無題
長門かよこ【女子17番】は絶望していた。
どうして?どうしてわたしはいつもこうなの?
かよこの右手にはマシンガンがあった。
イングラムM11。小型のサブマシンガンだ。
かよこは右手の銃を見やった。
あの「展望台」での戦いが思い出される。
この銃を向けたとき。
玉木麗香【女子16番】は、怯えもせずにこう言ったのだ。
お撃ちなさい。
でも、これだけは申し上げておきますわ。
あなたが私を撃ったと知れば、春風さんはたいそう哀しみますわよ。
それでも良ければお撃ちなさい。
そしてたっぷりと嫌われるといいわ。
・・・・キラワレル?
・・・・・ドレミチャンニ、キラワレル・・・・?
ドウシテ?
どうして、ですって!?
おめでたい人ね!
人を殺したあなたを!
春風さんが、許すとでも思っていらっしゃるの!?
人ヲ、殺シタ、ワタシヲ?
ドレミチャンハ・・・・許サナイ・・・・?
それでも良ければお撃ちなさい!
この私を撃って!春風さんも殺して!
殺して、殺して、殺しまくって!
そうやって生き残って!
一生後悔しながら生きていくといいわ!
・・・・ソンナ人生ハ・・・・、イヤ・・・・!
そんな人生はもういや!
辛い思いをするのはもういや!もういやなの!
ワタシハタダ、ミンナトイッショニイタカッタダケナノ・・・・・・!
「いや……、いやよ……、
みんなに嫌われるのは……、もういやあァァァァ!!」
それから。どうなったのかは良く覚えていない。
何か叫んだような気がする。
メチャクチャに走ったような気がする。
玉木さんは殺せなかった。
・・・・ドレミチャンニモ、会エナカッタ・・・・。
どうして?どうしてわたしはいつもこうなの?
展望台から遠く離れた場所で、長門かよこは嘔吐していた。
あれは長門かよこじゃないのか!?
林野まさと【男子29番】は、驚きに目を見開いていた。
なんとういう偶然!なんという僥倖!
単独行動に限界を感じ始めていた。
そろそろ「仲間」が欲しいな、と思い始めたところへ、
長門かよこの登場である。
渡りに舟とはこのことだ!
林野はできるだけ馬鹿っぽい口調で、長門かよこに声をかけた。
「やあ。長門さんじゃないか」
「……」
かよこは地面にうずくまったまま、ギギギ、と首を動かし、
虚ろな視線を林野の方に向けた。
「林野くん……」
「……」
かよこの瞳には「生気」がなかった。
さすがの林野も、これには焦った。
「ど、どうしたんだい?顔色が良くないようだけど?」
「……」
かよこからの反応はない。
だが、イングラムだけはしっかりと握っている。
もしかして撃たれるんじゃないか!?
一抹の不安を覚えたが、それは考えないことにする。
「長門さん1人かい?他の人はいないのかい?」
「……いないわ……」
「ここにいるのはわたし1人……、
どれみちゃんも玉木さんも瀬川さんも飛鳥さんも和田さんも
工藤さんも浜田さんも奥山さんも矢田くんも藤原さんも小竹くんも
太田くんも佐藤くんも佐川くんも、みんなここにはいないわ」
「そ、そうか」
背筋に冷たいものを感じながら、懸命に次の言葉を探す。
「行く当てはあるのかい?」
「……」
「とくに行く当てがなければ、僕と……」
「林野くん」
かよこはにこぉ、っと笑って、イングラムの銃口を上げた。
林野の顔から血の気が引いた。
撃たれる!
だが。かよこはイングラムを回転させて銃身の方をつかみ、
それを林野の方に差し出しながら、こう言ったのである。
「お願い。わたしを殺して」
かよこは語った。
これまであったすべてのことを。
SOSと奥山を殺したことも。
矢田や工藤たちに銃を向けて生き延びてきたことも。
途中で瀬川と飛鳥に会い、これを撃退したことも。
どれみに会うつもりだったが、玉木に追い払われたことも。
目に涙を浮かべて語ったかよこは、虚ろな瞳であはは、と笑って、
「だから、死ぬの」
と、力なく言った。
「わたしはもう死ぬの。
ここにいても仕方がないの。
わたしはもう死ぬしかないの。
わたしにできるのは、もうこれだけしかない。だから……」
「……」
「そんなことはないよ。長門さん」
「……えっ!?」
「長門さん。……きみは自分というものを過小評価しすぎている。
死ぬというなら、ふむ、べつに止めるつもりはないんだが……、
きみが死ぬと、春風さんが哀しむと思うよ?」
「えっ!?……ええっ!?」
「だってきみは、春風さんの一番のお友だちじゃないか」
「……どれみちゃんの……一番の……友だち?」
「そうさ」
「きみが死んだら、春風さんは、たいそう哀しむと思うねぇ」
「そんなこと……」
「いいや。春風さんはきっと哀しむ。それはこの僕が保証する」
「……」
「それにきみが死んだら、誰が春風さんのことを守るって言うんだい?」
「……どれみちゃんを……守る?」
「そうさ」
「さっきそこで、工藤さんたちと出会ったんだ」
「……」
「浜田さんもいた。彼女たちと春風さんは、4年のころからずっと同じクラスだった。
その彼女たちが僕に向かって何て言ったと思う?」
「春風さんを殺すつもりだから、協力してくれ、って言ったんだぜ?」
「僕はもちろん断った。人間として当然のことだ。
そうしたら工藤さんたちは、僕のことも殺そうとした。
僕は必死で逃げた。だけど。工藤さんたちは『まだどこかで生きている』」
「……」
「長門さん。春風さんはね。ひとりぼっちなんだ。
みんなが彼女を殺そうとしている。彼女には味方がいないんだ。この島の中ではね」
・・・・・ヒトリボッチノ、・・・・ドレミチャン・・・・・。
「長門さん。僕に協力してくれないか?」
「僕は学級委員として、これから春風さんを助けに行く。
正直、1人ではどこまでやれるか不安だけど……、
きみが協力してくれるなら、僕はきっと、うまくやれると思うんだ」
「……」
「長門さん。いっしょに行こう。春風さんもきっと待っている」
「……ドレミチャン……」
「いっしょに行こう。そして春風さんを守るんだ。及ばずながら僕も手伝わせてもらうよ」
「……ドレミチャンヲ守ル……林野クント、イッショ……」
どれみちゃんを守る。林野くんといっしょ・・・・・。
「きみの手で殺すんだ。妹尾さんも藤原さんも巻機山さんも殺すんだ。
春風さんを守るためには、そうするより他にはないんだ」
「……」
わたしの手で殺す。妹尾さんも藤原さんも巻機山さんもこの手で殺す。
「分かってくれるね?」
「……」
かよこの瞳から「意志の色」が消えた。
それを見て、林野が笑った。
「ようし。良い子だ」
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