無題
彼らは疑問に感じ始めていた。
…なぜ「敵」が出てこないのか?
このゲームが始まってから、もうだいぶ長いこと時間が経過している。
さして広くもないフィールドに、60人からの仲間たちがひしめきあって
いるのである。いつバッタリと出会っても不思議ではない。
「みんな、どうしちゃったんだろうな?」
杉山豊和【男子12番】は、となりを歩く相方の方を見やって、
不思議そうに問いかけた。
「こんなに歩いているのに。…まだ誰にも会ってないぜ?」
「みんな、山小屋かなんかでくつろいでるんじゃないかな?
ほら」
相方の小倉けんじ【男子6番】が、デーパックの中から支給された
地図を取り出し、「山小屋?」と書き込まれたその一点を指差して言った。
「ここに山小屋があるみたいだし。きっとそこに行ってるんだと思うよ」
「そうかァ」
杉山がのんびりとうなずいた。
そして、つまらなそうに唇をとがらせる。
誰かが目の前に現れたら「殺して」やろうと意気込んでいるのに。
ちっとも面白くない。
「でもさ、どうやったら『殺した』ことになるんだろうな?」
「さァ?」
小倉が肩をすくめる。
「『これ』で2、3回なぐったら、『死んだ』ことになるんじゃないの?」
そう言って、自分に支給された武器――、
パーティーグッズのピコピコハンマーをふりあげて、それで
杉山の頭をピコピコとなぐった。
ピコピコ。
杉山がノドを抑えてもだえる。
「うわ〜、や、やられた〜〜!!」
「って、なんでやねん!」
ピコン!
ひときわ高く突っ込みを入れてから、2人同時に「失礼しました〜」
と頭を下げる。…誰も通らない。
「とにかく、その山小屋に行ってみよう」
杉山がヘラヘラと笑いながら言った。
「さっき林野が向こうの方を歩いていったからな。きっと会えるだろう」
「えっ」
小倉が目をキラキラと輝かせた。
「林野くんは、どんな武器を持っていたの?」
「ハリセン」
「…ぷっ」
あの林野がハリセンを。
なんだか妙にハマっている。小倉は肩を震わせて笑った。
「と、とにかく、林野くんには気をつけないとね。強そうだから」
「そうだなァ。俺の武器はこれだしなァ」
杉山がうなずいて手の中の武器をふりかざした。
時代劇などで良く使われる、黒光りした「十手」である。
「とにかく、その山小屋ってとこに行ってみよう」
「了解」
2人はのんびりと歩き始めた。
そこが、自分たちの死に場所になるとも知らずに。
支給された「武器」が悪かった。
不運にも2人同時に「ハズレ」を引いてしまった漫才コンビは、
このゲームが「ホンモノ」であることに、最期まで気がつかなかった。
2日目 AM3:00
木根ひろこを殺してしまった。
それは仕方ない。不幸な事故だ。
工藤むつみは自分でも意外に思うほど落ち着いていた。
いとこも――何か言いたいことがあったにせよ――少なくとも表面上は
落ち着いていて、むつみのことを責めたりはしなかった。
* * *
交代で仮眠をとった2人は、地図で示された「山小屋」の方を目指すことにした。
レーダーによると、山小屋にはざっと7、8人ほどの人間が集結していることが分かる。
まさか「全員死んでいる」ということはあるまい。
むつみたちはそう結論づけて、山小屋に向けて歩き始めた。
そして、その途中で「襲われた」。
まさかここで「襲われる」とは思わなかったのだろう。
レーダーの確認を怠っていたいとこは、背後から接近してくる2人組にまったく
気づくことはなかった。
「ガォ〜ッ!」
「食っちまうぞぉっ!」
「!?」
不意に背後から抱きつかれて、いとこは「いやァァァっ!」と絶叫した。
「!いとこちゃん!?」
先を進んでいたむつみがふり返って、襲撃者たちの姿を見た。
彼らは「得物」をふりかぶり、今まさにいとこの頭上にふり下そうとしていた。
むつみは引き金を引いた。
2連式デリンジャー拳銃!
