無題
──どんな時でも自分の力を信じるなら君も奇跡を起こせる。
…とは言うものの、どうなっているんだ、コレは…
渡部みちあき【男子30番】はひとりごちた。 この灯台に落ち着いてからずっと、
いつの間にか取り付けられていた「首輪」を外せないものかとずっと腐心していた。
自分の首元にある物を弄るのは空しかったが、
森川だい【男子24番】がここに来てからは、森川に付いている「首輪」を探っていた。
筆者注 B・R原作を知らない方へ 「首輪」についての説明(抜粋)
>わが共和国のハイテク技術を結集してつくったものです。完全防水、耐ショック。
>絶対外れない。無理に外そうとすると爆発する。
>その首輪は君たちの心臓の電流パルスをモニターして、生きているか死んでいるか
>電波でしらせてくれる。島のどこにいるのかのわかるようになっている。
>首輪に逆に電波を送り、爆発させる事もできる。
「どうだい?何とかなりそうかい?」
平野いちろう【男子20番】が奥の調理場でつくっていた食事を両手に持ってやってきた。
「さっぱりだ。普通のドライバーや金属片じゃ外れないよ」
長い息をはいて椅子の背もたれに身を預ける。「困ったなぁ…」
「ま、ごはんでも食べてちょっと休もうよ。森川君も少しは食べないと元気出ないよ」
そう言って森川の前にも食事が載っている皿をおく。しかし、それに森川は反応を示さなかった。
渡部は、出された食事を遠慮なく口にしながら、森川の方を盗み見た。
『…まだ、ショックから抜け出ていないのか…中田を殺してしまった事の…』
食事は以外にも美味しかった。
手品を披露する度に、手先の器用さを称賛される渡部だったが、
渡部にしてみればこの状況で、それ以前に料理が出来る事自体が「手品」のように思えた。
「料理なんてできるんだね、平野クン」
「簡単な物ならね。母さんが仕事で遅かったったりすると、かりんがうるさいから…」
そう言って平野は窓の方を見た。渡部に顔を見られたくなかったから、かもしれない。
「宮元君大丈夫かな…外にもクラスメイトがいないか探してみるって出ていったけど…」
──三人とも宮元の案内で、この灯台に身を寄せていた。
「とりあえず仲間を集めようと思うんだ。
みんなで考えればここから逃げる方法が思いつくかもしれないし…」
「外」が安全ではない事は森川の話(平野と渡部に話したのは宮元だったが)や、
ときおり聞こえる銃声が物語っている。
宮元とは(少なくとも)3年生からクラスメイトではない平野にとって、
宮元まさはる個人といえば、5年生の時の児童会長選挙が思い出される。
──立会い演説の時は緊張していて何も語っていなかったような…
とても(平野にしてみれば体格も含めて)頼れそうな存在とは思えなかった、が、
渡部はコーヒーカップ(に入っているお茶)をすすりながら、あっさりとこう言った。
「大丈夫さ。なんてったってウチの委員長だからね」、と。
宮本まさはる【男子23番】は『現実』に打ちのめされていた。
「一緒に助かる仲間」を求めているのに、見つけられたのは死体ばかりだったから。
瞼が開いたままの者には、閉じてやった。
両の腕が残っていれば、合わせておいた。
墓の前では、冥福を祈った。それしか出来なかった。
生きて、渡部みちあき【男子30番】、森川だい【男子24番】
そして平野いちろう【男子20番】と会えた事、
そして彼らが「殺意」を持っていなかっただけでも幸運と思うべきなんだろう。
そう思う事にした。
もし僕がクラスメイトに攻撃されたら…反撃できるんだろうか?
