは何か取り返しのつかない事をしたと感じた。


「何で撃って来んねん!」
今のあいこは戦闘を切り上げて脱出を選択した自分達を狙撃した人物に対する
呪詛の気持ちで一杯だった。
ビリケンさん、今宮戎様(エベッサン)、あの阿呆にバチかぶせて下さいな。
「やる気なのよ、向こうは」
ようこが投げ遣りに言う。それに促されたのか、あいこは意を決した様だ。
「なあ、みほちゃん…じゅんじくんと一緒に裏手へ回ってコレ」
あいこが手にしたのは使う見込みが無い筈の灯油瓶だった。
「放り込んで来てんか?あのド阿呆は」
憎々しげに顔を歪める。
「アタシとようこちゃんで引き付けとくから。ええな、ようこちゃん」
「ええ、判ったわ。じゅんちゃん」
ようこは不意にじゅんじを抱きしめ、その耳元に口を寄せた。
「いい、じゅんちゃん。もしもの時は、みほちゃんと逃げて」
甘い囁きにも拘わらず、そこから凄みが滲み出していた。
「お姉ちゃんが守ってあげるから」

デイバッグを背負った2つの影が遠ざかる。5分もすれば山小屋からの攻撃を
受けた場所を通るだろう。
「腹ァ括ったんやね」
妹尾あいこ【女子15番】の言葉に万田ようこ【女子27番】は何も答えなかった。
互いに答えなくとも判っていた。自分達はあの2人を逃がす為、捨石になる事
も辞さないのだと。
「いっちょ、ハデにやりましょか」
そう言うと自らもデイバッグを背負い、ショットガンを力強く持った。

タァンッ!
山小屋の壁に小銃弾が突き刺さる。
ボスン…ンッ!
斜面の雑草を散弾がなぎ払う。
窓から少し突き出た狙撃銃の筒先が、獲物を目前にした鮫の様にうごめく。
放送前と打って変わり、あいことようこは射点を移しつつ攻撃を続行していた。
恐らくは樋口まき【女子22番】であろう狙撃者の注意を、自分達へと向けさせ
る為である。
だが、こちらが4、5発撃ったのに対し、狙撃銃は2回しか発砲していない。
あいこ達は山小屋から死角となる斜面の起伏に隠れた。

「もう、挑発に乗って来ないみたい」
厳しい表情のようこ。手はクリップホルダの装填を行っている。
「イザとなったらアソコからつるべ撃ちしよか?」
あいこの視線の先には、山小屋へ延びる道の途中に立つ自動販売機があった。
そこからならショットガンでも有効射程を得られそうだが…
「と、とんでもないわ!」
ようこが慌てるのも当然だ。自動販売機へとたどり着くまでの数十メートル、
山小屋から丸見えで不安定な坂を走らねばならない。あいこの足で10秒程度。
あの狙撃銃の威力を考えれば暴挙である。
「判っとる…でもな、みほちゃんやじゅんじくんはその3倍の距離──」
窓の銃口があいこ達から離れた。別の目標を狙っているのだ。それが何である
かは考えなくとも判る。
「ようこちゃん、援護!」
それだけ叫ぶと、あいこはショットガンを引っ掴んで飛び出した。

気が付けば遥か彼方にも思える販売機へと、緩やかな弧を描く様に走っていた。
ショットガンの先を上半身ごと山小屋に向けようとするあいこ。
「妹尾さ…くっ!」
ようこはその性急さに驚きつつも危険なほど身を乗り出し、片膝を着いて歩兵
銃を構えた。そして発砲。
ほとんど同時に別種類の銃声。
アンタにみほちゃん達はやらせへん、やらせへんよ。
「ぅおあぁぁぁぁぁっ!!!」
あいこは蛮声を張り上げ、腰矯めに構えたショットガンを撃ち続けた。次々と
ポンプアクションで排出された空薬莢が煌めきながら宙を舞う。


(なんて人達なの!)
山小屋の階段で銃を構えていた樋口まき【女子22番】は、全く異なる方向へと
バラバラに逃げ出した──そう見えた──あいこ達の行動に恐怖すら覚えた。
それは最も差し迫った脅威へと銃口を向ける動機としては充分だった。

SSG69狙撃銃の弾丸は、妹尾あいこの予定進路上へと放たれた。

万田ようこは自分の視界に映った光景を信じられなかった。
あいこの頭に血飛沫が挙がったかと思うと、走る勢いそのままにもんどりうち
坂を転がり落ちる。
あいこの身体は目標としていた自動販売機の数メートル下でようやく止まった。
取り落としたショットガンが持ち主を慕う様にその傍らへと転がる。
よく見えないが、頭部が血まみれになったあいこはピクリとも動かない。
「そんな…!」
心境を云々する贅沢はほんの一瞬だった。今しがた血を吸ったばかりの銃口は
ようこにも向けられていたからだ。



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