無題
夕暮れの小さな聖堂。埃のかぶった聖母像の下に二つの人影。
「好き…」
眼鏡をかけたおかっぱ頭の少女が、坊主頭の少年の頬をそっと撫でる。
「ずっとずっと…いつも…」
少年の耳元に、そっと囁く。
「実を言うとね、不安だったの」
少女は、少年と過ごした日々に想いを馳せる。
幼き日に交わした約束。草花で編んだ指輪。
「本当は邪魔だと思われてるのかもしれないって…」
大きくなるにしたがい、必要以上に距離をおくようになった二人。
誕生日におめでとうと言って貰えない。目があっても言葉を交わさない。
そんなささいな事に胸を締め付けられた。
「でも、守ってくれた」
少女が微笑み、少年の唇にそっと自らの唇を重ねる。
「私のこと、想っててくれたんだね…」
頬に、額に、瞼に、愛おしげに口づけをする。愛おしい人の肌。
どこかエロティックに、それでいて神聖な儀式のように、少年の感触を肌で確かめる。
「だけど…だけど…」
少女の声が震える。少年の体を抱きかかえる。
少年の腕が力無くダラリと下がる。
「自分を犠牲にして守るなんて…やだよ…」
少女の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「独りにしないで…おいていかないで…」
愛する人の体から温もりが消えてゆく。
すこしづつ、すこしづつ、「肉体」が「モノ」へと変わってゆく。
「しんしゅう…しんしゅう…」
聖堂の闇の中に少女の震える声がとけてゆく。
佐藤なつみ(女子11番)の腕の中、山内信秋(男子7番)の魂は天に召された。
【男子7番・山内信秋 死亡】
【残り42人】
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