無題






萩原たくろう【男子17番】はロックを愛していた。

もちろん現在の政府の許ではロックは退廃音楽に指定されており、
ロックを演奏するのも、それを聞いて楽しむのも御法度だった。
しかし、元ミュージシャンだった父親が密かに入手してくるレコードやテープのお蔭で、
萩原は幼い頃からロックン・ロールに親しんでいた。
耳を頼りに覚えた刺激的なメロディを、萩原はいつも音楽室でこっそりと弾いていた。
時には、音楽クラブの仲間の前で弾いて聞かせることもあった。
その中でも帰国子女の飛鳥ももこは、
萩原の稚拙なロックを聞く度にアメリカでの生活を思い出すらしく、
いつも目を輝かせて演奏をせがむのだった。

生きて帰りたい。
いや、帰れなくてもいい。
せめて死ぬ前にもう一度ギターを弾きたい。

そして、プログラムの舞台となった孤島の、
海岸を見下ろす斜面に開いた横穴の中で、萩原たくろうは目覚めた。

昨晩はうつらうつらする度に、何度も悪夢に目を醒まさせられ、
あまり眠れなかった。

横穴の外では、長谷部たけし【男子18番】が蛮刀の柄に顎を預けたまま、
じっと前方を睨み据えていた。
昨日自分が眠りにつく直前にも長谷部が同じ姿勢でいたことを思い出して、
萩原はゾッとした。
一晩中起きていたのだろうか?

支給されたペットボトルの水を使って顔を洗っていると、
もう一人の仲間、林野まさと【男子29番】が大きく伸びをしながら横穴の外に出てきた。
「あーあ、よく寝たよく寝た。
 あ、おはよう、長谷部くん、萩原くん」
「林野……お前、よくこんな時に熟睡できるもんだな」
萩原の声は感嘆に近いものがあった。
林野もまた、長谷部とは別の意味で人間離れしていると思った。
「なに言ってるんだい?
 睡眠不足は戦場じゃ大敵だぜ。
 眠れる時には充分に眠っておくものさ」
林野はそう答えて快活に笑うと、
萩原の目の前に座り込み、リボルバーの銀色に光る銃身を改め始めた。
このリボルバーを見つけたのは、昨日の『不幸な事故』の後だった。
野営できる場所を探索中に見つけた、中田ごうじの死体のそばに落ちていたのだ。
リボルバーの中には弾も残っていた。
そして三人で相談の上、銃身を林野が、弾倉を萩原が預かることになったのだ。

萩原はリボルバーの弾倉を弄びながら、林野の前に座って話し掛けた。
「俺、今でも信じられないんだ……
 自分が飯塚を殺すのに関わったことも、
 他にも殺された連中が大勢いるってことも。
 いくら自分が生き残るためだとしても、
 人間がこんなに簡単に、人を殺すことが出来るものなのかな?」
「和田さんも、長門さんに襲われたとか言ってたしね」
弾倉のないリボルバーをいじるのに熱中しながら、林野が答えた。
「信じられるかい? あの内気で引っ込み思案な長門さんがだぜ!
 長門さんが人を殺すぐらいなら、
 それこそ、他の誰が人殺しになったっておかしくないさ」

突然、今まで黙り込んでいた長谷部が立ちあがった。
「林野、お前今なんて言った?」

「え? 『誰が人殺しになったっておかしくないさ』って言ったのさ」
林野まさと【男子29番】は答えた。
「違う、その前だ」
長谷部たけし【男子18番】は激しく首を振った。
「なぜ、和田が長門に襲われたって知っている?
 お前、あの倉庫で初めて和田の死体を見つけたんじゃなかったのか?」
「いや、そりゃ、和田さんが……」

「お前は、怪しい」
長谷部は林野を真顔で問い詰めた。
「考えてみれば、昨日あの倉庫で会ったときから、ずっとお前は変だった」
「おいおい、なに言ってるんだよ。僕たちは仲間だろ?」
林野は苦笑いしながら立ちあがると、そのままニ、三歩下がった。

萩原たくろう【男子17番】の視線は、林野の足元に釘付けにされていた。
林野はリボルバーの銃身を足元に残したまま、立ち上がったのだ。
それはほとんど反射的な行動だった。
萩原はリボルバーの銃身に飛び付き、素早く弾倉をはめ込んだ。
「林野、動くな」
萩原はそう呟きながら、林野に向かってリボルバーを構えた。
「そうだ……確かにお前は怪しい。
 お前が仲間になってから、俺たちはおかしくなったんだ……」

