無題
1日目 PM10:00
自然の摂理で眠くなってきたので、交代で仮眠を取ることにした。
手持ちの武器は金属バットとスペツナズナイフ――、
ソヴィエト民主主義連合軍で正式採用されている「刃を射出するナイフ」、
ただ2つだけであった。
これは元々は花田志乃【女子19番】に支給された武器であった。
偶然志乃を見つけたむつみたちは、「彼女なら大丈夫だろう」ということで、
そのあとをそっと付け回し、声をかけるタイミングを計っていた。
そして一瞬だけ見失って――、
次に再会したときは、彼女はぐったりと横たわっていた。
むつみたちは仰天したが、もはやどうすることもできない。
その代わり、と言ってはなんだが、遺体のそばに落ちていたデーパックを回収して、
人がこないうちにそそくさとその場をあとにした。
そのすぐあとに妹尾あいこ【女子15番】と丸山みほ【女子26番】がやって来たのだが、
2人はそれに気づくことはなかった。
金属バットとスペツナズナイフ。
どちらも近接戦闘用の武器だがそれなりに破壊力はある。
「まずはいとこちゃん眠って。わたしはあとでいいから」
「ゴメンなさい。…レーダーの使い方とか分かる?」
「だいたい分かると思うけど……」
「まずスイッチを入れて……、」
ピコン!
「!?」
省エネのために、少し電源を切っておいたのが災いした。
こちらもびっくりしたが、相手ももっと驚いたのだろう。
突如として茂みから飛び出してきた少女――、
木根ひろこ【女子8番】は、バットとナイフを構えているむつみたちの姿を見て仰天して、
訳の分からないことを叫びながら、情け容赦なく「発砲」してきた。
ばんっ!ばんっ!
2連式デリンジャー拳銃!
小型の銃で射程も短い。それでももちろん「人を殺すこと」ができる。
幸いにもその狙いはハズれ、むつみたちはまったくの無傷だった。
いとこは動けなかったが、むつみはとっさに反応してしまった。
格闘家の血か。プロレス好きの本能か。
「うわあァァァァッ!」
むつみはバットを振りかざして「抵抗した」。
そして――、
不幸な、結末になってしまった。
* * *
戦いは依然として続いていた。
ときおり聞こえてくる銃声。どぉんという爆発音。
途中で何度も死体を見つけた。
その中には、何か鈍器のようなもので強く頭を殴りつけられ、
半ば以上まで目玉を飛び出させて絶命している
木根ひろこ【女子8番】の姿もあった。
…その"死体"は、まだほんのりと温かく、触るとかすかな弾力があった。
額にこびりついた血もまだ完全には乾いていない。
…そこで何があったのかは分からない。
だが、「つい先ほど」までここに誰かがいたこと、そして…、
ゲームはまだ終わっていない。…「1日目」がまだ続いていることを、
矢田まさる【男子25番】たちは痛感していた。
小竹哲也【男子9番】の肩を借りて歩いていた
藤原はづき【女子23番】が、不意に「あっ」と短く叫んで、
その場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「!藤原!?」
小竹が驚いてしゃがみこんだ。
左後方を歩いていた矢田まさる【男子25番】もあわててそばに駆け寄ってきた。
…あの長門かよこ【女子17番】との戦闘で左肩を負傷したはづきの容態は、
はたで見ていて分かるほど「悪化」していた。
銃で撃たれた傷口から悪い雑菌でも入ったのかもしれない。
矢田が言った。
「藤原。…我慢できないほど痛いか?」
「……」
はづきは黙って首をふった。
それは明らかに「ウソ」であった。
長い付き合いだ。…彼女はウソを言っている。そして。
その「ウソ」が「とっくに限界を越えている」ほど巨大なものであることを、
矢田は正確に見抜いていた。
このままでは危険だ。
早くどこかで休ませないと、はづきは最悪死に至る…!
