無題






長谷部たけし【男子18番】は後悔していた。これ以上の後悔は無いほどに。
しかし、それは林野に撃たれた事ではなく、ゲームに敗れ家に帰れなくなりつつある事でもなかった。

あの時、母さんにひどい言葉を言ってしまった事。
母さんが辛い時に──自分が子供だから──力になれなかった事。
そして『ありがとう』と言えなかった事…。

どうして今になって、こんな事思うんだろう。 すべて、生きている時に、
あの、美空町にいる時に、ちょっとした勇気があれば言えたり出来たりした事ばかりなのに。
『どうして、本当にやりたい事というヤツは、本当に出来ないものなんだ!?』
それでも…。それでも。それでも、思わずにはいられない。
…いや、既に長谷部には『これしか考える事ができなかった』
(…母さんに…会いたい…)

「…母さんに…会いたい…」
巻機山 花【女子24番】の耳に、長谷部の弱弱しい声が聞こえる。
再び聞こえた「大きな音」に脅えたハナは、山道そのものには出ず、
道脇の藪や木の付近を用心しながら、歩いていた。
すると山道の真ん中で、人が仰向けに倒れているのが見えた。
虚空に手を伸ばしているのも見えた。
ただ倒れているだけかもしれない…そう思って近寄ってみると長谷部たけし【男子18番】だった。
先ほどからずっと、うわ言を繰り返している。
ハナは長谷部の手を取って尋ねた。

「…ねえ、長谷部くん…! 母さんって、ママの事?ママがどうしたの?どこにいるの?」
それに長谷部は応えない。もう応えられない。ハナの声も聞こえてはいない。
ハナは始めて、長谷部の腹部に血がにじんでいる事に気付いた。一気に背筋が寒くなる。
「…母さん… …ゴメン…」
それが最後だった。長谷部の腕の力が抜けるのが分かる。
「…あ…」
長谷部は、もう、動かなくなった。長谷部の手から温かみが抜けていく。

ハナは呆然と長谷部の腹部の血を見ていた。
何かに引っ掛けて、指先が傷つく。ちょっと血がにじむ。
それだけでも「痛い」。慌ててばんそうこうを、どれみ達は貼ってくれる。
──バイキンが入るといけないから… と言いながら。
だったら、こんなに血が出るというのは、一体どれほど痛いんだろう?
泣きたくなるほど痛いのだろうか? 暴れたくなるほど痛いのだろうか?
…それとも、動けなくなるほど痛いのだろうか?…
ハナには想像がつかない。
判るのは、長谷部の『母さんに会いたい』という言葉と気持ちだけだった。
(…どれみ…)
心細くなって、辺りを改めて見まわすと、もう一人倒れていた事に気付いた。
それは、うち捨てられた人形のように四肢が勝手な方を向いている。
たぶん工藤むつみ【女子9番】に違いなかった。

ハナは、突然、恐怖にかられた。
もしかして、これほど探してもどれみに会えないのは、
既に、こんな風に、動かなくなってしまっているからではないか…
急に、そう思ってしまった。
…もう、優しくて、暖かくて、いいにおいがして、心地よい声を出す、ちょっぴりドジな、
『春風どれみ』には会えなくなってしまったのではないか、と。
…それだけではなく、藤原はづきも、妹尾あいこも、瀬川おんぷも、飛鳥ももこも、
いつの間にか、ハナの見えないところで、動かなくなってしまったのではないか、と。
昼間だというのに身体が寒くなる。
(…ハナちゃんは、独りぽっちになっちゃうの?)
堪らず、空を仰いで泣き始めた。どれみの名を叫びながら。

【男子18番 長谷部たけし 死亡】
【残り25人】




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