宮本は右手に持っている拳銃(SIGザウエル・P225)を、改めて強く握り直した。
──実銃だと知って心の底から驚いた。
本当にクラスメイトどうしで殺し合いをさせるつもりなんだ…
だから、身を守るために銃を持ち続ける事にした。
震える指でマガジンに弾を込める。
念のために、スライドを引いておく。
しかし、セーフティはかけたままだった。
藪の間を抜ける。極力音を立てないように気をつけて。視界が開けてきた。
──最初はその光景が信じられなかった。待ち望んでいた事なのに。
横川信子【女子29番】が道(単に藪や木がない、平らな部分に過ぎないのだが)の真ん中を
いつもどうりの風体で歩いていたからだ。
自分が過度に用心していたのが、馬鹿馬鹿しくなるほどに。
横川信子【女子29番】は『落ち着ける場所』を探していた。
「学校」を出てからというもの、落ち着いて座る事さえ出来なかった。
大きな岩や、切り株の上は、いまひとつ安心できない。
渡された「島の地図」には、幾つか建物が記されていたので、遠巻きに見てみたが
放置されていたせいで、妙に気味が悪かった。
それに武器を持ったクラスメイトが潜んでいるかと思うと、建物には近寄る気にはなれない。
──どうしても、やっておきたい事がある… 危ない目には会いたくなかった。
そうして歩いていると宮本まさはる【男子23番】と出会った。
ちょっとビックリした。
でも(なんか疲れているようだけど)いつもと変わっていない、まさはるクンに見えたので安心した。
会って話しているうちに「灯台」に来るように誘われた。
ここからは結構歩く事になってしまうけど、
建物自体が丈夫で雨風をしのぎやすいし、
辺りの見晴らしがいいので、人の(最悪の場合、敵の)動きが分かり易いから、
そこに隠れているんだ、と。
それに、男子ばかりだけどクラスメイトもいるという。
嘘をついているとは思えない。まさはるクンは信用出来る。
なにより待望の『落ち着ける場所』だ。二つ返事で了承した。
「ちょっと入りづらいから気をつけてね。わざと狭くしてるから…」
確かに扉は半分ほどしか開かない。本棚や椅子がバリケードがわりになっている。
そこは灯台の管理者の宿直室だった所だろうか。入り口正面には灯台へ登る為の階段があって、
右側はちょっとした居間になっている。テーブルを4人分の椅子が囲んでいた。
ここからはよく見えないが、その奥は調理場になっているようだ。
椅子には二人の姿が見えた。
渡部みちあき【男子30番】は鉄やすりでドライバーを削っていた。
信子の姿を見ると
「やぁ、これはこれは。レディのおでましだ」と言って、襟を正す仕草をした。
森川だい【男子24番】はうつろな表情をしていた。疲れているからだろうか?
「もうひとりは?」と言ってるそばから
「やぁ、まだ裏の物置(にある冷凍庫)に野菜がおいて…横川さん!無事だったんだ」
と平野いちろう【男子20番】が入ってきた。バリケードのせいで入りづらそうだったが。
「うん、さっき会ったんだ…よろしく頼むよ
…くれぐれも邪な気持ちは起こさないように!」と釘をさす宮本に、
「信用されてないね、ボクたち」と渡部が肩をすくめて返した。
宮本は「もう少し頑張ってみるよ」と言って外へ出ていった。
平野は「少しは休めばいいのに…」とため息をつく。
信子は灯台へ至る階段に腰を下ろした。
本当はテーブルにつきたかったが、流石に男子の間になるのは気が引ける。
それでも、平らで硬い場所に座ったのは「学校」以来だ。
背負っていた自分のバッグを下ろすと『大切な物』を取り出した。
──やっと、『やっておきたい事』に取り掛かる事が出来る…
信子は宮本に、心の底から感謝した。
やはり、新たにクラスメイトを見かけることはなかった。
それでも宮本まさはる【男子23番】は、幾分明るい気持ちになっていた。
さきほど灯台に戻った時、渡部の話によると「首輪」を外せるかもしれない、と言っていたからだ。
この「首輪」を外せば、無為にクラスメイトどうしが殺し合いなんて事をせずに済む!
それから先は…「灯台」の数キロほど先にもある漁港から、漁船に乗って島から逃れるしかないだろう。
もっとも、そこにたどり着けて(専守防衛軍兵士が警護している事は充分にあり得る)
なおかつ、上手く漁船を扱えるかどうかの確証はなかったが。
それでも希望が持てた。
なにより横川信子【女子29番】のような子が「生き残っている」事が「明るい兆し」のような
気がしてならない。
男子ばかりのところに女子を誘ってしまった事は、申し訳なかったが。
(いや、横川さんの事だから面白い話でもして、仲良くやっていっているかもしれない。
少しはそれで、森川君の気持ちが和んでくれればいいのだけど…)
灯台、宿直室の開けづらい扉を開けてすぐに妙な違和感を憶えた。
静かすぎる…人の気配がない…
辺りを見まわすとテーブルや椅子が乱れている事に気付く。
その足元には渡部が倒れていた。血溜りの中で。
「…渡部君!」
駆け寄ってみて、とても生きてはいない事が素人目でも分かる。
腹部には数カ所の刺し傷があった。
テーブルをはさんで森川も倒れていた。首から血を流し苦悶の表情を浮かべている。
(ほかのふたりは?)
