無題






瀬川おんぷ【女子14番】は長門かよこ【女子17番】の背中に向けて銃口を向けていた。

銃声、そして炸裂音。
それは、自分達がいる所の横の斜面を登った先、木々の向こうから聞こえてきた。
普通なら、そんな危うげな所には近寄らないだろう。
だが、おんぷは飛鳥ももこ【女子1番】の声を振りきって、「その音」の方へ斜面を登った。
(何故って? …まあ、それは、『女の勘』)
斜面を登りきり木の陰から覗きこんで、おんぷが実際に見たものは、
かよこが誰か(かよこの影になってよく見えなかったが、実は、小竹哲也【男子9番】)
の頭を、あのイングラムM11で吹き飛ばしたところだった。

…この『ゲーム』が始まって、おんぷは何度この拳銃(ニューナンブ)の引き金を引いただろう?
にも関わらず、この引き金は格別に「重かった」
(…このまま引き金を引いてしまえば、かよこちゃんに当たるだろうか?
 そこまで、ちゃんと届くのだろうか? あたしの腕で当てられるのだろうか?
 …あたしは、「当たる事を望んでいる」の? 当たって「どうなる」事を望んでいるの?
 死んでしまう事を望んでいる、としたら、それでは、あのかよこちゃんと同じじゃないの?
 …………
 …それでも、あたし、あの「長門さん」を許せない…!)

おんぷは引き金を引ききった。

その、新たな銃声を聞いたのは、林野まさと【男子29番】が、
かよこの手際の良さを、褒め称えた直後の事だった。
先ず音がした方を向き、次にかよこの状態を確認しようと視線を変えたその先で、
かよこは流れるような手つきで、イングラムM11のマガジンを交換し反撃に移っていた。
林野は、改めて感嘆し(女はコワいね)とも、思った。

飛鳥ももこ【女子1番】は、おんぷに歩み寄りながら、その銃撃戦を呆然と聞いていた。
瀬川おんぷ【女子14番】が持っているのは「ニューナンブ」と呼ばれるリボルバーだった。
装弾数、わずかに5発。
撃ち尽くした後は、シリンダーを横に出して、弾を一つづつ込めなければならない。
ももこの耳にも、おんぷがニューナンブの弾切れの早さを罵る声が聞こえる。

対して、長門かよこ【女子17番】の「イングラムM11」は、サブ・マシンガンと呼ばれる類の武器で、
単発のみならず、連射が可能。
1つのマガジンぶん(36発)を撃ち尽くすのに2秒ほどしかかからない。
(筆者注 発射速度は1分間に1000発。ちなみにPPSh41は900発。ウージーは600発)

おんぷが1回撃った後に、文字通り10倍ほどの弾が返ってくる。
あえて言えば、おんぷは発射位置を常に変えるべきだったが、そこまで気が回らない。
徐々にかよこのの狙いが正確になってくる。
先ほどは、おんぷが盾にしていた木に当たった。

…今のももこの耳には、自分の鼓動の高鳴りの方が大きく聞こえるような気がした。
手にしているウージーが4キロほどの重さの筈なのに、とてつもなく、重い。

(…どうやら相手は一人だけのようだな) 林野まさと【男子29番】はそう思っていた。
かよこが相手の場所を特定しつつある事も分かっていた。
(又、一人、『ゲーム』の参加者が減るのか…)
…そう、『勝利者』の笑みをうかべた時の事だった。

更に新たな銃声。しかも「連続」に。
かよこの足元に着弾による土煙が上がる。堪らず、かよこは後ろに飛び退いた。
林野は慌てて声を張り上げる。
「ここは引こう、長門さん!ほかにもいるかもしれない!
ここで君を失いたくない!!」
そう言うと、襲撃された方向とは別の方向に走り出した。
…言葉の最後は、林野にとって特別な意味は全く、無い。
その言葉にかよこが「どのような表情を返したか」は分からなかった、というより何の興味も無かった。

…ももこは、おんぷの傍らで射撃姿勢のまま硬直していた。顔色が青い。
「…ねえ、オンプチャン… これで良かったのカナ…?」
おんぷはニューナンブに弾丸を込めながら答えた。
「わからないわ… あたしにも…」
かよこが時折、こちらを威嚇すべく射撃を繰り返すので、ふたりは暫くその場を動けなかった。

『それ』がかつての──つい1日ほど前に別れたきりの──友達の変わり果てた姿だと知った時、
ももこは、その場で立っていられなくなった。地面に直にへたりこんでしまう。
「…ねぇ… これもカヨコチャンがした事なの?」
「…分からない。違うような気がするけど…」
おんぷはハンカチを口にあて、不快感を必死に押さえながら答えた。
そこには小竹哲也【男子9番】の外にも、物言わぬ、
矢田まさる【男子25番】、藤原はづき【女子23番】、中山しおり【女子18番】がいた。
「…ねぇ… お墓つくってあげようよ…」
ももこは涙声になっている。
「…だめよ、先ず道具が無いし、あたしたちの力だけでは、4人分なんてとても出来ないわ。
 それに、その間に長門さんのような人に襲われたらどうするの?」
そう答えながら、しおりの近くに落ちていたブローニングHPを歯を食いしばりながら拾った。
自分の拳銃がニューナンブだけでは、あまりにも心もとなかったから。

──ももこは、しゃがみこんだ姿勢のまま、
地面に木製ストックを立てたウージーにすがりつくようにして、泣き続けた。
そうでもしなければ、自分の中の「何か」が崩れてしまいそうだったから。
…しかしすがる相手が、冷たい肌触りのする「武器」だというのは、皮肉にしては辛辣すぎる。

──おんぷは、寄り添った姿のまま永久(とわ)の眠りについた、矢田とはづきの傍らにいた。
はづきの身体の状態には、あえて気にしない事にした。
普段は、お互い素直になれない(特に矢田)ふたりだったが、
昨日、あの時、矢田がはづきの傍にいたのは、こうなる事を予見していたからなのだろうか…?
重なっていたであろう矢田の手を、はづきの手に重ね直す。
ふたりは、望むところに行けたのだろうか…
(…お幸せに…)
瀬川おんぷ【女子14番】は、そう心の中で声をかけると、
未だ泣き止まぬ、飛鳥ももこ【女子1番】の手を引いてその場を離れた。



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