無題






山本けいこ【女子28番】は聖堂の立て付けの悪い扉を、
身体そのものを叩きつける様にして押し退けて中に入った。
しばらくは荒くなった呼吸を整えるので精一杯だった。

『ゲーム開始』以降、あてもなく歩き回った。頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「なんで、こんな事になってしまったの?」
何もかも間違っている…しかし何をすればいいのか分からない…
…途中でSOS三人の射殺体を見た。動揺のあまり渡された手斧は手放してしまった。
斜面を登りきると聖堂が見えたので、すがるような想いで走った。

…ようやく落ち着いてきた。顔をあげると正面に聖母像が見える。
その足元に立ちつくしている人が、ひとり。
うつむいているので顔はよく見えないが、体躯からすぐに佐藤なつみ【女子12番】だと分かった。
ただし、その姿かたち――シスター服に右手には短刀――は異様だった。
よく見ると、彼女の足元に人が倒れているようだ。
「…なつみちゃん?」
あなたが殺したの?と続けるつもりだったが声が出ない。足もすくんでしまっている。

なつみはけいこに近づいていく。けいこの問いかけに一切応えず短刀もそのままだ。
「…ウソだよね、なつみちゃん。こんな事って…」
もう何も信じられそうになかった。なつみちゃんも、SOSを殺した人も、そしてこの国の大人たちも、
『どうして誰も間違いに気付かないの?』
手を伸ばせば届きそうな距離になつみは踏み込んだ。短刀を振りかぶるのもはっきりと見えてしまう。

けいこはなつみの瞳を見た時、本当に恐怖した。
今まさに人(自分だけど)を殺めようとしているのに、その瞳には感情が宿ってなかったから。
まるで、死んだ魚のような――

――なつみはけいこの開いたままの瞼をそっと閉じてあげた。
もっとも首が半分、胴体から外れていたので、ある意味滑稽ではあったが。
その後なつみは返り血を気にもせず、山内信秋【男子27番】の「形見の物」を手にすると
聖堂に火を放ちその場を離れた。

【女子28番・山本けいこ 死亡】
【残り41人】




前話   目次   次話