慌てて視線を上げた先に、信子が調理場のすみでひざを抱えるように座りこんで、
何かノートらしきものに書き込んでいる姿があった。
「…どうしたの横川さん? 何をしているの? 何があったの?」
「そんなにいっぺんに聞かないでよ。今、説明するから」
そう言って、一度立つと、椅子に座り直す。宮本はその場に座りこんだままだ。
「まずね、渡部クンが森川クンの「首輪」を外そうとコチョコチョやってたんだけど
大失敗。「首輪」は爆発しちやったの。
そしたら森川クン怒っちゃって、キッチンにあった包丁持ち出して渡部クンをメッタ刺し!
平野クンがそれを止めようとして後ろからとびかかって、取っ組み合いみたくなったんだけど
すぐ森川クンはおとなしくなったわ。多分、首を絞められたんだと思う。」
「…そうだ…。平野君は?」確かに姿が見えない。
「ちゃんと最後まで話を聞いてよ。平野クンは森川クンがおとなしくなったあと、
悲鳴をあげて灯台の上へいって、飛び降りたわ。さっき上から覗いてみたもの…」
「…横川さんはずっと見ていたのかい…?何でノートなんかが出てくるの?」
「何でって…執筆活動よ。みんながこの島でどうな風になったか記録しているの」
「横川さん!」
「……あたし、最初から分かってた。本当に殺し合いをさせられるんだって。
優勝者以外は生きて帰った人がいない事も。たまに小さくニュースになったりするけど、
まるで外国の事件のような気がしていたけど、ホントの事だったんだって。
それに、わたしたちが選ばれちゃったんだって。
…あたしは…生き残れる自信なんてない。
力だって無いし、みんなを殺しちゃう事なんて、あたし、出来ない…
もらった武器も見たら怖くなっちゃって捨てちゃった。
でも、あいちゃんなら生き残れるような気がする。
…あいちゃんがみんなを殺しちゃったりするかと思うと、ちょっと悲しいけど…
あいちゃんなら「生き延びる」ような気がするの。だから、決めたの。
あたし、この島であった事を書き残そうって。あいちゃんに見てもらいたいから。
…だって、これが、あたしの『最期の作品』だから…」
「あいちゃんとは(ゲームの)最初の頃に会ったわ。一緒に歩こうって言ってくれた。
でも、あたし、あいちゃんの足手まといになりたくなかった(既に武器は捨てている)から
みほみほを探すって言って、別れたわ。ちょっと辛かったけど…
でも、さっきの放送だとあいちゃんはまだ生きているみたい。
あいちゃんなら…きっと…
…ねえ、宮本クン。あたしの『最期の作品』聞いてくれるかな?
ホントは未完成品は公表したくないんだけど、宮本クンは、ト ク ベ ツ !聞いてて…!」
宮本は壁を背にうなだれたままだった。
──『それ』は修学旅行に向かうバスの中から始まっていた。普段どうりの笑顔。
みんなで歌った歌…。誰もがこの先の出来事を楽しみにしていた筈だった。
しかし、それは、次の場面で一転する。この島の学校でだ。
情け容赦ないルールの説明… ひとりひとり呼ばれるクラスメイト…
ここまでは宮本も見知っている事だった。
だが、この後に書かれている事は「信子が覗いたこの世の地獄」だった。
そのクラスメイトの人物像と遺体の状況が記されている。
その中には宮本が知っているものもあった。
しかし、もう宮本は信子の声を聞いていない。
自分の耳にすら届きそうも無い小さな声で喋っていた。
「…僕だって、本当に、みんなで助かるとは思ってなかった。
でも何かやりたかったんだ。殺し会うなんて、酷すぎるじゃないか…」
宮本は急速に身体から力が抜けているのを自覚していた。
「ゲーム開始」から、緊張と興奮と使命感にさいなまれて眠っていない事を思い出す。
物心ついた時から初めて、厭世感にとらわれていた。
いつの間にか『信子の作品』は終わっていた。
しばらく間をおいて信子が、こう、切り出した。
「…ねえ…教えてくれないかな。宮本クンはどうやって死ぬのかな?
拳銃で撃たれて死んじゃうの?刀とかででバラバラにされちゃうの?
…あたし、焦ってるの。教えてよ、宮本クン。でないと完成しないじゃない!
教えて!!」
心底煩わしかったので、その動き回る口に銃を向ける。
セーフティを外してトリガーを、引く。
──静寂が戻った。
その時、初めて宮本まさはる【男子23番】は理解した。
(ああ…クラスメイトってこんなに簡単に殺せるものなのか…)と
頬をつたう涙と共に、深い眠りに落ちた。
【女子29番 横川信子 死亡】
【男子20番 平野いちろう 死亡】
【男子24番 森川だい 死亡】
【男子30番 渡部みちあき 死亡】
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