ずたんっ!
「がっ!?」
ずたんっ!
「えっ……!?」
襲撃者たちが胸と頭を抑えてあとずさった。
まさか。冗談でしょう?
彼らが最後にそう思ったかどうかは分からない。
小倉けんじ【男子6番】と杉山豊和【男子12番】は、このようにして息絶えた。
殺すつもりはなかった。
殺されるつもりもなかった。
むつみはただ呆然としていた。
あとにはピコピコハンマーが残った。
彼らの「体をはったギャグ」がはたして、賞賛に値するものであったのか……、
その判断は、後世の歴史家たちに委ねられることになった。
トンプソンを腰だめに構えた矢田まさる【男子25番】が到着したのは、
まさにその戦闘が行われた「直後」のことであった。
「小倉!杉山ァ!?」
銃声。そしてくずれおちる漫才コンビ。
矢田は視線を上げた。
その向こうには、デリンジャーを握ったむつみの姿があった。
矢田はトンプソンを向けて叫んだ。
「工藤!銃を捨てろ!」
抵抗すると撃つ!
言外に「その覚悟」を感じ取ったむつみは、慌ててデリンジャーを投げ捨てた。
矢田はトンプソンを下げず、銃口をいとこの方に向けた。
「浜田!お前もだ!そのナイフを捨てろ!」
「!」
レーダーとスペツナズナイフとを交互に見比べたいとこは、混乱していたのだろう、
ガダルカナル探知レーダーの方を高く高く掲げて――、
あろうことか、矢田の顔面を狙って、オーバースローで投げつけたのである!
しゅっ!
「!?」
いきなりゲームボーイが飛んできたようなものだ。
矢田はとっさに対処できず、両手で顔を覆ってしまった。
右手にトンプソンを握りしめたままであった。
がつん!
レーダーがトンプソンに当たった。
矢田はトンプソンを取り落としてしまった。
しまった!
「もらったァ!」
むつみが飛び出した。その手には金属バットが握られている。
矢田は慌てた。トンプソンを拾い上げている時間はない。
そのとまどいを察したのだろう。いとこが矢田に飛びかかってきた。
危ないので(?)、ナイフは地面に投げ捨てている。徒手空拳だ。
矢田はとっさに左腕を向けた。
その腕には、なにやらゴツい腕時計が装着されていた。
射程距離が短い。装弾数はわずか3発。
できれば使いたくない。……使いたくなかったが、そんなことを言っている場合ではなかった。
矢田は時計のカバーを「はね上げ」、ターゲットスコープをオンにした。
十字のターゲットが現れて、迫りくるいとこの顔面をロックオンする。
矢田は竜頭をひねった。
目標をセンターに入れて、スイッチ!
ぷしゅっ!
「えっ!?」
首筋に「針で刺されたような衝撃」を覚えて、いとこの動きが止まった。
待つこと2秒。
いとこの目玉がぐるんと反転して、白目をむいてその場に崩れ落ちた。
ヘナヘナへナ。
「!い、いとこちゃん!……よくもぉ!」
むつみは激怒した。
手持ちの武器は少ない。矢田は後退を選んだ。
ふと地面を見る。トンプソンは遠い!
いとこが投げ捨てたナイフも遠い。
足元に落ちているのは……、なんだか良く分からないゲームボーイアドバンスのみだ!
矢田は無言で「それ」を拾い、
「こっちに来るな!元来た道を逆走しろぉっ!」
と、「誰か」に向かって叫んでから、自身もくるりと反転して、茂みの中へと飛び込んでいった。
むつみは追撃しようとして、やめた。
今はそれよりいとこの方だ!
地面に崩れ落ちたいとこに駆け寄り、
「しっかりしてよ!死なないでよ!」
と、目に涙を浮かべて叫ぶ。
抱き起こして肩を揺すぶっても、いとこはぐったりとしたままである。
むつみは激しく自分を責めた。
わたしのせいだ!わたしのせいだ!わたしのせいでいとこちゃんは……!
