無題
1日目 ゲーム開始直後
林りょうた【男子19番】は絶句していた。
* * *
事前に説明は受けていた。
支給されるデーパックの中に入っているのは――、
水の入ったペットボトル2本。
パンや乾パンなどの携帯用保存食。
この「島」の見取り図とコンパス。
クラスメート60人の名簿。
そのリストを――チェックするための――赤いサインマーカー。
そして。
この「ゲーム」をあくまでも「男女平等」にするための不確定要素。
ひとりにつきひとつずつ支給される、なんらかの「武器」。
「いいですか、みなさん?
世の中は『男女平等』にできています。
でも、そのなかには勉強のできる人もいれば、できない人もいます。
スポーツの得意な人もいますし、不得意な人もいます。
体が弱い人もいます。学校に出てこられない人だってそりゃァいます。
そんなわけでぇ、このゲームに『不確定要素』……、
と、言っても分かりませんねぇ、つまりゲームを面白くするためにぃ、
ひとりひとつずつ、何か『武器』を渡すことにしています。
何が支給されるかは分かりません。それはみなさんの運次第で〜す」
あの小憎たらしい梅尾金三【担任】に説明された通り、
りょうたのデーパックの中には、
ちゃんとした「武器」が"1ビン"、厳重に梱包されて入っていた。
このビンはいったい!?
りょうたは顔面蒼白になり、そのビンを手に取ってまじまじと見つめた。
クッキーの缶に入っているプチプチ(エアークッション。緩衝材という)に
ぐるぐる巻きにされたその小さなビンは、透明な液体で満たされていた。
りょうたはその化学式を……、読んでも分からなかったので、
その下のカタカナの部分を読んで、さらに青ざめることになった。
この薬は!まさかっ!?
そう言えば思い当たることがある。
このデーパックが支給されたとき、専守防衛軍の兵士たちは、
やけに「丁寧」にこれを扱っていなかったか!?
気のせい?見間違い?……そんなことない!
彼の2つ前に出発した長谷部たけし【男子18番】のデーパックはやけに
横に突っ張っていて、形からすると金属バットか、あるいは刀のようなもので
あったはずだが、専守防衛軍はまるで無造作に扱っていた。
デーパックを投げつけられた長谷部の顔色が変わり、今にもつかみかかって
いくのではないかとハラハラしながら見守っていたのだが、
そのすぐあとに名前を呼ばれた花田志乃【女子19番】が、
「Hey,HASEBEクン!be coolよ!」
と親指を立てて、なんとか長谷部を抑えたのである。
おかげで長谷部は反逆罪で「射殺」されることもなく、無事に教室から
出ていくことができた。
ちくしょう、とか、覚えていろ、とか言っていたが。最悪の事態は避けられた。
志乃が軽快な足取りで出て行って、次はいよいよ自分の番だった。
「男子19番!林りょうたく〜ん!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
声が裏返ってしまった。
そしてりょうたはデーパックを受け取って……、
外へ出てさっそく開けてみて、仰天することになったのである。
りょうたのすぐあとを追ってきた浜田いとこ【女子20番】が、
「林くん?」
と言って、近づいてきた。
りょうたは慌てた。
このままでは危険だ!
この薬は危険だ。このままではいとこを巻き込んでしまうことになる。
りょうたは、1歩、2歩と後退した。
いとこはゲームボーイアドバンス……、のようなものを手に持っている。
彼女と戦うつもりはない。
りょうたはくるりと背を向けて走り出した。
「待って!林くん!」
いとこの制止をふりきって走った。
「これはレーダーなの!こわがらなくても大丈夫よ!いっしょに行きましょう!」
「ゴメン!……浜田さん、ゴメン!」
りょうたは歯を食いしばって走った。
浜田さんゴメン!
でもこのままでは……、
このままでは、浜田さんにまで迷惑をかけてしまうんだ!
りょうたは走った。
その手に「劇物」を握りしめて、どこまでもどこまでも走り続けた。
天野こうた【男子1番】はヒーローマニアである。
とにかく「ヒーロー」と名のつくものが好きで、その専門分野は
アニメにマンガに特撮にと、実に多岐に及んでいる。
とくに日曜日の朝は必要チェックだ。
まず7時30分から「バトルレンジャー」。
そのあと8時から「仮免ライダー・アギト(あご)」。
つづいて8時半から「夢のクレヨンしんちゃん」が始まって、
9時からは「ポケモンアドベンチャー」が始まるのだ。
本当はそのあと9時半からの「ギャラクシーエンジェルりりかSOS」も
見たいのだが、さすがにそれは「見すぎ」だと親に怒られてしまった。
まァ、それはともかく。
そんな彼であったから、自分に支給された「武器」のことは、
説明書を読むまでもなく、良く分かっていた。
スミス・アンド・ウエッソン、M19・357マグナム。
まちがいない。
ルパン4世の相棒、時限大介が愛用しているリボルバー拳銃であった。
* * *
彼と林りょうた【男子19番】が出会ったのは、
ゲームが開始された直後のことであった。
天野は林が手にしている「ビン」を見て、驚きに目を見開いた。
「林。……お前の武器はそのビンか?」
「そ、そうだ!」
銃を構える天野を見て、泣きそうな顔になっていた林は、
やはり泣きそうな声を出しながら言った。
「お、俺に近づくなァ!」
「!?」
「このビンの中には、すごく危ない薬が入っているんだァ!」
「!な、なんだって!?」
天野は慌てた。
「いったい何が入ってるんだ!?」
「ガザマドン……」
「えっ?」
「ガザマドンの映画に出てきたことがある!
キングギラドンとか、モモスラーとか、そういう強い怪獣たちも!
一撃で!吹っ飛ばしたような薬なんだァ!」
「!?」
天野は銃を収めた。
緊張の糸が切れたのか、林は大声で泣き始めた。
キングギラドン。モモスラー。
天野もその名前を知っている。あのガザマドンですらてこずらせた凶悪怪獣たちだ。
「衝撃を与えると爆発するんだァ!」
林は泣きながら言った。
「だからこんなに厳重に保護されてるんだァ!
だから天野ォ、たのむ、俺をこのまま行かせてくれぇぇ!」
「分かった!分かったから!」
マグナムを握ったまま、分かった分かった、と手を上下する天野。
「とにかく落ち着け!」
「落ち着いてるよォォォ!」
「全然落ち着いてねえよ!いいからその薬の名前を教えろ!」
「テ、テトロドトキシンだァァ!」
「……」
「衝撃を与えると爆発するんだァ!いつ爆発してもおかしくないんだァァ!」
「……テトロドトキシン?」
「そ、そうだァ!」
「衝撃を与えると?爆発する?」
「そうだァ!」
「ニトログリセリンだ。それは」
「……」
そんな2人が行動を共にするようになり、
1日目の最終点呼までつつがなく生き残ってしまったのだから、
世の中、分からないものである。
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