無題
2日目 PM1:00
意外としぶといな。
それが林野まさと【男子29番】の感想だった。
正午の放送を聞いた限りでは、まだ30人前後「お友だち」が生き残っている計算になる。
あれから1時間が経過しているが、その人数が劇的に減ったとも思えない。
林野にとって誤算だったのは、あの長谷部たけし【男子18番】が生き残っていることであった。
てっきり死んだかと思っていたが。悪運だけは強いらしい。
林野は苦笑した。
長谷部がいつ自分を「殺しに」来てもおかしくない。
林野のその予想は、30分後に現実のものとなった。
* * *
「林野。ひさしぶりだな」
トンプソンを腰だめに構えた長谷部が、にこりともせずにそう言った。
得物の蛮刀はそばの地面に突き立てている。いつでも引き抜ける構えだ。
そのうしろには女子2人――、
工藤むつみ【女子9番】と浜田いとこ【女子20番】が、不安そうな顔で銃とバットを構えていた。
林野は鼻を鳴らした。
下品な男と汗臭い女か。なかなか似合いのカップルじゃないか。
長谷部は言った。
「覚悟はいいな?」
「……」
話し合いの余地はなさそうだ。林野は肩をすくめて答えた。
「殊勝だねえ長谷部君。萩原君の仇討ちかい?」
「……」
「今どきそんなのは流行らないよ。だいたい日本人は『仇討ち』を美化しすぎなんだ。
毎年毎年馬鹿みたいに放映される『忠臣蔵』。アレがいけないと僕は思うね。
赤穂浪士なら復讐してもいいのかい?
自爆テロや報復戦争とどう違うっていうんだい?
日本人はそのことを分かっていない。分かっていないやつが多すぎるよ。
憎しみは新たな憎しみを生む。そんなのは今どき幼稚園児だって分かっていることだ。
そんなことは……」
「……」
「そうだねえ。そんなことは『あの』巻機山さんにだって分かることだ」
「!?」
巻機山、という単語に、むつみたちがピクリと反応した。
巻機山花【女子24番】。
一種独特な雰囲気を持ち、時々突飛な行動に出る彼女のことを、林野が影で何と呼んでいるのか、
1組の生徒ならば誰もが――ごく一部を除いて――知っていることだ。
長谷部たち3人の目に怒りの炎が浮かび上がる。
林野はさらに挑発した。
「それでも長谷部君、きみは萩原君の仇を討とうと言うのかい?」
「萩原は関係ない」
長谷部はゆっくりと口を開いた。
「俺はお前を殺したいから殺す。たとえお前が丸腰でも殺す。抵抗しなくても撃つ」
そう言って、ちらり、とうしろの女子2人を見やる。
むつみたちは互いの顔を見合わせた。
その一瞬の「迷い」を、林野は決して見逃さなかった。
* * *
山道を歩く林野を偶然目撃した長谷部は「彼と戦うこと」を告げた。
むつみたちは気が気ではなかった。
長谷部に渡したトンプソンには「弾がもうない」のだ。
「ないと言っても、あと何発かは撃てるんだろ?」
「そうだけど……」
「よし」
長谷部はうなずいて、
「世話になったな」
と、言った。
「長谷部君……」
「このマシンガンは俺にくれ。その代わり、刀と食料は好きに使って構わない」
そう言って、自分のデーパックと蛮刀を示す。
長谷部は燃える目をして言った。
「あいつだけは許さない」
「……」
「俺をハメたことはいい。萩原が死んだのも自業自得だ。
だが、あいつだけは絶対に許さない。
あいつだけは、林野だけは、俺のこの手で必ず殺す」
あくまでも1人で行こうとする長谷部を、むつみたちがやんわりと押し止めた。
「1人より3人の方が良いでしょう?」
長谷部は鼻で笑った。
「お前らに何ができる?」
「できるわ」
いとこがきっぱりと言って、手にしたスペツナズナイフを指差した。
「これ、見た目はフツーのナイフだけど、『刀身が飛び出す』ようになっているの。
バックアップができなくもないわ。だからわたしたちもいっしょに行く」
「足手まといだ」
「言ってくれるわね」
むつみが笑って言った。
「いいこと教えてあげる。ケンカの必勝法。それはね……」
「先手必勝か?」
「集団リンチよ」
「……」
「3対1なら絶対に勝てるわ。それはわたしが保証する」
「勝手にしろ」
長谷部は投げやりに言って、笑った。
* * *
だが、むつみたちには「べつの思惑」があった。
3対1なら「林野が逃げる」と思ったのだ。
頭の良い彼のことだ。
とてもかなわないと知れば、一目散に逃げ出すだろう。
むつみたちはそれを狙っていた。
ここで長谷部を死なせるわけにはいかなった。
だが。
林野は彼女たちが思っていた以上に「頭の切れる」男だった。
圧倒的に不利なこの状況で萎縮するどころか、にやりと不敵な笑みを浮かべて、
「取り引きをしないか?」
と、持ちかけてきたのである。
「取り引きだと?」
長谷部の眉がピクリと跳ね上がった。
馬鹿かこいつは。
俺がそんなものを受けるとでも思っているのか?