「いとこちゃん!いとこちゃん!いとこちゃ〜ん!!」
「もう食べられませ〜ん……、ムニャムニャ……」
「……」
サソリ固めで起こした。
2日目 AM5:30
「まったく、もう!」
工藤むつみ【女子9番】は、支給された武器――、
有刺鉄線がグルグルと巻かれた金属バットをブラブラと揺らしながら、
どうしてこんなことになっちゃったのよ、と天を仰いでいた。
そのとなりではクラスメートの浜田いとこ【女子20番】が地面に突っ伏し、
スヤスヤと「安らかな寝息」をたてている。
「いとこちゃん!いとこちゃん!」
強くゆさぶってみたが反応はない。
いとこは起きる気配すらなく、
「あと5分……」
とベタな寝言をほざき、むつみに蹴っ飛ばされるはめになった。
* * *
ゲーム開始直後、首尾よくむつみと合流したいとこは、自分の武器が
"ガダルカナル探知レーダー"であることを告げて、今後の対策について話し合った。
むつみは(当然、)怪訝そうな顔をしてたずねた。
「ガダルカナルってなによ?」
「えっと」
説明書を広げていたいとこが顔を上げて、
「前後の文脈からすると、この、」
と、首につけられた「装置」を指差して、
「首輪を、探すための装置なんだと思う」
「……」
むつみは自分の首輪をさすって、ふ〜ん、と感心したようにつぶやいた。
この「首輪」はゲームが終わるまでゼッタイにハズれないし、ハズせない。
事前にそのような説明を受けている。
だから――首と胴体が泣き分かれているというのでなければ――、
いとこのレーダーを持っていれば、「誰か」を発見することができるということになる。
「でも問題があるみたい」
「なによ?」
「捜索半径が短いのよ。…それに、『死んだ』人にも反応しちゃうみたい」
「……」
「それに」
「見つけて『敵』だったりしたら目も当てられない。そういうことね?」
「そういうこと」
いとこが神妙な顔でうなずいた。
むつみは「仕方ないわね」とつぶやいて、
「とりあえず、『団体行動』をしている人を探しましょう。……その方が安全だわ」
「そうね」
いとこにとくに異存はなかった。
べつに根拠があるわけではないが集団で「オラァ!」と襲ってくるとは考えにくい。
うまくいけば仲良しグループと合流できるかもしれない。
いとこたちは楽観的な見方をしていた。――そのときは、まだ。
* * *
最初に出会ったのは小竹哲也【男子9番】だった。
奥山なおみ【女子6番】もいっしょだった。
小竹はいとこの手の中を見て、笑いながら言った。
「なんだ?ゲームボーイアドバンスか?」
「なにが悲しくて、こんなときにゲームしなきゃなんないのよ」
むつみが代わって答えた。
「それより、小竹くんたち2人?ほかに人はいないの?」
「…近くにあと3、4人いるみたいだけど?」
「あァ、そりゃSOSだ。あっちの方で相変わらず……」
その言葉の直後だった。
マシンガンの銃声と悲鳴。そして。
思い出したくもない!
あの長門かよこ【女子17番】が、問答無用でマシンガンをぶっぱなしてきたのである!
むつみたちは散り散りに逃げた。
……奥山なおみが死んだことは、その後の放送で知った。
* * *
そのことが教訓になった。
むつみたちは「誰かを見つける作戦」から「誰とも会わない作戦」に切り替えることにした。
レーダーに反応があったら、回れ右して逃げる。
それが男であっても女であっても、だ。(実際にはそこまで分からないが)
いきなり撃たれたらシャレにならない。
とくに先ほどの長門のように、「単独行動」している人間は要注意だ。
むつみはバットを構え、いとこはレーダーを構え、慎重に前へと進んでいく。
その甲斐あってか、誰とも戦うことなく、無事に1日目の「最終点呼」を迎えることができた。
午後10時である。
【小倉けんじ 男子6番 死亡】
【杉山豊和 男子12番 死亡】
【残り35人】
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