無題






その武器を見るのも手に取るのも初めてであったが、
谷山将太【男子14番】は「それ」がどういう武器なのか漠然と理解していた。
SSG69。…スナイパー・ライフル。
普通の銃とは明らかに違う細長いシルエット。特徴的なスコープ。
テレビやマンガなどで散々お目にかかっている。遠くから「狙撃」するための銃だ。
将太はそれを抱え上げ、そのあまりの重さに2、3度たたらを踏んだ。
ずっしりと重い。
両手で不恰好に捧げ持ち、マンガで見た通りの「狙撃体勢」を取る。
不安が残るが、なんとかやれそうである。
(…確か、このスコープをのぞくんだよな…)
将太は固定されているスコープを恐る恐るのぞきこんだ。
と言っても室内である。…倍ほどに拡大されたドアが見えるばかりだ。
それでも。それでも、と将太は思う。
(…当たるかどうかは分からないけど…、やるしかない!)
将太がそう意を決して顔を上げた直後だった。
バタン!
…何の前触れもなくドアが開いた。
まさか「誰か」がこの小屋に入ってくるとは思わなかった。
将太はあまりにも無防備であった。
「ひっ!?」
短く悲鳴を上げて、手にしたSSG69を「侵入者たち」に向ける。
その侵入者たちは…、
女の子だ!
同じクラスの伊集院さちこ【女子3番】と樋口まき【女子22番】だ!
まさか!こんなところで出会うなんて!
将太は絶句していた。

将太は顔面蒼白になった。
侵入者たちは手に何かを持っていた。
何だアレは!?…分からない、分からないが…、
あいつらはぼくを殺すつもりなんだ!!
「ひぃぃぃ!」
将太はパニックに陥った。
殺される!このままでは殺される!
将太はめちゃくちゃにライフルを構えた。
狙いをつけて引き金を引くんだ!早く。
女の子たちは口をポカンと開けて立ち尽くしている。
やるなら今のうちだ!
引き金にかかった指に力がこもる。
敵はすぐ目の前にいる!
だが、彼我の距離はあまりにも近く…、
(分かってる!分かってる!「これ」は、そういう使い方をするものじゃない!)
長距離狙撃用の「スナイパーライフル」。
それを抱えて青ざめ、撃つことも退くこともできずにガタガタと震えていた将太を救ったのは、
ほかならぬ、「侵入者」の樋口まきだった。
「う、撃たないで!」
「!」
「おねがい!やめて!谷山くんっ!」
「!?」
「わ、あたしたち、あなたと戦うつもりはないの!…歩いていたら谷山くんを見つけて…
 それで、あ、あなたがここに入っていくのが見えたから、それで、た、助けてもらおうと思ったの!」
「そうなの!まきちゃんの言う通りなの!」
ロングヘアーの伊集院さちこが必死の形相で訴えた。
「わたしたち、この『ゲーム』が始まってからずっと2人だけだったの!だからこわくて…、
 そうしたら谷山くんが目の前を通りかかって、それで、助けてもらおうとして…」
両手を組み、目に涙を浮かべてまくしたてるさちこ。
その顔は紙のように白く、唇は真っ青で、肩も小刻みに震えている。
「撃たないで…、谷山くん……」
「谷山くん…」
さちこもまきも、すっかり怯えた目で将太の方を見つめている。
将太の肩から力が抜けた。
(…なんてことだ…、ぼくは…、樋口さんたちを撃とうとしていたんだ…!)
SSG69の銃口を下げ、まきが手に持っている「武器」を見やる。
その武器は…、あァ、なんということだろうか…、
彼女が握りしめているのは鉛筆削り用の「梵ナイフ」。…大ハズレだった。

