無題






2日目 AM7:00

川のせせらぎが聞こえる。
長谷部たけし【男子18番】はその音を耳にして、
ほっと安堵のため息を吐いた。
これでまた戦える。
運にはまだ見離されていないようだ。

デーパックの中にはペットボトルの水が2本、
ほとんど手つかずの状態で残っていたのだが、
それは極力節約するべきだと判断していた。
水はただ「飲む」ためのものではない。傷口の消毒などにも使える。
川があって水を補給できるのならば、
それに越したことはなかった。

唯一の懸念は「水がある場所には人が集まってくる」という事実だった。
誰かと遭遇する可能性もあったが、
長谷部はその点、楽観視していた。
そのときはそのときだ。
襲ってきたら戦えばいい。
今の自分は「何か」に守られている。
戦って負ける気はしない。

それは希望ではなく「確信」だった。
それだけの自信が、今の長谷部にはあった。

冷たい水を求めて、山の斜面を一気に駆け下りる。
太陽はすでに昇り始め、気温もジリジリと上昇している。
長谷部は額の汗をぬぐった。
今日も暑い一日になりそうだ。

* * *

「いとこちゃん!川よ!」
寝ぼけ眼の浜田いとこ【女子20番】を引きずるようにして歩いていた
工藤むつみ【女子9番】が、目の前に現れた「川」を見て歓喜の声を上げた。
「川よ!冷たい水よ!これであと10年は戦えるわっ!」
「う〜ん……」
いとこはまだ眠たげである。
しきりに目の辺りをこすりながら、口元に手を当てて、
「ふ、あぁぁ・・・」
と、生アクビをしながら言った。
「むつみちゃん、わたし眠い……」
「……」
むつみの目に「殺意」が浮かんだ。
あんなに眠ったのに「まだ眠い」のかおのれはっ!!
不慮の事故で「たっぷりと睡眠をとった」いとこの肌はつやつやしているが、
それと対照的にむつみの肌はガサガサ、髪もパサパサに乾いている。
目はどんよりと落ちくぼみ、その周りにはくっきりとしたクマが刻まれている。
むつみは明らかに寝不足だった。
なにしろ夕べは一睡もしていないのだ。

矢田まさる【男子25番】との戦闘で、麻酔針を打ち込まれたいとこは、

「ピンクのカバさんが西の空に飛んでってま〜す・・・」

と、意味不明なことをつぶやきながら、遠い世界へと旅立っていってしまった。
殴っても蹴っても起きる気配はない。
むつみは慌てた。
「いとこちゃん!先に眠っちゃうなんてずるいっ!」
「ムニャムニャ……、」
いとこの反応は鈍い。
無理もない。
大の男ですら眠らせてしまう、必殺の麻酔銃を食らったのである。
「むつみちゃん……わたしもうダメ……」
「!いとこちゃんっ!わたしを置いて行かないで!」
むつみは必死だった。
わたしだって眠いのよ!
むつみはいとこを揺さぶって叫んだ。
「起きて!寝ないで!いとこちゃんっ!」
「ほへ〜……、」
「起きないと!楢山(ならやま)バックブリーカーを食らわすわよっ!」
「楢山バックブリーカーって何?」
「バリアフリーマンの必殺技」
「あァ、あれね……」
分かったらしい。
「でもゴメン・・・」
「いとこちゃん!」
「ゴメン・・おやすみ・・・」
くにゃり。
いとこの全身から力が抜けた。
本格的に眠ってしまった彼女を見て、むつみは天を仰いだ。
「どうしてこんなことになっちゃったのよ……!」

いとこが眠ってしまったせいで、むつみは徹夜するハメになった。
もういいや!眠っちゃえ!……と、楽観できる彼女ではない。
どこから敵が来るか分からないのだ。

むつみは完全にやけになった。
もういいわ!やってやろうじゃないの!
金属バットとスペツナズナイフを二刀流で構える。
さァ!どこからでもかかってきなさい!
その状態で数時間。
むつみはまんじりともせずに、朝を迎えていた。

翌朝6時。
眠れるいとこをフェイバリットホールド(ヤクザキック)でたたき起こしたむつみは、
近くに川まで移動することを提案した。
「とにかく水よ。冷たい水のある場所に行きましょう」
「でもそれって危ないんじゃないの?ふわぁ〜……」
「危なくても行くのよ!」
むつみはキレ気味で怒鳴った。
「とにかく川のそばまで行って……」
まずはこいつを突き落とす。
「それから安全な場所を見つけて……」
「でも川はみんなが集まってくるから……」
「異存はないわね!?」
逆らったら卍固めよ!
言外にその覚悟を感じ取ったいとこは、黙ってコクコクとうなずいた。

* * *

こうして「川」のそばまでやって来たむつみたちは、河原にひざまづき、
手で水をすくって飲んでいる長谷部たけしと遭遇して、絶句することになった。

長谷部君!よりによってこんなときに!?

長谷部は蛮刀を手にしている。
こちらの武器は金属バットとスペツナズナイフだ。
デリンジャーは弾切れ。トンプソンもあと数発で打ち止めになる。

やるのか!?この武器だけで!?