林野は涼しい顔をして言った。
「撃ちたければ撃ちたまえ」
そう言って両手を広げる。あまりにも無防備な姿である。
長谷部は言った。
「死ぬぞ」
「だろうねぇ」
林野はのんびりと言った。
「撃たれれば死ぬ。だけどただでは死なない。ここで君たちも死ぬことになる」
「なんだと!?」
「さっきそこで『面白いもの』を拾ってね。これが何だか分かるかい?」
林野は言って、腹の辺りをポンポンとたたいた。
カン・カン・カン。
「!?」
固い金属の音がする。服の下に何か入っているのだ。
そのとき初めて気がついた。林野の腹が不自然に「ふくらんでいる」ことに。
そこだけ丸く盛り上がっている。
何か「円盤状」のものが入っている様子だ。
林野は言った。
「セイダムと言う」
「セイダム……?」
「小型の原子爆弾さ。撃ちたければ撃ちたまえ」
長谷部たちは絶句した。
林野は今なんと言った!?
セイダム?小型の原子爆弾だって!?
「それを踏まえたうえで、取り引きといこうじゃないか」
林野は柔和な笑みを浮かべながら言った。
「ここは『引き分け』にしないかい?
お互い、無理に戦うことはないんだ。今回は痛み分けということにしようじゃないか」
「……」
「悪い話じゃないだろう?僕は『べつの誰か』に殺されるかもしれないんだ。
あえて危険を冒すことはない。長谷部君、きみはただその機関銃を下げてくれればいいんだ」
「……」
「長谷部君!」
いとこが震える声で言った。
その顔は、血の気を失って真っ白になっている。
いとこは無言で語っていた。
くやしいけど、林野君の言う通りにしましょう。
それはむつみも同じ気持ちだった。
長谷部は舌打ちをして叫んだ。
「はったりだ!」
「……」
「セイダムだと!?小型の原爆だと!?
そんな物騒な武器が支給されるわけがない!そんなのはったりに決まっているっ!」
その通りさ。
林野は内心でほくそ笑んだ。
そんな物騒な武器が支給されるわけがない。まったくその通りだ。
腹に入っているのはナベのフタだ。
弾よけになるかと思って、近くの民家から拝借してきたものである。
実際「セイダム」という単語を口にしたが、林野はそれがどういうものなのか良く知らない。
大きさがバスケットボールぐらいのものだということは知っているが、
はたして○いのか□いのか、はたまた☆型をしているのか、見当もつかない。
そこを押して、林野は言った。
セイダムと言う。小型の原子爆弾さ。
穴だらけのはったりだった。
だが、それがゆえにいとこたちは信じた。
そんな大それたウソがつけるとも思えない。
いとこたちはそれを信じた。
その不安が伝播したのか、長谷部もまたうろたえていた。
そんなわけない。そんなわけがない。
小型の原子爆弾だなんてウソだ。
だが、絶対に「ウソだ」とも言い切れない。
林野がさらに煽った。
「どうする?ここでみんなで死ぬかい?」
「……」
長谷部がトンプソンを投げ捨てた。
林野は笑った。
「賢明な判断だね」
「……」
そのとき長谷部が咆哮した。
「うおぉぉぉぉっ!」
地面に突き立てておいた蛮刀を引き抜いて、裂帛の気合いを放って突貫する。
銃が使えないのなら、直接斬りかかるのみ!
それは当然の選択であり、正しい判断であった。
それゆえ予測もしやすかった。
林野は「やれやれ」と首をふりながら言った。
「長谷部君。きみの思考パターンは単純だね。
次の行動が手に取るように分かる。全く敬意に値しないよ」
背後から「拳銃」を取り出して構えた。
「馬鹿だってことさ」
銃声が轟いた。
腹に響く、重いキックを食らったかのような衝撃。
声を出すこともできなかった。
長谷部は後ろ向きに吹っ飛ばされていた。
「言ったろ?『面白いものを拾った』って」
林野はそう言って笑った。
林野はさらに3発、引き金をしぼった。
呆然として立ち尽くすむつみの腹に1発。
くるりと背を向け、這うようにして逃げ出したいとこの腰に1発。2発。
だが、いとこは死ななかった。
腰を抑えてよろめきながらも、森の奥へと消えていった。
林野はほう、と感心した。
意外としぶといな。だが手ごたえはあった。
むつみの眉間に、さらに1発をたたきこんだ。
それなりに美少女だった彼女は、目と鼻と耳と口、顔中の穴という穴から
血を噴き出させて悶え死んだ。
林野はふふん、とほくそ笑んだ。
下品な女にはふさわしい最期じゃないか。
林野は地面に落ちているトンプソンを拾い上げて、そのあまりの軽さに驚き、
ちっ、と音高く舌打ちした。
弾が入っていないのか!
