無題






「ね、オンプチャン、こんなジョーク知ってる?
 アメリカの人と、フランスの人と、ドイツの人と、
 イギリスの人と、大東亜共和国の人が、銃を持ったハイウェイ・マンに襲われたの。
 その時ね、イギリスの人はこう言ったんだって……」
「ももちゃん、少し黙っててくれない?」

時刻はお昼を少し回ったところだった。
春風どれみと玉木麗香の二人と行動を別にした後、
飛鳥ももこ【女子1番】と瀬川おんぷ【女子14番】は、
見晴らしの良い崖沿いの道を歩き続けていた。

ももこはくるっと前方に回り込むと、おんぷの顔を覗き込んだ。
「ドレミチャンのコト……心配してるの?」
おんぷは黙って頷いた。
「だったら、今からでも遅くないよ。
 戻って、ドレミチャンにあやまろうよ。
 玉木さんも足にケガしてたし、
 まだそんなに遠くに行ってないハズだから」
「そんなみっともない真似、今さらできるわけないじゃない」
素っ気なくそう呟くと、再びだんまりを決め込んだおんぷを扱いかねて、
ももこは溜息をついた。

このゲームで誰かが死ぬなどということが、
飛鳥ももこにはどうしても信じられなかった。
そんな恐ろしいことが、自分たちの身に起こるはずがない。
島倉さんにしても今は姿を見せていないだけで、
きっとどこかに隠れているだけなのだ。

三日目には、全員が生き残ったままでゲームは終わる。
そして、みんなで揃って美空町へ帰るのだ。
飛鳥ももこはそう信じていた。

あるいは、そう信じようとしていた。

崖沿いの道を歩きながら、おんぷの沈黙と、
それを喋らせようとするももこの努力が続いた。

そしてももこは、道端の岩に腰掛けている人物を見つけた。

あれは……カヨコチャン?
そうだ、長門かよこ【女子17番】ちゃんだ。

「ももこちゃん……? それにおんぷちゃんも……。
 どうして二人でこんな所にいるの?」
飛鳥ももこ【女子1番】を見上げながら、
長門かよこ【女子17番】は訝しげに尋ねた。

「エートね、長い話になるんだケド……」
ももこが説明を始めようとして、急に眉をひそめた。
「どうしたの、その血……? カヨコチャン、ケガしたの?」
かよこの着ているシャツの胸元には、点々と血痕が散らばっていた。
「ああ、これ? 別に何でもないの」
「フウン?」
不思議そうにかよこを見つめてから、
その武器に気付いたももこは目を輝かせた。
「What a wonderful weapon!
 カヨコチャンの武器、イングラムなの!?
 敵を見つけたら、それを使って、
 ダダダダダーってやっつけるんだね!」
ももこはそう言ってから、
誇らしげに自分のウージーを指差して見せた。
「でもねホラ! ワタシの武器だってウージーなんだよ!
 これならきっと、かよこちゃんのイングラムにだって負けないヨ!」

ももこの話を聞いているのか聞いていないのか、
かよこは無表情のまま尋ねた。
「わたし、どれみちゃんを探してるの。
 どうしても、どれみちゃんに会いたいの」
「ああ、ドレミチャンなら、さっきまでワタシタチと一緒にいたヨ」

その言葉を聞いた途端、かよこは目の色を変えて立ちあがった。
「どこなの? どこにいるの?
 どれみちゃんはどこにいるの?」

「……別れたのは大分前ダカラ、今はどこにいるかワカラナインダケド……」
かよこの勢いに気圧されながらも、ももこは答えた。
「でも、Dont worry! 展望台に行けば、明日には会えるんだから!」
「展望台?」
「ウン、展望台! そうだ、I have a nice idea!
 カヨコチャンも一緒に行こうヨ!
 ワタシタチもこれから、展望台に行くところなんだから!」

「いやよ」
それまで黙っていた瀬川おんぷ【女子14番】が、突然口を挟んだ。
「わたしは行かないわ、どれみちゃんの顔なんか見たくないから」

なんでオンプチャンはこうも意地っ張りなんだろう!
ももこは溜息をついてから、かよこの様子がおかしいのに気付いた。
「どうしたの、カヨコチャン? 気分でも悪いの?」

「どれみちゃんなんか大嫌い」
瀬川おんぷが低い声で呟いた。
「どれみちゃんなんか、殺されちゃえばいいのよ」

突然長門かよこがコルトを抜いて、おんぷに発砲した。

あの人はどれみちゃんを侮辱した!
許さない! 絶対に許さない!

