無題






道──といっても単に下草の薄い所に過ぎないのだが──に沿って歩いていると
右手の方向に奥山なおみ【女子6番】の姿を認めた。
なにやら辺りを気にしているようだ。
「お〜い!なおみちゃ〜ん!どうしたの?」と声をかける。
なおみは苦笑しながら、ハナに歩み寄ってきた。
「『奥山さん』でいいよ、ハナちゃん」
「え?なおみちゃんは、なおみちゃんでしょ?」
「…まぁ、そうなんだけどね…」
持っていた地図で頭を掻く。なにやら照れくさい。
ハナはそれに、めざとく目を付けた。
「…ねえ、それ、なあに?」
「これ?この島の地図。
 ここで『ゲーム』をするっていうから、この辺どうなっているか、見ていたんだ。」
「…『ゲーム』?…どんなゲーム?」
「……ハナちゃん…話、聞いてなかったでしょ…」
「ウン!」
…即答だった。

なおみは、それに呆れながら、なおかつ、冷めた口調でこう言った。
「『クラスメイトどうしで殺し合い』をするんだって」
「『ころしあい』?」
「…うん。…まぁ、悪いヤツラを成敗するんじゃない?」
そう言うとなおみは、自分に与えられた「武器」を取り出した。
『それ』は「エアーソフト」と呼ばれるスポーツチャンバラで使う剣で、
右腕だけで空を切ると
「面あり!一本!ってね」と言ってハナに笑顔を向ける。
ハナは、
「お〜… なおみちゃん、かーっくいい!」と手を叩いた。
…なおみは余計に恥ずかしくなった。
奥山なおみ【女子6番】はしばらくの間、巻機山 花【女子24番】と一緒に歩くことにした。
間幅が合わないので、なおみはゆっくりとハナの後ろを歩く。
ハナの律動的な歩みの動作に一拍遅れて、その長い髪がくるくると動いた。
なおみは、つい感嘆の声を漏らしてしまう。
「…ハナちゃん、髪の毛綺麗だねえ…」と。
「えへっ!いいでしょう〜! どれみがね、毎朝、梳かしてくれるんだよ!」
そう言うと、後ろで分かれている片方の髪を前に回して、頬を寄せる。
「…ハナちゃんって、どれみちゃんと仲いいね」
「うん!だって──…」
話す言葉と共に歩みも止まっていた。
それがあまりに突然だったので、なおみはハナに軽く当たってしまう。
「…どうしようかな…」 『道』が途切れていた。
「ちょっと貸して」と言って返事も聞かずに、なおみのエアーソフトを手にすると、
地面と垂直に立てて、手を離す。
エアーソフトは、どちらに倒れるかしばらく迷ったのち、ハナの左前方を指して倒れた。
「そっか…どれみはこっちか」
(そうかな…)苦笑するなおみに
「ありがとう!」とエアーソフトを押し付けるように返すと、
「じゃあね!」と、「その方向」に走っていった。
あっけにとられる、なおみの視界の中でハナの姿は小さくなっていく。
やはり、どうしても、あの長い髪に気が向いてしまう。
(…中学生になったら…)なおみは「短い」と表現していい後ろ髪に指を伸ばす。
(伸ばしてみようかな…髪)唐突に思ってみる。
…もっとも「髪の長い自分」を想像してみたのに、玉木麗香【女子16番】の姿になってしまって
思わず吹き出してしまう。
(わたしは、玉木さんみたいにはなれないな)その言葉の真意は不明である。

遠くに人影が見える。視力もいいなおみには、
すぐに工藤むつみ【女子9番】と浜田いとこ【女子20番】だと分かった。
「…さあて、ゲーム開始といたしますか」そう言うと腕をまくった。

…もっとも…
明確なルールの下で争われる「スポーツ」においては「負けず嫌い」な、なおみであったが、
こんな得体の知れない『ゲーム──クラスメイトどうしの殺しあい』に興味は最初から無かった。

しかし、そんな想いとは裏腹に、『ゲーム』は既に始まっていたのである。



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