無題






2日目 AM 2:30

弾が切れた。

* * *

不幸な遭遇戦の結果だった。
やむなく射殺した佐藤なつみ【女子12番】の遺体を埋葬した
矢田まさる【男子25番】たちは、負傷した藤原はづき【女子23番】を
安全に休ませるために、必死の強行軍を続けていた。
「藤原。大丈夫か?」
矢田のぶっきらぼうな問いにはづきは、「大丈夫よ」と弱々しくうなずいてみせた。
確かに、一時期に比べるとだいぶ顔色も良くなっている。
それは佐藤なつみ――矢田がやむなく殺害した少女――が所有していたデーパックから、
封を切っていないペットボトルが2本も出てきて、それをはづきに与えたからであるが、
それも一時の気休めにしかならない。
やはりどこかで眠らせないと。
小竹哲也【男子9番】の提案を受けて、矢田は近くにある「山小屋」に向かうことを
提案した。(島の主な建造物は、予め地図に書き込まれてあった)
「この『山小屋』に行こう」
「…分かった」
「ダメよ!」
そこで意見がまっぷたつに別れた。
「山小屋なんてダメよ!
 この地図が読めるのは、わたしたちだけじゃないのよ?
 こんな夜中ですもの。…きっとみんな集まってきているわ。ひょっとすると…」
長門さんも、という言葉を、はづきはぐっと飲み込んでこらえた。
矢田たちは互いの顔を見合わせた。
山小屋は危険だ。みんなが集まってくる。
そんなことは百も承知している。
それは、この「ゲーム」が始まった当初…、
明らかに目立つ一本杉を目指して、クラスの大半の人間が集まってきたことから考えても、
容易に推測できる事柄であった。
矢田たちとて「馬鹿」ではない。
そこに行けば危険が待ち構えていることは、十二分に承知している。
だが。そのことを差し引いても、今は「山小屋に行く」だけの価値がある。
山小屋は危険。全員がそう考えている。だから逆に穴場になっている可能性もある。
誰かがいるかもしれない。いないかもしれない。仲間かも知れない。敵かもしれない。
そんな不安を差し引いても、そこに行くだけの価値はあった。
「藤原。はっきり言うぜ。…泣くなよ?」
矢田はそう言ってはづきの顔を見やり、
「今は何をおいても、お前を『眠らせる』ことが最優先なんだ。
 …風雨をしのげれば、それだけ回復も早くなる…、
 確かにお前の言う通りだ。山小屋に行けばそれだけ『誰か』と会う可能性もある。でも、」
と、はづきの目を正面から見据えて、
「その『誰か』は瀬川かも知れないし、飛鳥かもしれない。…春風かもしれないんだぜ?」
「……」
矢田が口にした「春風」という単語に、小竹がビクリと反応した。
それに気づかないふりをして、矢田は相変わらず無愛想に言った。
「藤原。山小屋に行こう。俺はそれしかないと思う」

矢田の提案を受けて、3人は一路山小屋へと向かった。
そしてそこで待ち構えていた「敵」と不幸な銃撃戦を繰り広げることになったのである。

問答無用で発砲された。
矢田たちは逃げるしかなかった。
山小屋まで「あと少し」というところだった。
そこで「何者か」と遭遇し、一方的に攻撃されたのである。

木の影に隠れているので、顔は良く分からない。
分からないが、どうも銃の扱いには慣れていないようだ。
…いや、「慣れていない」のは誰だって同じであるが、
積極的に撃ってきているわりには、銃を「持て余している」という感じである。
ひょっとして女か!?
矢田の頭にいやな考えが浮かんだ。
このゲームに「乗る」やつがいても不思議ではない。だが。それでもと矢田は思う。
ぱんっ!…ぱんっ!
散発的に撃ってくる「相手」をトンプソンで牽制しながら、負傷したはづきを背負って、
じわり、じわりと後退していく。
トンプソンを握っているのは小竹だ。もちろん当てるつもりはない。
ぱらららっ!ぱららららっ!
天に向け地に向け、まるで見当ちがいの方向を狙って威嚇射撃を行う。
それでも相手はひるまない。
ぱん!ぱん!……ちっ!
「!?」
小竹のすぐ横に着弾した。
狙いが正確になってきているっ!
小竹は青ざめてふり返った。
「や、矢田!?」
「…このままじゃやばいな……!」
矢田が憎々しげにつぶやく。
「ありったけバラまけ!一気に走るぞ!」
「お、おう!」
ぱららららららっ!
小竹、必死の一撃!
無数の銃弾が地面をえぐり、「襲撃者」のいる辺りを容赦なくなぎ払う。
相手もさすがに躊躇したのだろう。一瞬だけ射撃が止まった。

はづきが「護身用の」手榴弾を投げつけたのは、まさにそのときであった。

「ゴメンなさい!よけてっ!」
「!?」
ひゅん!ひゅん!ひゅん!
3個の手榴弾が放物線を描いて、「敵」が身を潜めているとおぼしき空間に投げ込まれた。
と言っても、お嬢様育ちのはづきがやることである。
安全ピンを抜いて底に衝撃を与え、心の中で「1・2・3……」と数えてから上手投げ、
などと本格的なことができるわけもなく、「安全ピンをつけたまま」の状態で、
しかもアンダースローでゆっくりと投げつけただけである。
それでも「そんなもの」がいきなり転がってくれば、誰だって仰天する。
「きゃーっ!」
「!?」
襲撃者は悲鳴を上げて(やはり女の声だった!)、矢田たちとは正反対の方向、茂みの向こうへと
ガサガサと逃げ去っていった。
チャンスだ!
「走れ!」
同時に矢田たちも後退した。
手榴弾を回収するつもりはなかった。

走りながら、小竹が言った。
「さっきの声、女だったな……」
「……」
「まさか女が、俺たちを殺そうとするなんて……」
「……」
たぶんに男女差別的な表現が含まれていたが、矢田もおおむね同意見である。
はづきが震える声で言った、
「あの声、中山さんじゃなかったかしら……?」
「……」
「……」
2人は互いの顔を見合わせた。
やはり中山だったのか。
2人ともそう思っていたので、
はづきの言葉を否定することはできなかった。

矢田は思った。
中山しおり【女子18番】。あの病弱な少女がなぜ。
生まれつき体の弱い少女だった。
意識不明の重体になって集中治療室に運ばれたこともある。
「中山。競争しようぜ。
 俺がトランペットの新曲を吹けるようになるのと、お前が元気になって退院するの。
 どっちが早いか。…競争しようぜ?」
柄にもないことを言って、必死に励ましたこともある。
彼女には母親がいない。…自分と同じ境遇である。
心のやさしい少女だった。他人を思いやれる少女だった。
中山。お前はどうして。どうしてこんな「ゲーム」に乗っちまったんだ。
矢田は右手を固く握りしめて、唇を強くかんだ。
あのやさしい少女ですら「変えて」しまったプログラム。
矢田はこのゲームの発案者を、心の底から「憎い」と思った。

* * *

この銃撃戦で、矢田たちはトンプソンの弾丸をほとんど使い切ってしまった。
手持ちの武器は小竹に支給された手榴弾2個。そして――、
できれば使いたくなかったが、藤原はづきに支給された「あの武器」。
ただ3つだけになってしまっていた。



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