無題






涼しげな木漏れ日の中を歩く。
昨日の夜は不自然な格好で眠ったので身体が痛い。
どちらを向いても木ばかりなので、同じ所を歩き続けている気さえする。
山の中に入った事を本気で後悔し始めた。
どれみどころか、誰にも会えなかった。
昨日会った飯田かなえ【女子2番】の姿も『あれ』以降見ていない。
その前に聞こえた大きな音も気にかかる。
耳をすましていると、時折、似たような音が聞こえてくる。
…その度に『かなえのように見つからなくなってしまう』のだろうか?
(みんな、どこへいってしまったんだろう…)

松下あや【女子25番】は一瞬「この子、誰なんだろう?」と思ってしまった。
何の事はない、美空小での6年1組『現女子24番』の巻機山 花だったのだが。
あやは6年の2組、その上、巻機山 花は6年生になって転入してきたから、
日頃はあまり顔を会わせる機会がない。
ただ、彼女は色んな意味で有名だったし、休み時間などは、
明らかに彼女の声と分かる笑い声を聞いているから、「知っている」つもりでいた。
にもかかわらず、今、目の前にいる女の子は別人のように「あの元気」がなかった。

「…どうしたの、巻機山さん」
「…あ、え〜と、あやちゃん、松下あやちゃん」
「うん、そうだけど… どうしたの?元気ないね?お腹でもすいたの?」
「……ハナちゃん、ひとりぽっちなの。どれみを探してるんだけど、見つからないの…」
「…そっか…わたしもね、ひとりぽっちなんだ。
 これから友達とはぐれた所に行こうと思ってたんだけど…巻機山さんはどっちに行くの?」
「…わかんない」
「…じゃあ、ちょっと一緒に歩こうか。一人じゃ寂しいもんね」
「…うん」

…とはいえクラスが違うせいで話題の接点も見つからず、
双方とも少なからず落ち込んでいるので、押し黙ったまま歩いてしまう。
ハナに至っては下を向いて歩いている始末だ。
ふと、気になってハナの顔を覗いたあやは、ハナの顔が薄く汚れている事に気付いた。
「巻機山さん、お顔、汚れているよ」
そう言うと、自分のハンカチを濡らしてふいてやった。途中からはハナ自身でふいた。
「…ありがとう…あれ…」
木々の群れが終わり、開けた場所が見える事にハナは気付いた。
「ハナちゃん、こっちに行くね。ありがとう!」
そう言うと駆け出していった。明るく見えるのは、顔をふいたから、だけではないだろう。
「…さ、わたしも、ゆかりちゃんとのりこちゃんを見つけなきゃ」
あやはさらに、目指すべき方向へと足を向けた。

ハナは視界が広がるとともに、気分も明るくなったような気がしていた。
歩幅が自然と広がり、それに伴い手の振りも大きくなる。
…そして、右手についてまわる「ひらひらしたもの」…?
「いっけなぁい。あやちゃんのハンカチ持ってきちゃった」
借りた物は返さねばならない──そう、どれみ達に教えられた。
「返しにいかなきゃ」 ハナは踵を返した。

──また、何かが破裂したような音が聞こえた。ハナは反射的に焦った。
(…あやちゃんも、かなえちゃんみたく、見つからなくなっちゃうのかな?
 困るよ!『ハンカチを返せなくなる!!』)
ハナは音がした方向に走った。

──そしてハナは『よくわからないもの』を見つけた。
先ほどまで見ていたものなのに、今の「それ」は既に違うものだった。
そこから先へは、どうしても進めない。
自然と、今、来た道を戻ってしまう。…ハンカチはその場に落としてしまった。
木々の間を、又抜けるとハナは目をつむって走り出した。
だから、時折転んでしまう。それでも、ハナは目をつむって走った。
先ほどの光景を振り払いたかったから。
しかし、瞼を閉じていても『あの光景』が浮かんでくる…
巻機山 花【女子24番】の瞳には…

血とたましいの抜けた松下あや【女子25番】の身体は、先ほどより小さく見えた。



前話   目次   次話