「おい、やめろ、撃つなよ」
林野は苦笑いを浮かべたまま、じりじりと後じさる。
「話し合えばちゃんと説明できるんだから」

萩原が構えたリボルバーの銃口に、何かが詰められているのに長谷部は気付いた。
あれは……小石?
その刹那、林野が身を翻して走り出した。
長谷部の制止よりも、萩原の発砲の方が早かった。

リボルバーは、そのまま萩原の手の中で爆発した。
顔面と両手を血に染めて、萩原が地面を転げ回る。

「だから撃つなって言ったのに」
林野はそう言い捨てると、山の斜面を駆け上っていった。

もはや、話し合う必要はなかった。
長谷部は蛮刀を鞘から抜き放ち、林野の後を追って走り出す。



萩原たくろう【男子17番】は暗闇の中、一人で取り残されていた。
自分が失明したことに気付くには、しばらく時間がかかった。

リボルバーの破片をまともにあびた顔面もそうだが、
掌は更にひどいことになっている。
直接見ることが出来ないのでよくわからないが、
吹き飛ばされた指の数よりも、残った指の数を数えた方が早いようだ。
もう、ギターは弾けないのだろうか?
そんなことを考えながら、萩原はよろよろと歩き出し、
すぐに木にぶつかって倒れた。

起き上がっては歩き出し、何かにぶつかってはまた倒れる。
そんなことを繰り返しながら、どれだけ山の中をさまよっただろうか?

萩原は、突然その気配に気付いた。

誰かがすぐそばに立っている!
長谷部か?
それともまさか……まさか、林野がとどめを刺しに戻ってきたのか?

「どうしたの?」
女子の声だった。助かった!
「助けてくれ!」
萩原は相手の体にすがりついた。
「目が……目が見えないんだ! 林野にやられて……」
「そうなの」
次の瞬間、萩原の額に堅い物が押し当てられた。

      *          *

銃声一発。
ブローニングに眉間を撃ちぬかれて、崩れおちた萩原の体を足で払いのけると、
中山しおり【女子18番】はその場を立ち去った。



木の生い茂る山の斜面で、林野まさと【男子29番】を追撃しながら、
長谷部たけし【男子18番】は自分の迂闊さを罵倒し続けていた。

思えば、あいつの正体に気付くチャンスは、最初からいくらでもあったのだ。
あいつのせいで、萩原や飯塚は!
いや、萩原たちだけじゃない、和田や菊地や小山や中島も!

突然、長谷部の顔目掛けて、勢いよく枝が跳ね返ってきた。
林野が仕掛けておいたブービー・トラップだ。
長谷部は危ういところで身をかわした。
しかし、それはただの囮に過ぎなかった。

長谷部が木の枝に気を取られている隙に、
林野が逃げた斜面の上方から、
四角い物体が猛烈な勢いで転がり落ちてきた。
それが廃棄された冷蔵庫だと気付いた時には、もう避ける余裕はない。
冷蔵庫! よりにもよって冷蔵庫かよ!
長谷部の体は冷蔵庫に跳ね飛ばされて宙を舞い、
そのまま木の幹に強く体を叩き付けられた。

林野の高笑いが、遠ざかっていった。

全身が痛んだ。もう動けなかった。

母さん、ごめん……俺、帰れそうにないよ。

長い時間が流れた。
なぜまだ自分は死なないのだろうと、
長谷部が不審に思い始めるほどの、長い時間だった。

長谷部は、自分のすぐそばに、何かが落ちているのに気が付いた。

あれは……プログラムの最初に支給されたディパック?
なんでこんなところに?
長谷部はそのそばに這い寄ると、ディパックの口を開いた。
中には水と食料が、手つかずのまま残されていた。

そのディパックは、ゲームの冒頭で丸山みほが投げ出し、
妹尾あいこと共に探したにも関わらず、
とうとう見つけられなかったディパックだった。

ペットボトルの水を飲み、食料を口にねじ込んだ。
一時はすべて失われたと思った気力が、回復しつつあった。

すぐ近くに蛮刀も落ちていた。
幸いにも、刃が折れたり歪んだりはしていないようだ。

長谷部は地面に座り込むと、蛮刀の刃を服の裾で拭った。
そして、太陽の光を受けて輝く白刃を眺めながら、
自分は勝ち残る運命にあるのだと、長谷部は確信した。

自分は、何か大きな力によって、守られている。

長谷部は立ちあがった。
一歩歩くたびに、鋭い痛みが胸の中に刺し込む。
肋骨にヒビが入っているらしい。
それでも歩ける。歩くことができた。

自分は勝ち残るんだ。生きて帰るんだ。
そう呟きながら、長谷部は山の中を歩き出した。


【男子17番・萩原たくろう 死亡】
【残り28人】




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