無題






島の学校。今はプログラム実行部隊の本部となっている。
元は音楽室だったそこには、軍事用語で「オペラハウス」と呼称される方式に
よる透明な石油化学素材製の全島図や、島内の主な場所に設置したカメラから
刻々と送られる映像を表示するモニター群が設置されており、その間を20人程
の人間が忙しく動き回っていた。
そんな中、仮眠中の担任教師に代わって指示を与える役割を担う第1副担任は
ヘッドセットを付け、部屋全体を俯瞰する場所に置かれた椅子に座っていた。
彼女が何とはなしに気だるげな表情で振り返ると、両腕を胸で組み仁王立ちの
第2副担任が眉を上げている。彼女が怒っている時の定番ポーズだった。
「あらぁ」
「何が『あらぁ』よ。もう少しマジメに勤務したら。あの親父、意外と細かい
所にウルサイから」
「はぁ〜い…で、面白い物があるんだけど」
意味ありげにヘッドセットを差し出す。それが耳に当てられるや否や、第1副
担任はコンソールにはめ込まれたキーボードを叩いた。
音声を聞いて怪訝な表情を浮かべる第2副担任。
「これって…」
「そ、昨日の防空壕の」
「呆れた、分析用の音声映像は国家機密よ」
2人の姦しい会話に、黒板寄りの扉がガラガラと動く音が被さった。

珍妙な髪型と片眼鏡──韓半民国軍南下時に負傷した目を隠しているらしい。
てんで似合わない口髭に、場所柄どうかと思われる程派手な仕立の背広。
「皆すわんっ、気にせず続けてくださぁい」
お気楽な声と共に担任教師の肩書きを持つプログラム実行責任者・梅尾金三が
姿を現した。一通り教室中を見回した視線が2人の副担任の所で止まる。
「おや君たちぃ、一体何をしとるのかねぇ?」
「情報の分析でっす」
怪訝そうな上司の質問にサラリと答える第1副担任。
(ったく、こういう所だけはチャッカリしてるんだから!)
同僚のやっかみをよそに第1副担任がテキパキとコンソールを操作する。
「出ま〜す」
モニターが電算機制御の多重画面へと切り替わる。
「島のぉ〜、全体図でえっす」

島を現す線画地図には参加者の所在を表した数十の図形が記されていた。既に
過半が黒いバツ印であり、生存者を示す赤い丸は3分の1にも満たなかった。

第1副担任がコンソールへ半ば埋め込まれた撞球の手玉──トラックボールを
忙しく動かすと各図形から線が延び、その先に小窓が浮き上がった。そこには
図形が誰であり、彼もしくは彼女が如何なる状態に置かれているのかを首輪で
モニタリングした簡単なデータが記載されていた。
「何か、余り動いてないわねぇ」
第2副担任が不満げに洩らす。
「いけませんねぇ〜」
梅尾金三も同意の台詞を口にしたが、同時に少し歪んだ笑みを浮かべていた。
十数名の生存者が幾つかの塊になって島内に広く散らばっており、その広がり
具合はプログラム実行上の、そして梅尾の許容範囲を超えている様に思われた。
「今度からぁ、偶数時にも禁止区域を指定しましょ〜かっ」
担任教師にはプログラムの円滑進行に有効な手段の行使が認められていた。
その権限を使わない手はない。

梅尾は黒板の上に架けられた丸時計を見た。午後2時を少し回っている。
残念、放送は15時──午後3時へと持ち越す事にした。それでも16時・18時・
20時・22時と、新たに4箇所の禁止区域が設定可能である。悪くはない。
「そうですね、山小屋周辺の情報をっ」
「はっ…1番から4番、座標──」
自分に向き直った梅尾の命令に従い、第2副担任が管制員へ次々と指示を出す。
幾つかのモニター画面が切り替わった。
「ふうむ」
面白くなさそうに呟く梅尾。視線をオペラハウスに移しつつ、言葉を繋げる。
「あと1人は?」
「負傷してます。順当に行けば、15時前後に3番から見える筈です」
「そぉ〜お」
まぁ今は膠着していても、面白い事になりそ〜ですねぇ。
梅尾はこの任務をとことん楽しんでいた。



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