無題
巻機山 花【女子24番】は、ご機嫌ナナメだった。
「ハナちゃん、ひとりぼっちで、つまぁんない!」くさはらの斜面でゴロゴロと横転する。
青い空も、白い雲も、頬をなでる風も、立ち上る草の香りも、ハナの気持ちを和ませてはくれなかった。
「どれみたち、どこに行っちゃったのかな…」
草を掴んで風に乗せる。何度か繰り返した。…すぐ飽きた。
「なぁんで、こんなことになっちゃったんだろ…」
──数時間前にさかのぼる。
気がついた時には、美空小学校6年1組と2組の合計60人は、庁舎の会議室のような所にいた。
全員の首に、得体の知れない首輪をつけられ、
席順は、ご丁寧にも美空小どおりに並べられていた。(窓側が1組、通路側が2組)
(筆者注 よって「春風どれみ」たち3人と「藤原はづき」たち3人はもっとも離れている状態です)
顔を上げた先の教卓には見知らぬ「先生」と──軍服が…専守防衛軍軍人が数人並んでいた。
後ろにも数人…。いずれも肩から黒く長い銃を下げている。
生徒たちがざわめく中「先生」が喋りだした。
「はぁい、みなさん、おはよう。ワタシは『ここ』の担任になった梅尾金三です。どうぞ宜しく…
さて、早速ですがキミたちには、これからちょっとしたゲームをしてもらいます。
どういうゲームかというと、キミたちどうしで殺し合いをするんです。」
「はぁ?何いってるんだよ、オヤジィ」 そう言ったのは小竹哲也【男子9番】だった。
ほかの生徒も口々に言葉を発した。嘲笑、不満、文句…
「先生」の隣の軍人がゆっくりと右腕をかざす。その先には拳銃が握られていた。
乾いた音が場を支配する。(筆者注 空砲です)「教室」は静まりかえった。
──この時点で状況を理解した者もいれば、手の込んだ芝居と思っている者もいた。
大半は半信半疑だったが──
「はぁい、それではルールの説明です。……」
春風どれみ【女子21番】は不安にかられた。
「説明」によると少なくとも、デイパックを受け取ったら、この「校舎」から離れなければならないからだ。
…どこに行けばいいんだろう…
そう考えていると頭の右側に軽い感触をおぼえた。丸められたメモ用紙のようだ。
紙を広げると、まるで活字のように丁寧な字で(藤原はづき【女子23番】の字だ)こう書かれていた。
『一本杉で待ち合わせしましょう』、と。
(一本杉?)どれみははづき達の方へ、戸惑いの表情を見せた。
はづきの後ろに座る妹尾あいこ【女子15番】と、
あいこの隣にいる瀬川おんぷ【女子14番】のふたりが微笑みながら窓の方を指差す。
その方向にはこの敷地への入り口となるために塀が途切れていて、
敷地側の土地にに大きな木が立っていた。
(ホントの杉なのかな?)と思ったが、それはこの際関係無い。
どれみははづき達の方に、了解の意味の笑顔を向けたのち、
自らの右隣にいる巻機山 花【女子24番】と飛鳥ももこ【女子1番】に、その事を小声で話した。
ふたりとも頷いた。
「それでは、名前を呼ばれた人から前に出てデイパックを受け取って下さい。
中には「武器」が入っていますからね。
何が入っているかはあとの『お た の し み』という事で…(ニヤリ)
受け取ったらすぐに「校舎」から離れてくださいねぇ。ゲームになりませんから。
それでは…女子、男子と交互に『このクラスの』出席番号順といたしますかね…
女子1番 飛鳥ももこさん!」
「…あ…アタシだ…」
飛鳥ももこ【女子1番】は慌てて席を立った。
「教卓」へ進もうとした時、どれみに腕を捕まれる。「ン?」
「…ももちゃん、出口のそばで待っててよ…」
春風どれみは「女子の21番」になっていた。そうとうの開きがある。不安だったのだろう。
「ウン」
そう返事をすると前に出てデイパックを受け取った、時にバランスを崩した。
意外にも「重かった」からだ。
(ン〜?ずいぶん重いおもちゃね…)「その時」はまだそう思っていた。
「はぁい、飛鳥さん。お早く退出してくださいね。次、男子1番 天野こうた君!……」
廊下にも専守防衛軍の軍人がいて、「早く出て行け」と言わんばかりに顎をしゃくった。
建物の出口にも一人立っていた。まだ若いせいか「服に着せられている」感じがする。
彼はももこを見ても不遜な態度をとらなかった。
だから、愛想笑いをしながら出口そばの植木の間に身を潜めるとデイパックを乱暴に開けた。
(一体ナニが入っているノ?)