「あっ!?」
将太の視線に気づいたのだろう。まきが梵ナイフを投げ捨てた。
「ゴ、ゴメンなさい!あたしこわくて…、た、戦うつもりなんてなかったの!でも!」
「…」
「ゴメンなさい…、許して…、谷山くん…」
(!ぼくは…なんてことを…!)
将太は無言でSSGを捨てた。そして地面にひざまずいた。
「樋口さん…、伊集院さん…、ゴメン…」
「…」
「ぼくは…、き、君たちを、あと少しで殺すところだったんだ…!」
「谷山くん…」
がっくりとうなだれる将太を見て、さちこの目に涙が浮かんだ。
「あやまらなくていいのよ…、こんな状況なんですもの…、それが『当たり前』なのよ…」
「伊集院さん…」
「顔を上げて。谷山くん」
まきがしゃがみこんで、将太をゆっくりと立ち上がらせた。
「…さちこちゃんの言う通りよ。今はこんな状況ですもの。…あなたが悪いわけじゃないわ…」
「あ、あァ…、そうだね…、そうだよね…」
将太は何度も何度もうなずいた。…その瞳は涙でうるんでいた。
まきがにっこりと笑って言った。
「あたしたちを『信じて』くれる?谷山くん」
「も、もちろんだとも!」
「本当に!?」
さちこの顔がパッと輝いた。
まきもいつもの快活さを取り戻した口調で言う。
「良かったわね、さちこちゃん」
「うん!」
「これで味方は3人。…とにかく、生き延びることを考えましょう」
「そうね!」
さちこが満面破顔して言った。
「あ、あのね、わたし、チョコレート持ってるの!みんなでちょっとずつ分けましょう!」
そう言って、ポケットの中から銀紙に包まれた板チョコを取り出すさちこ。
まきが苦笑して肩をすくめた。
「なによ。…あたしにナイショで食べるつもりだったわね?」
「…ゴメンなさい…」
「いいわ。特別に許してあげる。その代わり大きいのをよこしなさいよ」
「うん!」
さちこが笑った。
その板チョコをパキッとへし折り、大きなカケラをまきに、中くらいカケラを将太に手渡す。
「はい。谷山くんも」
「…ありがとう。伊集院さん」
将太は泣いていた。
良かった。…この2人に会えて良かった。
(ありがとう。…君たちと出会えて本当に良かった)
将太はチョコのひとかけらを口にした。
ほのかににがいビターチョコが、口いっぱいに広がっていく…。

SSG69を手に入れた男、谷山将太は、こうして死んだ。

* * *

「ちょろいもんね」
手にした「武器」…、「猛毒・ヒ素入りチョコレート」をポケットの中にしまいこんださちこは、
すでに絶命した将太の遺体を見下ろして、傲然と言い放った。
谷山将太は…、よほど苦しかったのだろう、カッと目を見開き、苦悶の表情を浮かべて、
血が出るほどノドをかきむしった状態で床に仰向けに倒れていた。
その全身は血と汚物にまみれ、かなりの異臭を放っている。
「汚いわね」
さちこが吐き捨てるように言って、SSG69を拾い上げた。
「正直、こんなにうまくいくとは思わなかったわ」
「男の子なんてそんなものよ」
まきが鼻で笑った。
「吉田くんもそうだったしね」
…同じクラスの吉田かずや【男子28番】を「同じ手順で」殺害したあと、この山小屋に向かう
将太を見つけられたのは、僥倖というより他はなかった。
何しろまきの武器は「梵ナイフ」。さちこの武器は「毒入りチョコ」である。
吉田かずやが所有していた武器は、まァ、使えないこともなかったが、それでも不安が残る。
これからどうしようかと考えていた矢先、彼女たちの目の前を谷山将太が通ったのだ。
2人は将太のあとをつけ、この山小屋を見つけた。
そして待望の銃器…、「SSG69」を手に入れることができたのである。
「まきちゃん。…これからどうするの?」
「ライフルも手に入ったし、しばらくはここで様子を見ましょう」
まきの提案にさちこが眉をひそめる。
「…大丈夫かしら?」
「大丈夫よ」
まきはニヤリと笑って言った。
「もちろんこのままじゃないわ。…罠をはるのよ。さっきのアレを使ってね」
そう言って自分のデーパックを引き寄せ、元はかずやの武器だった「それ」を引っ張り出した。
さちこが驚いて目を見開いた。
「これでどうするの?」
「まァ、見てなさいって」
まきが言って、ぱちん、とウインクしてみせた。

【男子14番 谷山将太・死亡】
【男子28番 吉田かずや・死亡】

【残り47人】




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