無題






「はづきちゃん?」
森の中から現れた長門かよこ【女子17番】に突然声を掛けられ、
藤原はづき【女子23番】はぎょっとして、思わず荷物を抱えた手をゆるめた。
あちこちからかき集めてきた包帯や薬ビンが、はづきの足元に散らばった。
「手伝うわ」
かよこははづきのそばにしゃがみ込むと、一緒に救急用具を拾い始めた。
「あ、ありがとう、かよこちゃん」
「ねえ、はづきちゃん。わたし、とっても怖いの」
草の間に落ち込んだ小ビンを拾い集めながら、かよこは懸命にはづきに語り続けた。
「きっとみんな、わたしのことを憎んでる……。
 わたしがみんなを殺そうとしてると思ってる……。
 だからわたし、早くみんなにそうじゃないことを伝えたいの」
かよこが肩に吊ったイングラムにちらちらと目をやりながら、はづきは曖昧に答えた。
「う、うん、ちゃんと話せば、矢田くんたちもわかってくれると思う……。
 かよこちゃんが佐藤くんたちを殺したことも、事故だったって」

「『殺した』……?」かよこの手が止まった。

はづきにとっては何気ない一言だったが、それはかよこの心を深く傷つけた。
「そう……。はづきちゃんまで、わたしが人殺しだと思ってるんだ」
かよこはポケットに突っ込んであったコルトを抜くと、
はづきの目の前でセーフティシステムを解除した。
「か、かよこちゃん、何のつもりなの? その銃は、何?」
はづきの恐怖がかよこに伝染し、かよこの恐怖ははづきに反映された。
二人の間で恐怖のキャッチボールが繰り返される内に、
瞬く間にそれは抑えきれない大きさに膨れ上がっていった。
「なにを怖がってるの? わたしがはづきちゃんを撃つとでも思ってるの?」
かよこははづきに銃口を向けた。
「や……やめて……かよこちゃん……」

気持ち悪い、吐きそう。

「はづきちゃんまで、わたしを信じてくれないんだね……」
虚ろな目ではづきの胸に狙いを定めると、かよこは引き金に指をかけた。
「やめてやめてやめてーっ! かよこちゃん、銃を下ろしてーっ!」

丁度その時、民家から引き返す途中だった矢田まさる【男子25番】が通りがかった。
まさるはその場の光景を見るなり、目を見開いて叫んだ。

「藤原ーっ! 長門から離れろーっ!」

いつの間にか長門かよこ【女子17番】は引き金を引いていた。
藤原はづき【女子23番】に向けた銃口から銃弾が飛び出す一瞬、
かよこはすべての不安から解放されていた。
吐き気までおさまった。それはとてもとても素晴らしい感覚だった。
しかし、矢田まさる【男子25番】の声に反応したはづきが反射的に身をかわしたため、
銃弾ははづきの左肩をえぐっただけだった。
左肩を血に染めてのたうちまわるはづきを見ながら、
実は大してダメージを与えていないのに気付いた時、
かよこの胸に再び不安が膨れあがった。
この不安から逃れるには……? 方法は一つしか思い浮かばない。
はづきの頭に狙いを付けて、かよこは引き金を引いた。
鈍い破裂音と共に、はづきの頭から十センチほど離れた地面に穴が空いた。

この子が動き回るから狙いが定まらない。もっと近くから撃たないと。

まさるは二人までの十メートルあまりの距離を全速力で駆け抜けながら、
トンプソン機関銃を構えた。

だめだ! 藤原に当たる!

まさるは機関銃を撃つ代わりに、そのままかよこに体当たりした。
渾身の体当たりを受けて、かよこは銃を取り落として吹っ飛んだ。
かよこを取り押さえるべきかどうか、まさるは一瞬躊躇した。
しかし、かよこが転倒しながらもイングラムを構えるのを見て、
手負いのはづきを抱え上げると、まさるは森の中へ走り込んだ。

散らばった包帯と薬ビンの中で、森の中へイングラムを撃ち続けながら、
かよこは泣いていた。
わたしはなんて馬鹿だったんだろう。
どれみちゃん以外の人が、わたしを理解してくれる筈なんてなかったのに。

でも大丈夫、どれみちゃんに会えばすべてが元通りになる。

きっといつものようににっこり笑って、わたしを受け入れてくれる。
ああ、どれみちゃんどれみちゃん、あなたは今どこにいるの?
わたしはあなたにこんなに会いたいのに。



「長門にやられた!」

意識を失った藤原はづきの体を【女子23番】地面に下ろすなり、
矢田まさる【男子25番】は小竹哲也【男子9番】に叫んだ。
「この場所も長門は知ってる! すぐにこっちに来る!」
「ど、どうする? 応戦するのか?」
青ざめてリュックの中を探り出した小竹に、まさるは激しく首を振った。
「長門の機関銃とこっちの装備じゃ勝負にならない! 逃げるしかない!」
逃げる? 小竹はそこまで聞いて、
並の男子より大柄な奥山なおみ【女子6番】の体を、絶望的に見下ろした。
まさるですら、はづきを背負って逃げてくるのが精一杯だった。
発育の良いなおみの体を抱えて、四人で逃げ切るのは不可能だろう。
「あたしは……置いていってくれよ……」
いつの間にか目を醒ましていたなおみが、喘ぎながら呟いた。
「みんなの足手まといには……なりたくないしね……」
突然まさるが、周囲の木の枝を片っ端から折り始めた。
「おい、なにやってんだよ矢田!
 もうすぐ長門が来るっていうのに」
「ゴチャゴチャ言わずにお前も手伝え!」
二人は潅木の間になおみをうずくまらせると、折り取った枝で体を覆った。
しかし、こんなものが本当に偽装になるんだろうか?
小竹には、それはほとんど気休めにしか見えなかった。
ちょっと注意して見れば、すぐにバレてしまうだろう。
緑にすっぽりと包まれたなおみに、まさるは声を掛けた。
「いいか、奥山、絶対にここから動くなよ!
 長門をやりすごした後で、必ず、必ず迎えに来るからな!」
積み重ねた木の枝の下から、くぐもった声で返事が返ってきた。

まさるに代わり、小竹がはづきを背負った。
すでにまさるたちが逃げてきた森の奥から、
地面に落ちた枯れ枝を踏み散らす足音が聞こえてきていた。
「逃げろ!」二人は走り出した。

長門かよこの足音は、信じられないほどの速さで三人の背後に迫ってきた。
全速力で走るには、華奢なはづきの体といえども重過ぎる荷物だ。
まさるもまた、最初に長門から逃げた時に手傷を負っていた。
「ダメだ! 追い着かれちまう!」
小竹が悲鳴を上げた。

突然背後で遠くから叫び声が聞こえた。長門の声ではなかった。
長門の足音が一瞬躊躇するように立ち止まり、今来た方向へ駆け戻っていった。
しばらくの後、イングラムの連射音が微かに響いた。

撃たれた! 今奥山が撃たれたんだ。
馬鹿! 馬鹿! 動くなって言ったのに……。
走り続けるまさるの頬を涙が伝い落ちた。
奥山のやつ、自分が犠牲になって長門を足止めしやがった。

【女子6番・奥山なおみ 死亡】
【残り46人】




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