おんぷに向けたコルトの弾丸が外れたのを見て、
長門かよこはイングラムを構えてトリガーを引いた。

弾が出ない。

奥山なおみにとどめを刺した後、
セーフティモードに合わせてあったのを思い出して、慌てて解除する。

      *          *

見通しの良いこの地形では、
機関銃から逃げられるような場所は一つしかなかった。

飛鳥ももこ【女子1番】と瀬川おんぷ【女子14番】は、
突然の発砲に一瞬棒立ちになった。
そして、長門かよこ【女子17番】がイングラムの銃口を向けるのを見て、
ほとんど同時に崖下へ滑り降りた。

垂直に近い岩肌を真逆様に転落する直前で、
ももこは大きな岩の下から伸びた木の根を掴み、
あやういところで体勢を保った。

すぐ近くではおんぷが同じように、
別の岩に必死に取りすがっていた。

かよこが崖っぷちに立ち、
イングラムの銃口を下に向けたかと思うと、
二人に狙いを付けて連射を始めた。
けたたましい音を立てて、
二人がすがりついている岩が削られる。

「応戦して!」
岩の陰に必死で自分の身を押し込みながら、
おんぷはニューナンブを抜いた。
「応戦して! ももちゃん!」

岩肌にぶら下がりながら、ももこはただ呆然としていた。
ナニが起こってるの?
今、ワタシの身に起こってる出来事はナンなの?

「そっちからウージーで撃ち返して! ももちゃん!
 わたしのニューナンブだけじゃ勝ち目ない!」

おんぷの声に、ももこはようやく我に帰った。
ウージーを構えると、かよこのいる位置を岩の端から確認する。
かよこはおんぷの方に狙いを付けるのに熱中していて、
まだこちらには気付いていない。
ももこはウージーの照準を、そっとかよこに合わせた。

今撃てば、命中するかもしれない。
撃たなければ殺される。それは確実だ。

「早く撃って! これ以上持ち応えられないわ!
 聞いてるの!? ももちゃん!」

撃たなければ殺される。
ワタシも、オンプチャンも。

デモ……デモ……。

自分にウージーを向けているももこに気付き、
かよこがイングラムの銃口を転じた。
蜂の巣にされる直前に、ももこは辛うじて岩陰に身を隠した。

かよこの隙を見て、おんぷが一発撃ち返した。
しかし片手撃ち、ましてや岩肌にぶら下がりながら撃つのでは、
狙いが定まるわけもない。
ニューナンブの銃弾は、かよこの遥か上方を虚しくかすめた。

おんぷのしがみついている岩へ、
再びイングラムの猛烈な射撃が加えられる。
「ももちゃん! あなた一体何やってるの!?
 ももちゃん! ももちゃん!」

おんぷの悲痛な声に、ももこは思わず叫び返した。
「撃てないよ! 撃てるわけないよ!」
ももこはウージーを片手で強く抱き締めたまま、
岩陰にぶら下がってボロボロと泣き続けていた。
「だって、トモダチなんだよ!?」

      *          *

かよこはイングラムを片手で撃ち続けながら、
歯で手榴弾のピンを抜き、二つ数えてから崖下に落とした。

かよこが崖っぷちからニ、三歩退くと同時に、
轟音と共に爆風が舞い上がる。
再び崖から下を見下ろすと、
岩肌の上の飛鳥ももこと瀬川おんぷの姿は消えていた。

これでいい。

あの人たちは友達のふりをして、
わたしやどれみちゃんを騙そうとした。
死んで当然の人たちだったんだ。

そうだ、展望台だ。
展望台にはどれみちゃんがいるんだ。

どれみちゃんに会えるんだ!
どれみちゃんに会えるんだ!
どれみちゃんに会えるんだ!



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