無題
宮前空【男子22番】は切り株に腰を下ろすと、支給されたディパックから再びスタンガンを取り出した。
スイッチを入れると、電極の間に青白く火花が散る。その光をぼんやりと眺めていた。
「殺し合いをしてもらう」とあの「先生」は言った。にわかには信じがたかった。
確かにこのスタンガンを身体に押し当てれば相当痛いだろう。
しかし「殺す」のは難しいのではないか。やっぱり質の悪い冗談ではないか。
それとも、どうにか工夫しろ、とでも言うのだろうか(例えば、直接心臓に押し当てる、とか?)
…そもそも自分に人を、同じクラスの友達を殺す、という事が出来るのだろうか。
仮に。
仮に、「お遊びの生き残りゲーム」ではなく「殺し合いを経ての生き残り戦」だとして。
──死にたくはない、と漠然と思う。それは「痛い思いをしたくない」と感情と大差が無いのだが。
むしろ、思い及んだ事は、それ以後──生き残った後──の日々の事だった。
自分は、あの「勉強に追われる日常」に、友達を死なせてまで戻りたいのだろうか?
宮前は深い溜息をつくと、スタンガンをズボンの後ろポケットに押し込んで再び歩きだした。
しかし、途中で出会った伊藤こうじ【男子3番】は違っていた。
もっとも、支給された武器──メリケンサック──では、痛みを与える事は出来ても「殺す」のは難しい、と
思っていたし、このゲームが本当に「殺し合い」をするものなのか疑っていたのも同様だった。
(既に「放送」では「死者」の名が読み上げられていた。だが幸か不幸か、
未だに死体を目撃していない二人には、単に「ゲームに敗れただけ」と解釈していた…、否、『解釈したかった』)
ただ、宮前の「生き残りたいか?」という問いに、
「俺はサッカー選手になりたいから、こんな所で死にたくはないな」と即答したところが。
その自信に満ちた答えに宮前は、少し意地の悪い問いを返した。
「じゃあ、小竹君とたたかう事になったら、どうする?」
伊藤は苦笑いしながら
「…今度はレギュラーの座は渡さないぞ、ってとこかな」と答えた。
宮前は不吉な予感に苛まれた。
(なぜ、こんなにも、この会話が物騒に感じるのだろう?)
途端に「このゲーム」に真実味を感じてくる。身体が震えているのが分かった。
一歩も動けないような気もしたが、一人でいるのも怖かった。だから、数歩先を行く伊藤の背を追った。
その時、虚空を僅かに仰ぎ見る。今こそ、こころの底から「そらをとびたい」と思った。
──そうすれば、このおかしな所から逃れる事が出来るのに…
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