無題






雨戸を閉めきった民家の押入れの暗闇の中、カビ臭い布団の臭いに包まれて、
モンブランの万年筆を握り締めたまま、丸山みほ【女子26番】は震えていた。

ゲームが開始された直後、みほが山道の途中で
支給されたナップザックの中身を改めている最中、
出し抜けにカタカタカタッというマシンガンの発射音と、
それに被さるようにして数人の男子の絶叫が、すぐ近くから響いてきた。
みほは何もかも投げ出して、その場から逃げた。
あまりに慌てていたため、三日分の食料と地図が入ったナップザックや、
修学旅行用に用意した自分の荷物も、全部その場に置いてきてしまった。
みほに支給された武器であり、
たまたまその時手に取っていた、この万年筆を除いて。

その後、ゲームのために一時的に放棄されたこの民家を見つけたみほは、
勝手口の鍵を壊して入り込み、雨戸を全て閉めて立てこもった。

空耳かもしれないが、先ほど爆発音が聞こえたような気もする。

そしてたった今、何者かがこの家の中に入ってきた!
壊された勝手口を不審に思ったのだろう、
その何者かはみほが築いたバリケードをやすやすと取り除くと、
ペンライトで家の中を照らしながら侵入してきた。
みほには辛うじて、この押入れに這い込む余裕しかなかった。

チラッと見たその侵入者の姿は、逆光になって誰かはわからなかった。
しかし、明らかに剣呑な銃器らしき物で武装していることだけは
ハッキリとわかった。
ペンは剣よりも強し? でも銃よりは弱いだろう。
ましてや、その銃がすぐ目の前に迫っているならば。
間違いなく自分はもうすぐ死ぬ。
でもいい! 友達を殺して生き延びるくらいなら、
今ここで死んでしまった方がずっといい!

ガラリと押入れの戸が引き開けられた。

万年筆を握って震えているみほの姿を見下ろして、
逆光になってよく見えない人影が、呆けたように呟いた。
「なんや、誰かと思たら……。みほちゃんかいな」



「あらへんなあ……。もう誰かに持っていかれたんとちゃうか?」
背中に背負ったままのショットガンの位置を直すと、
妹尾あいこ【女子15番】は額の汗を拭った。
押入れの中で震えていた丸山みほ【女子26番】を落ち着かせた後、
あいこの食料と水を分け合って食べた二人は、
みほが置き忘れた荷物を探しにこの場所へ戻ってきたのだ。
「ごめんなさい、妹尾さん。無駄足踏ませちゃったみたい……あれ?」
みほは微かに耳をそばだてた。
「妹尾さん、誰かの声が聞こえない? 泣き声みたいな……」
「泣き声? そんなモン……聞こえるな……」
微かな泣き声のような苦痛を伴う悲鳴が、
すぐ近くから聞こえてくる。
「すぐそこや、行くで!」
あいこはショットガンを構えると、走り出した。
みほも慌てて後を追った。

「しのちゃん!」
「花田さん!」
二人の目の前に、2組のクラスメイト、花田志乃【女子19番】が倒れていた。
腹部は血に塗れ、顔色は紙のように白い。
もはや手の施しようがないことは、一目で分かった。
「どないしたんや? 誰にやられたんや?」
あいこが駆け寄りながら声をかけると、
志乃は何かを言いかけた。
その瞬間、ダダダッという連続的な銃声が響いた。
ほぼ同時に二人の後の木に何かが食い込む音がした。
「みほちゃん、伏せて!」
あいこはみほを草むらの中に押し倒した。
二度目の銃撃がさっきまで二人のいた位置を通過し、
行きがけの駄賃に倒れたままの志乃の頭部をほじくりかえした。
みほがぼんやりと草むらの中から身を起こした。
「……何? 何があったの?」
「アホ! 頭上げたらアカン!」
あいこは覆い被さるようにして、みほの体を地面に押し付けた。
ほとんど同時に三度目の銃撃が、みほの頭のあった位置を通り過ぎていった。
あいこはみほの体に覆い被さったままショットガンを構えると、
銃声が聞こえてきたとおぼしき方向を狙ってぶっ放した。

銃声が止んだ。

しばらくの静寂の後、あいこはみほの耳元に囁きかけた。
「ええか、ゼッタイに頭あげたらアカンで。
 ヒジとヒザ、ほっぺたも地面に付けて、這いながらここを離れるんや」
「花田さんは……どうするの?」
「あきらめ、もう助からへん。今は生きてるモンの方が大切や」
「でも、妹尾さん」みほは口ごもりながら質問した。
「銃で撃ってきた人のことなんだけど……。
 ひょっとしたら、向こうだって怖かっただけかもしれないと思うの、
 なのに、いきなり撃つなんて!」
「殺すつもりはあらへん、脅したっただけや」草の上を匍匐前進しながら、あいこは答えた。
「こっちにも銃があるってわかったら、向こうもムチャは出来へんやろ。
 その証拠に、こっちが一発打ったったら、ピタっと銃声が止まりよった。
 マシンガンかなんか知らへんけど、あんなうるさい武器使うてたら、
 自分のいる場所、知らせてるみたいなもんやからな」
「でも、ひょっとしたら……さっきのショットガンで大ケガして、
 動けなくなってるのかも!
 いいえ、ひょっとして、死んでしまったのかも!」
その可能性までは考えてなかったのだろう、
あいこは一瞬押し黙ってから、ポツリと呟いた。
「その時はその時や」

【女子19番・花田志乃 死亡】
【残り49人】




前話   目次   次話