無題
天野こうた【男子1番】と林りょうた【男子19番】は海岸沿いの道を南下していた。
昨日のことであった。二人は開始直後に「学校」近くで遭遇し、一時は一触即発の
状況となったものの、結局は共闘の道を選んだのであった。
その後、最も近い海岸線に向かって真っ直ぐ進み、わずかに南下したところで廃屋
を見つけると、結局初日は誰とも会わずにその廃屋で過ごした。
二人の初日の活動は、結果的に廃屋に隠れただけで誰とも会わずに終えたわけである。
このことが二人を緊張感から解放した。357マグナムにテトロドトキシンという物騒な
ものを渡され、殺し合いをしろと命ぜられたのに誰とも会わなかったことから拍子抜けしたのだ。
2日目の早朝、二人で話し合った結果「大丈夫、どうせ誰にも会わないさ」ということ
で意見がまとまり、こうしてさらに海岸線を南下しているわけである。
地図によると、このまま進めば小高い山の中へ入っていくことになる。
それも二人で話し合った結果「木を隠すには森の中」という少々ずれた結論になり、
結局山を目指すことになったのだった。
島の南部にある山の、さらに南に位置する山小屋の中で樋口まき【女子22番】は、
SSG69を抱きかかえたままぼんやりと窓の外を眺め思考を巡らせていた。
行動を共にしている伊集院さちこ【女子2番】は、隣の部屋で眠っている。
昨晩は交代で見張りを続けていたため、二人とも疲れていた。しかしまきは、頭に
振り払うことができないことが浮かんできて今は眠くはなかったため、見張りを引き
受けていたのだった。
まきの頭の中に何度も浮かんできたのは、優しくて、頭が良くて、運動神経抜群で、
格好いい一人の男性、自分の兄のことであった。しかし、兄であると同時に、まきに
とって尊敬、憧憬、崇拝、そして恋愛の感情が入り交じった特別の想いを抱くことが
できる、世界で唯一の男性だった。
まきは兄のために生き残らなければならなかった。
どんな手段を使ってでも・・・。
まきとさちこは、初日に演技力を最大の武器に二人の男子を葬り去った。
その結果、新たに二つの武器を手に入れることができた。
谷山将太【男子14番】から奪ったのは遠距離からの狙撃に最適なSSG69で、吉田
かずや【男子28番】から奪ったのはトラバサミ。
まきの梵ナイフとさちこのヒ素入りチョコレートからすれば遥かに見栄えのする武器で
あったが、それらを持ち歩くことは非常に困難であることが容易に想像された。
二人は話し合い、山小屋に立て籠もって完全迎撃の体勢を取ることにした。山小屋に
通じる登りの道を窓からライフルで狙い、山を越えて山小屋裏に広がる森の中を抜け
てくる相手を想定して、小屋裏の草むらにトラバサミを仕掛けた。トラバサミを仕掛け
た近くには将太とかずやの死体を転がして、死体に気を取られて近付いた相手が罠
にかかる可能性を上げておくことも忘れない。
しかし、それからは平穏な時間が流れていた。
日が傾き、辺りが暗くなってもいっこうに誰も現れる気配の無いまま初日は終了した。
結局交代で夜通し見張りをして2日目の朝を迎えたが、それでも誰も現れる気配はない。
既に2日目も昼に差し掛かろうとしている。
まきがいい加減埃くさいこの山小屋に嫌気が差してきていた、そのときであった。
山小屋まで延びる道の遥か下方に人影を確認した。
スコープを覗いて確認する。間違いない、同じクラスの男子、天野こうたと林りょうただ。
二人は妙に楽しそうに、何かを話しながら歩いている。
まさかライフルで補足されているとは夢にも思わないだろう。あそこを歩いているという
ことは、おそらくこの山小屋を目指していると思われる。
距離はかなり離れいたから、こちらに到着するまではもう少し時間がかかるはずだ。