真っ青になったむつみを見て、いとこが「ある提案」をした。

「むつみちゃん。わたしに考えがあるの」



一生の不覚だった。
冷たい水を口に含み、それで顔を洗っていた長谷部たけし【男子18番】は、
突如として現れた工藤むつみ【女子9番】と浜田いとこ【女子20番】によって、
前後をはさみ討ちにされてしまったのである。

「動かないで!」

立ち上がった長谷部の前方、10メートルほどの距離を置いて、
工藤むつみがトンプソンを構えた。
「動いたら撃つわよ。本気よ。脅しじゃないわ」
「……」
長谷部は蛮刀を捧げ持ち、さて、どうしたものかと思案していた。
ふとうしろを見やる。
長谷部のすぐうしろには、デリンジャー拳銃を構えた浜田いとこが立っていた。
不用意に接近しすぎだ。彼我の距離は2メートルもない。

蛮刀をふるえば「斬れる」間合い。

だが、長谷部は内心で肩をすくめた。
いとこが持っているのは小型の銃。射程の短いデリンジャーである。
その欠点を補うために決死の覚悟で接近したのか。それとも・・・、
「武器を捨てなさい」
むつみが油断なくトンプソンを構えながら言った。
「死にたくなければ、言う通りにしなさい」
「……」
なるほどな、と長谷部は思った。
前門の虎。後門の狼。
これはなかなか「うまい布陣」である。
うしろのいとこは明らかに囮だ。スキだらけだ。
その誘いに乗っていとこに斬りかかったらどうなるだろうか。
考えるまでもない。後ろからむつみに撃たれてジ・エンドだ。

では先に工藤むつみの方を始末するべきなのだろうか。
ナンセンスだ。
浜田はすでに「必殺の間合い」に入っているのだ。
それに背を向けて走るほど、長谷部たけしは馬鹿ではない。

* * *

むつみたちは内心で冷や汗をかいていた。
長谷部に向けているのは「空っぽのデリンジャー」と「弾がほとんどないトンプソン」である。
彼が手にしている武器――蛮刀――で斬りかかってきたら、その猛攻を防ぐ手立てはない。

もしも長谷部がもう少し「馬鹿」だったら。
何も考えずに突っ込んできていたら完全にアウトだった。
だが、お互いにとって幸いなことに、長谷部たけしはクールな男だった。

ここは退くべきだな。

「分かったよ。降参する」

おどけた仕草で肩をすくめて、蛮刀を地面に投げ捨てる。

いとこの肩からどっと力が抜けた。
むつみたちは「賭け」に勝った。

武装解除した長谷部に駆け寄ったむつみは、開口一番にこう言った。

「長谷部君。わたしたちのボディーガードになって頂戴」

「……なんだと?」
長谷部は面食らった。
今、何と言った?ボディーガード?
ポカンと口を開ける長谷部を見て、むつみが早口でまくしたてた。
「わたしたち、とっても眠いの。だからどうしても『見張り』が必要なのよ」
「……」
「それとも長谷部君も眠いの?」
「いや……」
2、30分ほど仮眠を取ったからそれはない。それはないが……、
「いったい、どういうつもりだ?」
「聞いたままの意味よ」
むつみは薄い胸を反らせて言った。
「わたしたちはこれから眠る。その間は完全に無防備になるわ。
 だから長谷部君に守ってもらう。どう?簡単な話でしょ?」
「……」
確かに簡単な話だ。これ以上ないというぐらいシンプルな話だ。
しかし。
「どうして俺がそんなことを?」
「何よ?ひょっとしてイヤなの?」
「そういうわけじゃないが……」
「じゃあ決まりね。どこか安全な場所を探しましょう」
「……」

* * *

長谷部に「ボディーガードをやらせよう」と提案したのはいとこだった。

「長谷部君は硬派だけど、どこか女に『甘い』ところがあるわ。
 そこにつけこみましょう」
「どうするの?」
「正直に窮状を訴えて助けを求めるのよ。それしかないわ」
「……」
「長谷部君はね。典型的な『お兄ちゃん』タイプなの。
 弟や妹に甘えられると、仕方ないなァ、って言いながら張りきっちゃうタイプ。
 そこをうまく突けば、きっと大丈夫だと思うわ」

正直言って半信半疑だった。
だが、6人兄妹の4番目という実績(?)を持ついとこの言葉である。
その提案には説得力があったし、うまく行きそうな気がしないでもなかった。
だからむつみはいとこの案に乗った。
空っぽの銃を構えて長谷部を脅迫し、見事、その賭けに勝ったのである。

* * *

木陰で休む女子2人を見て、長谷部は深々とため息をついた。
何をやっているんだ。俺は。
むつみといとこは無防備に、武器すら持たずに爆睡している。
生意気な女たちだが、寝顔を見るとそれなりに可愛い。

「エッチなことしようとしたら、ぶっとばすからね」
寝る前にむつみはそう言って釘を刺した。
「ぶっとばすどころじゃないわ。マッスルスパークよ。アタル版よ」
「訳分かんねえよ」
「とにかく、わたしたちが可愛いからって、変な気を起こすんじゃないわよ?」
「誰がお前らなんか襲うかよ」
長谷部は呆れたように言った。
「こっちから願い下げだ。俺は大人の女が好きなんだ」

* * *

2人が目を覚ましたとき、長谷部たけしは「まだ」そこにいた。
どうして逃げなかったのか。
半ば本気でそうたずねるむつみを見て、長谷部はぶっきらぼうに答えた。
「そういう約束だったからな」

3人が移動を開始しようとしたとき。
島内に設置されたスピーカーがすさまじいハウリング音を発し、耳をつんざくような
大音量の音楽が流れ始めた。
正午の放送である。

『み・な・さァ〜ん!元気で殺し合っていますかァ〜っ!?』
「地獄に堕ちろ」
長谷部が忌々しげに言って、地面にぺっと唾を吐いた。

マジョポン【仮名。副担任】は相変わらずのハイテンションで、

『これからァ、死んじゃったお友だちの名前を発表しまァ〜す!
 ものすごくたくさんいまぁ〜す!ちゃあ〜んとメモを取っておいてくださいねぇ〜っ!』

と楽しげに言って、「死んじゃったお友だち」の名前をアイウエオ順で読み上げた。

そのなかには、長谷部がずっと行動を共にしてきた、萩原たくろう【男子17番】の名前もあった。



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