無題






「おーい、小泉。早く来ないと先に食っちまうぞー」
コテージの中から木村たかお【男子8番】に声を掛けられて、
小泉まりな【女子10番】は振り向いた。

コテージの周囲は、すっかり夜の闇に包まれていた。
まりなは月明かりと、コテージの中から漏れる明かりを頼りに、
作業を進めていた。
「ごめんなさい、もうちょっと待ってて」
「ちぇっ、岡田も中山もずっと待ってるんだぜ?
 だいたい、野草料理にしても、お前が言いだしたなんだからな」
そう言い捨てると、木村はコテージのドアを乱暴に閉めた。

まりなは再び作業に戻った。
昼間に野草集めのかたわら、摘んでおいた野の花を編んで、
まりなは花輪を作っていた。
これをいきなり見せたら……木村くん、びっくりするかな?
喜んでくれるかな?

春風小6年がプログラムの対象クラスに選ばれたことによって、
まりなが今まで抱いていた将来への希望や夢は、もろくも崩れさった。
中山しおりの話によれば、
島の反対側では殺し合いが始まっているらしい。
殺し合いになった時に自分たちが生き残れるとは、
まりなにはどうしても思えなかった。
自分には人を殺すことなんかできないし、
木村くんだってそうだろう。

……ああ、そうだ。ここにハルジオンを挿せばいい。
これで全体がぐっと引き締まる。

しかし、今の状況にも関わらず、まりなは幸せだった。
死ぬ時には大好きな木村たかおと一緒にいられるのだし、
親友の岡田ななこや中山しおりもそばにいる。

でも……もし、もし、まだ願うことができるのならば。
まりなは花輪をきゅっと握り締めた。

ああ、お願いです!
このささやかな幸せだけは、取り上げないで下さい!

まりなは花輪を持ち上げた。
見たところ、完全なように見える。
でも、もう少し手を加えられる場所があるかも……

その時まりなは、最後に木村が声を掛けてから、
もう十分以上経っていることに気付いた。
コテージの中がやけに静かだ? どうしたんだろう?

まりなは立ちあがると、花輪を片手に掴んだままドアを開けた。

花輪がまりなの足元に落ちた。

コテージの中に入った小泉まりな【女子10番】の目の前で、
木村たかお【男子8番】と岡田ななこ【女子5番】は、
今まさに死につつあるところだった。

二人のそばには、まりなが集めてきた野草の料理の中身と、
食器が散らばっている。

四肢の激しい痙攣。
そして、呼吸に関わる筋肉の麻痺による窒息――。
何らかの毒性植物の誤食による中毒症状であることは、一目で分かった。
治療の手段とてないこの場所では、
もはや救いようのない状態にあることは明らかである。

そして、木村たかおの表情は苦悶に歪み、
もはや声を出すことすらかなわないにも関わらず、
その目ははっきりと語っていた。

“小泉、お前がやったのか?”と。

まりなは大きくかぶりを振りながら、コテージの外に飛び出した。
足元に落とした花輪を、自分でも気付かない内に拾い上げていた。

違う! 違う! 違う違う違う違う違う違う!

コテージの前の野生の花畑の中に這いつくばり、まりなは必死に否定し続けた。
たとえ、わたしが死ぬことになったとしても、
わたしは絶対に、木村くんを殺したりなんかしない!

じゃあ……じゃあ、わたしが集めた野草の中に、毒草が?
そんなはずない! わたしが花や草の名前を間違えるはずないもの!
まりなは握り締めたままの花輪を目の前にかざした。
だって、この花だって、この花だって……
しかし、まりなにはもう、それらの花の名前を思い出すことはできなかった。

その時、背後のコテージの中から、銃声が一発、間を空けてもう一発、響いてきた。

まりなは後を振り向いた。
木村が持っていた筈のブローニングを重そうに構えた中山しおり【女子18番】が、
コテージから出てくるところだった。

「ごめんね、小泉さん」
呆然と立ち尽くすまりなに、しおりは銃口を向けた。
「どうしてもこの銃が欲しかったの。
 こうでもしないと、木村くんから銃を奪えそうになかったから」

反射的にまりなは走り出した。
この時になっても、まだ花輪は握り締めたままだった。
まるでこの花輪が、今の状況と、
失われてしまった最後の幸福を結ぶよすがであると、信じるかのように。

まりなの後で、何発かの銃声が響いた。
その内のいくつかは体をかすめたが、気にならなかった。
まりなはただ走り続けた。夜の闇の中へ。

【男子8番・木村たかお 死亡】
【女子5番・岡田ななこ 死亡】

【残り43名】




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