弾のない銃など、棍棒の代わりにもならない。
林野は長谷部たちのデーパックをあさった。
そこから食料と水を奪い、悠然とその場をあとにした。
林野は自分の才能を信じていたが、過信してはいなかった。
正直、今の戦いはやばかった。
手持ちの武器はそう多くはない。
この「拳銃」がメインの武器だ。
林野はデーパックから「クラス名簿」を取り出して、
まだチェックが入っていない名前を上から順に確認した。
長谷部は倒した。
だが、矢田まさる【男子25番】がまだ残っている。
木村は死んだようだが、小竹【男子9番】はまだ健在だ。
妹尾あいこ【女子15番】が生き残っている。
ああいう手合いは「力技」で来る。
はっきり言って苦手なタイプだ。
玉木麗香【女子16番】。
彼女自身はどうということもないが、なぜか不思議と人望がある。
この自分を蹴落としてまで児童会長になったほどの女だ。用心するに越したことはない。
春風どれみ【女子21番】は……、
まァ、放っておけばいずれ死ぬだろう。
だが油断はできない。
彼女はみんなから慕われている。
5、6人で団結されたら、思わぬ強敵となりかねない。
宮本【男子23番】と藤原【女子23番】も生きている。あいつらも厄介だ。
彼らは頭の回転が早い。甘く見ていると痛い目にあう。
巻機山花【女子24番】は――、
こいつは「べつの意味」で厄介だ。
はっきり言って強敵である。
誰かと共倒れになってくれれば申し分ない。
そして……、
長門かよこ【女子17番】。
「……」
林野はアゴに手を当てて考え込んだ。
彼女には色々と目をかけてやっている。
不登校児であった彼女をあそこまで立ち直らせてやったのは自分だ。
学校に来るようになってからも、こまめに面倒を見てやっている。
長門かよこ。……使えるかもしれないな。
林野は唇を歪めて笑った。
それは人心掌握術に長けた、彼、独特の笑いだった。
* * *
浜田いとこは死にかけていた。
林野の追撃からは逃れられたものの、腰に2発も銃弾を受けてしまっている。
必死で森の中に入ったものの、足がもつれて、そこで倒れた。
もう一歩も動けない。
浜田いとこは大地に伏せた。
そこが、彼女の死に場所だった。
思い出すのは兄妹のこと。
いとこは6人兄妹の真ん中だった。
6人兄妹の4番目にして次女。
2人の兄と姉、弟、妹に囲まれていた。
それなりにやかましい毎日。
それなりに幸せな毎日。
彼女たちは年子だった。
3年前、小3の運動会のときは、1年から6年までのリレーの代表を浜田6兄妹が
勤め上げ、それなりに話題を呼んだものである。
いとこは思った。
わたしが死んだらどうなるの?
せっかく年子なのに。
せっかく順番に並んでいるのに。
わたしがいなくなったらどうなるの?
そこだけポッカリと穴が開いてしまうの?
いとこは思った。
ここで死ぬわけにはいかない。
帰らなきゃ。
みんなの待つ家に帰らなきゃ。
だって。
そうよ。
あしたは、だいじな、うんどうかいなんですもの。
わたしはリレーにでるの。
あかぐみのだいひょうではしるのよ。
そうよ。
はやくいえにかえらなきゃ。
みんなまってるわ。
かずおにいちゃんも。
きぬよおねえちゃんも。
さちおにいちゃんも。
てるおも。
ぼたんも。
みんなわたしのかえりをまっている。
おじいちゃんは、うんどうかいを、とてもたのしみにしている。
だって。
きょうだいがそろう、さいしょでさいごの、うんどうかいなんですもの。
あしたはだいじなうんどうかい。
ちゅうしになったらいやだなァ。
あ〜した、てんきに、な〜あれ〜。
あ〜した、てんきに、な〜あれ〜・・・・。
【女子9番 工藤むつみ 死亡】
【女子20番 浜田いとこ 死亡】
【残り26人】
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