「矢田!」
「分かってる!」
不安そうに顔を上げた小竹を見て、矢田が、ふん、と鼻を鳴らして言った。
「…藤原には休息が必要だ。できれば大量の水も欲しい」
「……」
「さっき通ったところ…、木根が『いた』あたり…、
あの辺にちょっとした茂みがあったよな?」
「!あ、あァ…」
額に手を当てて記憶を呼び起こし、「確かにあった」とうなずく小竹。
矢田がゆっくりと立ち上がって言った。
「あそこまで戻ろう」
「……」
「…藤原を寝かせるんだ。はっきり言って俺も眠い。…交代で眠ろう」
「…分かった」
小竹はうなずいて、はづきの手をやさしく取って言った。
「戻るぞ藤原。…歩けるか?」
「…ええ。ごめんなさい」
はづきが小さくうなずいて、何度も「うっ」とうめきながら、
やっとのことで立ち上がった。
そのはづきを支えようとした小竹を矢田がやんわりと押し止めた。
「藤原は俺が連れて行く」
「……」
「お前は、」
と、肩に下げていたトンプソン機関銃を手渡し、
「これで俺たちを守ってくれ」
「矢田!?」
「危なくなったらそれ持って逃げていいぜ?」
矢田がにやりと笑って言った。
「それを持ってどこまでも逃げろ。…安心しな。恨んだりしねえよ」
「バ、バカ!何をいきなり…」
「…小竹。お前には『会いたい人』がいるんだろ?」
「!?」
「隠さなくてもいい。いいから取っておけ」
「ふふ、ふざけんな!返すよ!」
真っ赤になってトンプソンを押し戻そうとした小竹を矢田がさらに押し戻して、
ふと、真剣な口調になってぽつりとつぶやいた。
「…小竹。本当に最悪のときはお前だけでも『生き残る』んだ」
「矢田!」
「俺は真面目に言ってるんだ。もしものときはお前だけでも逃げろ。…安心しな」
と、小竹の肩をたたいて、
「そう簡単にくたばりゃしねえ。…しぶとく生き残ってやるよ。俺も藤原もな」
…だが、三人が戻った場所は、すでに「戦場」と化していた。
目の前に立つ一人の少女。
短く刈った黒髪。愛らしい丸いメガネ。
黒いシスター服は自前のものか。彼女のイメージに良く似合っている。だが。
…その右手には、血で濡れた短刀(日本刀)がしっかりと握られていた。
そして。その左わきには…、
「!?」
…思考が「それ」を認識することを拒否したのだろう。
「それ」を直視してしまったはづきが、声も立てずにその場にクタクタと崩れ落ちた。
その体を両手で支えいた矢田が、小竹の目を見て、
「…なんか、やばいことになってきたな」
と、他人事のようにつぶやいた。
だが、その口調はいつもより低く、ひざも小刻みに震えている。
…矢田だってこわいのだ。そしてそれは、小竹とて同じであった。
「さ、佐藤…!」
「はい?」
名前を呼ばれた黒髪の少女…、
佐藤なつみ【女子12番】が虚ろな笑みを浮かべて顔を上げた。
その瞳には何の表情も浮かんでいない。
…壊れている!
小竹は直感で理解した。…そして手元のトンプソンをなつみの方に向けた。
「佐藤。…お前がやったのか?」
「はい?」
なつみの返事は虚ろだった。…これが人間の反応なのか!?
小竹はトンプソンを握りしめ、もう一度大きな声でたずねた。
「佐藤お前!…どうして山内を殺した!?」
「…やまうち…」
なつみの瞳に生気が戻った。
やまうち。…ああ、なつかしいそのなまえ…、
いつも。いつまでもいっしょだよしんしゅう。いつまでも。どこまでも。
「どこまでもいっしょだよしんしゅう。いつまでも。ずうっといっしょだよ」
「…くっ…!」
かつての恋人。山内信秋【男子27番】の「首」を抱いて、
虚ろな視線で語りかけているなつみを見て、小竹の顔が苦悶に歪んだ。
「あいつ…、壊れてやがる…!」
「…山内はたぶん誰かに殺されたんだ。だから佐藤は壊れた」
そして恋人の「首」を切り取ってさまよった。
大方こんなものだろうと、矢田は正確に分析していた。
「くそ!なんだって言うんだよ!」
吐き気を懸命にこらえながら、小竹が忌々しげにつぶやいた。そのときだった。
突然、何の前触れもなく「なつみが動いた」。
あんなに執心していた「山内」をぽーんと後方に投げ捨て、刀を青眼に構え、
奇声を放って突進してくる。
「いやあァァァァァッ!!」
「!!」
撃てば当たる!…でも当てられない!
躊躇した小竹はトンプソンを地面に向けて引き金を引いた。
ぱらららららっ!
なつみの足元を狙った威嚇射撃。だかなつみは止まらない!
「あァァァァァツ!!」
「!?」
迫り来るなつみ。
小竹の思考が止まった。
撃たなくてはと思う。でも体が動かない。
そのとき矢田が動いた。
「小竹!藤原をたのむ!」
ぐったりとしたはづきを押しつけ、矢田が小竹のトンプソンを奪った。そして。
なつみの眉間を狙って。
…引き金を、引いた。
ぱらららら。
…最後の瞬間。彼女は何を思って逝ったのだろうか。
佐藤なつみはこうして死んだ。
その行く先はたぶん…、天国ではなかった。
* * *
小一時間もかけて深い穴を掘った二人は、そこになつみと「山内」を埋葬した。
彼女が使っていた短刀は重いしかさばるし「血と脂を吸って」なまくらになっていたので、
誰かに使われないように石にたたきつけてへし折っておいた。(少し曲がった程度だった)
その刀を隠し、なつみの遺体を埋葬して、長い黙祷を終えた小竹は、
「俺、さっきのこと、藤原には絶対に言わないからな!」
と、言わずもがなのことを言って、矢田にジロリとにらまれていた。
小竹はしゅんとうなだれて言った。
「…すまん」
「いや、いい。…そうしてくれると助かるぜ」
矢田は本心から言った。
そして、思った。
藤原。
俺はもう、お前と同じ所へは逝けなくなった。
べっとり血で染まった両手を見やり、なつみの墓を見やって独白する。
…俺ももうすぐそこへ行く。
地獄で会おうぜ、佐藤。
【女子8番 木根ひろこ 死亡】
【女子12番 佐藤なつみ 死亡】
【残り37人】 1日目 PM11:20
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