『一本杉』に「6人」が集まっていた。
しかし巻機山 花【女子24番】はまだ来ていない。
瀬川おんぷ【女子14番】は涼しい顔でこう言った。
「矢田君って、とっても耳がいいのね」、と。
真っ赤になっているはづきの隣には矢田まさる【男子25番】が立っていた。
「…別に…」 …相変わらずだった。
巻機山 花【女子24番】にとっては何もかもが珍しかった。特に「ぐんじんさん」が。
あまりにもジロジロと見ていたものだから、「シッ!シッ!」などと言われてしまう。
「ハナちゃん、犬じゃないもん!」
そう言って「ぐんじんさん」に舌を出すと外へと駆け出した。
藤原はづき【女子23番】が不安げに声を出す。「ハナちゃん、遅いわね…」
確かに呼ばれるのは「彼女ら6人」の中では最後だが、明らかに遅い。
そうしているうちに『一本杉』の周りは奇妙な空気に包まれ出した。
ほかのクラスメイトも『一本杉』を集合の際の目印にしていたからだ。
数にすれば半数を少し下回るほどだろうか…
一部の元気な男子は勢い良く「校門」を飛び出していった。
幾つかの女子のグループがおしゃべりしながら『一本杉』を通り過ぎる。
実は反対方向にも敷地への入り口があって、踵を返してそちらに向かう天邪鬼。
まるでいつものどうりの下校のように歩き去る者。
それら以外の者たちが『一本杉』に集まってきた。
「みんな考える事は同じやな」
妹尾あいこ【女子15番】は苦笑した。自分達だけが『一本杉』が見える訳ではないのだから…
…そこへ数人の専守防衛軍兵士が近づいて行く…
「え〜と、一本杉、一本杉… あ!あれだ!」
「校舎」から出たハナは目指すべき『一本杉』を見つけた。
「お〜い、どれみ〜!みんな〜!」駆け出すハナ。
専守防衛軍兵士達は89式ライフルのコッキングレバーを引く事によって不吉な重奏を奏でた。
クラスメイト達はさすがに異変に気付く。
兵士達はライフルを下に向けて、引き金を引いた。
轟音と共に地面が抉られる。間違いなく実弾だ。
「マジかよ!」「キャアーーーーーーッ!」
『一本杉』に集まっていたクラスメイト達は蜘蛛の子を散らす様にその場を離れる。
轟音と悲鳴。そして何人かのクラスメイトが走ってくる。
「お?」
「ハナちゃん、危ないよ!逃げよう!」
誰かがハナが背負っていたデイパックを掴むと、そのまま続けて走り出す。
「え?ちょっと?なに?」
敷地から出ると、皆、それぞれの方向に走っていった。
ハナを掴んでいたクラスメイトもどこかへ走り去ってしまった。
しばらく呆けていたハナは、「学校」へ戻って『一本杉』を目指そうとしたが
どの入り口も鉄格子で閉ざされていた。塀の周りを一周しても誰にも会えなかった。
「…ウソ〜!みんな、どこいったの〜?」
──こうしてハナはどれみ達とはぐれた。
…ここで寝転がってからも誰も通りかからない。そもそも、じっとしているのは好きではない。
「よし!どれみ達を探しに行こ〜!」
勢い良く立ちあがると、ホットパンツについた草を払い落とし、手足を大きく振って歩きだした。
「♪ お と め の ジ ン セ イ 〜」
などと元気に歌いつつ。
──それ故に、遠くの銃声は聞こえなかった。
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