まきは急いで隣の部屋にさちこを起こしに行った。
「さちこちゃん、人が近付いてきているわ!起きて!」
まきはぺしぺしと頬を叩いて壁に背凭れて寝ていたさちこを起こそうとする。
声はなぜか自然と小声になっていた。
「・・・・・ん、ん?・・・え?」
何とか目を覚ましたが、まきの言葉はしっかりと頭に入らなかったようだ。
「道を登ってくる人がいるのよ。同じクラスの林君と天野君」
「ホント?」
今度はしっかりと理解できた。ぱっと起きあがると、まきを差し置いて隣の部屋に戻る。
普段は少々おっとり気味のさちこであったが、行動は早かった。まきが銃を抱え
直して部屋に戻ると、既に窓から身を乗り出して外を眺めていた。
「ちょっと、見つかっちゃうわよ」
まきに諫められて初めて気がついたかのような顔をして、さちこはさっと身を翻す。
窓を挟んで二人は壁に背を付ける。
「で、どうするの?」
「もちろん決まっているじゃない。やるしかないわ」
さちこに銃を示すように持ち直し、強く言った。
「でさ、今年の『ガザマドン』は脚本が蓮川さんだから期待できそうだね」とか「『仮免
ライダー龍神』は日曜の朝に早起きしてまで見る価値はなさそうだね。ビデオの
3倍録画で十分だよ」などと話ながら天野こうたと林りょうたは山道を登っていた。
傾斜もそれほどきつくないため、すっかりピクニック気分である。
そうこうしているうちに二人が目標点にした山小屋が見えてきた。
「とりあえずあそこで一休みできるかな」
山小屋を指さしながらこうたが話しかけた。
「誰かがいたらどうする?」
りょうたはわずかに不安な様子を覗かせた。今まで何事もなくここまで来ることが
できたものの、もし誰かと出会ってしまったら、という恐怖心は常に抱いてきていた。
「大丈夫だって、こっちにはこれがあるんだぜ」
そう言ってこうたは、357マグナムの銃口で被ってもいない帽子の鍔を押し上げる真似をした。
「それもそうだな。時限、任せたぜ」
りょうたは不安を振り払ってにやりと笑った。
まきはスコープを覗きながら慎重に「その時」を待った。
窓枠で銃身を固定したSSG69が、微妙に向きを修正しながらスコープの向こうに
見える獲物を追っていた。
狙われていることを知らない獲物の緊張感に欠けた様子とは対照的に、まきは緊張していた。
人を殺すことには、もう躊躇いはない。しかし、ライフルはおろか銃を撃つのさえ初めてなのだ。
狙撃に失敗して逃げられたら元も子もない。
「確実に仕留められる」という状況が、「確実に仕留めなくては」という重圧に変わる。
手のひらの汗を何度も拭う。
(まだだ、もうちょっと・・・)
傍らのさちこも息を殺して時を待っていた。
少し長い沈黙の後、それをうち破る銃声が鳴り響いた。
二人は歩の速度を上げ、山道を急いでいた。
「着いたら少し早いけど昼にしような」
こうたが隣を歩くりょうたにそう話しかけたときだった。
銃声よりもわずかに早く到達した銃弾がこうたの胸に突き刺さった。
遅れて耳に届いた銃声を聞きながら、こうたは狙撃されたことを薄れ行く意識の
中で理解した。
りょうたは問いかけにに対してこうたの方を向いたが、りょうたが見たのは後ろに
倒れ行くこうたの姿だった。
「え?」
何が起こったのかがわからずそう言葉を発したりょうたの目に、赤く染まるこうたの胸が映った。
それがりょうたの見た最期の映像となった。
りょうたの側頭部から侵入した弾丸は、反対側の側頭部を破裂させた。
りょうたの耳に2発目の銃声が届くことはなかった。
天野こうた【男子1番】死亡
林りょうた【男子19番】死亡
【残り23人】
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