無題






すっかり日が暮れてしまった。

片側を絶壁に塞がれた森の小道を、
加納のりこ【女子7番】と梅野ゆかり【女子4番】は、
安全な場所を探そうと徘徊し続けていた。

「地図によれふぁ、この近くに民家があふらひいんだけどなあ……」
奥歯を折られたゆかりは、器用に片手にペンライトと地図を持ちながら、
片手に塗らしたハンカチを持って、頬を冷やしている。
まだ発音は怪しいが、ようやく呂律が回るようになってきた。

「あなた喋らないでよ、耳障りなんだから」
のりこの遠慮の無い口調に、
ゆかりはムッとした表情を浮かべる。

まったく、こんな無能な人が仲間だなんて。
あの万田姉弟に潰された片目も、まだ見えないままだ。
加納のりこはゲームが始まってから、我が身の不幸を呪い続けていた。

自分みたいな素晴らしい人間が、こんな理不尽な不幸に巻き込まれるなんて!

わたしは頭もいいし、顔だって美少女の部類に入る。スタイルだって抜群だ。
そりゃまあ、奥山さんみたいな、ただデカいだけの人もいる。
でも、さっきの放送によれば、奥山さんは死んだらしい。
のりこは内心、いい気味だと思っていた。

そして、加納のりこは男子の人気者だった。
四年生までののりこは、
宿題を見せてくれたり、掃除当番を替わってくれたり、
親切にしてくれる男子には不自由しなかった。
そう、五年生になるまでの加納のりこは、ある程度は幸せだった。
五年生になるまでは。

その時のりこは、誰かが崖の下に倒れているのに気付いた。
うつ伏せになって、失神しているらしい。

罠かもしれない。
のりこは慎重に近寄ると、足でころがして顔を確かめてみた。
クラスメイトの瀬川おんぷ【女子14番】だった。
体のあちこちをすり剥いており、どうやら崖の上から転落したようだ。

のりこは絶壁の上の方を見上げた。
「足でも滑らせたのかしら? 間抜けな話ね」

その時ゆかりが、もう一人の転落者に気付いた。
「あふぁ、こっひにいるのは一組の飛鳥さんね……
 まあ、見へ! この子が持っへるのマヒンガンじゃないの?
 天からの贈り物だわ! 食料や水も持ってるひ。
 ……で、飛鳥さんたちはどうふる? このまま殺ひひゃう?」

加納のりこは、気を失っている瀬川おんぷを見つめ続けていた。
意識を失っている瀬川おんぷの顔は、
傷つき、そして痛めつけられているにも関わらず、天使のように美しかった。
そして、瀬川おんぷの顔を見つめている内に、
のりこの胸の中で湧きあがってくる感情があった。

五年生になった時のクラス編成で、
人気チャイドルの瀬川おんぷは、のりこのクラスメイトになった。
瀬川おんぷはいつも男子に囲まれ、ちやほやされ続けていた。

そして気が付けば、のりこに声をかける男子は、一人もいなくなっていた。

「待って」
飛鳥ももこ【女子1番】の頭部にボウガンを撃ち込もうとしているゆかりを、
のりこが制止した。
「この二人、連れていきましょう。思い付いたことがあるの」



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